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鍛冶師の仮面を被った魔王  作者: 苗村つめは
第一章
36/40

34.船の上で

 青の世界を風が駆け抜ける。


 黒髪を揺らし、レインは甲板に上がった。


「ーー」


 視線の少し先にいるのは、手すりに両手をかけ、ゆるふわの金髪を風に遊ばせる少女。

 今では馴染みとなった、居候の簀巻きーーアンナだ。


「あ、マスター」


 レインが近づいてくる気配に、アンナは振り向く。


「何を見てたんだ?」


 レインはアンナの隣に並び、同じように正面、船の進む先に目を向ける。

 遥か彼方水平線の向こう。

 その先に。


「ううん。特に何も見てないよ?ただ、海が綺麗だなって思って」

「……そうだな」

「私、海を見るのは初めてなの。前いたところは……その、海なんてなかった……というより、海ができなかった(・・・・・・)から」


 アンナは故郷を憂い、小さく俯く。


 アンナが三年前まで暮らしていた冥界は、海が存在しない。

 もっと正確に言うと、アンナが言った通り、海ができないのだ。


 雨ーー世界に還元された魔力が、水という形になって大地に降り注ぎ、形を変えて循環する、その仕組み自体が存在しないからである。

 理由は不明だが、地界などの魔力が固形化された世界でも同じ現象が起こるらしい。


 とはいえ、地界の住人は水を必要としないが、冥界の住人は生界に生きるものと同様、水を飲まなければ生きていけない。

 彼らも、魔力質を除いて生界の住人と身体の造りは同じだ。


 レインの前世ーー地球の人間とほとんど変わらない、と言ったほうが分かりやすいか。


 違うのは、身体に循環させるものが酸素ではなく魔力なので、心臓の代わりに魔核という器官があることくらいか。


 心臓と魔核の機能は、概ね同じと見ても問題はない。


 話が逸れたが、そんな人間と同じ身体の造りをしている冥界の住人にとって、雨が降らないというのはとても辛いことだろう。

 雨が降らなければ水は存在しない。

 魔法という力があるからまだいいものの、水を創り、飲んでも喉を潤すだけで、排出されずに消失する。


 魔力は世界を循環しないが、世界に還元される、すなわち神のものになるのだから。


 減る一方で、決して増えることのない魔力。


 節約しながら水魔法を使える者が魔法を行使し、なんとか生をつなぐものの、いつかは必ず訪れる「終わり」。


 ふざけている。


 何が目的か知らないが、自分の都合で、どうせくだらない理由で誰かの生を貶めるなど、ふざけている。


 レインは、「––––––––」は、そう思った。


「……なぁ、アンナ」


 故に問う。


 レインの静かな声に、アンナは暗い、深い、黒くて、どこか空恐ろしさを感じさせる瞳を向けた。

 それがレインの横顔を捉え、続きを促す。


「もし、さ。そんな『終わる世界』を終わらせることができるやつがいるなら。世界を終わらせようとする存在を殺すことができるやつがいるなら、お前は、そいつをなんて呼ぶ?」


