29.時は流れ
早く出してみました
ーーアンナが、神界の北端の村、[カルラ]に来てから既に三年が経った。
アンナは、相変わらず村の集会では要注意人物に指定されており、今もレインの弟子という形で管理される日々を送っている。
とは言え、レイン自身はアンナのことを注意に値するとは、そこまで思っていない。
今までの生活で、アンナが問題を起こしたことは少なく、しかもレインに好意を向けてくる、ちょっと訳ありなだけのただの美少女だ。
故にレインも、アンナとはそれなりに上手くやっているし、アンナも今の生活を心から楽しんでいた。
……まあ、アンナとしてはレインとの師弟関係に縛られているせいで、ささやかな夢が叶えられないのが寂しかったりするのだが。
何はともあれ、今まで一人で生活して来て、やさぐれていたレインにとってもアンナが来たのは大きな変化だった。
家事は一通りできるが、相変わらず皿洗いができないアンナに、少しふて腐れた顔で皿を押し付けられたり、何故か冬になると、「寒いから」と言ってレインの布団に入ってくるアンナにドギマギしたり。
それが何度も続いて、何となくアンナがいたほうが落ち着いて寝られるようになったり。
レインの生活の全てにアンナが関わるようになり、親父からは「なんか、だいぶ変わったなあお前」などと言われている。
本人も自覚があるので、別に否定したりはしないが。
心の成長に伴い、レインとアンナの身体ももちろん成長した。
三年も経って、まったく身長が伸びない成長期など、残念すぎる。
レインは17歳になり、身長が8センチ近く伸びたことで、見た目と言動が釣り合うようになった。
17歳と言えば、この世界では立派な大人だ。
三年の間に、アンナに鍛冶を教えながら自分の実力も上げ、レインは名実ともに世界最高の鍛冶師としてカルラの鍛冶工房を引き継いだ、と言うのもあり、レイン自身大きな成長を遂げたと感じている。
実は、一年前の品評会でレイン史上最高の剣と、歴代最高の親父の剣と比較した結果、デザイン、実用性共により優れている、と評価をいただいたのだ。
村に帰ったレインがそのことを親父に報告すると、親父は嬉しそうにレインの頭をはたいた。
悔しくないのか、とレインが聞けば、「そりゃ、悔しいが、息子が世界最高の鍛冶師になったんだぞ?嬉しいに決まってるだろ」と豪快に笑った。
まったく、いい父を持ったものだ。
アンナの方は、身長がだいぶ伸び、148センチくらいになった。
今は14歳。
未だ小柄だが、歳相応といったところだろう。
セミロングだった髪は、少しだけ伸ばして肩甲骨のしたくらいまである。
アンナは割と身だしなみには気を使う方なので、村に来たばかりの頃は薄汚れていた髪も、今では輝きを放っていた。
胸は……まあ、ほんの少し成長した、とだけ言っておこう。
決してないわけでは無いが、大きいとは言い難い。
むしろ小さいままだ。
アンナはそれがコンプレックスらしく、今も牛乳争奪戦は熾烈を極めている。
とは言え、身長はだいぶ伸びたので、服のサイズはどうしても合わなくなる。
そこで、レインはアンナの誕生日に毎年服を贈ることにしたのだが。
どうやらアンナは、初めてレインに作ってもらった空色の服がいたくお気に召したらしく、毎年それをレインがサイズを合わせて作ってやっている。
上下一式全て揃えて、だ。
まあ、毎年何の変化もないのは物悲しいので、アンナが12歳の時は、足首までの丈で、暖かい茶色のブーツをプレゼントした。
次の年は、アンナの双剣を新調してやり、今年の誕生日には、マフラーと耳当て作ってやった。
13歳の時のプレゼントがおかしい気もするが、アンナは喜んでいたので、まあ良しとしよう。
レインも身長が伸び、服をいくつか新調することになったが、特に変化はない。
強いて言えば、品評会で得た賞金で買った高級な布地と糸で作った白いコートを気に入って使っているくらいだ。
アンナに作ってやった服の上位交換のような性能で、夏は冷気を溜め込み、冬は暖気を溜め込む、異世界仕様。
その上、耐久性にも優れているし、汚れも弾く超性能だ。
こんなものをちょっと裁縫をかじっただけのレインが扱える訳もなく、普通にオーダーメイドしていたりするのだが。
このコートは、親父による戦闘訓練でも、耐久性が高いことから防護服としても使えるので、いつも着用していた。
戦闘訓練は今でも続いており、レインはワルフ《技》の型を収め、アンナはフランの型を収めた。
模擬戦は、レインが勝ち越すことの方が多いものの、アンナが勝ち星をあげることも増えてきた。
親父に至っては、既に現役ではないので、レインには10回中3回しか勝てないくらいになってしまった。
