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そして、彼女に鎖で繋がれ異世界を旅をする! ?  作者: 村山真悟
第一章 理不尽な痛みは不可解な日常の始まり
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其の2 彼女の手が握る世界

 ベッドの上でふんぞり返る彼女、如月皐月きさらぎさつき)と部屋の主であるにも関わらず床に正座をさせられている上山浩介かみやまこうすけ)の絵柄は実に奇妙な光景だった。


「まず、質問がある……」


「何かしら?変態さん」


 ふんぞり返った彼女の左手には、その指先に摘まみ上げられヒラヒラ揺れる例のブツ、それを見つめながら抉られ過ぎた精神を更に容赦なく抉る一言、変態さん……。


 その呼び名に更に精神を抉られながら、残り少ない気力で今の現状を理解するため皐月に話しかける。


「何故、自分の部屋で正座をさせられ、残り少ない気力を…精神を抉る呼び名で呼ばれ…って、そんな事よりも……なんで俺は鎖で縛られているんだ!」


 勢いよく立ち上がり自分の境遇を訴える。


 ジャラッ


 金属が擦れる音が鳴る。


 両手首には長めのリストバンドのような黒色の手枷が取り付けられ、その根元には太めの鎖がダラリと伸びており、足首にも同じ足枷が着けられ鎖は胸元で繋がっている。


 縞模様の服装でも着用すれば、まさにTHE囚人といった出で立ちである。


 だが、最も浩介の精神を抉ったのは彼の首元に取り着けられたモノであった。


 艶やかで肌触りの良い本革のような素材、黒色に赤のストライプで彩られた……首輪としかいいようのないモノ、それには勿論と言わんばかりの太めの鎖が伸びており、その先は彼女の白く華奢な右手に収まっている。


