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鍛冶師の仮面を被った魔王  作者: 苗村つめは
第一章
3/40

3. 記憶を巡る旅(2)

プライベートの都合で投稿遅れました。すいません。

『お帰りなさい』


 --ふと、一度失われた意識が覚醒する。

 

 何故だろう。とても、懐かしい薄ぼんやりした俺の思考が理解できるこの場所が、真っ白で何もないこの場所が、懐かしい。


『内村ヒナタ』としての肉を人生に終止符を打ったはずの俺は、精神体(カラダ)を起こした。何も、死んだからといっていつまでも寝転がっている必要はあるまい?

 

 そう思って起き上がった俺に、


「あの、いい加減“起きて”くれませんか?色々と説明したいことがあるので」


 まるで鈴が鳴るような、幼げで、儚げで、美しく、妖艶で、老獪な“声”がかかった。それと同時に、パチン!と一つ、フィンガースナップのような音が鳴り響く。

 

 その音は……いや、“声”は、鏡のように澄み渡る湖面に水滴を落としたかのように波紋となって広がっていく。どうやら俺の後ろにいるらしい誰かの“声”は、小さく波打ちながらゆらり、ゆらりと揺れながら俺の元まで届いた。

 

 しかし、何が起こるのか分からない。懐かしいはずのこの場所なのに、既にこれを知っているはずなのに、何も分からない。思い出せそうな……思い出せ無さそうな……なんと言うか、こう、喉の奥に引っ掛かる感じだ。

 

 そんなことをぼんやりと考えていると、また“声”が聞こえた。


「だ・か・ら!“起きて”下さい!」

 

 バチンッ!と乱暴に両手を合わせた様な音が引き起こした“声”の津波は、今度こそ俺の意識に働きかけようと襲いかかる。次の瞬間、


「ーーづぁッ!?」

 

 意識が、爆ぜた。

 

 なるほど。“起きろ”というのは、いい加減に現実を見ろ、理解不能な現実を認めろ、逃げるなという意味の込められた一言だったのだろう。


 今の今まで自分でも不思議なくらいに落ち着いていたのに、それは彼女の“声”ひとつで失われた。


 何も無いことを理解しているのに何か何かあることを知っている感覚。初めてここに来たはずなのに懐かしい感覚。ただのフィンガースナップが謎の現象を引き起こすこと。『内村ヒナタ』としての人生の終わりを理解し、更に今の自分が意識上の存在でしかないことを認識してること。


 そして、先程から俺に語りかけてくる彼女の存在。


 何故気付かなかったのだろう。これら全てが異常だということに。


 何故、俺は自殺してのにまだ意識があることに疑問を抱かなかった?何故?なんで?なんで、なんでなんでなんでなんで!?


「あー、大丈夫ですか?起きてますよね?取り敢えず、“落ちついて下さい”」


 パチン!


 再三にわたって響く“声”。


 その“声”で俺は落ち着きを手に入れる。引きつった顔は幾分か普段の表情を取り戻し、精神体(カラダ)の震えも治まって来た。まぁ、あくまで精神体。当然、実際には顔なんて無いし肉体も無い。


 それでも、周りのものが見えているから驚きだ。ついさっきまではそれに対して疑問も驚きもなかったが。


 周りのものが見える、と言っても、真っ白な空間があるだけだ。見えているのは、俺の外観くらいのものだ。


 手はいつも通り日焼けひとつ無い病的な白さ。髪は、15の頃から一度も切っていないので、長く、目にかかっている。運動などしたこともないので腹筋が割れていたりもしない。が、特に太っていたりもしない。これといって特徴の無い体つきだ。強いて言えば、ひょろっとした両足の間についている“ピッーー!”だけがそれなりに立派だ。


 ……此れだけ見えていながら、自分の尊厳に関わるような大事なことに俺はまだ気がついていなかった。


 それに気づけないまま、彼女がいるはずの後ろを向き、思いつく限りの疑問をぶつける。


「んで?ここは何だ?お前は俺に何をした?なんで俺は声が出せる?なんで俺は意識がある?死んだんじゃなかったのか……ッッ!」


 その先には、恐ろしいほどに美しい女性がいた。雪のように白い、透き通った肌。流れるような白髪は腰まである。スラリと伸びる美しい脚は見るものを魅了する。その美しい身体を包むゆったりとした衣も雪のように白い。


