其の3 歪な世界と記憶の継承
何度かの空間転移で幾つかの世界を通り過ぎる。
そのおかげで、ぼんやりとだが彼女の言っていた全ての可能性の世界の意味が分かったような気がした。
同一の世界でも人種が全く違っていたり、垣間見た歴史も似ているが選択の違いで大きな変化をもたらした世界も存在した。
「可能性の世界か…何となくだけど分かった気がする」
後ろで考え込みながら歩く浩介を横目に見ながら皐月は少し複雑そうな表情を浮かべた。
この世界の本当の意味を、彼をこの世界に連れてこなければならない理由も皐月はまだ話していなかった。
本来なら一度の空間転移で目的地に辿り着くことも出来たのだが、あえて多くの可能性の世界を見せることによって浩介が自ら考え理解できるようにしたのだ。
思惑通りと表現すると聞こえが悪いが、彼の姿を見る限り今のところ彼女の理想通りには進んでいるようだった。
「なぁ、一つ疑問があるんだけど?」
考え込んでいた浩介が徐に声をかけてくる。
「なに?」
素っ気ない返事を返す皐月の内心は何を聞かれるのかで不安に押し潰されそうになっていた。
「今まで見てきた世界はあいつの世界の可能性だよな?」
最初に降り立った後に立ち寄った世界は浩介が最初に見た世界との共通点が多くそれらがあまりにも酷似していたため、そんな憶測を抱いていた。
「だから?」
その返事を肯定と受け止めた浩介は更に質問を続ける。
「だとしたら、おかしくないか?だって、統治者のあいつと最初の世界以外で出会った記憶がないんだが?」
驚いた表情を浮かべ、感心したように微笑を浮かべる。
「ふーん、意外と観察眼はあるみたいね?そうね、ちゃんと説明した方が良いわね。最初の世界は空間が確定された本筋の世界だからよ。いい、ちょっと、これを見て」
皐月は地面に何本かの線を引き、それを繋ぐように縦横無尽に線を継ぎ足していく。
「最初にいた世界がこの線だとすると他の世界は存在したかもしれない可能性の世界なの。つまり、他の世界に彼が居ないのは彼自身が選び、切り捨てた世界だからよ」
何本か線を消しながら継ぎ足された線を繋ぎ合わせて奇妙な一本線を創り上げる。
「これが、彼が創り上げた彼の存在する世界というわけだけど、理解できたかしら?」
若干、鎖を握る右手に力が込められるのを感じながら間違いが即、痛みに変わるのを実感した浩介は正しい回答を模索し、地面に描かれた奇妙な一本線を必死に見つめる。
その線を見ていて漠然と嫌な違和感を感じた。
「なぁ、素朴な疑問なんだけど?この消されて選ばれなかった世界ってどうなるんだ?」
選ばれずに消された線を指差しながら質問する浩介に対して彼女の瞳が曇るのが分かった。
「存在はするわ。私達が通ることの出来た世界だから……けれど行き場のない世界に過ぎないから、どこかの分岐点で必ず消滅する運命は変えられないわ」
「つまり、本筋の世界以外は可能性だけの世界で可能性がなくなれば消滅する……でも、なら記憶があるのは何でだ?消滅する世界ってことは存在を否定された世界ということになるなら記憶に残ってるってことは存在していた証になるんじゃないか?」
押し問答のような疑問が意識を駆け巡る。
自分で言いながら嫌な予感が脳裏を過ぎった。
「俺達も本筋からはみ出した世界の人間って事か!?」
愕然とした表情でたどり着いた回答に驚愕する。
彼女は少し手首を捻りジャラッと鎖を鳴らすと彼の視線を彼と鎖に向ける。
「この鎖が在るかぎり私達が本筋の世界からはみ出ることはないわ。ただし、消滅する世界の記憶を引き継ぐことにはなるけどね」
その口調は少し哀しげだった。
それは当然のことだろう。
会話した人の数はそれほど多くはなかったが、それでも存在が否定され消滅すると知っていたならば……。
