6. 家事と鍛冶
前回と話が続かないので、第5話から続けて読んで下さると嬉しいです。
「籠に入れておいてくれ」
レインは、モゾモゾと衣擦れの音がする脱衣所にの方を首だけ傾けて答える。何故、首だけかというと、アンナが洗った筈の皿を洗い直しているからである。二十分もかけたくせに、目玉焼きの黄身は残っているわ、醤油モドキは付いているわで、レインは本当に家事の師匠にならなければならないのかもしれない。
ーーレイン達カルラ一族は、近年稀に見る優秀な鍛冶師の家系である。
親父の作った剣や槍は、王都である[ラグーン]のパレードで王の側近の者が携帯することを義務付けられるような品で、しかもあくまで実践用の装備。
派手な装飾はされているが、戦場で名乗りをあげるような将軍達が魅せる為のもので、装飾品どころか、むしろ斬れ味だけは王家に伝わる“神の遺物”の【聖剣】にも勝る業物だっていくつか存在している。
アウェルミストとは、それぞれが特殊な力を宿していて、現代魔法では再現することができない、いわゆるオーパーツである。当然、超貴重品だ。
アウェルミストは、神界戦争の時代に神々が行使した“魔術”でも使えない限り創ることはできないらしい。先程挙げた【聖剣】も異常な程の能力を持っていて、過去の勇者が一万の軍勢に一人で立ち向かったときに、一撃で敵を薙ぎ払ったなどと言われている。
他に世間で有名なアウェルミストは、ラグーンに設置されている【絶対防壁】、勇者が装備していたと言われる【聖鎧】、全てを見通す賢王が生涯愛用した【絶界視】などである。大抵は過去の英雄や戦争にまつわるものだ。
ただ、そんなアウェルミストには劣るが、ヒト族に多い魔力特性の“付着する魔力”を生かした生界の民の特産品である、魔道具は存在する。ライターや懐中電灯、レインが親父から借りている家にも付属しているコンロなどだ。
親父は、魔道具の技術を利用した装備ーー“火炎”という火属性魔法を付与した砂を金属の筒に詰めて鉛玉を撃ち出すもの、つまり、大砲なども作っており、軍事関係で多大な貢献をしていたらしい。
今は引退して、クマ化している訳だが。
そんな親父の息子であるレインも鍛冶師としてとても優秀で、更に日本にいたときにかき集めた厨二知識を頼りに、凝ったデザインのものを作ったりして、年に一度ラグーンで開催される騎士の模擬戦でレインの作った儀礼剣が使用されることも最近では多い。
レインの腕前は、デザインの魅力と、現在親父が引退した所為で現状は世界一といったところだろう。
しかし、現在はそのカルラ一族もたった二人。親父だけでなくレインとしてもアンナには家事の弟子ではなく鍛冶の弟子になってほしいと心底願っている訳だが……
「鍛冶はともかく、本気でこの食器洗いは絶望的だ……」
取り敢えずはアンナにまともな少女になってほしいと思うレインの心は正しいのかもしれなかった。
そんなことを考えながら皿洗いを再開すると、ガラっと音がした。
「……」
冷や汗をかきながらレインは一旦皿洗いの手を止める。
何故、スライド式の戸が開く音がするのか?玄関の扉の音だろうか。そうだ、きっとそうだ!と、レインはダラダラ汗を滴らせてこの現象に納得もとい、信じ込もうとした。
しかし、玄関の扉は、ガチャっという音がする筈である。ガラっという音がするのは、今アンナが服を脱いでいる筈の脱衣所のみだ。
(いや、大丈夫。いくらあの非常識なアイツでもここまでひどくはない筈だ。きっと、たまたま手とか当たっちゃっただけだよね?)