「え、あ」


 突如俺を押しつぶさんと襲いかかる緊張。家から出たことがなく、美女耐性どころか女性耐性も無いのだ。俺の理性はその緊張に叩き潰されてしまった。


 先ほどの質問を続けようとしたが、口から出たのは間抜けな奇声だけである。こんな声を美女の前で出してしまうくらいなら生前と同じく声が出なかった方がマシだろう。


「コホンッ!ちょっといいですか?」

「あ、は、はい!」


 彼女が話しかけて来たので意識を戻す。若干声が裏返った気もするが、気にしてはいけない。


「えーっと、なんですか?」


 彼女は話しかけて来たのに、何故か黙っているので、答えを求める。すると、彼女は無言で指差した。


「!?」


 ーー俺の“ピッーー!”を。


「隠して下さい!」

「は、はい!」


 何故、気付かなかったのだろう。自分の“ピッーー!”をしっかりと確認したのに。何故、自分が全裸で、しかもそのまま振り向くという行為に疑問を抱かなかったのだろう。


 俺は顔を赤くし、すぐ様手で隠す。しかし、精神体だからか少し身体が透けていて、薄っすらと“ピッーー!”が見えてしまった。


「ど、どうすれば!?」

「取り敢えず、後ろを向いて座って下さい!」


 素直に従う。俺は、彼女のいう通りにくるりと180°回転すると、勢いよく座った。同時に“ピッーー!”がぶんっと振り回される。


「もういいですか?」

「はい」


 ずっと目を背けていたのか、そんな質問をしてくる。やっぱり、感情とかはあるらしい。目とか無機質でなんか怖かったのだ。そう思った瞬間、心が落ち着いた。


「……そう言えば、俺に命令すると、それに従えなくなるのはなんで?」


 さっきした質問にはまだ答えてもらっていないが、取り敢えず、今一番気になっているのはそれだ。フィンガースナップと同時に放たれた“声”は、何らかの強制力が働いているようなのだ。


「……先程、私が、説明すると言ったのを覚えていますか?」


 恐らく、俺が意識を取り戻してすぐのことだろう。俺は、頷きながら、「はい」と答える。


「そうですか。では、まずは自己紹介からですね……あ、先程の質問にもちゃんと答えますから!……出来ればですけど」


 俺が、質問をスルーされたことで声をあげそうになったが、説明してくれるようだ。ただ、最後にボソっと聞こえないように何かを呟いたのは気になるな。そんな俺の懸念をぶつける前に、彼女の自己紹介が始まった。


「私は、ソリティアといいます。とある世界の神の一人です。それで、ここは[魔界]。ここでは、一定の制限はありますが、ほとんど思い通りになります。私が命令したことにあなたが逆らえないのはそのせいです。本来あなた方人間……いえ、生物、死者などに該当する全存在はここに招かれないはずなのです。天地がひっくり返ろうと、です」

「……え、えっと、じゃあ、何で俺はここにいるんでしょうか?」


 彼女、ソリティアは、ここに人は招かれることがないということを強調して話している。「本来、人は招かれません」とか、それくらい言えば、自分がどれだけイレギュラーな状況下にあるか分かるだろう。


 それなのに、ソリティアは「天地がひっくり返ろうと」なんて表現を使って話した。少し表情を歪めて、まるで嫌なことを思い出したかのように。


 物思いにふけっていたソリティアは、俺の質問で我に帰る。


「あ、はい。あなたがここにいるのは……………そう、あなたが不幸な人生をおくってしまったからです。はい。そうです」

「……そうですか」


 少し考え込んで答えたことと、理由が微妙なことから、俺は、恐らく嘘をついて誤魔化したんだろうと思った。他にもイジメにあって自殺とか、無実の罪で拷問死とか、戦争に巻き込まれて死んだとか、そういう人はどうしてきたんだ、という話になってしまうからな。


