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鍛冶師の仮面を被った魔王  作者: 苗村つめは
第一章
5/40

5. 世界融合

第4話を改稿しました。確認して頂ければ嬉しいです。

「なあ、もしかして、世界融合って現象、存在してたりする?」


 突如放たれた言葉に、次長老達がレインに胡乱げな眼差しを向ける。


「……確かに、存在しないこともない。だが、それがどうした?」


 親父がレインの方に意識を向け、周りの次長老の気持ちを代弁した。先程まで延々と言葉遊びやら、セクハラ紛いの発言やらをしていたレインは、どうやら親父の信頼も失っていたらしい。そのことにレインは少し悲しくなり、真面目そうな表情を取り繕う。


「いや、そこの少女ってさ、伝承で読んだ、冥界の民ってのと特徴が一致するんだわ」


 そう、この簀巻き……ではなく、少女の、“引き寄せる魔力”は、[神界]に具現化した裏側の地界の民の特徴だが、見た目は生界の民のヒト族のものなのだ。そして、その二つが混合している種族は、今までの神界には存在していなかった。


 しかし、レインの言った、“世界融合”。これは、生界や、地界が神界に具現化している理由とされている現象で、文字通り世界がくっつくのである。


「つまり、お前はこの子供が世界融合によって冥界ごとこちらに来たと言っているのか?」


 冥界の民の特徴である、引き寄せる魔力を持ったヒト族の見た目を持つ者……まさにこの少女のことである。レインの言葉からそれを思い出した親父は、なるほどと深く頷いた。


 しかし、レインは「いや」と一言言って親父の考えを否定する。


「これは仮定なんだが、世界融合ってそんなに急激に進むものなのか?多分、違うよな。もし、冥界ごと融合したんなら、他にもこの少女と同じようなヒト……動物?……取り敢えず、未確認生命体でいいか。それが見つかって大騒ぎになる筈だ。それなのに、そのヒモートの周辺で特に何も見つかっていない。なら、恐らく少しずつ融合していき、他の島や大陸も現れる筈だ。で、今はまだ、ヒモートだけ、もしくは、他にもあるが、特に目立ってはいないというところか」

「その未確認生命体という認識はどうであれ、恐らくそれで間違いない。前回の世界融合は千年以上前だが、そんなに急激に世界が現れたら、何らかの文献に載っていてもおかしくは無いからな。それが、ちょくちょく島が現れた……とかなら、その時期だけ大騒ぎで、あとは順応してしまうのだろう」


 レインが至極真面目に会議に参加し始め、レインの立てた仮定よりも久々に進行する会議の方に驚愕する次長老。レインは、言葉遊びをしていた当の本人の癖に、


「おいおい……しっかりしろよ。仮にも、お前らは次長老なんだろ?もっと真面目にやってくれ」


 とのたまった。


 お前が言うなと心底思う次長老達だったが、自分達もくだらないことを考えていたのは事実なので、その言葉は飲み込んだ。


 そこで、クライマーが声を上げた。


「な、なら、その子供は処分するべきだ!」

「はぁ?何でいきなりそんな話になる?」


 レインが世界融合の話を出した途端にソワソワし始め、落ち着きがなかったので、ずっと目を付けていたのだが……。これは、何かありそうだとレインは警戒レベルを最大まで上げた。


「その子供は、ヒモートから来たと言うのだろう?なら、此処まで一人で来られる筈がない!何か、何かの陰謀だ!」

(俺にはお前がなんか企んでいて、それでいきなり焦り出した小者司令官のようにしか見えん)


 そう心の中で呟くレインだったが、いきなり処分というのはおかしいと思いつつも、理解出来ない点が多い冥界の民とはいえ、10歳の少女が一人で東の端から北の端まで来られる筈がないというのは同感だった。そうなると、間者がいて、この村に何らかの攻撃を仕掛けようとでもしたんだろう、と考えるのは自然だった。


 ただ、レインからすればクライマーが怪しすぎるので、連れて来たのもクライマーで、この少女を使って何かしようとしているのもクライマー。そして、それがバレそうになって焦って口を滑らせた小者こそ、クライマーであるという考えが出来上がっている。それ故、レインはクライマーを睨み続けていた。


