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鍛冶師の仮面を被った魔王  作者: 苗村つめは
第一章
33/40

32.簀巻き

「ただいまー」


 レインは、玄関口……ではなく、二階の自室でそう挨拶した。


 何故かというと、一階には誰もおらず、「ただいま」と言っても、誰も「おかえり」とは返してくれないからである。


 それは少し寂しいので、同居人のアンナがいる、自分の部屋で「ただいま」を言ったのだが……


「おいおい、おかえりくらい言ってくれよ」

「つーん」


 結局、わざわざ二階で「ただいま」を言ったにもかかわらず、アンナは挨拶を返してくれなかった。

 それどころか、そっぽを向いて頑なにレインを見ることさえ拒否している。


 一体どうした……とは、思わない。

 アンナがレインに対して冷たい理由には、現在進行形で心当たりがある。


「そんなに、簀巻きのまま放置されたのが気に食わなかったのか……」


 今朝、アンナが勝手にレインのベッドに潜り込んでいた挙句、そこから退かないなどと言うから、布団ごとアンナを転がして床に落とした。

 その際に、ぐるぐるに巻かれてアンナは布団から脱出できず、今に至る。


 レインとしては、言うことを聞かなかったアンナが悪いし、そうでなくても緊急の用事だったのに、アホなことをするアンナが悪い。

 とにかくアンナが悪い、と言いたいのだが。


 どうやら、アンナはそうではないらしい。

 今も「つーん」と、レインに塩対応だ。


「布団、解いてやろうか?」

「つーん」

「なんだ、解かなくていいのか」

「!?」

「じゃ、俺はまた出かけるから。今度は、こんなにすぐには帰ってこれないかも……」

「ごめんなさい、解いて、お願い!」


 いつまでも拗ねているアンナをちょっと脅してやると、案の定涙目になってレインに懇願した。

 変わり身早えな、と呆れつつ、もう少しアンナをからかいたくなるレイン。


 打てば響くものだから、どうしても興が乗るのだ。


「ん?なんだ、話しかけない方針で行くんじゃなかったのか?」

「え、あ……その」

「ああいや、別にいいんだ。気にしないでくれ。そのまま、そっぽ向いてるといいさ」

「ご、ごめんなさい、謝るからー!」


 いい加減必死になって来たアンナに、


「しょうがねえなー!」


 ドヤ顔で言い放った。



 ◆◆◆◆◆



「……で、どこに出かけるの?」


 少しふて腐れた顔でベッドの縁に座り、アンナは先のレインの発言に関して問う。


 簀巻きから解放されて、パジャマからアンナは着替えたのだが、まだ身だしなみは整え終わっていない。

 髪の毛がぴょんぴょん跳ねている。


 なんでも、食後の歯磨きのときに、一緒に髪も整えるのだとか。


 なるほど。

 効率が良くて、よろしい。


 昔はそんなに髪の毛がどうとか言わなかったが、今はどうやらこだわりを持っているようだ。


 髭を剃るくらいしかしない男としては、中々理解し難いものがあるが。


「聞いてる?」


 そんな風に、アンナの女子力(?)の高さ(笑)に想いを馳せていると、訝しげな表情を浮かべたアンナが顔を覗き込んできた。


「ああ。聞こえてる聞こえてる。俺が出かけるのがうんたらかんたら」

「聞こえてるのと聞いてるのは違うってことだね……」


 この3年で、随分しっかり者になったアンナ。

 今では、レインに注意されるよりも、むしろレインに注意することの方が多い。


 とはいえ、それはレインがアンナに気を許していて、しかもアンナはレインにいいところを見せたい、という感情故の予定調和なのだが。


 実際のところは、アンナは未だにドジっ子で、レインは真面目にやれば、普通にアンナよりもしっかりしている。


「何言ってんだ。聞こえていれば認識するし、それはつまり聞いていることになる。だから、俺だって『出かけるのがうんたらかんたら』まで言えたんだろうが」

「じゃあ、『うんたらかんたら』には何が入るの?言ってみて」

「『どこに行くの』とかそんな感じじゃね?」

「……合ってる」

「ほら見ろ。聞いてただろ」


 いや、本当は聞いていなかった。

 しかし、なんだかんだで3年も同じ家で暮らしていれば、アンナの言いそうなことくらい分かるというものだ。


 というか、他に続く言葉が見つからなかっただけなのだが。


「で、どこに行くの?」

「王都ラグーン。ちょっと問題が起きてな。俺が調査に行かなきゃいけないんだよ」

「王都……それって、海の上にある、「じょーさいとし」ってところだよね?」

「そ。よく覚えてたな。アウェルミスト「絶対防壁」で王都全体を覆っていることから、城塞都市って呼ばれるようになったらしい」

「ん。それも知ってる」


 流石、あまり役に立たない雑学ばかりせっせと吸収していたレインに、毎日勉強を教えてもらっているだけある。

 異世界に来てからレインが仕入れた知識を、アンナは真剣に聞いて覚えたようだ。