しかし、ギギギっと後ろに向き直るレインの視界の先にいたのは……
「マスター、籠ないよ?」
脱いだ服で、雪のように白い肌を隠しただけで、少し顔を赤らめて立っているアンナだった。
「Noooooooooooooo!」
やはり、奇行種の全裸登場という謎のテンプレは外さなかったか、流石アンナさん!と、レインは投げやり気味に内心で叫びながら、目を背ける。手で目を覆いつつ指の間からチラ見、またはガン見しても許されるのはフィクションだけだ。いくら幼女でも美少女は美少女。ちょっと残念だからってそれは変わらない。
レインは別に変態紳士ではないのだが、それでもアンナの僅かな胸の膨らみやらなんやらその他色々危ない場所に目が行ってしまった。今まで特に意識していなかったが、前世にしろ今の人生にしろ、ここまで整った容姿の女の子をレインは見たことがなかった。それがほぼ全裸体で目の前に現れたら、少なからず心を動かされるであろう。
もし、従順系主人公のテンプレをレインが実践したら、鼻から出血多量で即救急車である。……救急車なんてないから、アンナにクマ、ではなく、親父を呼んでもらうしかないのだが。
「脱ぐ前に出てこいよ!」
「だって、籠に入れろって言われたから何処かにしまってあるのかと思ったから……先に脱いだ」
アンナの言い分は当然な気もするが、何処か違う気がした。しかし、このまま言い争っても泥沼に陥るだけだ。
具体的には、この後に「だったら着てから出てこい」→「?」→「なんでそこで首を傾げる!」的などっかで見たようなラブコメが展開されることになるだろう。正直、レインは前世でそういう会話をしているキャラクターがあまり好きではなかったので、そうならないように(もはや手遅れな気もするが)自分が引くことで会話を断ち切った。
「あー、もういいや。取り敢えず適当に畳んで床に置いといてくれ」
しっしっと手で追い払う仕草をしながらレインがそう言うと、アンナは「分かった」とだけ言って脱衣所に戻って行った。そのときにチラッと、アンナの後ろ姿と引き締まったお尻が見えたような気もしたが、変態紳士ではないと豪語するマスターは気にしない。決して。
再びガラっと音がして戸が閉まると、レインは「はぁ〜っ」と、思いっきり脱力した。
今思えばレインにとって、前世も含めて人生で初めて話す、歳の近い女の子……まあ、三、四歳離れているが、その女の子が究極の残念使用だからである。良く言えば天然、悪く言えば今言った通り残念だ。レイン的に、アンナは紙一重で残念だが。
いくら世界の文化の差があるとはいえ、産まれてすぐのレインでも、言葉以外は特に生活に困らなかったのに、アンナは、まるで殆どの一般常識が抜けている気がした。女の子的な恥じらいは、十歳程度の子供にしてはあるし、礼儀も、丁寧な挨拶などから察するに知らない訳ではないのだろう。
それなのに、何故か裸で人前に出たり、簀巻きにされているのに全く緊張感がなかったりする。
レインは、初めこそ、アンナのことを肝が太いだけかと思っていたが、よくよく考えると異常な点が多々見えてきた。
「その辺も含めて、色々聞かなきゃいけないな……」
レインは、自分の心に刻み込むように、そう呟いた。……そして、『大袈裟だな、この主人公』と、何処からともなく声が聞こえた(作者の感想)ような気がしてレインはキョロキョロ周りを見回した。
そんなことをしていると、気づいたらシャワーの音が止まっていて、再びガラっと戸が開いた。レインが事前に用意しておいたレインが昔着ていたお下がりの服に身を包んだアンナが脱衣所から出てきて、
「大袈裟だね、マスター」
「ぐはぁッ!?」
何処からともなく聞こえてきた作者の感想と同じことを言ってレインの心に深い傷を刻み込んだのだった。
◆◆◆◆◆
数分後、何とか復活したレインは、これからの生活において最も大事なことを、ベッドのふちに腰かけたアンナに話すことにした。
「ところで、親父に言われたことなんだが……」
「家を造って、ここを二ヶ月後までに返せってやつ?」
そう。この家はあくまで親父の家。今度こそ追い出したるわ!と燃える親父に言われた通り、家を造らなければ、レインとアンナはめでたくホームレスデビューだ。
この世界では少数派になるが、冒険者という異世界で定番の職業の者がいて、彼等は野宿の者が多い。そのことを思えばホームレスがどうこうといった感情は抜きにしてもいいかもしれない。しかし、この寒冷地帯で野宿というのは、ほぼ確定で死ぬだろう。
普段野宿している冒険者達も、この辺りの依頼に挑む時は、何処かの家を借りるのだ。
ちなみに、冒険者が少ないのは、日々命をかけて魔物やら何やらと戦っているのに、そこら辺のチェーン店のバイトよりも収入が少ない、時給90ギルだからである。日本で言うと、時給450円くらいだ。
貨幣価値は、銅貨のギルが二百枚で、銀貨のルース一枚。500ルースで、金貨のカルト一枚である。
