13.帰還。もとい、帰宅。
お久し振りです。
◆◆◆◆◆
「……知らない天井だ」
目覚めて第一声、レインが発したのはそんな戯言だった。レイン的人生で言ってみたい台詞上位に入るのだが、まあそれは置いておこう。
レインはむくりと起き上がると、首を鳴らして大きく伸びをする。深夜の悪路を全力疾走する鳩車、しかも魔獣クイーン・オブ・ワルフに戸を壊された所為で魔道具が機能していない中、よくもまあ朝日が窓から差し込むような時間帯まで寝られたものだ。
ここ最近ベッドで寝られていないことで慣れてしまったのだろうが、此れ幸いと喜んでもいいのか、悩みどころである。
「……そういえば、アンナは?」
うーむと何とも言えない感慨に耽っていると、ふと自分がベッドで寝られていない原因の一つである少女のことを思い出した。というか、ちょっと下を向いたら見えた。
件の少女は、レインの膝に頭を乗せ、うつ伏せになって寝ているのだ。どうりで足が重たい訳である。
「悪い気はしないけど、普通、男女が逆なんじゃないか?」
レインは苦笑し、すぅすぅと寝息を立てるアンナを眺めやる。
元々アンナを家で預かることになって、それでスペースが足りないから、新しい家を造ろうということで木を採りに行ったのに、結局一本の木も持ち帰ることはできなかった。
親父のことだ。家が造れなかったからといってアンナを追い出すようなことはしないだろうが、かと言っていつまでも親父の温情に頼っていると、クライマーたち次長老がうるさいだろう。
厄介の種であるアンナを追い出せだの何だのと喉が枯れるまで喚くに違いない。
アンナを預かるという責任がある自分がその標的にされるのは仕方ないと思う。しかし、アンナが罵詈雑言を浴びせられるのは少々、いや、大分不快だ。
「何というか、俺もちょっと変わったなぁ……。ちょっと頼って頼られて、それだけなのに、なんだかんだで情が移ったのかね」
再び苦笑し、レインは何となしにアンナの頭を撫でる。月のような金色の髪は、ふわふわしており、髪を手で梳いても引っかかるようなことはない。よく手入れしているのが見受けられる。
しかし、二人とも、鳩車に入って直ぐに身体を濡れたタオルで拭いたのだが、どうにもそれだけでは汚れが落としきれず、所々アンナの髪も黒ずんでしまっていた。
それに、服も茂みに引っかかって破れてしまい、ボロボロになっている。
髪は洗えばいいとしても、女の子の服がいつまでもボロボロというのは此れ如何なものか。早急に対策をならねばなるまい。
「……そう言えば、アンナの服を作るって約束したな……。家ができたらって話だったけど、早いとこ作った方がいいかも」
これから忙しくなりそうだ、と一人溜息を吐き、もう一度アンナの頭を撫でてみる。すると、アンナは身動ぎし、薄っすらと瞼を開いた。
「……ん、あ」
「あ、悪い起こしちまったか……?」
アンナは横になったまま、ぼんやりとレインを見上げる。焦点の合わない目がレインを捉え、数度瞬き。
「ーー……ッ!?」
自分がレインの膝に頭を乗せていることに気付き、慌てて起き上がった。
「ど、どうした?」
「え、えっと、なんでもない……!」
「?……そうか」
わたわたと立ち上がって少し距離をとるアンナに、レインは疑問を覚えざるを得ない。一体どうしたのか、とアンナを見ると、目を逸らされた。
心なし顔が赤いように見えたのは気のせいだろうか。
(まさか、ね……)
「そ、そう言えばマスター」
「ん?」
「怪我、大丈夫?痛い、よね……」
自分も怪我をしているというのに、まずレインのことを心配するアンナ。小さな手を遠慮がちに伸ばし、タオルでレインの血を拭う。
「……優しいな、アンナは」
「そ、そうかな……?でも、マスターだって優しいよ」
「んあ?」
思い当たることは正直、ない。顎に手を当てて黙考するレインにアンナは小さく笑う。
「だって、マスターは私のこと、家に泊めてくれたよ。それに、あったかいご飯も、布団も、お風呂も……全部、マスターのおかげ」
「……は」
