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鍛冶師の仮面を被った魔王  作者: 苗村つめは
第一章
24/40

23.出来たらしい

「おーい、レイン、起きてるかー?」


 豪快なノックとともに、太い声が響いてきたのは、アンナとともに昨夜の残りの肉じゃがを食べていた時のこと。


 食事中だというのに、まったく、マナーがなっていない。


 朝の穏やかなな時間くらい、静かにしてほしいものだ。


 レインは大声を無視して箸でじゃがいもをつまみ、アンナは箸を使ったことが無いようで、レインの真似をするのに精一杯。


「寝てんのか……?」


 日本の朝八時頃に当たる時間帯だというのに、随分な御挨拶だ。

 レインは口一杯に、とろとろのじゃがいもを頬張ったまま、


「寝てるよ」

「起きてんじゃねえか」


 のっそりと窮屈そうに、かつ勝手に扉をくぐったのは、クマのように巨大な身体を持つことでお馴染みの、親父だ。


 親父は部屋には上がらず、玄関口で室内をじろじろと見回した。


「何だ、珍しく早く起きたじゃねえか」

「起きたも何も、寝れなかったから早いに決まってるし、朝食には充分遅い時間なんだが?」

「お前にしちゃ早いってだけだ」


 フンッと鼻を鳴らし、レインは改めて親父に向き直る。

 アンナは、レインがさらっと吐いた毒には気付かず、相変わらず箸の先に人参をつまみ、ぷるぷると震えさせているので放置。


 まあ、頑張るのはいいことだと思う。

 昨日のように、箸を握りこんで突き刺したりしないならいい。


「で?」

「で?って何に対してだ。文脈で察しろって言っても無理だぞ?」

「文脈読んだら、俺はただの反抗期だな。ま、いいさ。丁寧に言い直してやんよ。……こんな時間に、いきなり押しかけてきた理由は何なんだ?」


 濃く隈の刻まれた目で恨めしそうに親父を見やる。

 このクソ眠いのに、一体何の厄介ごとを持ち込んでくれやがった、と。


 聴きたくない。

 しかし、そうも言っていられないのが、次長老だ。


 名ばかりの役職のくせに、何か悪いことがあれば責任を取らなければならない。

 その代わりに牛乳をやる、ということなのだが。


「おいおい、別に俺は長老としてここに来たわけじゃないぞ?」

「ふ〜ん。じゃ、何も無かったんだな。なら帰れ。用がないならさっさと帰れ」

「露骨に追い出しにかかるんじゃねぇ」


 推測が杞憂に終わり、レインはシッシッと手で追い払う仕草をする。

 親父は息子のそんな態度に苦笑し、


「話はあるんだ。だから聴け」

「はぁ、じゃあ、早くしてくれ。折角アンナが作ってくれた肉じゃがが冷める」

「なら、手短に。家が完成した。今日中に荷物をまとめてそこに移ってくれ」

「ふ〜ん、そう。……って、はぁ!?」


 親父の言葉に、レインは思わず変な声を上げてしまう。

 アンナがそれに驚いて、ようやく口元まで持って来た人参をぽろっと落とし、愕然としているが、そんな些事に構っている余裕はない。


「は、早すぎないか?」

「そうか?」

「いや、今日でまだ三日目だぞ?朝からここに来てるってことは、実質二日だ。おかしいだろ、そのハイペース!」


 レインが森で激戦を繰り広げた日から、今日の朝で一応三日目。

 しかも、今日は抜いたとしても、親父が作業を始めたのは森に向かった日の昼からなのだ。


 あり得ない速度にレインは瞠目。

 しかしこの親父なら、出来てしまうのだろう、とも思う。


 だから、「本当か」と疑問は出ない。


 レインのその念は、親父の人間性の無さに向く。


「いや、息子のためだと思って頑張ったら、出来た」

「俺は人間の息子だ」

「俺も人間だよ!何だと思ってんだ!」

「……クマ?」

「……あ、はい。知ってましたとも。ですよねありがとうございますちくしょう!」


 ノリがレインと非常に似ている。

 なるほど、確かに親子なのだろう。


「ノリ以外で似ているところのない親子とはこれいかに」

「あ?なんか言ったか?」

「いや別に。何はともあれ、助かった。珍しく感謝するよ」


 親父は、「気にすんなって」と言い、さらに家具は設置してある旨も告げる。


「場所が気に入らなければ、好きに移動させればいい」

「ああ。何から何まで悪いな」

「ま、俺もやっとでこの家を使えるしな」


 どうせそんなこったろうと思ったよ!とレインは内心で叫ぶ。

 家を造ってくれたことには感謝するが、「息子のため」とか言いつつ、その実態は息子に貸し付けた家の奪還。

 十四になるまで掟を無視して親父の家に居座っていたレインが悪いのだが、釈然としない。


「じゃあ、俺も荷物移動させないといけないし、もう行くわ」

「ああ、分かったよちくしょう!」


 家を出る親父の背中に叫び返し、レインは溜息を吐く。