 すると、親父がレインの耳元に顔を寄せて来て、小さい声で話しかけた。


「なあ、お前の気持ちは分かるが、そうクライマーを悪役に仕立てあげようとするな。あいつの小者っぷりは俺も怪しいと思うが、心当たりがあるだけかもしれんだろう?」

「わかったよ。正直、この少女がどうやってこっちに来たのかは俺も疑問だし」


 レインがそう囁き返すと、親父は安心したように微笑んだ……ような気がしたが、クマの表情などレインにはわからなかった。


「で、クライマー。今レインと話していて思ったことだが……」

「……」


 ゴクリっと生唾を飲み込むクライマー。レインは、その様子をただじっと見つめている。


「お前は、このことに関して何か知っているのか?」

「いや、ワシは……」


 親父に睨みつけられると、そう言ってクライマーは顔を背けるが、その先にはレインがいて、ずっと探るような目を向けている。


「正直に話せ」


 レインがそう言うと、クライマーはビクッとなって口を割った。


 クライマーが言うには、この前出掛けた時に、何処かの狭い路地でこの村の話をしている者に遭遇したらしい。何でも、あまり聞き取れなかったそうだが、「剣」「転生」「融合」「力」と、厨二っぽい言葉の羅列が聞こえたのだとか。そこでこっそり立ち去ろうとしたらしいのだが、うっかり躓き、見つかってしまった。


 その時は何か魔法をかけられて、今まで忘れていたらしいのだが、レインの世界融合という言葉を引き金に、記憶が戻ったらしい。


「それで、変に緊張していた……と」

「あ、ああ。話したらマズイと思って、とにかくその子供は処分しようと……」


 そこまで言うとクライマーは緊張の糸が切れたのか、気絶してしまったが、聞きたいことは聞けたので問題ない。レインは、「転生」という言葉が出た時に、自分と関係があるのかと思って反応したが、特に何も言わなかった。


「ふむ……なあ、そこの女子」


 今まで放置されてウトウトしていた(簀巻きのまま)少女は、親父に話しかけられ、顔を向ける。


「お主は、どうやって此処に来た?」


 できるだけ怖がらせないように、と優しい声を意識して、此処までの経路を尋ねる親父。しかし、レインは、クマにしか見えないのであまり変わらないと思った。


「私は……何か、周りが歪んで、その後は……もう此処にいた」

(周りが、歪んだ?まさか、この子は、ヒモートよりも先にこっちに来ていたのか?それなら、この子はヒモートからこっちに移動する必要はない。たまたま、ヒモートもこの子のすぐ後で融合しただけか?)


 少女の話に、また新たな仮定を立てるレイン。親父も同じ考えだったらしく、唸っていた。そのことを確認するには、クライマーに、いつこの少女を捕まえたのか聞かなければならないのだが、既に気絶してしまっている。レインは、そのことに苦虫を噛み潰したような顔をした。


 すると、ずっと放置されていた次長老の一人が、親父に話しかけた。


「もう、今回は解散でいいだろう?集会を開いたクライマー本人はもう意識がないし」

「そう……だな。よし、今回は解散だ!レインはちょっと残ってくれ」


 ばらばらと立ち上がり、肩を揉み解しながら帰って行く次長老達(クライマーは、先程解散を提案した次長老に起こされて帰った)を見届けると、親父は少女の拘束を解いて奥の部屋へ促した。レインもそれについて行き、部屋の扉を閉める。


 ふと、窓の外を見ると、既に日は落ちかけていた。考え込んでいる時間が長すぎたのだろう。レインには、話の腰を折って、まで解散にしようと言った次長老の気持ちも分かる気がした。


「さて、この少女のことだが……お前が面倒を見てやってくれないか?」

「やっぱり、そうなる?」


 この少女は、正直言って身元不明で怪しすぎる。かと言って放り出す訳にもいかないので、次長老の中から監視もとい、面倒を見る者を選出しなければならなかった。しかし、次長老達の中で、この少女の面倒を見られる者といったら、親父かレインしかいない。クライマー程ではなくても、次長老は皆捻くれているため、何があるか分かったものではないからだ。それを言ってしまえば、レインもとことん捻くれているのだが、親父からすればまともに見えるのだろう。