そんなことかとレインは嘆息し、頬を緩める。
「当たり前だろ。外にほっといたりしたら風邪ひくかもしれないんだし」
「でも、他のひとはそう思わなかったみたい。当たり前だけど……それでも、マスターは、マスターだけは私を庇ってくれた」
ありがとう、と嬉しそうに笑うアンナ。その笑顔を向けられたレインは、しかし笑顔を返す訳でもなく顔を歪ませた。
だって、アンナがあそこで次長老、というよりクライマーの「処分するべきだ」という主張に、僅かでも心を痛めているなんて気付きもしなかったから。
この少女には気付かされてばかりだ。それも、当たり前のことを。アンナのことを常識がないなどと言っておきながら、自分こそ当たり前でなければいけないことに気付くこともできない。
再確認。やはりアンナは、自分にとっては大切な存在なのだ。
「情けねえ。こんなチミっ子に頼らないとまともな人間として生きていくこともできないなんて」
レインは自嘲気に笑い、アンナの髪をくしゃくしゃっと乱暴に撫でる。
「わっ。え、何?」
「いいや、何でも?……ところで、村が見えてきたな。なんか、凄く長い間離れていたような気がするんだが」
「うん、1日出てただけなのにね」
レインとアンナは、『カルラの村』と書かれている看板を遠くから見つめ、感慨に耽る。
やっと、帰って来たのだと。
………手ぶらで。
◆◆◆◆◆
とぼとぼ、という擬音がよく似合う様子でレインとアンナは二人、家に向かって歩いていた。
もはや言うまでもないが、その家が村長である親父から借りているものなので、自分たちの家を作るために出かけたのだが……結果は奮わず、またしばらく親父の家を借りなければいけない。
罪悪感に苛まれ、自然二人の表情は暗く、足取りは重くなる。
ちなみに、ゲイポーは返して来た。
速攻で鳩舎に駆け込み、昨夜の戦闘など忘れたとばかりにカエル顔の方と(自主規制)し始めたのも、二人のテンションが低い理由の一つだ。
一歩、一歩と踏み出す度に白銀の地面は大きな足跡と、小さな足跡が残る。
アンナの歩幅は当然レインに比べて狭く、足跡の数もレインより多い。
何と言うか、足を踏み出すごとにそんな感慨に耽っていることから、二人の心は割と重傷なのが見受けられる。
そうこうしている内に、家までの道中最後の角を曲がり終えていた。
二人の目に飛び込んで来たのは、いつも通りの、丸太を組み上げただけの簡素な造りに、特徴的な尖った屋根の家ーー
「「……え?」」
ーーではなく。一つ10メートルはあろうかという丸太が、数えるのも億劫な程転がっているという、異様な光景だった。
「何故に……というか、誰がやったんだこんなことを」
理由はまあ分かる。レインとアンナが森に行ったのと同じだ。
では、誰がやったのか。こんな大量の丸太を一晩で準備するのは流石に人間業とは思えない。人手があれば可能だろうが、ここに誰一人居ない時点で、単独もしくは少数で行われたものだろうと推測できる。
そうなってくると、犯人は大分限られてくる。
緑色の体毛が特徴的な体長二メートル越えの巨大な熊の姿が脳裏に浮かび、レインは呆れと驚愕に思わず溜息を吐いた。
ぶっちゃけ、親父だろう。
アンナも同じことを思ったのか、ぽかんと口を開けて親父の人外っぷりに驚きを隠せないようだ。
「親父……人間、やめたのか………」
「熊として生きることにしたんだね……」
さらば親父。そして初めましてヒゲのくまさん。
レインとアンナが二人してそんな妄言を吐いていると、
「誰が熊だ。誰が」
巨木を両腕に2本ずつ、計4本も担いだ新入りの熊が、いつ来たのか、二人の背後から声をかけた。
「親父……か?」
「熊、じゃない……?」
「おい、随分な言い草だな。親父の顔も分からなくなったのか、このバカ息子。……まあ、取り敢えず、どうした。傷だらけじゃないか」
「それはおいおい話すとして……なんで、あんたが木を用意してんだ?」
