其の11 隠された記憶
「…でっ?」
冷たい視線で浩介を見下ろしながら皐月は先を促す。
もちろん浩介は鎖で繋がれ正座をしている。
怒りは収まってはいないものの、どうやら浩介の言い分を聞くだけの時間を与えてくれたようだった。
けれど、皐月の指先は鎖を弄ぶかのようにジャラジャラと音を鳴らし浩介の神経を刺激する。
「えっとな、まず何から話せばいいのかってか……正座止めてもいいか?結構きつい………いえ、大丈夫です」
皐月の「あぁ?」的な表情に浩介は思わず敬語になる。
「大変だねぇ、こぉすけぇ」
先程まで縛られていたリアはソファで胡坐を掻き、他人事のように二人を見つめながら女中が持ってきた茶菓子を優雅に頬張っていた。
その茶菓子を持ってきたのは部屋を覗き込み小さく声を上げた女中であり、横目で浩介を哀れみにも似た表情で見つめ職務を全うするとそそくさと退出した。
その目にはさすがの浩介もか細い神経を抉られた。
扉の外で何人かの女中達がいたらしく室内の様子を話しているのが微かに聞こえ浩介の神経を更に抉る。
「…でっ?」
項垂れる浩介に冷たい視線が再度、質問する。
「えっと、とりあえず俺の目を見てくれ」
顔を上げ血脈の力を解放する。
その瞬間、室内の空気が一瞬にして張り詰めた。
「これって……」
色の違う両眼に見つめられ皐月は困惑する。
「うわぁ、そぉれは間違いなくグレンデルの力だねぇ」
口調はいつもと同じ間の抜けたものだがリアの気配からは微かに殺気を放たれているのを浩介は見逃さなかった。
振り返ってみる勇気はないが自分の行動と発言次第では明らかにリアは敵になると直感が告げている。
そして皐月の瞳も若干ではあるが警戒を強め、鎖を握る指先に力がこもるのが分かった。
「まぁ、気持ちは分かるけどさぁ。俺もかなり痛い目に遭わされたから……ただ、彼奴は自分の力と記憶を俺に託した。だから、とりあえず警戒を解いてくんねぇかな。こんな空気じゃオチオチ話も出来ないしさぁ」
張り詰めた空気に頭を掻きながら浩介はぼやいた。
「それはあんたの話次第ね。別の世界に行きたい理由がなんなのか分からないとアンタを完全に信用するわけにはいかないわ」
瞳の警戒心を緩めることなく見つめる皐月に浩介は頭を掻きながら「どうしたら信じてもらえるんだ」と小さくぼやく。
「まぁ、簡単なのは血脈を調べることじゃない?もし、グレンデルの意識だったら皐月には分かるはずだしぃ。それに丁度、こぉすけぇの身体を鎖で縛り付けてるんだからぁさぁ」
リアが間の抜けた声で提案する。
「…そうね、今まで深くまで視た事なかったけど」
顎に手を当て思案下な表情を浮かべながら皐月は正座したまま項垂れている浩助を見つめた。
「それでいい?」
「あぁ、それで証明できるなら自由に調べてくれ」
俯いたまま唯一、自由に出来る両手を上に上げた。
「いいわ。けど、浩介でなかったら分かってるわね?」
その言葉に何故か寒気が走った。
理由は定かではないが、どうやらグレンデルと皐月には何か因縁めいたものがあるのかもしれない。
「あぁ、いいよ」
浩介の頷きに皐月は鎖に力を込め始めた。
張り詰めていた室内の空気が徐々に薄れていく。
「業罪と世界の統治者の名において我は命ずる。汝の意識に眠る力の源を我に示し我の意志に答えよ」
皐月は瞳を閉じて鎖に意識を集中させると胸元から徐々に黒と赤の螺旋状の鎖が姿を現し浩介を縛る鎖の周囲を包み込んでいく。
「ひっさびさに視るけど、やっぱ皇族なんだぁねぇ」
目の前の光景を見ながら真伸ばしたリアの感心する声が聞こえるが、その殺気は浩介に放たれたまま揺るがない。
グレンデルの力のせいなのか、今まで気付かなかったがリアの放つ殺気には人を畏怖させる力を感じた。
研ぎ澄まされた刃を背中に突きつけられ一瞬でも気を抜けば死んでしまう、そんな感覚だった。
背中にジンワリと汗が湧き上がる。
だが浩介は、皐月の胸元から現れた螺旋状の鎖が迫り来る姿に目が離せなかった。
浩介を縛る鎖に到達すると、それは姿を変化させる。
その姿はまるで蛇のようだった。
鎖に纏わり付く二匹の蛇、それは皐月の血脈の力でもあり、この世界の皇家の紋章にも使われており、赤蛇は血脈、黒蛇は業罪を現していた。
リアが皐月を皇族と言ったのは皇家の紋章そのものを彼女は血脈の力として使っているためだった。
「赤蛇、黒蛇、蛇……」
二匹の蛇が縛り付けている鎖を這うように身体全体に纏わり付いてくる姿に鳥肌が立つのを感じながら呟く。
這い回る二匹の蛇は徐々に範囲を狭め浩介を見つめる。
不思議なことに赤蛇は黒眼で黒蛇は赤眼だった。