「はぁ、先程、天地がひっくり返っても、と言ったでしょう?」

「言いましたね」

「それが、ヒントですよ」


 流石に、自分の言い訳に説得力がないと思ったのか、悔しそうにヒントを告げた。


 天地がひっくり返っても、か。言葉通りなら、もしそんな異常現象が起きても俺は招かれないということ。


 なら、それ以上の問題が起きた?俺が自殺したことと関わりは……ないか。一個人の生死で今までの絶対原則を変える訳がない。


 なら、世界規模?俺TUEEEEE!して世界を救えというならあり得ない話ではない。


 いや、待て。少し前にソリティアが言っていた、「生物、死者などに該当する全て」という言葉が気になるな。それに該当する者は招かれない……なら、俺はそこに該当していないということになる。


 これは、ソリティア達神様からしてみれば天地がひっくり返ることよりも重要なのかもしれない。


 所詮、今思い浮かんだのは仮定に過ぎないので、答えを聞こうとソリティアの方を向く。すると……


「はい。終わり。いや、私ナイス時間稼ぎです」

「……は?」


 そこには、白く輝く“(ゲート)”があった。


「今からあなたを異世界に飛ばします。そこで、赤ちゃんからやり直していただくことになります」

「は?え?何で?俺の質問の答えは教えてもらえないのか?」

「元々、あなたにヒントをあげたのも、ここのことをあなたに話したのも、全部この門を作る為の時間稼ぎだったんですよ」

「じゃあ、嘘をついたのか!?」


 時間稼ぎで本当のことを言う必要などない。だから、恐らく嘘だろうと思った。


「いえ、本当のことですよ。まぁ、さっきの質問には答えませんし、覚えていられても困るので、忘れてもらいますが」


 そう言ってソリティアはフィンガースナップを行う。彼女の言葉通りなら、ここでの会話は全て忘れてしまうことになるらしい。


「くそ、待て!答えろおおおぉおッ!」


 これで最後とばかりにソリティアは門の扉を開く。叫ぶ俺は、誠意一杯抵抗するが、ソリティアは無慈悲に俺を押し出した。


「いってらっしゃい。もしかしたら、夢の中で出会えるかもしれませんね」








 ーーーーその後、少年……いや、赤ん坊は産声をあげながら、更にそれを上回る歓声に出迎えられた。


「オギャーッ!オギャーッ!」

「ーーー!!!」

「ーーーーーー!ーーーーーー!!」

「ーーーーーーー!!」


 ただし、内村ヒナタ改め、後にレイン=カルラと名付けられた赤ん坊には全く理解できない言葉だったが。


(は?どういうこと?何で俺は生きて……いや、それより、この……女が二人と男が一人か?こいつら、何て言ってるんだ?)


 抱き上げられてタオルに包まれたレインはゆっさゆっさと揺られながら、人から人へ、人間バケツリレーされた。


 レインは、バケツリレーされながらも周囲の状況を確認しようと目を凝らすが、女、男、女、女、男……と三人にぐるぐる回され、ほとんどものが見えない。既にリバースしそうである。


(どんな状況かは分からんが、こいつらが喜んでるのは分かった。分かったが、いい加減落ち着けよ!)


 レインが、怒りのこもった産声(?)をあげて、「今すぐ人間バケツリレーをやめろ!」と念じるが、一向に止まる気配は無い。


 人間バケツリレーされながらの状況確認では恐らくすぐにリバースするだろうと思い、仕方なくレインは目をつぶって今の状況について考える、という名目の現実逃避をすることにした。


(まず、一つ目。俺は何で生きているのか。俺はさっき舌を噛み切って自殺したばかりのはずだ)


 舌がしっかりと付いているのは確認済みだ。千切れていたり、何処かに欠損があったりもしない。


 ただ、それが逆に不気味だった。生きていること自体おかしいし、割と派手に噛んだはずだ。それなのに傷一つ付いていないからである。


(……だが、恐らくこれは考えても分からん。……それに、自分の生死について人間バケツリレーされながら考えるのはなんか嫌だし。あと問題視するべきは……やっぱりこの状況だな)


