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鍛冶師の仮面を被った魔王  作者: 苗村つめは
第一章
15/40

14.乙女心って難しい

短くなりました。

これからは3000〜4000字でやっていこうと思います。

 ◆◆◆◆◆


「……なんか、いい匂いがする」


 レインは風呂から上がり、脱衣所で服を着ながらそんな感想を抱いた。


 服から?いやいや、そっちじゃない。レインは別に変態ではないので、異性ならともかく自分の服をくんかくんかしたりはしないのだ。

 いや、異性でも問題だが。


 それはともかく、匂いはどうやら脱衣所の外、リビング兼寝床兼キッチンからのようだ。


 十中八九アンナの料理が原因だが、レインが作るように言ったのはサラダの筈。

 材料がなかったのと、いくら料理の実力に不安のあるアンナでも失敗しないものでなければならないという理由なのだが、果たしてサラダからこんないい匂いがするものだろうか。


 具体的には、数々の野菜を煮込んだスープのような匂い。

 少なくともサラダの匂いではない。


「まさかあいつ……!」


 言うことを聞かずに、別の料理を作っているのではないか。


 レインは自分の食事が絶望的な様子になっているのを想像し、急いで外を確認しなければならないと慌てて服を身につける。


 とはいえ、この匂いから察するに、そこまで酷いことにはなっていない気もするが。



 ◆◆◆◆◆



 ガラッ!と勢いよく脱衣所の扉が開き、アンナはびくっと驚き次いで振り向く。

 そこにレインの姿が見え、アンナは微笑みかけた。


「お風呂、気持ち良かった?」

「気持ち良かったけど、お前の料理が心配過ぎてそれどころじゃなかった」

「……まだ疑ってるの?」


 当然だ。

 あんな壊滅的な串焼きを食べさせられて何も思わないとでも言うのか。


「で、何作ってるんだ?また食材になった動植物が泣くようなーー」

「ポトフだよ?」

「絶望的で壊滅的なーーって。え?」

「ポトフ。知らないの?」


 アンナは不思議そうな顔をして、ミトンに包まれた手で鍋を掴み、レインに見せてくる。


 確かにポトフだ。野菜を煮込んだスープそのものだ。


「いや、知ってるけど……。これ、本当にお前が作ったの?メイソンさん呼んできたとかじゃなくて?」

「……マスター、酷い。正真正銘、私が作ったの!」


 珍しく強い口調で言われ、レインは内心たじたじとなる。

 少しからかい過ぎたようだ。

 アンナはちょっと涙目になって頰を膨らませている。


 いかにも「私怒ってます!」と言った様子だ。


「悪かったって。そう怒るな。美味そうだから、ちょっと驚いただけだ」

「……本当に?」

「ホントホント」


 もう少しからかってみたいと、レインの中のサディスティックな心がむくむくと起き上がるが、それは抑える。

 このままだと本気で怒こりかねない。


 そうなると、冥界の民(アンナ)がどのような行動を起こすか分からないのだ。


「じゃあ、マスターは待ってて。もう直ぐ出来るから」

「ああ」


 レインはアンナの言う通りに、席に着き、ポトフの完成を待つ。


「なあ、アンナ」

「なに?」

「料理、誰に習ったんだ?家族か?」


 待っている間暇なので、少しアンナの過去に触れてみることにした。


 アンナは手を止めずに少し遠い目をして答える。


「うん。お姉ちゃんがいてね。二つ上の。そのお姉ちゃんが料理が上手だったの。それで、教えてって言ったら少しだけ教えてくれたんだ」

「そうか。いい人なんだな……。じゃあ、ご両親はどんな人なんだ?」

「ーーいない」

「ーー」


 アンナの表情に影が差し、レインは本能的にこれ以上の質問を続けるのは駄目だと感じる。


 少し考えれば当たり前だ。

 アンナはここに来てから一度も家族の名を呼んだことはない。


 それは、初めから、家族に頼るという選択肢を持っていないということではないのか。

 もしかしたらその姉というのもーー


「出来たよ」


 アンナの一言で、レインは一旦思考にキリをつける。

 どうせ考えても答えは出ないのだ。


「おお、美味そうじゃん。料理ができるってのは本当だったんだな」

「初めからそう言ってるよ。……はい、召し上がれ」


 アンナが疑ぐり深いレインに困ったように笑い、木の器によそったポトフをレインの正面に置く。