更にその上の【刻金貨】というものがあるが、これは、貨幣の概念を飛び出していて、この世界に存在している金貨や宝石などを全て集めて届くか届かないかという、もはや利用価値が存在しないらしい。そして、【刻金貨】はアウェルミストで、過去の、黄金時代と呼ばれたときの大富豪の名が刻まれていると言う。
ちなみに、そこら辺のチェーン店のバイトの賃金は、時給120ギルである。
「ーーつまり、マスターは、今から木をぶった斬って材料集めて家造ろうぜ!って言ってるの?」
「お、おう。なんか発言が物騒なのと、察しが良いのが不安だが、特に間違いはない。ただ、一つ、問題があるんだ」
「?」
なんか発言が物騒で、珍しく察しが良いアンナさんが首を傾げるのを見て、レインは胡座をかいて座ったまま、右手の人差し指をスッと、ベッドが面している壁にある大窓に向ける。アンナは、それにつられるように窓の外の景色に目を向ける。
長老である親父の家は、カルラの村の頂点である高台にあり、まだ背の低いアンナからでも、広々とした銀景色と、部族ごとに作られた木造建築の集落、所々見つかる井戸と農牧場、そして、カルラの鍛冶工房がよく見えた。
「分かったか?」
村を一望し、アンナがレインに向き直ると、レインはそう問いかける。
「何が?」
ベッドの分高低差があり、見下ろす形で、当然と言えば当然の回答をアンナがする。レインは、「そりゃそうか」と一言言って、後を続けた。
「見ての通り、カルラの村は木造建築が多い」
「そうだね」
「で、ここは結構雪が降るから、それに耐えられるように、屋根を分厚くして、尖った笠みたいにしなきゃいけない。すると、今度はその屋根が重くなるから、家の本体も丈夫にしなきゃ崩れちまう」
一度言葉を切り、レインは「ここまでは良いか?」とアンナに問うと、アンナはコクっと頷いたので、「よし」と言って頷き返し、先に進めることにする。
「そうすると、みんなは村の木を沢山切って、家の材料にするんだ」
「……あ、もしかして、花咲く梱包材の木しか生えてないのは、そういうこと?」
「…………………ああ。この村は、元々あんまり木が生えなくてな。それなのに、どいつもこいつも適当に家を造る所為で、もうほとんど木が残ってないんだ。唯一例外は綿の木……」
「花咲く梱包材の木?」
「だから、何なのその表現。何時ぞやの日記にもあったけどさ。……まぁ、それはいいや。で、その花咲く梱包材の木は、ものにもよるけど、基本的に、親父の親指くらいの太さ(半径五センチくらい)しかないんだ。あの木だけは、寒冷地帯でも育つけど、そんな細い木で家を造る訳にはいかん」
このカルラの村では、綿の木以外でしっかり育つのは、農牧場で育てている小根(小さい大根)や、人参(鮮やかな青色)などの地中で育つタイプのものばかりで、しかも、それらは全て、今まで切り倒された木の根っこまで伸びて栄養を吸収してしまう為、現在は、森林伐採に関しての政策が進められていた。
「じゃあ、私たちは、立派にホームレッサーとなってしまうの?」
「おい、謎の造語を披露するな。何だホームレッサーって。ホームレスはホームレスだ。あと、ホームレス馬鹿にすんな。失礼だろ。あの人達だって、家が無いだけで、立派に生きているんだ。……それはともかく、そうはならない。この村には木がないが、それでも、他の場所には生えてんだろうから、それを持って来て家を造るんだよ」
以前、親父が森林伐採についての集会で言った言葉がある。「俺たちはこの村の為に仕事してんだ。だったら、木なんざ他のところから盗……頂いて来ればいい。……今盗むって言ったかって?知らんな」と。
要は、誰かの私有地から勝手に木を切って仕舞えば、この村は安泰だということである。野蛮なクマは言うことも野蛮だ。
「でも、それはダメだよね?」
アンナもそれを理解しているのか、眉をひそめて言った。レインは、アンナのその反応を見て、深く頷き、そして、顔を上げて、ニヤッと不敵な笑みを浮かべる。
「……そこで、俺たちが今日これからやるべきことは、私有地じゃない、誰の権利もない無法地帯から木を採って来ることだ」
今回も読んで頂き、ありがとうございます。
前回の『アンナの日記』は、時系列が異常なので、仮に並行世界ということにしておきます。レイン君が日記のことを知っているのは、異世界故ということで一つ、お願いします。
ところで、最近は寒さが厳しく(地域差はあると思いますが)、私は、インフルエンザが治ったにもかかわらず、体調を崩し気味です。これを書いている時に、猛烈な腹痛に襲われ、ついでに誤字脱字の暴威にも襲われました。
これ書き終わったら、ちょっと人生を詰みに行って来ます。(花を摘みに行くだけ)皆さんも気をつけて下さい。あと、お食事中でしたらすみません。
次回投稿日は、活動報告に記載しておきます。
誤字脱字等、ぜひ教えて下さい。次回も皆様にお会いできたら嬉しいです。さようなら!