 人を囲み、いい歳した大人が歓喜で泣き叫ぶ……。精神年齢17歳、肉体年齢0歳の赤ん坊……に限らず、なかなか見ることの無い光景だろう。


 その中心にいる精神年齢17歳、肉体年齢0歳の赤ん坊ことレインからしてみれば当然の疑問だった。


 ただ、この時点では自分が0歳だということにレインは気づいていない。


(取り敢えず、俺が生きていて、誰かに抱き上げられているのは分かるが、そもそも17歳の男をそんな軽々と抱き上げる何てできるか?)


 前世では、太ってこそいなかったが、身長は結構あり、180センチくらいだったのだ。平均的な身長の人よりは重いのは確実である。


 それを抱き上げられてバケツリレーなどできるはずが無い。まして、身長180センチの男を腕の中に収めることができる人間などいてはとても敵わない。


(俺を抱き上げているこいつらがデカイってのは精神的な問題で無いとして……あと、あるとしたら俺が小さくなった?いや、こいつらの喜びようからすると、長年片想いしてきた娘に告白したらOK出た時か、宝くじで5億当てたとか……子供が産まれたとかか?うん。きっとそれだ。で、その中心にいる俺は……)


 ーー産まれたての赤ちゃんってことか。


 それが事実ならば、これは恐らく一つ目の疑問にも説明がつく。前世で自殺し、今、別の人間に生まれ変わった。しかし、何故か前世の記憶があるといったところだろう。


 そして、記憶があるのに全く知らない言葉なのだ。これも、この異常な状況なら説明がつくかもしれない。


 信じられないような話ではあるが、レインは認めるしかなかった。というか、前世一生引きこもり兼オタクだったレインは自然とこの答えに辿り着いてしまった。



 ーーこれは、異世界転生であると。


 オタクだった前世のレインはそういったジャンルのweb小説を何作品も読んだ。自分と同じ引きこもりや、ニートなどが何かの事故で異世界に生まれ変わり、チートで無双するようなものだ。そして、美女、美少女に囲まれて青春するという。そんな奴爆発すれば良いのに。それはともかく、前世では憧れでもあった。


 しかし、レインの表情(産まれたてなのでしわくちゃ)は優れない。何故なら、


(……自殺する前に“召喚”してよ。そうしてくれれば俺は痛い思いしないで済んだはずなのに!)


 ……どうでも良いことで悩むレインの周りでは未だ歓声が上がっていた。







インフルエンザでダウンしました、苗村つめはです。

前書きにもありますが、投稿遅れました。すみませんでした。一ヶ月ぶりくらいになるのでしょうか?

その分、今回は長めになりました。

今回も読んで下さり、ありがとうございます。どれくらい感謝しているかと言いますと……って、このくだりはもう良いですね。一応、1話参照とだけ言っておきます。

前回の後書きで、『次回から異世界編です。筆がのります!』みたいなことを言ったのですが、異世界について書いたのはラストのちょっとだけでした。しかも、ソリティアというキャラクター(ヒロインでは無い)が主人公にヒントを与えるシーン。あそこで、大事なところを話させ過ぎず、かつ嘘も吐かせないのは大変でした。

ソリティアさんの発言から分かった方もいらっしゃるでしょうが、一応説明しておくと、現在レイン君は現実の世界では寝ていて、この記憶は夢の中で思い出しているだけです。ちなみに、次回起きます。……多分。

そして、皆様が疑問に思ったのでは無いかと思いますが、生まれ変わったシーンから第三者視点になったのは、これまでの内村ヒナタとの差別化を図るためです。1話ではレイン君視点のストーリーでしたが、これからは(レイン君の目が覚めた後も)第三者視点でのストーリーになると思います。


最後になりますが、この度もこの作品を読んでいただき、ありがとうございます。誤字脱字等教えて下さると嬉しいです。

次回また皆様とお会いできることを心待ちにしております。

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