レインは今や、世界最高の鍛冶師にして、村最強の男である。
アンナには、「むらさい……きょ?何の料理?」などと聞かれて、一時は伸びきった鼻がへし折れた。
時々、木剣が鼻に当たって物理的に折れることもある。
そういうときは、アンナが回復魔法ですぐに治してくれるのだが。
アンナは、魔法適性があると分かった日から、毎晩レインに魔法論理を教えてもらっている。
どうやら自分でも適性が低いことは分かっていたようで、それを知識でカバーしようと考えたのだ。
今では、常に魔法陣を描いた紙を常備し、いつでも魔法を放てるようにしている。
「持ち運べるサイズの魔法陣では、大した魔法は使えないぞ?」と、当初のレインは言ったのだが、「どうせ魔法適性が低くて使えないからこれでいい」と返された。
レインはひどく居た堪れない気持ちになった。
まあ、療属性魔法と星属性魔法の魔法陣は、一番簡単なものでも、他の属性の中級サイズ(直径30センチ前後)なので、折り畳んでもそれなりに嵩張るから仕方ないのだが。
どういうわけ、療属性魔法と星属性魔法は、他の魔法に比べて効果が強く、発動から命中までのプロセスを必要としないのだ。
本来、魔法は魔法陣に魔力を注ぎ、詠唱を読み上げ、指先などで指向性を持たせることで発動する。
しかし、効果が出るのは魔法が命中したあとなのだ。
要は、銃で撃った弾は、当たるまでは殺傷という結果には辿り着かないのと同じである。
しかし、療属性魔法と星属性魔法は、発動したあとに指向性を持たせれば、その対象に効果を発揮する。
こちらも銃に例えると、銃口を向けて引き金を引いたら、相手が死ぬということだ。
これに関しては、まだはっきりと理由が分かっていないが、過去の勇者が、世界の理ーー端的に言えば、魔術の属性にして、不変の力ーーに縛られない魔法を創り出そうとした結果というのが有力だ。
しかし、その勇者は地界の者のようで、地の理に干渉できたらしく、魔法の使い道はあまり無かったそうだ。
ただ、これは星属性の話らしく、療属性に関しては本当に何も分かっていない。
とにかく、そんな謎魔法をアンナが習得して、三年が経った、碧のある日のこと。
「レイン、起きろ!緊急集会だ!」
今は二階建ての家で、当然外からのノックも一階の玄関からになるのだが、今日も今日とてや太い親父の声は、二階までよく響いてきた。
近所迷惑という言葉を知らないのだろうか。
いや、知らないのだろう。
知っていたら、こんなことはしないはずだ。
「ふぁ、……朝から何なんだ……」
「ん、ぅ……てきしゅう……?」
「敵ではないが、クマなら来たぞ。……とにかく、起きろ」
「ふみゅ……あと五分………」
「じゃ、取り敢えずそこを退け。俺が出れん」
もはや普通にレインの布団で寝ているアンナは、半分寝たままお約束の言葉をレインに返す。
あくまでもアンナは、レインの部屋に勝手に入って来て、勝手に布団に入っているので、自然レインが壁側になる。
なので、ベッドを降りるにはアンナを退かさないといけないのだが……
「ーー退く気はないってか?」
レインの要求に対し、アンナはぎゅっと布団を引き寄せて抵抗した。
「……私の睡眠を妨げられるものはいない」
「ほう……」
ピキッとこめかみに青筋を浮かばせ、レインは布団に包まってぬくぬくしているアンナに手を伸ばす。
そのまま、とんっと転がすように押してやると、アンナの軽い身体は、布団を巻き込んだまま床に落ちた。
「あぅっ!?」
衝撃に、アンナは小さく可愛らしい悲鳴をあげ、簀巻き状態のまま、自分を突き落としたレインに恨めしそうな目を向けた。
「おう……何という既視感……とにかく、簀巻きが似合うアンナさんや、俺はちょっと出かけてくるから、そのままそこに転がってろ」
「え、ちょ、待って、マスター。これ解けない、解けないよ?」
レインの宣告で意識が覚醒し、布団から抜け出そうとするが、思いのほか拘束がきついことにアンナは焦る。
しかし、レインはもう知らんとばかりに、例の白いコートを羽織った。
「ま、まさかほんとに置いてく気じゃ……」
「ーー」
「ご、ごめんなさい!謝るから、これ解いてー!?」
無言のレインに、アンナは「あ、これマジだ」と判断。
即座に土下座体制に移行した。
まあ、簀巻き状態なので土下座はできないから、あくまで土下座を幻視するような謝りっぷりというだけだが。
必死のアンナに、着々と準備を進めていたレインの視線がようやく、ちらりと向けられる。
もしや、とアンナは顔を綻ばせ、それに対してレインも爽やかな笑みを浮かべた。
そして、グッとサムズアップすると、
「じゃ、留守番よろしく」
「え、えぇ〜!?」
今日も今日とて、領主様のお屋敷の朝は騒がしいようだ。




