其の10 五護衆の恥曝し達
「ふひゃあ~、美味しかったのじゃ」
お腹をさすりながら満足げな表情を浮かべる雅を見つめながら浩介は呆れた表情を浮かべる。
「お前の身体の何処にそんなにはいるスペースがあるんだ?不思議で仕方ないよ」
雅の前には幾つもの皿が積み上げられている。
途中から店員さんも雅の食べっぷりを見にやってくるほどで仕舞いには店の女将さんが豪快に笑いながら「気に入ったぁ!」と叫び通常の倍はあるパンケーキを作り持ってくるほどだった。
ちなみにその後、特製パンケーキは【雅スペシャル】という名で店の看板メニューになってしまった。
何人かでシェアするのに丁度、良いらしい。
「ほら、お口にソースが付いてますよ」
テーブルのナプキンで雅の口元を拭う。
「う、うぅ。ありがとうなのじゃ」
すっかり雅の世話をするのがニルの仕事になってしまい本人も慣れたのか雅の相手をしてくれている。
雅は完全にニルに頼り切っている。
見ていて微笑ましいことこの上ない。
「さてと、朝飯も食べた事だし少し街中でもブラブラと散歩でもしようか?」
「賛成なのじゃ!」
浩介の言葉に瞳をキラキラさせながら雅は頷く。
「では清算をして参りますので外でお待ち下さい」
財布を預かるニルが立ち上がり伝票を持ってカウンターへと歩いて行く。
何だかんだで雅はもちろんのこと浩介も基本的には無一文の穀潰しである。
皐月はこのメンバーの中で一番常識のあるニルにだけ財布を渡しているが一世界の皇女である皐月の財布は尋常ではない。
普通の庶民が慎ましく生活すれば10年は生活できる金額をポンッと従者であるニルに渡したのだ。
皐月曰く「二人に渡すと金の無駄」というわけで、浩介はともかく雅に渡してしまっては間違いなく食費だけで湯水のごとく全て使い切ってしまうのでは無いかと思ってしまう。
「まぁ、一番常識がある人が財布を持ってた方が安心できるわな。ただ、ちょっと情けないかな……」
この世界の常識に疎い浩介に金銭を預けるのは論外であるのは分かってはいるのだが情けなさが先に来る。
まぁ、それは男の見栄なのかもしれないが。
「じゃあ、外で待ってようか?」
立ち上がる浩介に付き従うように雅も後に続く。
「そうじゃのぅ、次は何を食べようかのぉ」
外に出て周囲の飲食店を見渡しながら瞳をキラキラさせる雅に「まだ、食うのか?」と呆れ顔を浮かべる。
「……どうしてこんな金額になるんですか?」
カウンターで清算していたニルが大声を上げる。
「食べ過ぎたかのぉ……」
その声に少し反省気味の雅を横目に浩介がカウンターに近づきニルが握る清算用紙に目を向け唖然とする。
「なに?この金額……」
有り得ない金額に茫然とする。
「いやね、この無銭飲食の娘が知り合いだぁ!って言うから、この娘の分も含めたんだけど……違うのかい?」
女将さんがカウンターの奥から首根っこを掴まれながら苦笑いするリアを見た瞬間、浩介とニルは深いため息をつきながら額に手を当てる。
「…いいえ、赤の他人です」
ニルは言い切った。
「…そんなぁ~、見捨てないでよぉ。」
涙目のリアを横目にニルは自分たちが食べた分の支払いだけを済ませ浩介達と合流する。
「そうかい、じゃあこの娘には代金分の皿洗いでもして貰おうかねぇ。この娘に仕事を手伝わせなぁ!」
カウンターの奥へと投げ込まれるリアを見つめながら「…ああはなりたくない」と心底思う浩介だった。
泣きながら皿洗いを始めるリアに雅もため息を漏らす。
「…不憫じゃ、ああはなりたくない」
「まぁ、大丈夫でしょう。先ほど女将さんが五護衆の一人をこき使ってやったって自慢が出来ると笑ってらっしゃってましたから」
「知っててこき使うって大物だな、あの女将さん」
五護衆といえば、この多重世界では英雄扱いの存在であり普段なら無料で食事を提供されるぐらいなのだが……どうも、リアの威厳というモノは一般庶民にすら全くないようだった。
泣きながら皿洗いをするリアを笑いながらこき使う店の人々に畏怖の念は全くない。
「ま、あれはあれでリアらしいか」
ニルや雅も頷く。
「そうじゃのう、らしいと言えばらしいが……」
呆れた表情の雅に苦笑しながら浩介は彼女の右手を握り、左手をニルが優しく握り仲良く歩き始める。
これが当たり前になってしまった。
「何だか親子で買い物に来てるみたいだな……子供が少し成長しすぎている気はするけど」
二人を挟んだ真ん中で瞳をキラキラさせながらお店を見て回る雅を見つめながら呟く。
「まぁ、中身は子供のようなモノですから」
微笑みながら答える彼女にさすがは常識人のニルだと感心する浩介だった。
「ただ……」
少し照れた表情でニルは浩介を見つめる。
「ただ?どうした?」
珍しく言い淀むニルを不思議そうに浩介が見つめ、雅も小首を傾げながら彼女に視線を向ける。