 そして、もう一つ。


「正直さ、お前が住んでるのって俺の家だろ。俺はいっつもこの狭い部屋で寝てんだ。だから、いい加減家返せって思ってる訳」


 そう。親父は、レインが5歳の時に家を譲り渡したため、今は集会所の奥のこの部屋で寝泊まりしている。次長老は何歳であれ一人前の大人として見られるため、家に一人で、もしくは、家族で過ごさなければならない。親父は、唯一の長老なので、レインを一人にしなければ、自分で作った掟を破った卑怯者となる可能性も否定できなかった。


 しかし、レインは当時5歳。中身は17歳+5歳で一応22歳だったのだが、家は自分で作るという謎の掟に従えるような強靭な身体はしていない。それ故、流石に可哀想だということでレインに家を貸し与えていたのだが……なんと、レインは14歳になっても住み着いていたのだ。


 早く自立しろと何度言われたか分からない。それでも、のらりくらりとやり過ごして今日に至る。


「いや、この子が来ても、家はまだ余裕あるよ?」


 取り敢えず、いつも通りやり過ごそうとするレイン。しかし、今日こそ息子を自立させる!と意気込む親父は止まらない!


「この子供のベッドの置き場までは用意できんだろう?」

「ぐっ……な、なら、同じベッドで……って流石にダメか」

「そういうことだ。諦めろ」


 無慈悲にレインを追い詰める親父(クマ)。レインは自分の考えがしょうもなさすぎて自分で自分の言ったことにダメ出しした。


 親父の手によって拘束が解かれたが、自分の立ち位置が分からず、取り敢えずその場で事態を見守る少女には、レインが獣に襲われているように見えるのかもしれない。


 それを見たレインは、何処か不安げな少女を指差し、叫んだ。


「あ、あの子は嫌がるかもしれないだろ!」


 起死回生の一撃!これは勝った!と、自分が嫌われていること前提のレインは親父にドヤ顔する。親父も、「ぐっ」とか呻いている。実の息子に中々酷い印象を持っているらしい。が、


「え?別に、私は嫌じゃない」


 もはや自虐ネタなのか起死回生の一撃なのか分からない、ある意味レインのプライドを賭けた発言を、一言で切り捨てた。いや、むしろ救い上げたと言うべきかもしれない。少なくとも、言ってしまった後で微妙な気分になっていたレインは「ありがとう!」と内心で感謝していた。


「なら、こいつと一緒に暮らしてくれ。しばらくは面倒を見てくれるから」


 少女の言葉に、我が意を得たり、と食い付く親父。レインは、勘弁してくれと天を仰いでいるが、少女は「うん」と頷いた。


「はぁ」


 レインは、もうダメだ、と、大きくため息を吐く。自分のワガママで終われば良いが、少女は既にレインの元で暮らす気満々だ。レインは、「恨むぞ」と言いながら、親父を睨むが、どこ吹く風だ。


「家が出来るまでは、俺の家を貸してやるさ。期限は……二ヶ月で良いか。一応、その子はお前の弟子という扱いにしておく。……この機会にいい加減独り立ちしろよ」


 弟子、とは、レインや親父が生業としている鍛冶師の弟子のことだ。現在、カルラ一族の鍛冶師は二人しかいない為、どこかに丁度良い奴いないかなぁ、と親父は思っていたところだったので、この少女をレインの弟子にすることにしたのだ。