「変態さんから身の安全を守るための正当防衛としては妥当な線だと思うわよ。だって私、か弱い女の子だもの」


「どこがだよ…」


 一瞬でそれらを自分に取り付け、強制的に正座をさせられ、辱めを受ける行為に彼女は平然と言ってのける。


 そんな彼女の姿には寧ろ、清々しさすら感じられ最早、打つ手なしとため息交じりに力無く座り込んだ。


「…でっ?このあまりにも非現実的な状況の説明してくれないか?この屈辱的な姿……はぁ、情けない」


 今の姿に再度、ため息をつくと頭をかきむしる。


 その度にジャラッ、ジャラッと鳴る鎖に空しさが増強されていくようで何だか説明を聞くのが怖い気がする。


「仕方ないわね……本当に憶えてないのね」


 ため息をつきながら少し哀しげな瞳を浮かべ、最後の言葉は浩介に聞こえないぐらいか細い声だった。


「まず、私の名前は如月皐月。そして、貴方の主人よ。」


 右手の鎖を少し揺らす。


 その瞬間、何かに支配されたかように浩介は正座した。


 不思議なことにさっきも同じような仕草で浩介は正座をさせられ、例のブツによる屈辱を受けていた


「いや、主人って?そんな、意味わかんないこと言われて納得できるわけないだろう!そもそも、どうやって部屋に入った?」


 部屋に入ったときにいつも通り鍵をかけたのは間違いないし、寝るときも彼女の存在はなかったはずた。


「はぁ、全く……そこ見て」


 皐月は何だそんなことかと言わんばかりに大袈裟にため息をつき部屋の壁を指差した。


 それは、『鬼姉』と自分を分け隔てる最後にして最大の防御壁、一日一回の猛攻に耐えてきた仕切り壁だった。


 そう、この壁がなければ一日一回の猛攻に浩介自身、耐えられるわけもなく今頃は生傷の絶えない生活を送っていたはずである。


 そんな、生命線ととも呼べる仕切り壁を指差す場所に視線を向けた浩介はそこに妙な違和感を感じた。


 指差した壁の一部分だけ壁紙が不自然なほど歪んでいるような、そんな錯覚を覚える光景だった。


「なにこれ?何が起きてる?」


 何度も目を擦りながらそれを見つめる。


「空間転移?って表現すればいいかしら?この部屋と別次元を繋いで行き来する方法かな?」


 全て疑問系で答える皐月に対して理解すら出来ない浩介は頭を掻きむしりながらため息交じりに呟く。


「……でっ?この夢はいつ覚める?」


 こんな非現実的な今の現状を夢と決めつけることにした浩介は皐月を諦めた表情で見つめる。


「そう、分かったわ……これでどう?」


 鎖を握る右手を少し捻り一気に引き寄せる。


「ぐぅっ………えっ?」


 一瞬、喉元を締め付ける感触を味わい、気が付くと皐月の冷たい視線が浩介の目前に迫る勢いで近付いた瞬間、腹部に身に覚えのある激しい痛みが突き抜けた。


「ぐはぁ!?」


 激しい痛みに呻き声を上げながら浩介の身体は床に叩きつけられ、その衝撃でテーブルに置いておいた飲みかけのコーヒーが盛大に床を濡らす。


 何が起きたのか分からず茫然とする浩介に皐月は冷ややかな瞳で見下ろしていた。


「どう?夢だった?」


「いってぇ!夢じゃないのは理解したが、やり方ってもんがあるだろ!」


 腰と腹部の二重の痛みを味わいコーヒーの匂いが充満する部屋で思わず茫然とした意識より先に声を荒げた。


「でも、夢じゃないことは理解できたわね?」


 右手の鎖を弄びながら尋ねる彼女にこれだけの痛みを伴えば夢であるはずがないと意識の隅では納得する。


 だが、現実として受け入れるにはあまりにも現実離れし過ぎているこの状況に唯々、茫然とするしかなかった。


「じゃあ、夢じゃないとしてこれが現実?これは、どう考えても有り得ないだろ?」


 それはすごくまともな考えではあった。


 奇妙に歪んだ壁から人様の部屋に入り、更にベッドで爆睡して、挙げ句の果てには鎖で縛られ虐待される。


 これを現実と認識するなら今までの人生は何だったのだろうか?と脳裏を駆け巡る感情にしばし思考が停止した。


 だが、その思考を呼び戻したのは部屋の外から聞こえた怒声、いや叫声というべき声だった。


「こーーーすけぇ!なぁーに、一人で騒いでるのぉ!」


 バキッ!!


