其の28 動き出す輪廻と旅立ちの時
かなり遅くなりました
(o_ _)o
~あらすじ~
深い森に降り立った美弦とエレボスは森に仕掛けられた結界を解除することに成功する。
だが直後、何者かが彼らの前に姿を現す。
警戒するエレボスの前に現れたのは…。
では、お楽しみください。
月明かりに照らされ飄々とした表情を浮かべる姿にエレボスの意識はこれ以上ないほど緊張を強いられていた。
多重世界の一つである意思造りの世界、その頂点に立つ男サイアス・シーサーが今まさに彼の目の前に居るのだ。
緊張するなと言う方が難しい話である。
何故この場所に?と多くの疑問が脳裏を掠めるエレボスであったが、その瞳は彼から離すことが出来ずにいた。
「…何故、貴方様がこちらに?」
跪きながらも警戒を怠らず厳しい瞳を向ける。
その跪く行為自体は騎士としては正しい行いだと言える仕草であったが彼の瞳は明らかな不信の色を隠せなかった。
「まぁ、なんとなくだねぇ…っで、その娘は?」
彼の細い瞳が微かに開かれ、エレボスを一瞥するように見つめながらも意識は背後で横たわる美弦へと向けられていた。
一筋の嫌な汗がエレボスの頬を伝う。
何と答えるべきかと逡巡する。
明らかに興味を抱いていることが分かるからだ。エレボス自身、彼女の存在が多重世界において大きな意味を持つだろうと予測していた。
そのため今はまだ他世界の人間に彼女の存在を知られたくなかったが、目の前の人物を欺く自信は彼にないのも事実であった。
返す言葉も無く沈黙するエレボスを見下ろしながら彼は飄々とした仕草で無精ひげを撫でる。
「気になる存在ではあるが……まぁ、いいさ。君にも忠義を示す皇族がいるだろうし、今はまだ彼らを刺激したくないしねぇ…でも、このまま見過ごすってのもなぁ」
態とらしく空を見上げながら無精ひげを撫でる姿は飄々としているように見える。
だが、そんな彼からは付け入る隙がまるでなくエレボスは彼を見つめながら唯々、跪くだけしか出来ないでいた。
空を見上げながら思案する彼の瞳がうっすらと開き、何かを思いついたかのように微笑を浮かべた。
「あぁ、そうだ。そうしよう、実に名案だ……」
ゾクリ……。
独り言のように呟く彼の姿にエレボスは表現しようのない恐怖に襲われ、月明かりに照らされる彼の姿がより畏怖の念を湧き上がらせる。素直に怖ろしいと感じた。
今まで幾多の戦場で命のやりとりをしてきたエレボスではあるが、目の前の彼の姿に感じたことのない狂気を垣間見た気がしたからだ。
身体が微かに震える。恐怖によるものか武者震いであるのかはさっそうエレボス自身ですら分からないでいた。
ただ、彼の名案に嫌な予感しかしない。
それだけは疑いようのない事実であった。
「…ごくっ」
喉の渇きに思わず唾を飲み込む。
次に発する言葉を待つ間の時間が非常に長く感じてしまう。何を語るのかそれによってエレボスの行動も決まるからだ。
だが、しかし彼の言葉はエレボスの予想を裏切る意外なものであった。
軽く手を上げ微笑を浮かべたのだ。
只それだけであったが、その瞳から垣間見える深い闇が彼の底知れぬ存在感を醸し出していた。
「それほど警戒しなくてもいいさ。まだ時期じゃないからね……彼女を守ってあげなよ」
微かに笑みを浮かべながらエレボスを一瞥し、霞のように朧気な存在となり景色に溶け込むように彼はの姿が消えていく。
その消えゆく姿から目線を外すことなく見つめ続けていたエレボスは完全に気配が消えたことを確認して、漸く安堵の溜息を付くのだった。
「…ふぅ」
溜息と共に疲労感が彼の身体に押し寄せてくる。意識していた以上に緊張を強いられていたのだ。
暫しの間、エレボスは闇に染まった夜空を思案下に見つめる。木々の間から木漏れ日の如く照らし出される月明かりに彼はこの世界が激動の時代へと動き始めているのを感じていた。
「あの時代に戻らなければ良いが……」