 そして、もう一つ。弟子をとった鍛冶師は、一人前の鍛冶師として、店を出すことも許されるのだ。つまり、体良くレインは独立させられてしまった訳である。


「もう、好きにしやがれ……」


 レインは、肩をガックリと落とし、思いっきり脱力する。親父は、「そうさせてもらう」と苦笑しながら言って、レインの肩を叩き、コートを掛けに部屋から出て行った。


「ま、仕方ないか……。どっちにしても、俺は引き取るつもりだったし」


 レインはそう呟き、少女の方を向くと、「じゃ、行こうか」と続けた。そして、少女の手を取り、集会所を出て行った。


  ◆◆◆◆◆


「ただいまーっと」


 新しい家が出来るまで、二ヶ月貸してやると言われたいつもの家に着くと、木製の扉を開け、ブーツを脱いで居間に上がる。


 既に夜は更け、そろそろ日付を越えようとしていた。「今日マジで何もしてねえわ」とぼやきながら、レインはコートを脱ぐ。ハンガーに掛けるのはめんどくさかったので、その他クマ装備と一緒にベッドに放り投げた。そして、玄関に突っ立ったままレインを見ている少女の方を見る。


「おい、どうした?上がっていいぞ」

「……ただいまって?」

「ん?お前の方じゃ、言わないのか?ただいまってのは、家に帰って来た時にする挨拶みたいなものだ」

「そうなの?じゃあ、ただいま」

「おう。おかえり」


 そう言うと、少女は再び疑問を顔に浮かべるが、レインは「ただいまって言って来た人に返す挨拶だよ」と、聞かれる前に教えた。今まで、レインにおかえりと返してくれる人はいなかったので、少し寂しくなったのだ。


「……そういえば、お前の名前、聞いてなかったな」


 レインは、頭を振り、意識を切り替えると、今までこの少女の名前を知らなかった自分に苦笑いした。少女は、ふらふらと危なっかしい足取りで居間に上がり、ぺたんと座り込んで壁にもたれかかってウトウトしていたが、レインに話しかけられて目を開けた。


「私は、アンナ。あなたは?」

「レイン。レイン=カルラだ。これからよろしく。……取り敢えず、眠いなら布団かぶって寝ろ。風邪引くぞ」

「うん。そうする」


 アンナと名乗った少女は、未だ薄汚れていたが、風呂は明日に回すことにした。まさか、レインが見ているわけにもいかないし、アンナは今にも寝そうで、風呂に入れたら溺れる気がした為だ。アンナは、ゆらゆら揺れながら立ち上がると、これまたゆらゆらと歩いて布団に入って目を閉じた。


 数秒後、寝息が聞こえ始めたので、レインはアンナがベッドに辿り着いた時に落ちてしまったコートを拾い、それをかぶって寝ることにした。


「あ、これから俺の寝床どうしよ。家が出来るまでずっとコートって訳にもいかねえ」


 そう思って少し焦ったが、「ま、明日のことは明日考えよ……」と、自分も目を閉じたのだった。


  ◆◆◆◆◆


 レインは、普段はない気配に違和感を覚え、ムクリと起き上がった。レインが、「くあ〜っ」と欠伸をしつつ伸びをしながら窓の外を見ると、それなりに日が登っている。時計は無いので正確には分からないが、恐らく六時くらい。そろそろ、ご飯を作って食べておきたい時間帯だ。


「ん……ぅ」

「おう、起きたか。おはよ」


 違和感の正体。それは、昨日の集会でレインが親父に押し付けられた少女、アンナだ。ついでに言うと、壁にもたれたまま寝たので、2日連続でベッドで寝損ねた所為で腰が痛いというのもあるが。


 アンナは、もぞもぞと布団から這い出し、「うん。おはようございます」と丁寧に返すと、立ち上がってレインの元まで歩いてくる。アンナは、疑問顔のレインに、寝癖がついてぴょんぴょん跳ねた髪型のまま話しかけた。


「お風呂、どこ?」

「風呂はキッチンの奥の扉から行ってくれ」

「分かった」


 10歳とはいえ、女の子。のんびりした子だとレインは思っていたが、やはり、風呂に入らないままというのは抵抗があるらしい。


 そんなことを考えながらレインが目玉焼きを焼きながら答えると、アンナは短く返事をして脱衣所に向かう。が、ジュウジュウと、フライパンから良い匂いがし始め、昨日全く食事を取っていないレインとアンナはぐうと腹を鳴らした。