 何かが壊れる音と共に部屋のドアが勢いよく開けられると、そこに仁王立ちに立つ鬼の姿、もとい姉の姿が茫然とする浩介の視界に入り一瞬で我を取り戻した。


「姉ちゃん……はっ!」


 姉の鬼の形相と床を転がるドアノブに我を取り戻した浩介は姉の顔を見つめながら今の現状が頭を過ぎり、そして青ざめた表情へと変化する。


 なにせ今の状況を正しく理解するならば実の弟が見知らぬ女性に鎖で縛られ茫然と床に座り込み、鎖を握る女性の左手には例のブツがヒラヒラと揺れている。


 〔この状況はかなりやばい……〕


 一瞬で全てを悟った浩介が世間、いや姉から抹殺される前に口を開きかけた瞬間、鬼の形相だった姉の顔がみるみると赤く染まってゆく。


「あっ、あら失礼ぃ…プレーの最中?ごめんなさい、おじゃまだったかしら?あっ、その、が、がんばってね浩介!」


 バタンッ


 勢いよくドアが閉まり自分の部屋へと駆けていく姉を違う意味で茫然と見送りながら浩介の内で何かが音を立てて崩れていくのが分かった。


 その直後、携帯の着信が鳴る。


 恐る恐る、携帯を手に取り履歴を見る。


 メールの受信通知と送信相手の名を見てため息をつきながらメールを開くとたった1行の文字が送られていた。


 ーーー避妊はするのよ


 その瞬間、浩介は力無く床に崩れ落ち、現実だろうと夢だろうとこの際もうどうでもいいと思った。


 哀れみの瞳でこちらを見る皐月に浩介は低く呟いた。


「終わった……」


「あぁー、まぁ、タイミングがねぇ、悪かったていうか、なんか、そのごめんねぇ。お姉さんだっけ、今の?完全に誤解したって言うか、その、強く生きるのよ……変態さん」


 歯切れの悪い口調で落ち込む浩介を横目に見ながら励まそうとするも最後に更に落とし込んでくる皐月に静かに首を横に振る。


「もぅいい。俺に用事があるならとっとと済まして、その空間転移?とやらで帰ってくれ……もう、この最悪の状況から立ち直れそうにない」


 脱力感に包まれながら床に倒れ込んでる浩介に、皐月は右手で頬を掻きながらボソッと小さく呟いた


「普通の人には見えるはずないんだけどなぁ?彼女も、もしかしたら……まさかね、そんな都合のいい話ないわよね」


 少し考え込んでから頭の中の憶測を追い出し、床に倒れ込んだ浩介をため息交じりに見つめながら漠然とした不安と奇妙な安堵感に包まれている自分に気付き思わず苦笑する。


「ふふっ。さてと、じゃあ本題にって…こりゃあ、ダメかなぁ?取りあえず、実際に連れて行った方が早いわね」


 浩介の打ちひしがれた姿に頭を掻きながら立ち上がり、徐に歪んだ壁の部分にそっと手を当てそのまま、何の抵抗もなく壁内へと身体を滑り込ませる。         


 そして、右手に握られた鎖を思い切り引っ張っると、浩介の身体は軽々と宙を舞い、引き寄せられるように壁の内側へと吸い込まれていく。


 もう、何が起きているのかさっぱり理解できないままの浩介はそのまま皐月に引っ張られるように部屋から消えていった。


 ただ、浩介の脳裏には昨夜の彼女が突然と消えた理由が分かって「あぁ、こういうことか」と妙な納得感が意識を巡っていた。


「さぁ、これからが始まりよ。」


 少し楽しげな口調の彼女に内心、「俺の人生はもう終わったがな」という悲壮感だけが心を支配しているのが分かり今日、何度目かの深いため息をつく浩介だった。



            *


 それは、とても奇妙な感覚だった。


 空間転移?と呼ばれていた場所に入り込んだ浩介の意識に膨大な何かの記憶、意識のような、言葉では表現しづらい何かが浩介の心に押し寄せてくるのを感じていた。


 それは過去のような、はたまた見知らぬ異世界の情景のように浩介の脳裏を過ぎり、そして消えていった。


 それらの光景が脳裏を過ぎった瞬間、自分が無意識のうちに涙を流していることに気付き驚きを隠せなかった。


 〔何故、こんなに哀しいんだろう?〕


 言葉に出来ない感情にしばし意識が沈黙する。


 この先に答えがあるのかもしれないと手を伸ばした瞬間、それらを掻き消すような目映い輝きに視界を遮られた。


 ドタッ。


 目の前に赤茶けた大地が広がり、浩介はそのまま顔ごと地面に叩きつけられた。


「痛い……ってか!?イタタッ!とまれぇー!」


 それしか云いようがなかった。


 赤茶けた地面がもろに顔面を擦りながらも首元で繋がった鎖を握る人物はそのまま何事もないかのように浩介を引きずりながら先へと進んでいく。


 その原因は勿論、鎖を握る彼女にあった。


 当の本人は軽やかに地面に降り立ち、浩介の存在を忘れているかのような足取りで歩き始めていたためだ。


「あっ!忘れてた。だいじょうぶ?」


 右手に掴んだ鎖の妙な違和感に気付き、思い出したかのように慌てて後ろを振り返る皐月に言葉を失い、浩介は言いようのない絶望感を味わった。


「……今、完全に俺のこと忘れてたろ?」


「あっ、あははっ」


 恨めしそうに見つめる浩介の瞳を乾いた笑いでごまかそうとする皐月の姿に諦めにも似た何ともいえない空しさがこみ上げてくる。


 何度目かの深いため息をつくと身体中が悲痛な痛みを訴えてくるのに苦い顔をしながら立ち上がる。


 部屋からそのままなので素足のままだったが、構わずに赤茶けた地面を踏みしめ足下を確認する。


 赤茶けた地面は誰かの手によって整地された雰囲気があり、ひとまず素足に痛みが走らないことに浩介は胸を撫で下ろした。


 明らかにここは彼女の目的の場所ではないことに自分を忘れ、歩き始めた彼女の行動で明白だからだ。


 すでに腰、腹、顔とあらゆる箇所が痛みを自己主張している段階で更に足裏まで自己主張を始めたなら目も当てられない。


「とりあえず、ここはどこだ?」


 それは率直に言って至極まっとうな質問だった。


 周囲を見渡し、自分の記憶を総洗いしても見知った記憶は全くなく、近いモノといえば中華街や日本人街といった一つの国の中に別の国が混在している街並みというのが最もしっくりくる。


 浩介の右手の建物は煉瓦造りの洋館がどっしりと構えられているが、反対の左手には京都などで見かける純和風な建物が存在しており、かといえば遠くには中華街のようなど派手な建物も見つけられる。