血で血を洗うあの不毛な争いの日々が再燃しないことを願いながらエレボスは闇夜を見つめ続けた。
*
「準備は良いか?……はぁ」
浩介は周囲を見渡しながら小さく溜息を付いた。
皐月、浩介、セレス、リア、ミア、雅、何時ものメンバーが旅支度を終えて部屋で待機している。
雅に関しては昨日から太刀の姿のままでミアに抱きかかえられていた。
屋敷の主であるフェンリルは所用があるらしく、今は部屋には居らず執務室に居るようであった。
他の世界に赴くために先ずは自由都市バルクナールへと向かう準備をしていたのだが浩介は周囲の惨状に再度、深い溜息を吐き項垂れるのだった。
なぜなら、彼の周囲に集まった者達の中で無傷な者は一人しか居ないからだ。もちろん、溜息を付いた彼も例外ではない。
ブルッ。
昨日の恐怖を思い出し無意識に身震いする。
室内は散乱した調度品の数々がそのまま放置され、昨日の悲惨さを如実に物語っている。
何故か逃げ出したはずの三人がボロボロである事に首を傾げてしまうが事情を聞いて「……あぁ」と皆が苦笑いを浮かべる。
逃げた先にいた存在が彼女らに何をしたのか大凡の予想が付いたからだ。
「…アレは違う意味で地獄でした」
「私のせいで申し訳ありません……」
ーいや、不可抗力じゃ……
項垂れる三人にさしもの皐月ですら同情にも似た哀れみの瞳を彼女らに向けていた。
「あぁー。セレス?転移魔法、使え……ないよな。うん、何も言わなくて良いぞ……」
転移魔法の言葉にガクガクと震え出すセレスに苦笑しながら彼女の頭を優しく撫でてやる。
「あ、主様…申し訳ありません」
頭を撫でられてシュンとするセレスの姿に「…どんだけなんだ」と小さくぼやきながら浩介は指輪を取り出した。
「…顕現せよ」
呟きながら意識を指輪に向けると淡い光と共に四大精霊が具現化し浩介の周りを飛び回る。
「うっわぁ……悲惨」
「…サラちゃん触れちゃ駄目よ」
瞳を大きく見開きながら周囲を見渡し言葉を失うサラの横で見てはいけないとばかりにセレスから視線を逸らすディーネ。
「…修羅場の跡…惨め…」
「ふ、不憫…です」
二人は言葉数少なめではあるが的確な言葉を紡ぎ出しガッツリとセレスの傷を抉ってくる。
「…はぅ」
部下の発言にセレスは言葉を失う。
「まぁ、なんだ………ごめん、セレス」
顕現したは良いが四大精霊の憐れんだ瞳にガックリと肩を落とし項垂れるセレスの姿に浩介は思わず謝ってしまった。
「い、いえ…主様は何も悪くありません……わたくしの……不甲斐なさが原因ですから……ただ、少し立ち直るまで時間を貰えますか?」
「…あぁ」
セレスの声は微かに震えており、哀愁漂うその姿に浩介は唯々、頷くことしか出来なかった。
「それより何でこの娘達を顕現したのよ?」
皐月が憐れんだ瞳でセレスを見下ろしながら浩介の周囲を飛び回る四大精霊を指差して尋ねる。
指差された彼女らは皐月の存在にビクリと身体を震わせて浩介の背後に隠れ彼女の様子を盗み見る。
この悲惨な状況が彼女が原因であると知っているため巻き込まれたくない一心で彼女らは浩介の背後に隠れはしたが精霊である彼女らは恐怖よりも好奇心が勝ってしまうのだ。
「サラちゃん、そんなにマジマジと見たら駄目よ」
興味津々の様子で楽しそうに見つめているサラにディーネが苦言する。
「え~、そう言うディーネだって見てるじゃん」
頬を膨らませながら文句を言うサラにディーネは視線を逸らし取り繕うように小さく「こほん…」と咳払いする。
「…わたしは見てないですわ」
かなり無理めの発言にサラがジト目を向けた。
「…恐怖…でも、見たい…気になる…精霊の悪い癖……です」
「…うん、同感」
ノーミは定位置とばかりに浩介の頭の上で、シルフィはその横から皐月を盗み見ている。
「あんたらねぇ…私は悪人じゃないわよ」
額に手を当て小さく溜息を付く皐月にミアはジト目で「何言ってんだコイツ…」と心の中で呟く。
決して口に出さない辺り利口である。
ーこの子達はなに?