 レインは「いただきます」と手を合わせ、スプーンを手に取った。


 アンナもレインの反対側に座り、同じように「いただきます」と言い、しかし直ぐには料理に手をつけず、スプーンを口元に運ぶレインをじっと見つめている。


「どう?美味しい?」

「……美味い」

「なら良かった」


 そう言ってアンナは嬉しそうに自分の分を食べ始めたのだった。



 ◆◆◆◆◆



 アンナが料理ができるのはわかった。

 というか、正直凄い。

 できるなんてものじゃない気がする。


 が、


「相変わらず、皿は洗えないという謎仕様……。マジどうなってんだこれ」

「うぅ……」


 既に皿洗いは放棄し、レインに丸投げしたアンナは、レインの隣でいじけている。


 洗うと言っても鍋とまな板、皿とスプーンを水洗いして、石鹸をつけたスポンジ(ヘチマモドキ製)で汚れを落とすだけだ。

 しかしスプーンの段階で十分近くかかっていることが判明。

 レインは即アンナの持っているスプーンを取り上げ、今に至る。


「私は家事の弟子のはずなのに……」

「だから、家事じゃなくて、『鍛冶』だっての。同音異義語」

「家事がかじで、どう……いぎ………?」


 首を捻るアンナは、申し訳程度に与えられた、皿を棚に戻すという仕事だ。

 皿を拭かせてももらえない辺り、どれだけアンナの皿洗い適性が低いかよく分かる。


「はぁ、どうせ弟子っても『仮』だし、もう家事の弟子ってことでもいい気がして来た……」


 レインは溜息を吐き、しかしそうはいかないことを頭では理解している。


 まさか天下のカルラ工房の跡継ぎが『家事』の師匠(仮)というのは、もしこの話が外に出たとき大問題になるからだ。

 既に王都では大問題を引き起こしたような気もするが、気にしてはいけない。


「マスター、お風呂行ってきます」


 どうやら皿を片付け終わったらしいアンナが、レインにそう報告してきた。

 レインは冷蔵庫から冷やした水を取り出し、おざなりに手を振って応える。


「ああ。いってら」

「……お風呂、行ってくるね」

「?……ああ」

「……………」


 しかし何故かアンナは動かず、何か言いたげに口元をムニムニさせている。

 レインの適当な対応が不満なのだろうか。


 焦れったくなったり、レインはアンナに顔を向ける。


「何なんだよ」

「着替えが、ない」

「あ……」


 アンナの不満は、どうやら気の利かないレインにあったらしい。

 要は、「勝手が効かないから、早く着替えを用意しろ」ということなのだろう。


 まさかアンナの入浴中に着替えを持って入っていく訳にもいかないし、アンナの態度は当然と言えるのだが、昨日はあれだけトンチンカンなことをしてくれたアンナに言われるのは釈然としない。


 レインは憮然として自分のお古の着替えを取り出すし、アンナに向かって放る。


「……ほらよ」

「………ありがと。……マスターの、意地悪」


 少し不機嫌そうにアンナは礼を言うと、さっさと脱衣所に向かって行き、しかし義務的な礼の後に続く言葉はレインには聞こえず、宙に消える。


 それが何か、レインは気になったが、追求はしない。


 空気の読めないレインにも分かる。

 そこには少しぎこちない空気が漂っているからだ。


 レインが悪いのか、アンナが悪いのか。


 レインとしては「言いたいことをはっきりと言わないのが悪い」と主張したいところだが、アンナにして見れば「察して」といったところか。


「………乙女心って、難しい」


 分かり合えない男女の価値観。

 しかし、察してやれなかった自分も悪いと自覚のあるレインは少々分が悪いと溜息を吐く。


 さて、この後どうやってアンナの機嫌をとろうか、と昨日の激戦に比べれば平和、しかしこれから先のことを考えると重大な悩みに捉われ、


 ーー答えは、直ぐに出た。


「ーー取り敢えず一つ、約束を果たしますか」


 それが自分にとってもアンナにとっても最良の選択であると。


ポトフの材料

・キャベツ(適量)

・人参(適量)

・玉ねぎ(適量)

・ティリの腸詰(適量)

・醤油モドキ(適量)

・料理知識(適当)←作者の家庭科スキルの低さが原因(要は、雑なので材料は間違っていると思います)



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