15.鍛冶師のオーダーメイド。但し武器ではない
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ここに取り出しましたるは、青色の布地と、シミ一つない純白の布地。
花咲く梱包材の木から採取した綿と小さなアクセサリー。
そして、所謂裁縫セット。
これで何をする気かというとーー
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無駄に大袈裟に啖呵切ったあと、レインは机に放り投げられていた小さな紙を手に取った。
それは、森に出かける前にアンナから聞き出した服のオーダーが几帳面に書き込まれている。
約束ーー家が出来たら服を作るというものを、レインは先に果たすことにしたのだ。
幸いにも幼い頃から鍛冶という物作りの仕事を営んでいるため、服を作れる程度には手先は器用。
細かい作業が好きなレイン的に、裁縫は趣味の一つでもある。
そして、アンナの服がないのも事実なので、ここは一つ、アンナのご機嫌とりがてら趣味と実益を兼ねて、アンナに似合うような服を作ってやろうと考えたのだ。
ーーで、冒頭に戻る訳だが。
紙には、『青と白ベース』『大人びた雰囲気』『シンプル』と(いう意味の言葉が)書かれている。
雑い。完全に製作者任せだ。
「ふ〜む。まあ、指定が細か過ぎてもアレだし、自分の思った通りにやれるだけ良いのか?」
何はともあれ、ここはレインの美術センスと裁縫センスの見せ所だ。
剣のデザインをする内に培われた美術センスーーというか、剣のデザインは『シンプルで美しい』『過度な装飾がなく、実用重視だが見た目もいい』等、高評価を受けているのだ。
アンナの要望にもあった『シンプル』これは、レインが剣を作る上で大事にしていることでもある。
評価にもあった通り、過度な装飾があると剣のバランスが悪くなってしまう。
レインの趣味が理由の一つでもあるがーー、
話は逸れたが、要はアンナの期待に応えられる服を作る自信がレインにはあるということだ。
「あとは、青と白ベースに、大人びた雰囲気、ねぇ……」
色は、悪くない。
アンナの金糸の髪に映えていいと思う。
しかし、問題はもう一つの方、『大人びた雰囲気』。
此方はどういうことなのだろう。
アダルティックな露出の激しいものでも作れと言うのだろうか。
「いやいや。ないわ。と言うか、シンプルのかけらも無いじゃんソレ」
レインのアンナに対するイメージは、ちょっと背伸びして大人の真似をする子どもといったところだ。
この要望も、そういうことなのだろう。
年齢の割に落ち着いているアンナには、合っている気もする。
決してアダルティーな衣装のことではない。
「アンナの髪は色の主張が強いからなぁ……青よりも水色……いや、空色のほうがいいかな」
レインは、脳内に完成図を描きながら、それを広げた大きめの紙にも書き記していく。
ペンを持っていない方の手で青色の布地と空色の布地を交換。
複数の作業を同時に行う。
完全効率重視の、研ぎ澄まされた職人技だ。
常に右手と左手が違う動きをするそれは、準備段階でもはや一種の芸術。
伊達に最高の鍛冶師の息子として世に進出してるわけではないのだ。
「ここをこうして……で………えっと?」
とは言え、少々元の世界の裁縫と勝手が違うので、毎度のことながらレインは戸惑ってしまう。
ゴムは無いし、ミシンなんてハイテク機器もない。
糸と針で布を繋ぎ合わせる他ないのだ。
「あー、ミシンが欲しい」
レインはボヤきながらも手の動きは止めない。
本職も顔負けの猛スピードでレインは服を仕立て上げていく。
アンナが風呂から上がる前にとは言わないが、今日中に終わらせてしまうつもりだ。
あわよくば、午前中に。
幸いにも多くの装飾を施したりはしなくて良さそうなので、その分仕事は楽だ。
「ま、精々驚きやがれ。度肝抜いてやんよ、機嫌が悪かったことなんて忘れるぐらいにな」
レインは不敵に笑い、少女の不機嫌に対し、宣戦布告した。
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「……マスターの、いじわる」
アンナは湯に口元までつかって、小さく悪態をついた。
思い出されるのは、脱衣所に行く直前の一連のやりとりだ。
服を取ってほしいと頼むと、レインは不機嫌そうに、しかもその服を放り投げたのだ。
迂遠な頼み方をした自覚はあるのだが、そこは察してほしかったのである。
