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鍛冶師の仮面を被った魔王  作者: 苗村つめは
第一章
37/40

35.到着

遅れてすみません。

 ––––違和感。


 胸の中心、ドクンと音を立てる魔核を中心に、何かが蠢いている。


 なんと言えばいいのか、そう、例えるならば、身体中に巡る血管の中を、逆流する血液が正常な動きをする血液を押しのけて進むような、そんな異物感。


 魔核の拍動とともに増すその感覚に思わず顔をしかめ––––


「––––レインくん?」


 アンナが、荷造りの手が止まっているレインの顔を心配そうに覗き込む。


 いつもとは違う呼び名。しかし、不思議としっくりくる。

 今まではマスターという敬称だったが、こっちの方が親しみがあっていい。


「どうしたの?ぼんやりして……気分でも悪いの?」

「……いや、大丈夫。ありがとな、心配してくれて」


 むしろ、気分はいい。


 どういうわけか、この異物感もまた、不思議としっくりくるのだ。

 失っていた、あるべきのものをようやく取り戻したような、そんな奇妙な達成感さえある。


 何故、とは思わない。


 ただ、自分の中で理解できない理解が存在する。

 それだけだ。


 きっかけに心当たりは––––ない。


 歯の隙間に何か引っかかっているような感覚を、頭を振って追いやり、件の鉱石を入れた麻袋の口のしっかりと結ぶ。

 それをズボンのベルトに付いているフックに引っ掛けた。


 愛用のコートの裾はそこまで長くないので、麻袋を隠し切ることはできないが、腰に穿いた剣の陰に隠れて、そこまで目立たないだろう。


 剣を腰に下げているのは、一応上位貴族相当の力を持つ、「最高」の鍛冶師としての嗜みだ。


 剣は儀礼剣だが、レインにとって最高の出来––––つまり、見た目だけでなく、実用性においても最高級のもの。

 アストライトの黒銀の柄と、亜龍と呼ばれる、白いトカゲに翼を生やした魔獣––––端的に言えば、白いドラゴンの牙を加工した、強靭で斬れ味の優れた、白金の刃が特徴的な直剣である。


 正直、1年前に「最高」の称号を手に入れた時に作った剣よりも、この、アストライトと亜龍の剣の方が良い剣だ。


 レインがそんな、見るものが見れば発狂しそうな、見るものだ見なくても一目で業物と分かる、目立ってしようのない剣を選んだのには、もちろん理由がある。

 ヒューマンアレルギーは克服したものの、別にわざわざ人の視線を集めたいわけでもないレインが、理由もなしに目立つ装いをするはずもない。


 一つは、先に上げた鉱石から目をそらすため、というもの。


 ただ、これだけが理由ではない。


 レインたち集会のメンバーは、聖界の鉱石がアンナに危害を加えるために送られてきたと考えている。

 ならば、村の管理下から外れたアンナを、何者かが狙う可能性があると、親父に言い含められたのだ。


 それを防ぐため、レインが戦闘手段として剣を持っている。


 今日のレインに与えられているのは、アンナの見張り役ではなく、アンナの護衛としての意味合いが強い役割だ。


 まあ、レインが護衛などしなくても、アンナなら賊の一人や二人なら、どうとでもできるだろうが……


 と、また思考の海に沈んでいると、


「レインくん、ほんとに大丈夫……?」


 ……レインのほうが、アンナに護衛してもらったほうが良いかもしれない。



 ◆◆◆◆◆



『王都ラグーンに到着しました』


 船内に、魔道具からアナウンスが流れる。

 星属性の、「地の理から解き放つ」という魔法の力が、空気を振動させているようだ。

 もはや馴染みとなった、魔力を視る力でそれを確認したレインは、この魔道具を作った者の腕に「ほぅ」と感嘆の声を漏らす。


「流石俺……わざわざ地界まで行って術式を刻んでもらった甲斐があったな」

「あ、やっぱりレインくんが作ったんだね……」


 アンナは少し呆れたような顔をし、次いで「あれ?」と首を傾げた。


「地界って、私の故郷と同じで異世界じゃなかった?なんで、レインくんは異世界に行けたの?」


 レイン、アンナの「わっけわからん」といった表情に対し、チッチッチッと指を振ると、


「忘れたのか?地界と生界は、この世界に融合しているって教えたろ?」

「地界は大地を構成するために、生界は生物にこの世界を維持させるために……だよね?」

「なんだ。分かってるじゃねえか」

「うん……でも、何か魔法の境界線とかで、自由に行き来はできないんだと思ってた」

「普通はな。だから聖界や冥界が侵攻してきて、こうやって出向かなきゃ行けないんだし」

「普通は……?じゃあ、普通じゃないのは?」

「今言った通り、生界と地界みたいに、この世界にとって有用な世界だけだな」


 そして、冥界と聖界のように、侵攻してきた世界も、と心の中でレインは付け加える。


 今のところ、アンナが来た冥界と、問題の鉱石が送られて来た聖界は、この他に何も融合して来ていないが、それもずっと続くとは思えない。


 もし、世界ごと融合してくる日があれば、この世界に存在する異世界は生界、地界、冥界と、聖界の四つ。

 いや、死界は生界と表裏一体の世界なので、正確には五つか。


 この時点で6分の5。


 残すは天界のみ。


 不可侵だったはずの神界は、気が付けばほとんどの世界に干渉を受けていた。


(……あんまりよくねえ状況だな)


 レインは顔をしかめ、なんとなく柄に置いていた手に、ギュッと力を込める。


 アンナも、レインの表情を見て心配そうな顔をした。


(レインくん……顔には出してないけど、少し不安そう……それに、怒ってる……?)


 今日はアンナに心配されっぱなしのレインだが、3年の付き合いのアンナから見て、今日のレインの内面には、今までに見たことがないほど複雑な感情が蠢いているように感じる。


 今では、レインの機敏もなんとなく分かるアンナには、レイン自身気づいていない気が付いていないことにも気が付けるのだ。


 そう、例えばレインの様子が急変したきっかけ。

 それは恐らく––––


(魔王……ううん、神。レインくんは神を嫌っているみたいだし……)


 水面下、レインが神に対して抱く激情。

 怒り、殺意、神に対して。

 それは許せない。


 ––––ユルセ、ナイ?


「あ、あれ……?」


 何故、そんなことを考えたのか。


(許せないって、なに?なんで……?)


 大恩であるレインに対して、許せないとはどういうことなのか。


 原初六神伝承の原本を持っているレインは世界の真実を知っている。

 ならば、神に対して怒りの感情を抱くのは当然のこと。


 なのに。


(ううん、違う。きっと何かの間違い……許せないのは神のほう。絶対、そうなんだから)


 アンナは、自分に言い聞かせるようにそう繰り返し、かぶりを振って嫌な考えを振り払う。


 レインとアンナ。

 二人の中に渦巻く歪な感情は、彼らを掴んで離さない。


 きつく、強くしがみついて。


 運命すら捻じ曲げるかのように。




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