「……先、飯にするか。アンナー、風呂の前に飯食え。お前、昨日から何も食って無いだろ?」

「うん。そうする」


 アンナが脱衣所から戻って来て食卓に着くと、レインは目玉焼きを持ってアンナの前に置いた。水をコップに注いで、それも置く。大豆とは違う材料だが、似ているもので作られた醤油モドキをレインは自分の分にかけると、アンナに手渡した。


「これ、何?」

「目玉焼き。今渡したのは、一応醤油だ。目玉焼きをそのまま食うとあんまり味がしないから、それをかけろ……あ、かけすぎんなよ!ゆっくりだ」


 醤油モドキを手に取って蓋を開けたアンナはガバッとひっくり返しそうになったので、慌ててレインが腕を抑える。今度は忠告通りにゆっくりと注ごうとするが、プルプル震えているだけで中身が出てこない。眉間にシワを寄せて苛立つアンナ。


 レインは不器用すぎるアンナに苦笑しつつ、「俺がかけるよ」と、適当に醤油モドキを目玉焼きにかけた。


「うぅ……ありがとうごさいます」

「良いよ、それくらい。アンナはこういうの使ったことないのか?」

「うん。初めてだから、難しい」


 むぅ、と唸ってふてくされるアンナを少し可愛いなと思いながら、レインは目玉焼きを食べ始める。


 フライパンで焼いた焦げ目から香ばしい匂いが漂い、レインの食欲を刺激する。木製のフォークで突き刺し、口元へ持ってくると、一口で飲み込んだ。醤油がかかり、素材の味を更に引き立てた目玉焼きはまさに絶品……!


「……普通に目玉焼きだな」

「うん」


 ……とかいうことはなかった。強いて言えば、昨日食べていない分少し美味しく感じるくらいだ。それはアンナも同じようで、小さい口を忙しなく動かしながら、特に表情を変えずに食べていた。


 まあ、アンナは普段から感情の起伏があまり無いような気もするが、と、レインも無表情で目玉焼きを咀嚼し、一口水を飲んだ。


 それから一分程でアンナも食べ終わり、普通な料理スキルを持つ少年による、無表情な少女の為の、普通な朝食は終了した。


「ゴクッ。……ごちそうさまでした」

「ほい。お粗末様でした」


 アンナは食器を持って立ち上がり、キッチンへ向かう。……レインの分も持って。


 レインは、アンナが食べ終わるまで待とうと思って座っていただけなのだが、アンナに食器を持っていかれて少し戸惑う。食べ終わったらさっさと持ってけよオラァ!みたいな威圧感でも出ていたのでは無いかと思ってしまったのだ。要は、本人の意図とは無関係にパワハラになってしまったのではないか、と思ったのだ。


 何となく悪いことをしたような気分になったレインは、アンナを引き止めようと立ち上がって声をかける。


「あー、アンナ?俺のは良いよ。自分で持ってくから」


 ……まさか、ちょっと重大な勘違いが発生しているとは思いもせず。


「マスターは座ってて。私は家事の弟子だから」

「……は?」


 マスター、とは、昨日親父が弟子という扱いで、と言ったせいで、師匠という意味でその呼び名になったのだろうか。しかし、弟子というのは、カルラ一族の生業である、鍛冶師の弟子ということのはずだ。決して、家事(・・)の弟子をとるという話ではない。


 それに、前提から言ってもレインの料理スキルが普通だということはアンナも理解しているはずだ。レインが普通の目玉焼きだと言った時に、アンナも肯定していたのだから間違いない。それが、人に家事を教える?冗談じゃ無い!とレインは思った。それを知ってか知らずか、アンナはキッチンで一度止まり、


「……マスター、これ、どうするの?」


 ただ、皿を持ってきたが、どうすれば良いのか分からないだけらしい。その姿にレインは溜息を吐くと、「取り敢えず家事スキルはどうであれ、それぐらいはできてくれ!」と言いながら立ち上がった。


  ◆◆◆◆◆


「ーーふう、マスター、料理って奥が深いね」

「お前がしたのは、料理ではなくただの食器洗いだ。しかもたった二枚と、お前は使ってないから俺の分のコップ一個で計三つだ。それだけなのに何故一時間もかかる。もし、たった三つの食器を洗うのに一時間もかけるのが普通なら確かに奥が深いだろうがな」