そのことに気付いた浩介は何ともいえないバツのの悪さを感じ皐月を見つめる。
「悪い、聞かない方がよかったみたいだな。」
「似合わないわよ、変態は変態らしくしてなさい」
頭を掻く浩介の表情に微かな微笑を浮かべながら思ってもいない軽口を叩く。
「あいつは何とも思わないのかな?それぞれの人生……多くの存在の消失に関して?」
飄々とした彼の姿を思い出しながら呟く。
「意思造りの皇子だもの、人の意思を創り上げるモノ。彼の一族の血脈はそうして創り上げてきたモノだから消え去った世界なんて、きっと気にも止めないわ。」
「うんっ?」
皐月の言葉に疑問の二文字が頭を過ぎる。
「石造りって石ころの石じゃなくて人の意思ってこと?」
今度は皐月の顔がきょとんとした表情になる。
「石ころの石って?えっ?逆になんでそうなるのよ?」
「だって、あいつの世界の街並みって古今東西の色んな建物が乱立してたしメイソンって確か石工って意味だろ?だから、てっきり……えっ?違うの?」
「ぷっ!アハハッ!あんたってやっぱり可笑しいわ」
浩介の勘違いに思わず大笑いする。
「多分、あんたの意識に介入したんじゃない?干渉は出来なくても知識は盗み見ることは出来るから。石と意思ってあいつ、やっぱりふざけてるわ。アハハッ!」
勘違いを笑いながらも説明してくれる辺り、もしかしたら良い子なんじゃないかと勘違いしてしまいそうになる。
だが、鎖で縛り付け異世界まで連れてくる人間がまともなわけがないと首を振って思い直す。
その勘違いで彼女の笑顔が見られたのなら、それで良かったかなと思う単純な思考の持ち主なのが彼だった。
ただ、心の傷を抱えてまでもなぜ消滅が確定した世界を自分に見せたのかという疑問が浮かぶ。
その世界を通らなければ目的地に行けないのならば仕方がないが、浩介の想像ではこの世界を知るという意味で必要なことだったのではないかと思い始めていた。
この世界は浩介には未知の世界であり、半ば強制的に連れてこられた身としては何一つ覚悟というモノがない。
そのためにわざと遠回りをして何かしらの覚悟を持たせようとしたのではないかと確信めいたモノがあった。
「まぁ、いいか」
元来、あまり深く物事を考えるのが得意でない浩介は遠くの空を見つめながらこの先の未来に思いを寄せる。
*
彼女からこれが最後の空間転移と聞かされ息を飲む。
これまでの経験上、空間転移するたびに色んな意識と記憶のようなモノが浩介の意識に入り込み、時には吐き気を催す事もあった。
その感覚を心の中で『転移酔い』と呼んでいた。
実際、消滅する存在たちの無意識の遺言だと後に皐月に聞かされてからは猛省したのは云うまでもない。
だが、今回の空間転移は何かが違っていた。
一人の視点から見る景色、その瞳は何も出来ず悲しみに暮れながら死んでいく人達の姿が映し出されていた。
血溜まりだらけの床に茫然と座り込み、目の前に迫る凶器に満ちた瞳に思わず視線を逸らす。
ザクッ
肉を切り裂くような耳障りな音が聞こえたと同時に生暖かな血の臭いが鼻腔を擽り瞼を閉じたまま耳を塞ぐ。
微かに誰かの叫び声が聞こえるたびに臭気が濃くなっていき、人の倒れる振動が床を通じ伝わってくる。
〔戦場だよな……〕
自分の意思で身体を動かすことが出来ず浩介は閉ざされた闇と塞がれた耳から得られる情報で判断する。
ゲームやテレビでしか知らない世界、それには噎せ返るような血の匂いも殺伐とした空気も感じることはない。
だが、浩介が体感しているのは紛れもなく誰かが経験して感じた争いの記憶に違いなかった。
誰かが覆い被さる感覚を憶え微かに瞳を開く。
薄らと開いた瞳が大きく見開き目の前の光景を直視し、現実を受け入れられない苦悶に満ちた表情へと変わる。