そんな巨木を担ぐことができる時点でおかしいし、それが特に違和感なく感じてしまうのもおかしいが、そんなことは些事でしかない。問題は、この木は、どう考えても家を作るために集められたものだ。しかも、ただ木を組んで作るだけにしてはそれなりの家を。
そして、できた家を使うのはもちろん。
「俺とアンナだ。だから、俺たちが材料も用意するはずだが?」
二人はそのためにあの森に出かけたのであって決して魔獣駆除に行っていたわけではない。それに、親父は家を造れと言ったはずだ。なのに一体何故その親父が一人でこの木を集めているのか。そんなレインの疑問に対して、親父はさも当然といった様子で言い放った。
「家を造れとは言ったが、別に材料を集めろとは言ってないしな……ってもしかしてお前ら、森に木を切りに出かけてたのか?」
「そうだよ!他に何してると思ってたんだ!」
「いや、てっきりアンナに村を案内してやるのかと……」
「朝会った時に木を採りに行くって言ったじゃねえか」
そんなことも言ってたな!と笑う親父に、レインは呆れたような顔をする。それはアンナも同じで、呆けた顔をしていた。口をぽかんと開けて遠い目をしている。「大方、昨日の苦労は一体……」とか考えているのだろう。レインもそんな感じだ。
「まぁ、いいや。結局俺たちは木を一本も採って来れなかったし、素直にありがたい」
「木を一本も……?そう言えば、森で何かあったんだろう?聞かせてもらえんか」
親父はレインの言葉に、先ほど後回しにされた疑問を再び口にする。レインは「あ〜」と少し迷い、ガシガシと頭をかいた。
魔獣があの森に現れたとなると、恐らくあそこは王都の冒険者ギルドーー人里に害をなす魔獣を駆除する、異世界ならではの職業の本部によって管理されることになる。そうなれば、もう自由にあの森に立ち入ることはできないだろう。
それはレインとしては避けたいところだ。過密化が進むカルラの村にとって、あの森が管理の行き届かない無法地帯だったのは好都合なのだから。しかし、知らずにあの森に入って死人が出たらレインの責任でもある。
そうなると厄介なので、話した方がいいだろうとレインは判断した。
「実は……」
レインは、ワルフとの戦いや、巨大な黒い狼の魔物のこと、あの森で起きたことを隠すことなく親父に全て話した。
話を聴き終わり、親父はいつの間に木を下ろしていたのか、自由になった腕を組んで重々しく頷く。
「……そうか、あの森に魔獣が………」
「ああ。特に、黒い狼の野郎は危険だ。あいつは仲間のワルフを殺した相手に対する復讐を終えるか、自分の命が潰えるまで延々と襲い掛かってくる。恐らく、ワルフの上位種だろうが……」
しつこく鳩車を追いかけてくる黒い魔獣を思い出し、レインは顔を顰める。
「何?ワルフの上位種、だと?まさかそいつ……クイーン・オブ・ワルフじゃねえだろうな?」
「知ってるのか。いや、キングかクイーンかまでは知らないけど、多分そいつだと思う」
「仲間想いな個体なら、クイーンで間違いない」
「じゃあ、クイーンだな。俺が殺したワルフを喰い散らかした別の魔獣三匹を一撃で全滅させるような化け物だった」
ちなみに、キングの方は雄叫び一つでワルフの群れーー約三十匹で構成されるーーを操り、しかも単体の力はクイーンよりも上という。
「そいつは厄介だな。奴は生かしておいたら危険だ。配下に手をかけたお前を許さないだろう。お前を追いかけてきたらこの村まで被害が出るぞ」
「そう思って、しっかり息の根は止めたさ」
「ならいいが……しかし、クイーンを殺すって……今更だが、14歳とは思えないな」
実際、中身は17歳の少年なのだが、それを指摘する訳にもいかない。
「アンナが頑張ってくれたからな」
隣に立ってぼーっとしている少女の方を見て、レインは穏やかな笑みを浮かべる。それに気が付き、アンナは髪を揺らしてこてん、と首を傾げた。
「……?なぁに?」
「いや?ただ、本当によくやった。遅い気もするけど、ありがとな」
普段は素直じゃないレインのできるだけ心を込めた感謝を受け、アンナは少し頬を染めて嬉しそうにしている。何となく小動物を想起させる仕草が可愛らしく、気がつけばレインはアンナの頭を撫でていた。