その両目から見つめられると心の内を見透かされているように感じられ正直なところ気分は良くなかった。
浩介は思わず「不愉快だな」と呟く。
グシャッ。
その瞬間、何かが潰れる嫌な音が聞こえた。
音の聞こえた箇所に浩介は恐る恐る視線を向けた。
「なっ!?」
思わず声を上げてしまう。
先程まで縛っていた鎖がバラバラと砕け床に散乱し、二匹の蛇は見えない何かに握り潰されたかのように無残な姿を露わにしていた。
その光景を訝しげな瞳で見つめる皐月の姿に「やばい」と浩介の直感が告げ、意識内では警戒音が鳴り響く。
次の瞬間。
「こぉーすけぇ、あんた何を飼ってるのぉ?」
耳元でリアの囁き声が聞こえた。
「…いつの間に!?」
驚きを隠せない浩介をリアは「ふふふっ」と嗤う。
同時に浩介の首元には鋭利な刃が当てられる。
少しでも身動きすれば確実に命を落とす。
それだけの殺意がリアから感じられた。
浩介には見ることが出来ないが、リアの瞳には紋章が浮き上がっており、皐月の手元の鎖にも刻印が鮮やかに浮かび上がっていた。
それは『契約』の発動を意味していた。
本来の契約内容とは若干、異なるものの皐月の鎖が砕け散った瞬間にリアの瞳に紋章が浮かび上がったのだ。
強制ではないにしろリアの行動は迅速だった。
力を解放し未知の敵に瞬時に対応する。
戦場では一瞬の判断ミスが命取りになりかねない。
それを感覚で知っているリアは浩介の命を奪わずに止めることが出来たのは半ば奇跡に近い。
浩介でなく見知らぬ者なら迷わず命を奪っていた。
だが、止めることが出来た。
さすがに顔や態度には出さなかったがリアの内心はヒヤヒヤものであった。
あと数ミリ、刃を引いていれば浩介は確実に命を失い『契約』によってリアも自らの力で命を失っていた。
〔…ふぅ〕
安堵のため息を心の中で付き、浩介を見つめる。
殺意は感じられないどころか寧ろ怯えている。
けれど皐月の鎖を砕き、皇家の象徴でもある蛇を容易く滅する力はグレンデルの血脈では到底、無理だった。
リア自身、なぜ「飼っているの」と聞いたのかすら分からないが浩介には何かが存在すると直感が告げていた。
「でっ、どうするの皐月?」
浩介に刃を突きつけたまま考え込む皐月を見やる。
「…あんた、意識に護印された記憶があるでしょ?」
浩助を真っ直ぐに見つめながら質問する。
「なんで!?」
驚いた表情を浮かべた浩介に「やっぱりかぁ」と皐月は小さくため息をつく。
「リア、とりあえず解放して問題ないわ……まぁ、問題があるっちゃあるけど間違いなく本人だわ」
額に手を当て頭を悩ます皐月に促されリアは首筋に当てていた刃を鞘に収め殺気を収縮させる。
その瞬間、力が抜けたかのように床に倒れ込む浩介にリアはいつもの表情を浮かべながら彼の背中をバシバシと叩く。
「ごぉめんねぇ、身体が反応しちゃったんだぁ。このお詫びは身体で返すから…ねっ。」
すり寄ってくるリアに殺されかけた身としては「今までのは何だったんだ」と愕然としながらも生きていることに安堵する。
〔それよりも……〕
浩介は皐月を見やる。
「なんで、分かったんだ?」
「そりゃあねぇ、私の鎖を砕くのはグレンデルの力でも可能だけどこの子達を滅するのは不可能だからよ……」
淡い光を放ちながら消滅していく二匹の蛇を見つめながらため息交じりに皐月は呟いた。
「そっだねぇ。いちおう、皇家の象徴の力だしぃ。」
嫌らしい手つきで浩介の胸元を触りながら耳元で囁くリアに先程までの殺意はなかった。
が、鬱陶しいことこの上ない。
「殺気まで殺そうとしていた奴にベタベタされても欲情なんかするわけないだ………俺の節操なし」
意識と身体は別物である。
下半身の猛りにがっくりと肩を落とす浩介だった。
「ありゃあ?欲情しちゃったぁ-。しかたないにゃあ、お姉さんが優しく手取り足取り教えてあげようかしら」
更に密着し足や手を絡めてくる。
「なぁ、そろそろ学習しようぜ。このパターンいつものだろ?」
「…だよねぇ」
二人で皐月を見つめた。
案の定というか必然というか怒りに身体をプルプルと震わせる皐月の姿に逃げ出そうにも浩介の身体はリアがしっかりと束縛している。
「こぉすけぇ。一蓮托生って言葉、知ってる?」
震える浩介にとんでもない四字熟語をリアが言い放つ。
「お前とは托生したくねぇわ!」
悲痛な叫びが空しく響き渡り、いつも通りの鉄拳制裁を皐月から与えられ二人は床に平伏すのだった。
ブックマークありがとうございます。
励みになります。
ただ、毎度毎度同じルーティンでなかなか話が進まずスイマセン。次回から本格的に旅立たせます………たぶん。