「い、いえ、何でもありません。雅様、あちらの屋台で面白いモノがありそうですよ。行ってみましょうか?」
チラッと浩介を見て頬を赤らめながら帽子を深く被り直すと幾つもの屋台が建ち並ぶ場所を指差す。
確かに屋台の一角では多くの人が歓声を上げながら何かに夢中になっている様子が見えた。
「うん!行くのじゃ!二人で先に行っておるぞぉ!」
我慢できずに走り出す雅の手が浩介から離れる。
「おぅ、飯を食ったばかりで俺は走れそうにないからゆっくり行くとするわぁ。ニル、雅をお願いします」
雅に手を振りながら引っ張られるように離れていくニルに声をかける。
「は、はい!わかりました。あの屋台にいます」
ニルは屋台の一角を指差し雅の後を追いかける。
「…浩介様と夫婦みたいで嬉しいなんて恥ずかしくて言えるわけないじゃない……もぅ、どうしたんだろ?わたし」
耳まで真っ赤になりながら離ればなれにならないようしっかりと雅の手を握りしめながらニルは小さく呟いた。
何時から好きになったのかは分からなかった。
けれど多分あの時だと感じる瞬間はあった。
馬車の手綱を握りしめ滑走していたニルに優しく声をかけてくれた、ただそれだけの筈なのに彼女はときめいてしまったのだ。
従者と呼ばれる者は基本的に扱いは馬車と一体であり、余り待遇は良くはなく馬車や馬の方が待遇が良いぐらいだ。
従者に声をかける主などニルは今まで出会ったことがなく、浩介の呼びかけに心底驚いた。
帽子やスカーフなどを取れば希少な異世界の住人であるニルに声をかけてくる者は多くいた。
けれど、従者の服装をしたニルに対して声をかけてくれたのは浩介だけであり、心配すらしてくれたのだ。
それだけでニルは惚れてしまっていた。
エルフ族は情に厚く惚れっぽいのである。
「ニル?顔が真っ赤じゃが熱でもあるのか?」
しゃがみ込んで顔を覗き込みながら心配そうな表情を浮かべる雅の顔が見えニルは苦笑しながら微笑む。
「大丈夫ですよ、雅様。さあ、行きましょう」
優しく微笑むと心配そうにしていた表情がパァーと明るいものへと変わり雅は大きく頷く。
「うん!わかったのじゃ!」
二人で並んで歩きながら人混みから熱狂的な歓声が上がる屋台の一角に歩み寄って行く。
「何をやっておるんじゃろうな?」
ピョンピョンとジャンプをしながら屋台で行われている催し物を見ようとするが人混みの中ではなかなか見ることが出来ない。
「うん?お嬢ちゃん達は異世界の住人かい?」
見物客の女性が二人に声をかける。
「……まぁ」
少し警戒気味に答えるニルにその女性は豪快に笑う。
「わははっ、そんな警戒しなくても取って食いやしないよ。この都市じゃあ、それほど異世界の住人なんて珍しくなんかありゃあしないからねぇ。あたしゃあ、ミランダ。そこで串焼き屋をやってるもんだよ」
ミランダは頭にターバンのように巻き付けた布から長い赤毛がでており服装は先ほどの店の女将と似たような格好をしている。
「あそこでなにをやっておるのじゃ?」
雅はミランダに警戒することなく人混みの先で何をやっているのかの方が気になって仕方ない様子だった。
「あぁ、ありゃあ力比べしてんのよ。この都市は色んな世界から人が集まってきてるからねぇ。まぁ、今は飛び入り参加のメイド服の嬢ちゃんが大の男を豪快に投げ飛ばしてるねぇ」
メイド服の嬢ちゃんと聞き二人は顔を見合わせる。
「まさかね……」
嫌な予感がニルの脳裏を過ぎる。
「…さすがにそれはないじゃろ」
頭を抱えながら雅もため息をつく。
「すごい人混みだなぁ。うん?どうしたぁ?」
のんびりと歩いてきた浩介が二人の様子に気付く。
その直後、遠くの屋台で実況をしていた男が声を張り上げながら勝者の名を叫んだ。
「勝者はぁ~!自称可憐な女中ぅ~!けれど、実態はぁ~!殺戮のメイドぉ~!ミぃ~ユぅ~ルぅ~!」
実況の声に人混みの大歓声が鳴り響く中、ニルと雅は「やっぱりかぁ……」と二人してガックリと項垂れる。
二人の仕草に首を傾げるミランダに対して浩介は苦笑いするしかなかった。
「うん?知り合いかい?なんか、五護衆の一人と名前が同じだけど……まさかねぇ、そんなわけないだろうしねぇ」
ミランダの言葉に思わず「その五護衆の人です」と言いかけた浩介を雅とニルが無言で見つめ静かに首を横に振る。
「さぁ?全く存じ上げません…帰りましょうか、雅様」
疲れ切った声で雅に話しかける。
「そうじゃのぅ……巻き込まれたくないからのぅ」
素直に頷く雅に対して浩介は頷きながら呟く。
「ってか、あいつはどんだけ暇なんだ?」
首を傾げるミランダに「何でもない」と言いながら三人はトボトボと屋敷へと向けて歩き始めるのだった。
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