其の20 母の想い
遅くなりスイマセン。
今回で第二章は終了です。
今回、ページ数が少し多めと
なっております。
第三章からはリアの主の世界が
メインとなります。
今後とも宜しくお願いします。
雅がキョトンとしながら別室の様子を盗み見ていた。
「ニル、なぜじゃか精霊が増えてるのじゃ…」
ニルから窘められ別の部屋にいた雅は我慢できずに扉の隙間から覗き込んで呟いた。
「雅様、行儀が良くありま……あら?ホントですね」
雅の行動を窘めようとしながらも、やはり気になったのか彼女と同じように覗き込み首を傾げるニルであった。
右肩に二人、頭の上にも二人と合計、四体の精霊が浩介の周囲を取り巻いていた。
「うぅ~、気になるのじゃ!もう我慢の限界なのじゃ!妾は主の元に行くのじゃ!」
バンッ。
扉を勢いよく開き、雅は浩介に近付いていく。
「おぉ……って、みやび?」
何だか怒っている様子の雅に浩介の顔が引き攣る。
「その者達はなんなのじゃ!」
精霊達を指差し雅が詰め寄ってくる。
「この子達は、つまり、あの…」
浮気現場に乗り込んできた彼女みたいな台詞を吐く雅に何故だか慌てる小心者の浩介だった。
「ふふふっ、間男みたいね」
エルズが楽しそうに笑う。
「四大精霊にて御座いますわ、雅様。貴方達も雅様にご挨拶を致しなさい!あの御方は【八咫烏の太刀】の化身で雅様と申しまします」
その名を聞いた四大精霊はそれぞれ驚愕し、浩介の影に素早く隠れながらガタガタと震え出す。
その中で何とか勇気を振り絞り近付いていくディーネの表情は顔面蒼白だった。
「うんっ?お主は誰なのじゃ?」
近付いてきたディーネに警戒心を露わにする。
セレスのせいで若干、雅は精霊恐怖症だった。
「わた、わた、わたくしは水を司る精霊のウンディーネとも、もうしま、ます。この度、浩介様に具現化して頂きました。どうぞ、ディーネとお呼び下さい」
ペコリとお辞儀をしながら震えるディーネに雅はニヘラと笑って下から彼女を覗き込んだ。
ビクッと震えるディーネだったが雅の笑顔の屈託なさに緊張がほぐれるのが分かり彼女も自然と笑顔がこぼれる。
「妾は雅なのじゃ。ディーネ、宜しくなのじゃ!」
「は、はいっ!宜しくお願いします」
その光景を震えながら見つめていたサラだったが好奇心に負けて浩介の影からヒョイッと顔を出した。
「わたし、サラぁ!よろしく、雅様!」
元気よく手を振りながら雅に挨拶する。
浩介の髪の毛に隠れていたシルフィとノーミも顔を見合わせると少しだけ顔を覗かせ勇気を出して声を出す。
「…ノ、ノーミ…で…す」
「…シルフィ」
「うんっ!みんなよろしくなのじゃ!」
雅の満面の笑みに四大精霊は笑顔を取り戻し、嬉しそうに彼女の周囲をグルグルと回りながらそれぞれの自己主張を始めだした。
満面の笑顔に一番、喜んだのはニルであった。
なんだかんだで精霊恐怖症にしてしまった負い目があったため精霊達と楽しそうに会話をする雅にホッと胸を撫で下ろしていた。
そして、反対に落ち込んだのは勿論、セレスである。
「雅様とあんなに仲良くなるなんて…このままでは皇女としてのわたくしの立場が……」
どんよりと落ち込むセレスに周囲の者は苦笑する。
パンッ!
