其の3 旅立ちの朝
翌朝を迎えた。
旅に使う馬車が扉を開き三人を出迎えている。
屋敷前では最後の旅支度を終えた三人を見送るため勢揃いした女中達が別れの挨拶を交わしていた。
なぜか、女中達の筆頭にミユルが当然のごとく立っており普段は見せない清々しいまでの笑顔を見せていた。
屋敷からリアがいなくなるのがよほど嬉しいらしい。
「お嬢様、お気をつけていってらっしゃいませ。猊下も初めての旅だと伺っておりますので十分にご注意下さい。」
「ありがとう、ミユル」
「不安はあるけど大丈夫だろ」
二人が答える中で何故だか身体中に包帯を巻き、顔を腫れ上がらせているリアが哀しげな瞳でミユルを見つめる。
「ミユっちぃ~、私にはぁ?」
その声に眉間に皺を寄せ、まるでゴミでも見るように冷めた視線をリアに向けミユルは哀しげに呟く。
「生きていらっしゃってたんですか?……なんてしつこい。いえ、リア様もお気をつけて……できれば魔物のエサになってこの世から消えて下されば本望で御座います」
満面の笑顔で発するミユルの辛辣な言葉にも声をかけてもらえたのが嬉しかったのか、リアはぱぁっと明るい表情を浮かべる。
「うん、魔物には気をつけるぅ。ミユっち、ありがとぉ」
「…それでいいのか」と皐月と浩介は顔を見合わせながら首を傾げて苦笑する。
本人が満足ならいいのだろうが何故、ここまで怪我をしてるのかが浩介には不思議でならなかった。
「ところでリア?」
「なぁ~に?」
「その怪我どうした?」
「ああ、これ?ミユっちに……ごふっ!」
リアが答えようとした瞬間、何かが有り得ない速度で彼女の腹部に直撃しそのまま嗚咽と共に地面に平伏した。
「…餞別よ」
ピクピクしながら倒れているリアにミユルは殺気に充ちた瞳で呟きながら側に落ちているイヤリングを指差す。
「あの速度と衝撃で壊れないイヤリングって……ってか、うん理解した。これは触れてはダメなやつだな」
皐月との日常で浩介の本能が告げている。
リアの怪我の原因に触れてはいけない。
隣の皐月も無言で小さく頷き同意する。
ただ、一人だけ理解していない人物がいた。
当の本人だ。
「ミユっちに餞別、貰っちゃったぁ。うふふ」
痛々しい姿でありながら満足げな表情で凶器となったイヤリングを手に取り締まりの無い笑みを浮かべていた。
「うん、馬鹿だ」
納得する浩介。
「そうね、馬鹿だわ」
呆れる皐月。
「真性の馬鹿で粗大ゴミですね」
無表情で冷たい視線を向けるミユル。
リアに対して三人とも再確認をする事が出来た。
そう、彼女は馬鹿だということを……。
「ところで、その怪我で旅に行けるのか?」
気を取り直し浩介は素直な質問を向ける。
「ええ、このくらいなら。それにミユっちてば…ごふっ!だいぶ……ぐぇ!?手加減…ごふっ!し、てく、れてたから」
いつの間に近付いたのか分からないながらも、二人の前でリアを躊躇なく殴り続けるミユルの姿があった。
ピクリとも動かなくなったリアに満足したのか血飛沫に塗れた両手を胸元に当て心配そうに二人を見つめる。
「お二人とも、大丈夫で御座いますか?なにやら粗大ゴミが訳の分からないことを言い始めたようですので駆除致しました。ですので、もう安心で御座いますね」
ニコリと笑いながら手に付いた血飛沫をハンカチで拭う姿に浩介はゴクリと唾を飲み込み皐月の肩を叩く。
「なあ、この人……大丈夫なのか?」
「…うん、ただの異常者だから」
さらっと浩介の考えを肯定する皐月になにも言えない。
頭を悩ませていた浩介を横目に地面に倒れ込んでいるリアをミユルの周囲にいた女中達がワラワラと集まり、慣れた手つきで彼女を担ぎ上げると馬車の中に投げ入れた。