 勇者、英雄。


 どれも違う。


 破壊による救済。

 世界を終わらせ、世界を作り変える存在に、そんな呼び名がふさわしいはずもない。


 なら、なんと呼ぶのか。


 わかる。

 でもわからない。


 だから、アンナにその答えを求めた。

 アンナは一瞬考え込み、そしてぽつりと。


「––––魔王」


 破壊による救済。

 それによって、「終わる世界」の支配者たちの進撃を止めた、「終わりを終わらせる者」の名を口にした。


「魔王、ね。……なら、そいつが終わりを終わらせるとき、お前はどうする?––––もし、それが俺だったら、どうする?」


 アンナが口にした存在。

 それは、レインが求める存在で、そして、––––最も身近な存在だ。


 破壊による救済。

 それは、この世界で生きるために必要もの。


 守りたいものを守る力で、自分の意思を貫き通すためのもの。

 皮肉にも、その考えは狂気に沈み、レインに災禍をもたらしたあの女と全く同じものだが。


 現代日本ならいざ知らず、この世界において、他の主張を押しのけ、自分の意思を貫きたければ、自分の正義を振りかざすしかない。


 悪だと分かっていても、自分にとって正しいのなら、正義。

 そんな、レインが一番嫌いな身勝手な主張で、「終わる世界」を冒涜し、ふざけた生を送って。


 それでも、自分の望んだ答えと一緒なら、それでいいのかと。


 大海原を眺めて、自分に想いを寄せる少女と二人きりで、一体何の話だ、とレインは内心自分に呆れる。


 でも、今しか話せない気がしたから。

 これから先、この話をすることはないと、そんな予感がしたから。


 故に問う。


「俺が、レイン・カルラが『魔王』だったら、アンナ(お前)魔王()について来るのか?」


 今度は、アンナにしっかりと向き直り、彼女の瞳を見つめる。


 アンナはそれに対し、一切の迷いなく。


「––––うん。ついてく。私はマスターと……レインくんとずっと一緒に居たい。レインくんとなら、何処へでも、何があっても行けるって、私は思うから」


 そう、言い切った。


 少し顔を赤らめ、後ろに手を組み小さく笑う。


 決まっていた。

 アンナの中ではずっと。


 レインがどんな人間か知ってから、いや、きっと、あの凍えるような寒い夜に、手を引かれ、外の世界に連れ出されたあの日から。


 ずっと。


 外は一面の銀世界。

 裸足で歩き、冷たいのに足の裏は焼けるように痛い。


 それでも、自分の歩調に合わせて歩いてくれる少年の気遣いに触れて、不思議と足の痛みのことなど意識しなくなった。

 アンナの意識は、前を歩く少年に向けられていたから。


 他に、何も映っていなかったから。


 初対面な上、今思えば訳のわからないことをしていた自分。


 それでも、彼は優しくしてくれて。


「だから、私はレインくんについていくよ。魔王でも、この世界を壊すつもりでも。それがレインくんの本当の願いなら、間違ってても間違ってない。私がレインくんについていくことを選んだのも間違ってないんだよ?」

「……そうか」


 青の世界を風が駆け抜ける。


 二人の髪を撫でるように。


 それに誘われるように、再び視線は海の果てへ。


 ようやく見えてきた、王都ラグーンに向けられる。


 それを実感してレインは小さく息を吐き––––


「……なんで急にレインくん?」

「え、そこ!?」

「いや、だって、今までずっとマスターマスターって呼ばれてたのに、いきなり変わったから……」

「べ、別にいいでしょ?元々、レインくんと一緒に居るのに師弟関係が必要だったから、マスターって呼んでたんだし……二人きりの時くらい、ね?」

「ま、いいけど」


 雰囲気をぶち壊し、レインは笑う。

 頰を真っ赤に染めて隣でもじもじしている少女の頭を、吹き抜けた風のように優しく、愛しむように撫でた。


 一体、この世界に何が起きているのかはわからないが、この少女となら、アンナと一緒ならなんだって踏み越えられる。

 そんな気がするから。



 ◆◆◆◆◆



 世界は人知れず震え、小さく波紋を立てる。


 それは波打ち、ゆっくりと広がり、やがて収まった。


「––––」


 それを見て、男は口の端を吊り上げる。


 これでお膳立ては済んだ。

 あとは、張り巡らせた、張り詰めた糸に鋏を入れるだけだ。


 それで全てが終わる。

 それで全てが始まる。


 終わりと始まり。


 まるで対極なのに、重なり合う二つの運命。

 それは、廻り続ける輪にも似ている。

 輪に始まりなど無いが、鋏を入れたその場所だけは、始まりと言っていいだろう。


 男は色が抜け落ちたような白い手に、禍々しい夜闇の魔力を纏う。


 魔力は次第に、爪の形をとりーー


「さあ、始めよう」


 何かが。


 全てが。


 壊れた。


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