目と鼻の先に見知った女性が額から鮮血を垂らしながら気丈にも自分を優しく見つめていた。
質実剛健な甲冑に身を包んだ女性が優しく見つめながら護るように抱きしめているのが分かった。
「…生きてください」
耳元で聞こえるか細い声、力無く微笑む女性の姿、それらが鮮烈な想いとなり意識に語りかけてくる。
そして、不安がらせないよう優しさに満ちた微笑を浮かべたまま彼女は力無く倒れ込んだ。
その瞬間、視線が定まらなくなり視界が涙で曇った。
現実を拒絶するように首を振り、倒れ込んだ彼女を震えながら触れる指先は白くか細いモノだった。
その瞳は女性に突き刺さった鋭利な刃物に愕然とし、激しい絶望感と声にならない悲鳴が彼の意識で暴れ回る。
鮮血で濡れた両手の感触も意識内に再現され、あまりに現実的な状況に思わず声にならない嗚咽が漏れる。
〔……気持ち悪い〕
激しい感情の波が浩介の意識を呑み込んでいく。
朦朧とする意識の中でジャラッと聞き慣れた鎖の音が聞こえ、意識が引き戻されるのを感じながら離れていく別の意識に何故だか名残惜しい気持ちになった。
あれだけ苦痛に満ちていたはずなのに離れていく意識が愛おしくて仕方がない感覚に包まれ思わず手を伸ばす。
「だめよ!それ以上は自我を失いかねないわ」
鎖を通して皐月の声が聞こえ、伸ばした指先を握りしめる浩介の意識には「…生きてください」あの声だけがいつまでも脳裏に焼き付いていた。
例えようのない喪失感を味わいながら正面を見据える彼の瞳には歪み捻れ始めている空間が見えていた。
それは空間転移の終わりを示しており、鎖に引っ張られながら彼の身体がその歪みの中へと吸い込まれていく。
皐月は地面に降り立つとすぐに、定まらぬ視点で宙を見つめる浩介の頬に両手を当て声をかける。
「意識はある?私が分かる?」
焦点の定まらない瞳の浩介を見つめながら必死に呼びかける声に朦朧とした意識の中で何故だか無性に抱きしめたくなった。
それが何故なのかは分からなかったが、しなければならないと強く思い浩介は彼女を思いきり抱きしめ囁いた。
「生きてくれて、ありがとう……」
その言葉に瞳を見開き、皐月は力無く座り込んだ。
「何を見たの……それって……」
茫然とする皐月に彼は優しげな瞳を向ける。
「ただ、それだけは伝えなきゃと思ったんだ」
まるで別人のような浩介の表情に皐月は言葉を失い、彼の背中にそっと手を添え瞳を閉じた。
「ありがとう」
彼女の言葉に身体中の力が抜け意識を失いかけた。
その瞬間、彼女の声を聞いた気がした。
「浩介?」
彼女の不安そうな声を聞きながら初めて名前で呼ばれたことに気付き、苦笑しながらそのまま意識を失った。
*
どれだけの時間、気を失っていたのか定かではないが意識を取り戻した浩介の瞳が最初に見たモノは見知らぬ天井だった。
彼の部屋とは明らかに違う高い天井、寝ているベッドは思わず二度寝したくなるぐらいの心地よさだった。
泊まったことすら無いがスィートルームのベッドがこんな感じなのではないかと思いながら浩介は身体を起こし周囲を見渡した。
調度品の一つ一つが綺麗に手入れされ、部屋の広さは優に二十畳はあるのではないかと思うほど、ゆとりのある間取りに貧乏性の浩介は何だか落ち着けなかった。
「どこだ、ここ?」
落ち着きのない様子で周囲を見渡しながら、何が起きたのかを思い出すため曖昧な記憶を掘り起こしていく。
最後の空間転移に入り込み、いつものように多くの意識と記憶が流れ込んでくるのを感じながら……いや、違った。
流れ込んできたのはたった一人だけの記憶だった。
「あれは……」
思い出すだけでも焦燥感に駆られる。
言葉にするには悲痛な痛みを伴う凄絶な記憶に彼の視線は自然と自分の両手に向けられた。