その乾いた手を叩く音に全員の視線がエルズに集まる。
「さて、そろそろ本題に入りましょう……時間がないわ」
エルズの言葉にリアの瞳が変わる。
「そうですわね。主殿が四大精霊と無事に信頼関係を得ることが出来ましたので次元の裂け目を開くことに問題はありませんわ」
セレスの言葉にリアは身を乗り出す。
「なら、今すぐ!……はい、すいません」
先走るリアをエルズの無言の瞳が黙らせる。
「…問題は」
チラリと浩介を見つめる。
「…やっぱりバレたか。うん、今は無理…ごめん、リア」
力無くソファに倒れ込む浩介に周囲は呆然と見つめた。
「……浩介!?」
慌てて駆け寄る皐月とリアに浩介は反応できない。
「…大丈夫ですわ。ただ、眠ってるだけです」
浩介の様態を見ながら答えるセレスの瞳も「…やっぱり」と心配そうに見つめていた。
「浩介様は大丈夫なんですか?」
異変に気付いたニルも駆け寄ってくる。
「ただ、体力と精神力を極限まで使い果たしただけよ」
エルズの言葉を聞いて「…じゃろうな」と呟くだけで雅はそこまで心配そうな表情を浮かべていなかった。
「妾だけでなくセレスとの主従契約、この精霊達の顕現による具現化……よく今まで平静なフリが出来たものじゃ」
四精霊は心配そうに浩介を見つめ周囲を飛び交う。
通常ですら雅に体力を奪われているにも関わらず精霊界の皇女でもあるセレスと主従契約を結び、そして倒れる決め手となったのは四大精霊の顕現を行い具現化した事だった。
体力、精神力もかなりギリギリの状態だったはずだ。
けれど浩介はリアのあの切羽詰まった表情を見てしまうと、どうしても無理をしたくなり周囲に気付かれぬよう平静を装っていたのだ。
だが、さすがエルフ界の皇女と言うところだろう。
エルズには浩介のやせ我慢をいち早く察していた。
「雅様、大丈夫なんですか?」
「心配だよぉ~」
「…だ…い、じょうぶ?…」
「……心配」
雅に寄ってくる四精霊に彼女は優しく微笑む。
「大丈夫じゃ!明日になれば元気になるのじゃ。ただし、今日は無理じゃぞ……リア」
主の元へと早く辿り着きたいリアの焦燥を感じながら雅は厳しい瞳で釘を刺す。
「…分かってるわよ……ありがと、こぉすけぇ」
苦笑いを浮かべながらリアは眠る浩介に近づき、その頬にそっと優しくキスをした。
*
身体の痛みを感じながら浩介はゆっくりと瞼を開いた。
カーテン越しから日の光を感じる。
どのくらい寝ていたのかも分からない。
ふと、自分が寝ているベッドの周囲を見渡すとシーツの上で四精霊が丸まって気持ちよさそうに眠っている。
その直ぐ傍で椅子に腰掛けベッドの端でうたた寝をしている皐月の姿が視界に入り浩介は小さくため息をついた。
「皆に心配をかけちゃったな……」
呟いた声に反応するかのように意識内で二人の声が聞こえた。
〔ホントなのじゃ!皐月など一晩中見ておったぞ〕
雅の声だった。
〔そうですわよ、四精霊達も皐月と一緒になって看病していたのですから、後で褒めてやって下さいましね〕
この声はセレスのモノだった。
左手の薬指には指輪が取り付けられていることから二人にしか聞こえないと判断して声に出さず意識内に語りかける。
〔…ごめんな、心配かけた〕
素直に謝ると二人からは言葉とは違う温かな感情が浩介に伝わってきた。
その温もりを感じながら皐月達を起こさぬようにベッドから抜け出すと静かに部屋を出てエルズの執務室に向かって歩き始める。
話し合わなければならないことがあるからだ。
もしかしたら辿り着けずに迷ってしまうかもと思っていたがエルズの執務室は意外と直ぐに見つかった。
なにせ、他の扉と違い重厚な二枚扉になっており、扉の端には【エルズ様専用執務室】と大きく書かれていたからだ。
「わざとか?わざとだよな……専用ってなんだ?しかも、二重扉って恐怖しか湧いてこねぇぞ!?」
ひとしきり一人で扉の前でツッコんでいると扉が開き、エルズが可笑しそうに顔を覗かせる。
「ふふふっ。あら、あら、元気になったみたいねぇ……取り合えず入らない?朝のティータイムぐらいなら付きあってあげるわよ」