「準備が出来ましたで御座います。ミユル様」
少しおかしな敬語で女中の一人が恭しくお辞儀をしながらミユルに報告すると彼女は無表情に頷く。
その手慣れた行動を見る限り「うん、常習犯だ」と認識した浩介は何事もなかったかのように馬車に乗り込んだ。
これ以上彼女に付き合うと碌なことが無い、そう浩介の直感が告げていた。
放り投げられたリアは意識がないにも拘わらずニヘラと笑みを浮かべながらイヤリングを固く握りしめていた。
「…不憫だ」
備え付けのソファに深く座り込んだ浩介は痛々しい姿のリアを見下ろしながら思わず呟いてしまった。
「同感だけど邪魔ね……。そういえば浩介、ミユルが言ってたけどあんた宝物庫に入ったんだって?」
生きてるか確認するために指先でリアをツンツンと突きながら、少し怒った表情で問いかける。
「うんっ?いや、宝物庫なんかに行ってないぞ。グレ記憶を使って言われたとおり武器庫に行ってきたけど?」
皐月の口調に嫌な予感を感じた浩介は警戒しながら素直に答えると所持している太刀を見せた。
「えっ?でも、あんたが持ってるその太刀って宝物庫に納めてた物なんだけど………って、あっ!」
何かに気付いた皐月は走り始めた馬車の窓から身を乗り出しミユルを睨みつけながら大声で叫んだ。
「ミユル!あんた、やらかしたわね!」
皐月の叫び声に対して今まで見たことのない満面の笑みを浮かべ、勝ち誇ったかのように深々とお辞儀をするミユルの姿が見えた。
「ちっ!やられたわ……」
遠ざかっていくミユルの姿に皐月は思わず舌打ちする。
彼女の能力を考えれは察しが付くことだった。
空間移動、それが彼女の持つ能力だった。
皐月の空間転移と似ているが皐月の場合は鎖に触れた存在のみに対してミユルの能力は彼女自身が認識できる空間を切り取り移動させることが可能だった。
つまり武器庫を切り取り、宝物庫に移動して浩介に【八咫烏の太刀】を手に入れさせたのだ。
その意図を理解することが出来るのは皐月を含む一部の人間だけであり、間違いなく業罪の皇女が一枚かんでいるのが分かった。
「私に見せた手札以外も用意していたってことね」
苦々しげな表情を浮かべ唇を噛みしめながら浩介とは反対側のソファに座ると彼の持つ太刀へと視線を向ける。
漆黒の鞘に収められた太刀の柄の部分には交差する二匹の蛇の中心に三本足の鴉が描かれた紋章が刻み込まれている。
その紋章はこの多重世界では重要な意味を持つモノであった。
かつて多重世界が一つの世界として存在していた時代、その紋章は始まりの血脈を示すモノで【八咫烏の太刀】が存在する場所こそが世界の中心と言われていた。
かつての争いでも統治者達が探し求めていたことは云うまでもない。
けれど【八咫烏の太刀】は永い月日によって意思を持つようになり、その意思は使い手を選ぶようになった。
自らを使うに相応しい者に対してのみ扱うことが許され……そして、太刀は浩介を選んだ。
「なんだか、あの女のいいように動かされてる気がするわね。」
意識の奥深くで感じる彼女の存在に苛立ちさを憶えながら皐月は車窓から遠くを見つめた。
自分がこれから何を選び、何を切り捨て進んでいくのか、その道が苦難であるとと知りながらも今の皐月には前に進むしかなかった。
動き始めた運命は止まらない……と考えながらミユルにやられた腹いせに皐月は床に転がるリアをゲシゲシと踏みつけていた。
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