 こんな早朝からまたやらなければいけないことが増えた。


 約束を果たしても、直ぐに次の約束が入る。

 どれだけ減っても、その分約束事が増え、場合によっては減った分を上回る。


 レインは再び大きく溜息を吐くと、今まで放置してきたアンナに向き直る。


「そういう訳でアンナ、荷物まとめたら直ぐに新しい家に移るぞ」

「……」


 アンナは無言で俯いたまま、答えない。

 表情は前髪の影に隠れて見えなかった。


「お〜い、アンナさんやーい」

「……ねぇ、マスター」

「お、やっと答えたか。どうした?」

「私、お箸が嫌い」

「……そうか」


 見れば、アンナの手に握られる箸には何も掴まれておらず、肉じゃがは減った様子がない。


 その光景を見たレインは、全てを察した。


「……まあ、仕方ないさ。何も箸で食べなきゃいけない訳じゃないし、気にすんなって」

「……」


 アンナが箸を使って肉じゃがを食べようとしたのは、レインが使っているのを見たからだ。

 もともとアンナの前には箸ではなくフォークが置かれていたのだが、「マスターと同じがいい」とのことで、仕方なくレインがアンナの箸を用意してやったのだ。


 本人の自由意志であり、レインがアンナに箸を使うことを強制したりした訳では無い。


 しかし、どうにもアンナは箸を使うのが得意では無いらしく、それでも頑張ろうとした結果、今に至る。


 端的に言えば、諦めたのだ。


「………取り敢えず、今日はフォークで食べとけ。な?」

「………………うん」


 アンナはレインに差し出されたフォークを受け取り、もそもそと、冷めきった肉じゃがを口に運ぶ。


「はぁ……」

(駄目だこりゃ)


 アンナがその合間に陰鬱な表情で溜息を吐くのを見て、レインも三度目の溜息を吐いたのだった。



 ◆◆◆◆◆



 意気消沈したアンナを慰め、具体的には、パジャマともう一着服を作ることを約束し、レインはすっかり生活感の無くなった部屋を眺める。

 家具などはそのまま残してあるが、それだけだ。


 十四も居座ったレインとしては、何処か物悲しい。


 そんな感傷を振り払うようにレインははち切れそうなリュックを背負う。


 既にコートは着ており、あとはアンナが準備を終えるのを待つのみ。

 アンナは特に持ち物も無いので、レインが適当に大通りで買ってきたケープを羽織り、小さなリュックに同じく大通りで買ってきた日用品を詰めている。


「ん、お待たせしました」

「おし、じゃあ行きますかね」

「うん」


 レインは戸を開け、アンナを伴って外に出る。


 振り返りはしない。

 長いこと世話になった家だが、ここはレインの居場所では無いのだ。


 無言で雪道をサクサクと音を鳴らして歩く。

 アンナはまだ歩幅が小さいので、それに合わせてレインもゆっくり足を前に出す。


「ねぇ、マスター」

「ん?」

「新しいお家、どんなところなの?」


 もう、アンナの興味は新居に移っているようだ。

 仕方ない。

 アンナは別に、あの家に何か特別な思い入れがある訳では無い。


「あー、どうなんだろ?」

「?大通り、新しいお家の方にあるんでしょ?まだ見てきてないの?」

「ああ。だから、よく分からん」

「へ〜。場所はわかるの?」

「それはわかる。元々俺の領地の人が使っていた土地を譲ってもらえることになってな。と言うか、まだ家ができる前だったけど、お前も一緒に行ってるぞ?」


 思い出されるのは、森に向かう直前のこと。

 亡くなったジルという老人の奥さんと話した時だ。


 彼女は、隣の領地に住む息子の家に厄介になるらしく、空いた土地を譲ってくれないかと交渉。


 当然思い入れもあるだろうし、そう上手くは行かないだろうとレインは思っていたのだが、彼女は快く承諾してくれた。


「そんなこともあったね」

「そんなこともあったんだ。思い出して何より」

「でも、あの土地を全部譲ってもらったんならすごく大きいんじゃない?」

「……だろうな」


 既にレインは自領に入っている。

 もう間も無く、家は姿を現すだろう。


「ん、あれ、そうじゃない?」

「いや、いくらもう直ぐだからって流石に……何だあれ」


 アンナに服の裾を引かれ、アンナの指差す方を見る。

 カルラでは珍しいことに、高い位置に屋根があった。


 まさか、とは思うが。


「……案の定か」


 新居があるはずの場所。そこに、ソレは建っていた。


「大きい、ね」


 横幅はカルラの民家が二つは入るほど。

 縦にも、見た感じ民家が二つほど。恐らく二階建てだろう。


 ソレは、アンナの言葉が、万人の第一印象になるだろう。

 レインとアンナの新居ーーソレは、この村の何よりも、巨大な建造物なのだから。





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