タイミング良く顔を覗かせる辺り、かなり前から自分のことを監視していたのだろうと浩介は思った。
たぶん、純粋に趣味の範囲で…。
どこか釈然としないながらも、元々エルズに話があった浩介には
、その誘いは丁度良かった。
執務室に入り、ソファに腰掛けるとすぐにエルズが温かい飲み物を浩介の前に差し出す。
「どうぞ、粗茶ですが」
思わず「何処で憶えた?」とツッコミを入れたいところだがエルズの手の平で遊ばれているような気がして顰めっ面をしながら差し出された飲み物に手を付ける。
「…美味いな」
思わず呟いてしまった。
身体中の疲れがスーッと消えていくようだった。
「エルフ族特性の回復茶よ……まぁ、ホントは夜のお供に飲まれるものだけど今の浩介には丁度、良いでしょ」
軽く悪戯っぽい笑みを浮かべるエルズに思わず飲んでいた茶を吹き出してしまう。
確かにこれだけ疲れが取れるなら通常時に飲んだら……。
思わず生唾を飲み、直ぐに頭をブンブン横に振って脳裏に過ぎった想像を振り払う。
「それはいいんだが……」
浩介の口調にエルズも呟く。
「そうねぇ、開戦してるでしょう……」
「やっぱりか…」と浩介は頭を抱え項垂れる。
そんな気はしていた。
浩介達が情報を得た時点で既に常闇の世界は侵攻していると情報が入っていたのだ。
開戦していても不思議ではない。
そして開戦したとなれば必然的に異世界の住人達が主戦場に赴くことになりエルフ族の民も例外ではない。
「常闇にいた同胞からの連絡が途絶えたわ」
エルズの言葉に考え込んでいた浩介の意識に指輪を通してセレスが話しに加わってきた。
〔わたくしの世界からも使役契約していた精霊達が召喚されてるのが確認されてますわ……しかも、かなりの数に及びますわね〕
エルズにも聞こえるらしく眉間に皺を寄せている。
「時間がない……直ぐに行こう」
浩介は回復茶を一気に飲み干し立ち上がる。
「そうねぇ、急ぐに越したことはないわね。皆が集まり次第、次元の裂け目を開く準備をしましょう」
数十分後
全員が準備を終え執務室に集まった。
それぞれが決意を秘めた瞳をしている。
特に浩介とエルズに今の状況を知らされたリアの瞳は鬼気迫るモノを感じ戦慄すら覚える。
今この場所にいる者達、帝の意志を継ぐ者、精霊全てを統べる皇女、そして、先の争いで【フェンリルの騎女】の通り名を持つ五護衆のリア、多重世界で最も高い戦力を持つ彼等が向かえば恐らく情勢は一変する。
けれど、エルズは冷たい視線で言い放った。
「忘れないでほしいから先に言っておくけれどエルフ界は多重世界に一切、関与をしないわよ」
その発言にニルとリアは眉間に皺を寄せる。
先の戦でもエルフ界は一切の関与をしなかった。
それは種を護る義務を課せられたエルズの苦渋の判断であったのだがリアはそれに疑問を抱いたため彼女は多重世界に関与した。
「…ただし、わたし個人としては浩介、あなたには力を貸しましょう。死なれると夢見が悪くなりそうですから」
驚きを隠しきれずリアはエルズを見つめる。
「…母様、いえ長老様なんで?」
その疑問にエルズは苦笑した。
「あなたのために決まってるでしょう。これでもあなたの母親ですからね。娘を心配するのは当たり前でしょう」
慈愛に満ちた表情でエルズはリアの頬に触れる。
優しさと温かさがリアの心を埋め尽くしていく。
「…母様」
リアは思わずエルズに抱きついた。
張り詰めていた緊張がエルズによって解されていくのが分かり、リアの頬が紅潮していく。
母と娘の感動的な抱擁に……見えた。
しかし……エルズは抱きつくリアを突き放した。
「…って言えば、行くのを止めるわけでもないでしょうしねぇ。ホントに困った娘だわぁ」
全員が我が目を疑った。
なにが起きたか分からず床にぺタッンと尻餅をつきながらキョトンとするリアを横目にエルズは自分の頬に手を添えて、大きなため息をつく。
「……母様?」
呟くリアにエルズは悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「皆さん、緊張が解けたでしょ?」