浩介の意識にトリニティが声をかけてきた。
あの修羅場の後、満足したトリニティは皐月と固い握手を交わし浩介の意識へと戻っていたのだ。
「うん?この娘らか?俺が契約してる精霊達だ」
ー信じられない……
「なにが?」
ーエロくない……普通に可愛い
トリニティの言葉に浩介は「はぁ…」と小さく溜息を付きながら頭を抱えた。
「俺を何だと思ってる?」
ー…変態
その問いに迷うことなく言い切ったトリニティに浩介は開いた口が塞がらず返す言葉が出てこない。
ー精霊の具現化…センスが重要
そう言えばと彼女らを具現化する際に周囲から不安の声を聞いたことを思い出した。
「俺はそんなに信用ないかねぇ……」
項垂れる浩介に皐月の冷たい視線が突き刺さる。
「アンタは日頃の行いが悪いのよ」
皐月の身も蓋もない発言に浩介は乾いた笑いを浮かべるだけしか出来なかった。
「それは良いとしてさっきも聞いたけど何でこの子達を具現化したのよ?バルクナールは行った場所だからアンタの力だけでも行けるでしょ?」
「う~ん、そうなんだけどな…」
歯切れの悪い浩介の返しに皐月は訝しげな表情を浮かべ更に先を促すように顎をクイッと動かす。
「癒やしが欲しかった………」
「はぁ~?」
しぶしぶ答える浩介に皐月は唖然とする。
「なんのために~?私が居るじゃない」
二人の会話にリアが満面の笑顔で割り込む。
「「…………」」
ジト目で黙る二人にリアはキョトンとした表情を浮かべ小首を傾げる。皆が唖然とする理由がリアには理解できていないのだ。
そんな彼女に冷たい視線を向ける二人と傍観者を決め込むミア、雅は太刀の姿で微かに震えている。
バンッ。
その寒々しい空気を破るが如く室内の扉が開け放たれ無表情のディーバがカツカツと早歩きで近づき、未だ不思議そうに首を傾げるリアの襟首を鷲掴みにして引きずっていく。
「えっ?えっ?なに?なに?どう言う事?……いえ、何でもないです…ごめんなさい」
引きずられながらリアが困惑した表情を浮かべて部下を見上げる。
だが、その冷たい視線に思わず口篭もる。
ディーバは軽々とリアを持ち上げ廊下に放り投げるとクルリと室内へと向き直り深々と頭を下げた。
「バカが失礼しました……では」
生真面目に頭を下げたまま静かに扉を閉める。
「…何だったんだ?」
「さあ…?」
その、一連の手慣れたディーバの行動に誰もが茫然と立ち尽くすしか出来ないでいた。
ただ、廊下では………。
ゴンッ、バキッ、ドカッ。
明らかに殴られている音と叫び声が聞こえる。
「ディーバ?なに?やめてぇ~!?」
「少しは自覚を持ちなさい!バカ上司!」
ディーバの苦労が身に染みて分かるのだった。
*
「はぁ…なんじゃ、この書類の束は?」
書類の束と格闘しながら彼女、フェンリルは深い溜息を付きながら机に突っ伏していた。
「まぁ、必然ですね。今まで好き放題した付けが回ってきたんですから諦めてください」
突き放すように更に書類の束をフェンリルの傍にドンッと置き呆れた表情をディーバが浮かべる。
彼女の傍らには気を失ったリアが不気味な笑みを浮かべて寝そべっているという不可思議な状態がそこに存在していた。
「…お主、其奴が五護衆の名を冠しておるのは理解しておるのじゃろうな?」
呆れた表情でリアを見つめる主にディーバは当たり前のように頷いてみせる。
「ええ、十分に理解しております」
当たり前の回答をしながらもディーバの爪先は虫けらでも払いのけるようにリアを蹴り飛ばし自らの通路を確保していた。
「…そ、そうじゃな、理解しておれば良いんじゃ……うん、逆らうの止めよう……」
リアに対して雑な扱いをするディーバの姿に生唾を飲み込みながら引き攣った表情を浮かべるフェンリルであった。
「分かっていただけて何よりです。では、こちらの書類の決裁もお願いいたします」
更に積み上げられる書類の束に引き攣った表情にイヤな汗が流れ始めたフェンリルは笑みを浮かべて眠るリアに少なからず殺意を覚えるのだった。
「それは良いんじゃが……いや、良くはないが彼奴らは今日、旅立つのであろう?」
話をすり替えようとしたフェンリルはディーバの冷たい視線に言葉を飲み込み話を変える。
「…それが何か?」
訝しげな表情で主を見つめるディーバ。
「なら、皇女として……だめか?」
ディーバの頬がピクピクと痙攣する姿にフェンリルは食い下がろうとした自分の浅はかさに後悔する。
「必要ありません…フェンリル様に必要なことはこの書類を速やかに処理することです……それとも、彼女の様になりたいですか?」
どちらを選んでもフェンリルにとって不正解な問いに無言で書類を片付けていく。
「…全く、この世界は大丈夫なんですかね?」
腰に手を添えながら呆れた表情を浮かべるディーバであった。
読んでいただき有り難うございます。
(o_ _)o
なかなか更新できずにご迷惑をおかけして本当にすいません。
こんな筆の遅い作者ですが見捨てずにいて頂けると嬉しいです。
では、失礼いたします。