 ……真面目に国語(神界語)や、算術も教えてやっているが、それよりもレインの雑学の覚えの方が良いのは何故でしょう。


「なんでも、王に謁見して欲しいみたいだし、品評会に乗じて、表彰を理由に王に会うつもりだ」

「王都って言うくらいだから、王様もいるんだね」

「当たり前だろ。それに、この村も大概広いが、ラグーンはもっとすごいぞ。広さはこの村の五倍。人口は4000万人だ」

「4000万……!?」


 あまりの人の多さに、アンナは驚いた顔をする。

 拗ねた顔や笑顔も可愛いが、こういう表情も悪くない、とレインは和み、さらにアンナが驚くだろう、知識を披露する。


「そして、何よりも……ラグーンは、鳩車なんていう、下品な乗り物は存在しない。ラグーンには、いたるところに水路が通っていて、そこを小舟に乗って進むんだ」

「え……じゃあ、普通の道とかはないの?」

「無くはないが、水路に比べたら圧倒的に少ないな」

「へ〜」


(あれ?なんか、思ったよりも驚いてない……)


 予想外の反応に、レインは少しがっかりする。

 レインが初めてラグーンに行った時は、まるでベネチアのような美しい外観に、内心感動していたものだ。


 しかし、どうやらアンナは地面の道よりも水路の方が多い、という未知の文化にはそれほど興味がなかったらしい。


 レインが微妙な表情をしているのに気づき、アンナは小さく笑う。


「水路も興味はあるけど、それよりも人の多さにびっくりしただけだよ」

「どゆこと?」

「えっと……昔、マスターと大通りに行ったことがあったでしょ?」


 もちろん覚えている。

 忘れもしない、3年前だ。


 アンナは、村に来てから1ヶ月もしない内に盛大にやらかしてまわったため、アンナとの思い出を振り返ると、大抵「3年前」に集約される。


「ああ。あれだろ?初めての模擬戦の後、買い出しに行って迷子になったやつ」

「う、うん……それだけど、その時にたくさんの知らない人に押されて、マスターから離されたのが、ちょっと……」

「……人混みに入るのがトラウマなのか」


 頷くアンナを見て、レインは「なるほど」と手を打った。


 確かに、人混みが苦手なら、4000万という人口の方が印象に残るのは当然なのかも知れない。

 レイン自身、今でこそ平気なものの、昔は人混みを恐れて、王城で大問題を起こした過去を持つ。


 それに、水路に囲まれた都、と言われてもパッとイメージは湧かないだろう。

 ああいうのは、見て初めて感動するものなのだ。


「ま、楽しみにしとけ。今はそんなに凄いとは思わなくても、絶対、見たら驚くから」

「うん。楽しみにしてる。……けど、私って付いて行っていいの?マスターはお仕事で行くんでしょ?」


 アンナはふんわりと笑みを浮かべたが、まだ自分が付いて行っていいとは言われていないことに気づく。

 レインの言い回しから、付いて行ってもいい、というのは分かるが、それで迷惑をかける訳にはいかない。


「あ、説明してなかったっけ。確かに俺は仕事で行くんだけど、もともと俺の仕事にアンナの面倒を見ることも入ってるんだよ」

「そうなの?」

「ああ。だから、アンナが一緒に来ないと、俺は仕事をしてないことになるな」

「……じゃあ、私も一緒に行っていいの?」

「当たり前だ。……仕事のことは抜きにしても、たまには二人で遠出ってのもアリだろ?」

「え……」


 この3年間で、レインがアンナを連れて遠出したのは、森に行ったのが最初で最後だ。


 つまり、今までの品評会でもレインはアンナを連れて行ってはいない。

 アンナは家事がができるから、レインがいなくても最低限生きていけるし、まだ冥界の様子がはっきりとしない以上、避けるべきだと考えたのだ。


 しかし、今日までで冥界が神界に干渉して来たのは、レインが知る限りではアンナを融合させた時だけだ。

 これならば、アンナを連れて行くのも問題はない。


 それに、レイン自身、アンナと出かけるのも悪くないと感じている。

 今まではまだ幼女と言っても違和感はなかったアンナも、今では立派な美少女だ。


 つまり、レインが言っていた「数年後の未来」は、もう「今」なのだ。


 アンナが自分に好意を寄せているのは知っているし、いわゆる「デート」というやつを、この機会に、と考えたのだ。


(……まあ、別に恋人同士って訳じゃないからデートとは呼ばないのかも知れないけど)


 この場合、何と呼ぶのだろう、とレインは思考の海に沈みそうになり、しかしアンナが無言で固まっているのに気づき、寸前で立ち止まった。


「どうした?」


 レインはアンナの顔を覗き込むように顔を近づける。


 すると、アンナはびくっと震えて勢いよく顔を背けた。


「っ〜〜〜な、なんでもないっ」


 しかし、耳まで真っ赤になっているのは、隠せない。


 レインはそんなアンナの反応に、思わず口元を緩めた。


私、ベネチアって行ったことないんですよねー。

いつか行ってみたいです。

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