ハハハッと乾いた笑いを浮かべるリアの表情は強張っており、少し壊れかかっている。
「……俺達の感動を返せ」
周囲の言いたいことを代弁して浩介が言い放つ。
「だって、皆さんはまるで死地に赴くような眼差しを為さっているから緊張を解きほぐしてあげたのですよ……」
エルズの笑みに嘲笑が見てとれる。
根っからの腹黒女が正体を現した瞬間だった。
「…サイテぇだわ、この女」
あの皐月ですら呆れかえる。
四大精霊はガクブルに震え小さく抱き合っている。
「怖いですわ…」
「ありえないぃよぉ~あの女」
「…こ…わ…い、です」
「生理的に、無理」
雅などは二人が抱き合った瞬間、感動して瞳をウルウルと潤ましていたのにエルズの発言に今度は違った意味で泣き出してしまう。
いつものようにニルが雅を宥めながら、ため息混じりに同胞である二人をジト目で見つめる。
「…この娘にして、この母あり。エルフの面汚しですね」
ただ一人だけセレスは「全く素直でないですわね……」と呟きながら悪役を演じるエルズを見つめていた。
彼女にはエルズの行動が滑稽にしか見えていない。
娘を心配する親としての姿、皇女である故の葛藤、死地に赴く仲間達への想い、それらを自分が悪人になることで和らげようとしていたのだ。
実際に部屋の空気は緊張から解き放たれている。
損な役回りを自ら進んで行うエルズに旧知の仲とも言えるセレスは苦笑しながら自らも役割を遂行するため四大精霊に声をかける。
「…もう、いいですから準備を致しますわよ。サラ、ディーネ、ノーミ、シルフィ準備を致しなさい」
セレスの呼びかけに抱き合って震えていた四大精霊が一斉に彼女に視線を向け小さく頷くと彼女の周りに集まってくる。
「主殿、あまり時間がありませんので、わたくしが主殿の意識と共有して【扉】を開きますわ」
セレスは瞳を閉じて意識を集中させる。
「なんだこれ!?」
自分の意識とセレスの意識が共有し、交わっていく奇妙な感覚に驚愕しながら浩介は立ち尽くす。
〔主殿、聞こえますか?〕
意識に直接、語りかけてくるセレスに頷く。
〔わたくしの言うとおりに詠唱して下さい〕
「分かった」
セレスの言葉に頷く浩介の姿に彼女の声が聞こえない他の面々は不思議そうに彼を見つめている。
〔焔の赤き力により解放せん〕
「焔の赤き力により解放せん」
サラの姿が赤い焔へと変わる。
〔浄き静水の証を解放せん〕
「浄き静水の証を解放せん」
ディーネの姿が淡い霧へと変わる。
〔命の産まれし大地の恵を解放せん〕
「命の産まれし大地の恵を解放せん」
ノーミの姿が消え命の鼓動が響き渡る。
〔絶え間なき時を過ぎゆく力を解放せん〕
「絶え間なき時を過ぎゆく力を解放せん」
シルフィの姿が消え一陣の風となる。
〔全てを統べる者、汝の力を解放せん〕
「全てを統べる者、汝の力を解放せん」
瞳を閉じていたセレスの姿が光に包まれる。
〔汝と我の契約に従い【扉】を解放せん〕
「汝と我の契約に従い【扉】を解放せん」
その瞬間、姿を変えた四大精霊が光に吸い寄せられるように取り込まれていき歪んだ空間が出現した。
「みなさん【扉】を解放しましたわ」
セレスの声が室内に響き渡る。
「時間がない……みんないこう!」
浩介の言葉に皆、覚悟を決めたかのように頷く。
皐月は浩介が歪んだ空間へと歩みを進め始めるとニルと雅も無言で頷きあい、二人の後を追っていく。
最後にリアは歪んだ空間を見つめ、覚悟を決めるように小さく頷くと一歩を踏み出した。
「…帰ってくるのよ」
リアの背後で慈愛に満ちた声を聞いたような気がした。
振り返ろうとした瞬間、空間が閉じられていく。
けれど、リアはエルズの優しさに満ちた瞳を見た。
それは紛れもなく娘を想う母の瞳であり、そこには偽りを演じる姿はなかった。
「…母様、行ってきます」
振り払うかのようにリアは前を見据え歩き始めたのだった。
読んでいただきありがとうございます。
ブクマ、評価が増えてました(*´ω`*)
ありがとうございます。
こんごとも宜しくお願いします。