 かいてもいない汗を拭うようにアンナはおでこの辺りで袖を横に動かす仕草をしながら、レインにドヤ顔を向けて来たので、レインは冷たくあしらった。


 レインは、初めの方こそアンナの食器洗いを微笑ましく思って見ていたが、二十分くらいしてから「あれ?何でこんなに時間かかってるの?」と思い、洗い終わった食器を置くように言って、広げて置いてあったタオルの方を見てしまったのだ。すると、レインが疑問を浮かべるほんの少し前にアンナが置いた皿が一枚。


 即座に、レインはもう一枚の皿をキッチンから取り上げ、「一枚二十分なんて計算でやんじゃねぇ!!」と声を大にして言ったのだが……その時、レインが使ったコップを拭いていたアンナは、猛烈な勢いで皿を拭き始めたレインの観察を始めてしまったのだ。


 終わったらアンナが拭いているコップもチャチャッと終わらせたるわ!と意気込んでいたレインは、何となく適当に皿を拭くことができなくなり、結局、皿を拭くのに時間をかけてしまったのだ。当然、アンナの分を奪い取った後も同様である。


「……あれ?これって俺のせい?」


 はい。その通りです。しかし、誰も突っ込んではくれないので独り言である。


「おーい、アンナさん。ツッコミ待ちなんですけどーって、そうだったね。風呂行くって言ってたね……」


 投げやり気味にレインはアンナに話しかけるが、アンナはレインが食器洗いを終えると「なるほど……あれをもっと早く……一つ二十分で……」とか言いながら脱衣所に向かって行ったので、ツッコミ待ちのマスターは遠い目をする。


 しかし、独り言である。


「……って、二十分って言ったか!?もっと早くだ!丁寧にやってもあれ全部で五分か十分くらいで良い!(作者の主観)」


 レインは、遠い目をしていたが、アンナから皿洗いを一枚二十分でもっと丁寧にやるという呟きが聞こえたので、今度は自分からツッコミを入れた。あれだけグダグダ……していたのは主にレイン(一応、光り輝く程に綺麗)だが、アンナの食器洗い(今レインが皿をチェックしたらアンナが拭いた皿だけ何故か未だに醤油が付いていた)をもっと丁寧に、今日と同じ速度でなどと言っていたら修業期間も追加されてしまう。そして、食器洗い二十分が恒常化したら尚恐ろしい。


 一応明記しておくが、普段のレインは食器一つにつき一分くらいで、今回は見栄を張った為、普段でも綺麗な食器(レインは意外と綺麗好きである)が異常な程綺麗になっただけである。


 アンナは当然聞いていないので、繰り返すがこれも独り言である。



 それから少しして、脱衣所とトイレが一緒になっているバスルームからくぐもったアンナの声が聞こえて来た。


「ーーマスター、服、どこに置いておけばいい?」


 服を脱いだはいいものの、他人の家で勝手に服を脱ぎ散らかしてはいけないと思ったのだろう。色々と予測不可能な行動をすることが多いアンナだが、それなりの常識はあるらしい。

遂に、12/26日をもって隔離生活から解放されました、苗村つめはです。インフルエンザが治りました。いないと思いますが、心配してくださった方、本当にありがとうございます。


……活動報告がただの迷惑メールのような扱いになってしまいました。すみません。

結局、予定より早く投稿しました。


今回も読んで頂き、ありがとうございます。


今回、第5話ですが、気付いたら9000文字を超えていました。よって、切りは悪いのですが、残りは次回に回ります。


今回(いい加減『今回』で始まる出だしに飽きてきた……)は、アンナさんにたくさん(?)話させることができました。感動です。正直、想像していたよりもアンナさんが奇行種過ぎて自分でも驚いています。そのせいで、「最低限の常識はある」とかの注釈や、レインにアホな行動を取らせて誤魔化す等の追記が増えていく……!


恐らく、次回は少しはまともなヒロイン……になってくれると思います。というか、したいです。


えー、では、今回も読んで頂き、ありがとうございます。次回第6話で皆様にお会いできることを祈っております。

さようなら!

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