「マスターは男の子だし……仕方ないけど………」
実はアンナは、レインに、自分が着る服を取ってほしいと言うのが少し恥ずかしかったのだ。
女の自分が着る服を、男のレインに取ってもらう。
実に乙女な悩み。
そして、実にアンナらしくない。
レインと数日行動を共にして、随分と年頃の女の子らしくなったものだ。
「マスター、怒ってるかなぁ……」
レインの態度が気に食わず、咄嗟に不機嫌な態度をとってしまったのが悔やまれる。
レインはアンナにとって恩人だし、それを抜きにしてもレインは人が良い。
アンナだって気付いている。
レインが、ひとのために最大限の配慮をした上で、自分が犠牲になることを厭わないような人間だと。
アンナはレインのそういう、不機嫌そうな表情の裏に隠れた優しさが好きなのだ。
自分はレインに冷たい態度をとっておいて、しかしレインに嫌われたくはない。
自分本位で勝手なことだと思う。
「わがままな子だと、嫌われちゃうかなぁ……いや、だなぁ………」
アンナは目を伏せ、これからある筈の暮らしを思い描く。
料理も認めてもらえたし、きっと、他にレインの役に立てることもあるだろう。
レインは何だかんだ言って優しいし、長老であるレインの父も、見た目は厳ついがユーモアセンスは抜群。
レインと繰り広げる漫才はいつも見ていて自然に顔が綻んでしまう。
「やっぱり、ここが良いよ……マスターと、一緒がいい」
いつかきっと、師弟関係を言い訳にする必要なくなる日だって来る。
そして、そのときは……
「マスターじゃなくて、ちゃんと、『レインくん』と」
敬称ではなく、名前で呼ぼう。
精一杯の親愛を込めて、そう呼ぼう。
アンナは少し顔を赤らめ、大切な人の特別な名前を、一人小さく呟いた。
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ガラッと脱衣所の扉が開き、毛玉の浮いた服に身を包んだアンナが出て来た。
(ん?なんか機嫌直ってる……?)
居心地悪そうにしているが、どうやら機嫌は直ったようだ。
「湯加減はどうだった?」
「………………うん」
(え〜、何その間……)
レインがさっきのことを努めて意識しないようにアンナに話しかけるが、アンナの反応は薄い。
「あ、あの!」
と、思ったら急に顔を上げた。
今の今まで暗い表情だったのに、今はキリッとしている。
一体何なんだとレインは怪訝そうな顔をするが、アンナは自分のことで精一杯なのか気付いていない。
レインがそうしてアンナのことを見ていると、スゥっと深呼吸し、バッと頭を下げた。
「さっきは、ごめんなさい。私の言葉が足りなかったのに、不機嫌態度をとって……」
「あ〜……良いよ。気にすんな」
「で、でも……!」
レインは謝罪するアンナに小さく首を振って、気にしていない旨を伝えたが、アンナは「そんな訳にいかない」と泣きそうな顔をレインに向ける。
それに対しレインは息を吐き出すと、作業の手を止めてアンナに歩み寄る。
そして、ぽんっと頭の上に手を置き、
「……許すって言ったら許す。お前は俺に許されろ。いいか?」
「………」
無理矢理過ぎる超理論にアンナは驚きを隠せない。
それを小気味よく思いながら、レインは話を続ける。
「あのな、アンナはそんな必死に謝ってるけど、そんなのは小さいことだ。……それに、俺も悪かったって思ってるんだよ」
「え……」
「アンナが服の場所が分からないのは当然だし、それに気付いてやれなかった俺だって悪い。それなのに俺の不親切で機嫌損ねたお前が許してもらえないなら、俺はどうしろってんだよ」
そう言って、レインはアンナの頭を撫でる。
風呂上がりで少し湿り気があり、レインの手にも少し水がついた。
「あ、ありがとう……。許して、くれて………ん、違う」
「ーー」
「初めて会ったとき、私を庇ってくれて、ありがとう」
アンナはそう言って微笑み、少し照れ臭くなってレインはプイと顔を背ける。
「良いって言ってんだろ……!」
このとき、レインとアンナの距離は大きく縮まった。
超絶ラブコメ展開……!
くそっ!レインの奴羨ましい……!
いえ、私は幼女はストライクゾーン外だから別に良いんですけど。
それはともかく、上手く書けたでしょうか。
正直私はラブコメ展開が非常に不得意なので、内容がわかりづらいかも知れません。ごめんなさい。
これからしばらくこんな感じで行きますが、
どうぞご容赦を。
今回も読んでいただき、ありがとうございました。