其の18 四大属性の精霊達
契約も無事に終わり、ソファに深く座り込みながら浩介は天井を見上げて今後のことを考え始めていた。
これから精霊界に赴き、リアの主の世界へと向かう。
一手間かかるのが面倒だなと思っていると小さなため息が聞こえ浩介はそちらへと視線を向ける。
「主殿、今の主殿でしたら別に精霊界を経由せずともフェンリル様の世界には直接、行くことは出来ますわよ」
セレスは浩介の考えを読み取り解決策を見いだす。
便利ではあるのだが、人間はそんなに清廉潔白であるはずもなく特に浩介は傍にいる腹黒女を視界に入れないようにすることにかなり必死で堪えている。
見れば間違いなくセレスの軽蔑する瞳を一身に受けて、その殺意ある視線で死ねる自信があるからだ。
「…なぁ、セレス」
「なんでしょう、主殿…」
言いたいことが判ると言葉数が少なくなる。
「…なんとかなんないの?」
それだけで通じてしまう。
「主殿が清廉潔白な心を持った英傑になれば問題ありませんが?どだい主殿には無理な話ですわね……この変態」
最後の言葉は敢えてスルーしながらセレスを見つめる。
「…無理に決まってんだろ」の浩介が発した心の声を読み取り「…なんで、高位のわたくしがこんな目に」とブツブツと呟くセレスをエルズだけが楽しそうに見つめている。
「その指輪を外せば良いんじゃないの?」
その声に二人がハッとする。
そして、声のした方へと振り向くと呆れた表情を浮かべながら皐月が扉の前に立っていた。
「あ~ぁ、皐月ちゃん、教えちゃダメよ。せっかく面白いから見物してたのに」
クスクス笑いながら残念そうに二人を見つめるエルズにセレスと浩介は口をポカァーンと開き呆然とする。
「…お前、知らなかったのか?」
浩介の問いに頬を赤らめながら視線を逸らす。
「わ、わたくしも、はじめての契約ですし。し、しかも主従契約なのですからわたくしが知ってる筈がないではありませんか!」
確かにセレスの言い分は納得できる。
主従契約、つまりは主人と共に生き、死して分かつまで共に生きる運命共同体と言っても過言ではないからだ。
しかも、セレスは皇女である。
主従契約など考えにも及ぶわけがない。
「…ふむ、試してみるか」
動揺するセレスを横目に浩介はある考えに思いあたり……徐に指輪を外すと微笑を浮かべるエルズをガン見してみた。
「…お仕置きが必要かしら?」
笑顔で鞭を取り出す。
勿論、目は笑っていない。
「俺の心が読めるのか!?」
わざとらしく驚いた表情の浩介に対して額に右手を添えて、頬をピクピクっと引き攣らせる皐月と「…何でこんな奴を主と呼ばねばならないの…」と虚ろな表情を浮かべるセレスの姿があった。
「まぁ、冗談はさておき……大丈夫みたいだな」
笑顔で鞭をピシッと振るうエルズに戦慄しながら浩介は腕組みをして震える声と身体でウンウンと頷く。
若干、嫌な汗が身体全体から吹き出ているが浩介は気のせいだと自分自身に言い聞かせる。
「先程のエルズ殿を見ていた時の主殿の心が読めたら主殺しの汚名ですら喜んで受けていたと思いますわよ……」
セレスの冷たい視線が浩介に突き刺さる。
「こぉすけぇ、さいてぇ~」
柱の陰からこちらを覗き見るリアに思わずツッコんだ。
「お前にだけは言われたくないわ!」
痴女にまで最低の烙印を押されてしまう。
「…ゴホンッ。まぁ、それはいいんだが…うん?」
ガチャ。
形勢不利を感じ取った浩介は小さく咳払いして話題を変えようとするが扉が開く音に遮られてしまった。
ニルと雅が部屋に入ってきたのだ。
ただ、全員の浩介を見つめる冷たい瞳に何かを察したニルは雅を引き連れ無表情で扉を閉める。
バタンッ。
「どうしたのじゃ?早く部屋に戻るのじゃ」
駄々をこねる雅の声が聞こえる。
「まだ、大事なお話の最中のようですから良い子でもう少しここにいましょうね、雅様」
優しく言い聞かせるニルの声に雅が小さくうなる。
「う~ぅ、わかったのじゃ…」
扉の奥で雅を諭す常識人のニルに浩介は何故か涙が溢れそうになり、それに堪えるように天井を見上げる。
「…ありがとう、ニル。お前の気持ちは無駄にしない」
ビシッ!