両手に残る血に塗れた生暖かな温もり、抱きしめた女性の冷たくなっていく感触、殺伐とした死の香りが佇む世界、それらは彼が体感したかのように明確に残っていた。
「あら?気がついた?」
ぼんやりと両手を見つめていた浩介の耳に聞き慣れた声が聞こえ、顔を上げると重厚な扉から皐月が入ってくる。
「あぁ」
気のない返事を返しながら、また両手へと視線を移す。
その仕草に不安げな表情で近付くと、屈み込みながら両手にそっと手を添えて覗き込むように浩介を見つめる。
その瞳はどこか困惑しているように見えた。
「一体、何を見たの?」
優し語りかける彼女の声を聞きながらも感じている感情をうまく伝えることが出来なかった。
「たった一人だけの記憶……としか云いようがないな」
その言葉に彼女の指先が微かに震えた気がした。
「…そう」
微かに視線を逸らす瞳に、これ以上この話題に触れてはいけないと意識の奥深くの感覚が告げていた。
彼が見た景色、感覚、想い、心の内の焦燥感をありのままに伝えれば答えてくれるかもしれないが何かが壊れてしまう、そんな気がして何も聞くことが出来なかった。
ただ、両手に添えられた彼女の指先が、どことなく彼と意識を共有した人の指先に似ているような気がした。
「綺麗な指先だな…」
呟いた言葉にピクリと反応し唖然とした表情で見つめると、その頬は見る間に赤らめ添えていた両手からサッと離す。
「馬鹿じゃないの?この変態!」
いつもの罵声に何故だか救われた気分を感じて思わず苦笑すると、酔いの残る頭を振りながら周囲を見渡す。
「まだ、酔ってる感覚が抜けないが……まぁいずれ抜けるだろ。それはいいとして、ここどこだ?」
この場所が目的の場所なら説明してくれるだろうと彼女を見つめるとまだ赤く染まった頬を軽く叩き、冷静さを取り戻しながら腰に手を当て咳払いする。
「コホンッ、全く心配して損したわ。そうね、そろそろ説明した方が良いわね。この場所は可能性の世界の中心よ」
意味が分からず首を傾げる。
「意味が分からん。可能性の世界の中心って、なんだ?ここで愛でも叫べばいいのか?」
古い映画のタイトルのような説明に思わずボケてみるものの、彼女の反応は思っていたモノとはやや違っていた。
「あ、あ、愛を叫ぶって馬鹿じゃないの!?ホントに!」
動揺を隠せず頬を赤く染め直し、テンパる彼女に何となくだが彼女の扱い方が分かった様な気がした。
つまり愛だの褒め言葉だのは、そのままの意味で受け取ってしまう、少し天然の入った子供みたいなモノなのだ。
「このボケは分かりにくかったかぁ。それはいいとして話が逸れたけど可能性の世界の中心って?どういうこと?」
「誰のせいで話が逸れたとおもってるのよ。つまり、この世界は意思造りの皇子とは別にあと四人の統治者の居る世界の中心なわけ」
他にも別の世界が存在するのも驚きだったが、彼みたいな存在が四人は存在する事実の方が恐ろしかった。
「じゃあ、つまり世界ってのは国家って考えた方がいいのか?それ以前にあいつみたいな奴が少なくとも四人はいるってことになるのか?なんだか、恐ろしいなぁ」
彼のように気に入らない世界を切り捨てる奴が四人もいるということは、その数だけ存在を忘れ去られる人々がいるということだ。
その考えに気が付いた皐月は静かに首を振った。
「それは違うわ。意思造りの力は彼の一族だけのモノで他の一族は別の力を持っているの。だから彼の世界以外の世界では他の一族の理で成り立っているわ。だから、彼が他の世界に干渉することは出来ないし他の世界の一族も同じね。でも、そうね世界が国家って表現は間違ってないかもしれないわ。」
珍しく理解力の良さを発揮した浩介を感心したように見つめながら小さく頷く。
「干渉できないってことはお互いの世界同士で交流とか無いのか?ここの世界って中心なんだろ?」