「……なんだ?この和洋折衷を混ぜ繰り返した街並みは?」


 さらには行き交う人々も多種多様でまとまりがない。


 それどころか、側を通り過ぎていく人並みの中には当たり前のように人ですらない人種も存在し、それらを視界の端にとらえ信じられないと浩介は愕然とする。


 獣人と呼ぶのが正しいのか、漫画やラノベでは一般的ないわゆる、亜人種と呼ばれる存在だ。


「う~ん?なんて説明すればいいかな?」


 愕然と周囲を見渡す浩介の姿に苦笑いしながら皐月はわかりやすい説明を模索しながら呟く。


「そうねぇ、分かり易く言うと全ての可能性が具現化された場所?うん、これが一番しっくりくるわね」


 頬に右手を当てながら思案していた皐月の表情が閃いたとばかりに両手を叩き満足げに頷くが、浩介にとっては全く理解できない意味不明な説明だった。


「可能性の具現化された場所………?」


 いまいちピンときていない浩介に対して明らかに不満を露わにした表情を浮かべた皐月は徐に鎖を握った右手首を撓らせた。


 ジャラッ。


「ぐふぅ!またか……」


 喉元を締め付ける感触を味わった瞬間、何かに操られるように赤茶けた地面に正座する浩介を見下ろしながら皐月は言い放った。


「理解力のない馬鹿は嫌いだわ」


「はい、すいません」


 その気迫に押され思わず土下座する浩介の後頭部にまさかの重みを感じ、恐る恐る視線を上げる。


 その視界の先に自分を踏みつける足裏が見え、思わず声を上げそうになるが鎖の影響なのか声を出すどころか抵抗すらできず浩介は悔しげに歯軋りする。


 その光景を傍から見れば正に馬鹿な従者を叱責する気性の荒い主人の主従関係にしか見えなかった。


「なよたけの姫さん、それくらいにしてやれよぉ。その兄ちゃん見てるこっちが不憫になって仕方ないわぁ」


 近くでまさかの救いの声が聞こえた。


「チッ」


 少し間延びした男性の声が近くで聞こえ、振り返った皐月は声の主を見つめ、思わず舌打ちする。


 それと同時に鎖の呪縛が解けるのを感じた浩介はチャンスとばかりに勢いよく立ち上がった。


「このっ!よくも、って……わぁ!?」


「えっ?きゃあぁー!」


 不意を突かれたその勢いに思わず体勢を崩した皐月はそのまま地面に倒れ込むと、自然と鎖に繋がっている浩介も引っ張られるように倒れ込んでしまった。


 その瞬間だけを切り取ると、浩介が皐月を地面に押し倒したようにも見える。


 ほんの数センチの距離にお互いの顔があり、マジマジと見ると彼女の驚いた表情があまりにも可愛らしいことに気付かされた。


 不意の急接近に照れたような表情で視線をそらす。


 意外だったのが彼女の性格からして真っ先に手か足が出ると思っていたのだが彼女は表情を悟られまいと視線を逸らすだけだった。


「お熱いねぇお二人さん、見せつけちゃてくれてぇ」


 遠くで下品なヤジが聞こえてくる。


「「そんなんじゃない!!」」


 そのヤジに何故か息もぴったりな否定の声を上げ、思わず二人の視線がぶつかる。


 その瞬間、我に返った皐月は顔を真っ赤にしながら怒声と強烈なビンタを浩介の顔面に直撃させた。


「いつまで乗ってるの!早くどいてよ!このど変態!!」


 強烈なビンタに浩介は勢いよく尻餅をつく。


「あ~っと、仲がよろしいのもいいけど公衆の面前なんでその続きは家でやってくれっかなぁ?なよたけの姫さん」


 その一部始終を苦笑しながら見つめていた男が皐月と浩介の両方に手を差し伸べ、軽々と二人を立ち上がらせた。


「あんたがこなきゃ、この変態に身の程ってモノを骨の髄まで教育してやれたのに、全く碌なタイミングで来やしない……それより、その呼び方で呼ばないで」


 服の汚れを手で払いのけると、さらっと恐ろしい発言を苦々しげな口調で言いながら睨みつける皐月に、浩介は正直なところ「ナイスタイミング!」と心の内で喝采の嵐を男に送っていた。


「うんっ?あぁー、そぉいうこと。それはさておき、兄ちゃんも難儀やなぁ。姫さんに捕まったらホントに骨の髄まで支配されてしまいかねんからなぁ」


 心の底から不憫そうな表情で浩介の首元を見つめながら大袈裟に両手を挙げて首を振り、そっと肩に手を置いた。


 その仕草に何故だか今後の行く末が絶望感に呵まれるのを暗示しているかのように感じ、浩介の背筋に冷たいモノが過ぎるのが分かった。


「なんだか嫌な未来予想図しか思い浮かばないんだが……」


 がっくり肩を落とし自分の胸中を呪う浩介に、男は哀れみにも似た瞳で小さく頷きながら肩を叩く様子を皐月は不満げな表情で見つめていた。


「それより、あんたこそなんでこんな場所ウロチョロしてるの?一応、皇族なんだから命狙われても知らないわよ」


 ふてくされた表情を浮かべ、そっぽを向きながら男に対して忠告する内容に浩介は驚いた表情で男の顔をマジマジと見つめる。


 綺麗に整えられた茶髪以外は開いてるのか分からない細い目元、口元から顎の周りにかけて生えた無精ひげ、全体的に飄々とした印象が拭えない姿に浩介は首を傾げる。


「皇族?あんたが?うそだろう?」


 どこかで聞いたような疑問系だらけの返しに男は頭を掻きながら苦笑する。


「まぁ、皇族には違いないんだけどぉ。見ての通り威厳がなくてねぇ…なにせ昔、とっーても美しい女の人にこっぴどくフラれてねぇ。それから臣下からは愛想尽かされて、みんな離れていくし何やかんやで財産は没収されるしで…今じゃ、肩書きだけの皇族だからさぁー。アハハッ。」