エルズが笑顔を浮かべたまま鞭で床を叩く。
「いい加減にしないとそろそろ本気で怒るわよぉ」
笑顔の瞳に殺意が渦巻いていた。
全員が鞭で抉られた床を見つめ身体を硬直させる。
「さ、さて、セレス。本題に入ろうか?」
震える声でセレスを見つめる。
「そ、そ、そ、そうですわね」
セレスも視線を泳がせている。
そして、二人は震えながら頷きあう。
指輪を介さずとも意志が通じ合った瞬間だった。
〔まだ、死にたくない……〕
二人が涙目だったのは云うまでもない。
「…っで?本題ってなんなの?」
冷静を装っているが皐月の足も震えている。
実の娘でもあるリアに至っては柱の陰に隠れて見事なほど気配を消し、盗み見ようとすらしてこない。
「あぁ、どうやら今の俺なら精霊界スルーして直接、フェンリルの世界に行けるらしいんだ」
「…っ!?」
浩介の説明に皐月が驚いた表情を浮かべる。
「どういうこと!」
今まで柱の陰に隠れていたリアが飛び出してくる。
その瞳は真剣だった。
苦境に立たされている主の元へと最短でいける可能性にリアは我を忘れ浩介達に躙り寄る。
「説明して!今すぐに行けるなら私はなんだってする!だから、方法があるなら教えなさい!」
二人に迫る鬼気とした表情のリアに今まで微笑んでいたエルズが厳しい瞳を浮かべ彼女を見つめる。
「リア、あなたの気持ちも分かるけれど冷静になりなさい。あなたが焦ったところで何も解決しないわ」
けれど、焦燥に駆られたリアはエルズに食い下がる。
「でも!」
「…黙りなさい」
エルズは今まで聴いたことのない厳しい口調で、それでも食い下がろうとするリアを一言で制した。
「はい…」
エルズの言葉にリアは辛うじて返事をすると唇を噛みしめながら悔しそうに俯き二人から少し離れて座る。
今までエルズの印象はどこか人を食ったような態度をしている感じだったが、彼女の今の姿は紛う事なき皇女としての品格と器を備えた雰囲気を醸し出していた。
「ごめんなさいね。馬鹿娘が邪魔をしてしまって……でも、分かってあげてね。あの娘なりに仕える主のために真剣だってことを」
他の面々にはやんわりとした表情で謝罪するエルズに対して浩介の彼女を見る目が明らかに変わった。
皇女として自分の成すべき事を理解し行動できる人間であると分かり、浩介は彼女の器の大きさを思い知らされたのだ。
「それでは主に代わり説明させて頂きますわ」
周囲のエルズの反応を余所にセレスは浩介の代わりに淡々と説明を始めようとする。
エルズの存在感に圧倒されることなく冷静な姿を見せる彼女もまた一世界の皇女なのだと実感させられる。
「まず、わたくしと主従契約を結んだ主殿は必然的に精霊界の最上位の存在となりますわ。それはつまり精霊界の全てを扱えると言うことになりますの」
皐月が納得したように頷く。
「…つまり、フェンリルの世界とを繋ぐ次元の裂け目を自分の意思によって繋ぐことが出来るという事ね」
セレスは皐月の言葉に頷いて答える。
「さようで御座います。ただし、わたくしの力だけではなく四大属性の精霊にも自らの存在を認めさせなくてはなりません。ですから、主殿には今から四大属性の精霊達に会って頂きますわ」
セレスは両手を胸元に掲げ詠唱を始める。
「我、精霊界の皇女たるセレスが命ずる。世界を司りし精霊の源なる我が同胞達よ我の願いに応じ顕現せよ」
セレスの胸元から淡い光が放たれ、そこから飛び出すかのように四体の精霊が朧気な姿を現した。
その姿は目を凝らして見ても実体が掴めない。
「セレスみたいな霊体じゃないんだな…」
浩介は不思議そうに精霊達を見つめる。
「わたくしは彼女達と違い最高位の存在ですから」
少し自慢げに胸を張るセレスの姿に浩介はその姿に見合った年相応な行動に感じられ自然と微笑が漏れた。
そんな浩介を値踏みするかのように彼の周囲を取り囲む朧気な存在の精霊達は微かに揺れ動き彼に触れてくる。
「彼女達と言ったな……話をする事はできるのか?」
触れることも会話も出来ないとなると自分を認めさせるのに難儀するなと感じた浩介はセレスに尋ねたのだ。
「指輪を身に着ければ彼女達を知覚することも意思疎通も可能ですわ……あっ!主殿!まだ説明が……ダメです!」
セレスの説明を最後まで聞かずに指輪を身に着けようとする浩介を慌てて制止する。
「どうした?認めて貰わなければいけないんだろ?だったら、これを付けなきゃダメだろ?」
浩介から指輪を奪い取るセレスを不思議そうに見つめる彼に対して彼女の方はかなり焦っていた。
「そうよねぇ、彼女達が淫らな姿で顕現されたら可愛そうですものね。浩介は変態だから大変ねぇ」
頬に片手を添えながら困ったような表情で苦笑するエルズにセレスも苦笑いを浮かべるしかなかった。
「……おまえら母娘の方がよっぽど非道いだろ。それより、どういうことなんだ?」
ジト目でエルズを見つめながらセレスに先を促す。
「彼女達を顕現する場合、契約者の想像力が彼女達の容姿を決めてしまいますの。ですから……」
口篭もるセレスに浩介以外の三人は「…可哀想」と呟き、憐れむように彼の周囲を漂う精霊達を見つめるのだった。
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