干渉できなければ中心とはいえないし交流のない世界同士が存在してもこの場所は中心の世界とは言いがたい。
「一族の力を使った干渉が出来ないだけよ。例えば別の世界と彼の世界とで合意した事柄はこの中心の世界によって保証されるから、どれだけ不利益な事柄でも意思造りの皇子といえど切り捨てることは出来ないわ」
確かに、そうでなければ彼の世界に戻った時点で彼の都合の良い結果に変えてしまうことも意思造りの能力を使えば可能ではあるし彼ならやりかねない。
世界を切り捨てる力ですら無力化するこの場所は確かに中心の世界と言って間違いなかった。
「ハンパないな!?世界を切り捨てる力すら無力化するって、ここの一族なんなの?ある意味、最強だろ?」
興奮気味の浩介に彼女は首を振り否定した。
「一族の力を無効化できるのはお互いの合意を得た場合のみだから、合意してない事柄は無力化できないの。だから、切り捨てられる世界を止めることは出来ないわ」
空間転移で訪れた幾つかの消滅する世界を止めることは彼と他の世界との合意がなければただ見ているだけに過ぎないということだと分かり、この世界の力も万能では無いことに気付かされる。
「うんっ?じゃあ、最後の空間転移で見た世界は?あいつの世界じゃなくここの世界の誰かなのか?あっ……」
浩介は心の中で「しまった」と後悔した。
そのことに触れるべきではないと分かっていたはずなのに、この世界の事情を知っていくうちに思わず口に出してしまっていた。
彼女の表情が曇るのが手に取るように分かる。
「あ、あのなぁ。言いたくなければ聞く気は無い。ただ、ちょっと気になったもんだから……」
しどろもどろになる浩介に彼女は小さく呟いた。
「この世界の一族の記憶よ……」
その口調は何故だか深い悲しみに満ちていた。
もしかしたら彼女がこの世界の一族なのではという可能性はこれまでの言葉の端々での動揺で十分に考えられた。
そして浩介の意識が触れたあの記憶を見る限り、不幸な歴史であるだろうと容易に想像できる。
「あなたが見たのは、この世界の成り立ちの歴史。今の秩序が出来上がるまでに流された哀しみの記憶よ」
瞳を伏せながら語りだす彼女はどこか犯した罪を懺悔するかのように悲痛な表情を浮かべていた。
その表情に浩介はそっと彼女の頭を撫でた。
その行為に感情があふれ出しそうになりながらも堪えるように俯くと、何かを確かめるような静かな口調で話し出した。
「この多重世界は元々一つの世界でしかなかったの。そして、たった一人の女性の手によって世界は分断されてしまったわ。当時は誰もその変化に気が付かなかったのだけど、古い血脈を持つ皇族達の中に能力に目覚め、世界の変化に気付いた者達が今の多重世界を創り統治を始めたの」
ふと、世界の変化に気付いたとき彼らはどう思ったのだろうかと考えてしまった。
今までと同じなのに違う世界、違和感を感じても何が違うのか分からない状況、そして気付いたときの統治者の考え、それらが混ざり合ったのならば何をするのか。
背筋に寒気が走るのを感じた。
「そして、争いが起きたか……」
その言葉に彼女は小さく頷く。
どの世界でも支配欲に塗れた統治者が自らの能力を使い争いを起こすというのは容易に想像できた。
浩介が見た景色も、その一場面だったとするなら一体どれだけの哀しみと憎しみの連鎖が重なり合ったのか考えるだけで悲壮感で胸が痛くなる。
「争いは三百年続いたわ。それぞれの能力が拮抗していたから無益な争いが終わる気配がなかったの」
意思造りの皇子の能力なら争いがない自分だけの世界を切り取ることも可能じゃ無いかと思ったが、どうやら他の能力もそれを覆すだけの力が在ったということになる。
「意思造りの力にすら抵抗できるなんて、なんだか想像の域を超えるな。」