 乾いた笑いで頭を掻く男に妙な親近感が湧き上がり、浩介の瞳には何故だか、うっすらと涙が浮かんだ。


「アンタもそんな軽い口調の割に相当、苦労してんだなぁ…あれっ?なんでだろ?涙が止まらない」


 うっすら浮かんだ涙が何故だか止めどなく流れ出す。


「分かってくれるか兄ちゃん!女は怖いもんや、兄ちゃんも気をつけな……手遅れかもしれんが、まだ未来はある!」


 若干、最後に濁した言葉が気になったが浩介の胸の内には無意識のうちに自分の胸中と男の人生とを掛け合わせてしまっていた。


「名前を聞かせてくれないか?相棒」


 気が付けば、男とがっちり友情の握手を交わしていた。


「馬鹿らしぃ……」


 冷めた瞳で熱く握手を交わす二人の姿を見つめ、両手を頬に当てながら座り込み愛想を尽かしたかのように呟く。


 男は石造りの皇子と名乗り、その名を聞いて浩介は奇妙な違和感を感じた。


「なんか、どっかで聞いた名だな…どこだろ?」


 全くの見知らぬ世界で聞いたことのある名に出会い、思い出そうとするが、どこで聞いたのかはさっぱりと思い出せない。


「まぁ、そんな珍しい呼び名じゃないからねえ」


 話を聞けば石造りと言う名は継承に過ぎず、本人としてはメイソン・リーと呼んでくれればいいとのことだった。


「メイソン・リーってそのままな気がするが……」


 浩介は呆れた表情で頬を掻きながら苦笑する。


 皇位継承権は一応、二番手ではあるらしいが本人からしてみたら、どこ吹く風とあっさりしたものだった。


 どうやら一番手がやり手らしく、そもそも本人は皇位に全く興味がなく今の生活にも十分に満足しているらしかった。


「なんだか、いい生活してんなぁ」


 メイソンの優雅な生活に心底うらやましながら呟く。


「ただの穀潰しよ…」


 二人の会話に皐月は呆れた様子で的確に指摘する。


 それにはメイソンも苦笑いするしかなかった。


「それじゃ、コースケまた、どこかで」


「おぉ、元気でなぁ」


 しばらく談笑し笑顔で別れる二人、傍目からは旧友との久しぶりの再会を惜しむような光景だが実質は出会って数分程度というのが真実だった。


「貴方達、やけに意気投合してたわね…」


 二人のやりとりを呆れた眼差しで見つめていた皐月に浩介はすっきりした表情で後ろ姿を見つめていた。


「いやぁ、なんだろう?初対面の人とここまで話が合うなんて初めてでさぁ。メイソンって、あれ偽名だろ?そんなんですら、どうでもいいぐらい良い奴だったよ」


 腕を組みながら頷く浩介に唯々呆れるしかなかった。


「まぁ、タイミングはよかったかもしれないわね。さっき、彼が皇族って話をしたわよね。ちなみに今、私達がいる場所が彼の管轄する世界になるわね」


 言われてみれば「あぁ、らしいな」と思わず納得してしまいそうな雰囲気を醸し出す町並みを見つめながら、ふとした疑問が脳裏を過ぎる。


「……ってかさぁ今更なんだが、俺は何で鎖で繋がれて無理やり主従関係を強いられ、こんな場所まで強引に連れてこられたんだ?」


 半ば、今の現状に順応しかけてる自分にがっくりと肩を落としながら鎖の先の視線を見つめると彼女は一瞬、曇った瞳を浮かべすぐに視線を逸らす。


「嫌でも、そのうち分かるわ。さぁ、行くわよ」


 視線を逸らし歩き始める皐月の姿に違和感を憶えながら、浩介は喉元を締め付ける感触に慌てて歩き始める。


 彼女の後ろ姿を見つめながら不安だらけの今後に浩介は大きなため息をつくと小さくジャラッと鎖が鳴り更に絶望感が増していくのを感じた。


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