どのような争いなのか想像すらできない浩介は深いため息を付きながら大きく首を横に振る。
「……そうね、ただ意思造りの能力で人々の記憶から存在しないまま命を散らしていった英雄も多くいたはずよ」
『いたはず』、その言葉が浩介の胸に刺さった。
守るべき人のために総てを擲ち、その命を失ったにも拘わらず、その存在を誰からも忘れ去られた英雄の気持ちがあまりにも不憫で仕方が無い。
何のために戦い、何のために死んでいったのか……。
考えただけ彼らの悔しさや無念が偲ばれる。
「でも、争いは終わったんだろ?」
今の世界、といっても意思造りの世界しか経験していない浩介は今の世界は彼女から聞いた障りしか知らない。
もし、争いが続いているのならと不安が過ぎる。
「今はね。争いの中で最後に能力に目覚めた皇子が、この争いの発端となった場所で総てを終息させたから」
この世界の統治者の血脈が三百年の争いを止めたのだ。
「つまり、その皇子の能力が今の世界を創り上げた中心の世界の一族ってことなのか?」
頷く彼女に浩介は驚きを隠せなかった。
「ただし、その命と引き替えにね……」
その言葉に浩介は絶句した。
「えっ?この多重世界の創始者だろ?」
異常ともいえる能力を持った統治者達の争いを納め、今の世界を創り上げた存在が命を落とさなければ創造することの出来ない世界、それは常軌を逸脱していた。
困惑する浩介に彼女は覚悟を決めたかのように語った。
「この争いの発端となった、たった一人のためだけに彼は彼自身の命を使ったの……それが彼の能力の理だったの」
自分を犠牲にすることでしか救うことの出来ない世界、それはあまりにも切なすぎる世界だと浩介は思った。
「何だか哀しすぎやしないか?その皇子にとって救いたいと願った一人のためだけに命を落とすなんて……」
その言葉に彼女は何も言わず、ただ俯きながら肩を震わせるだけだった。
一族の歴史は文字通り命を賭けて一人を救い、世界を安定へと導いた行為であり確かにそれは尊い事だが、それによって残された者達の哀しみは耐え難いものであったことを彼女の姿から感じられた。
それが肉親や親しい間柄であったのならば尚更であり、争いの終息からどれだけの月日が流れているのかは分からないが彼女の姿を見る限りその哀しみは今尚、一族の心に深い傷跡を残していることが分かった。
浩介が感じた意識の想いに心が痛む。
「生きてください」そう言った彼女の気持ちが、あの言葉の重みが今になってようやく分かった。
狂おしいほど彼女の姿が愛おしく感じる。
肩を震わせる皐月の姿に一族の歴史と失った哀しみが、その想いが深いことを知り浩介はかける言葉が見つからず、ただ彼女の頭を優しく撫でることしか出来なかった。
彼女も撫でられることで心の苦しみが和らぐのか唯々、肩を震わせ浩介に寄りかかように甘えていた。
どれだけの時間が過ぎたのか分からないまま、皐月を撫で続けていると部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「失礼いたします、皇女殿下。恐縮ですが、御客人がお待ちになられております故、そろそろ…ご支度願います」
室内の空気を敏感に察してか扉を開くことなく声をかけてくる男性の声に皐月の雰囲気が変わったように感じ、浩介の指先が自然と彼女から離れた。
それをさせるだけの何かを感じ取ったからだ。
「…今、行くわ。」
彼女が返事をすると扉の外にいた気配が静かに離れていくのが分かった。
「ありがとう」
視線を合わせることなく立ち上がると、ただそれだけを言い残し彼女は部屋を出て行った。
残された温もりを感じながら浩介は両手を握りしめる。
そして、身体を支配していた手足の鎖がないことにようやく気が付いたのだった。