「あー、ゴホン」
わざとらしく席をする親父に気がつき我に返ったレインはバツが悪そうに親父に向き直る。
「いちゃいちゃするのは後にしてくれないか?取り敢えず、集会を……」
「ーーちょっと待ってくれ。ここのところ俺は休みなしで正直キツい。昨日はワルフと戦い、その前日はアンナの件で朝から日付け越えるまで集会して、で、また今日も集会とかほんと勘弁してくれ」
「いや、しかし早急に魔獣の件を報告しなければ被害が……」
「そんだけだったらわざわざ集会を開く必要もないし、どうせ三日後に定期の集会があるだろ。その時に話せばいい。そうじゃないと、アンナの着る服もないし、俺が過労死する」
一応レインが子供のときに着ていたパジャマもあるし、メイソンから借りた服もある。しかし、メイソンから服を借りたときは風呂敷に入っていたのだが、たまたま解けて中身を見てしまったのだ。
どギツイピンク色に、金色のスパンコールがジャラジャラ付いているケバケバしい服を。あれを見た瞬間、レインは二度とあの風呂敷が解けないようにきつく縛った。人様から厚意で服を借りておいてあれだが、あの服は返しておこう。
アンナにはもっと可愛らしい服を着せてやりたいところだ。でないとSAN値がピンチだ。
「そうか、じゃあお前の言う通りにしよう。あと、家は俺が造っておくさ。お前もアンナの世話しながらだと大変だろうしな」
「ああ、分かった。助かるよ……あと、いちゃいちゃはしてねぇ」
アンナを可愛いとは思っても、レインは変態紳士ではない。小動物的な仕草がぐっとくるだけで。断じてロリコンではないのだ。それに、そういう感情を抱いたとしてもそう問題のある年齢差でもない。
中身のことを考えるとアウトだが。日本だったら手を出したら手が後ろに回ることになる。
そんなことを考えてレインが遠い目をしていると、不意にアンナが前に出た。
「あ、あの!マスターのお父さん」
「ん?何だ?」
「あの……私に、戦い方を教えて、ください」
「「は?」」
レインと親父は二人同時にぽかんと口を開けた。いや、何故そうなった、戦い方って何のお話!?と。そんな二人の内心を察した訳ではないのだろうが、アンナは理由を語り始める。
「……私は、マスターがあの大きい犬と戦ってるときに何もできなかったから………もっと強くなりたい」
そんなことはない。お前がいなかったら負けていた。
そう、声を大にして言えたらよかった。しかし、レインにはそれができなかった。何故なら、身もふたもない話だが、アンナがあのワルフを捌いたりしなければまず襲われもしなかったのだ。それに、確かにレインはアンナをクイーンから遠ざけて安全な場所で待機させていたのだ。
大事なときに何もできない無力さは、レインが一番知っている。
「私は、マスターが危なくなってるのを見て、怖かった。死んじゃうんじゃないかって。そうしたら、次は私だって。逃げたとしても、私は……きっと、一人だから」
沈黙。静かな冬の冷気だけがその場を支配する。
アンナが語りながら頭に思い描いていたのは、恐らくあの時のーー次長老たちに囲まれて、自分の生死について意見が飛び交っていたあの時だ。
その時のアンナは無表情に座っているだけだったが、この小さな少女にとって、それは恐怖でしかなかったはずだ。しかも、アンナの生死について意見が飛び交っていたとは言うが、その時にアンナを生かすことに賛成だったのは、最終決定権を持つ親父を除いて、レインただ一人だったのだ。
つまりアンナが村に戻れたとしても、アンナを保護してくれる大人は、いない。
それを理解し、沈黙を真っ先に破ったのは他ならぬレインだった。
「そうか……なあ、親父。俺からも頼むよ。何でアンナが親父に頼んだのか知らないけど、親父は元々戦いに身を置いていたんだろ?」
知られざる事実。親父はただの強面の一流鍛冶師ではなく、マジもんの戦うおっさんだった。実はレインの祖父ーー親父の父親に当たる男は、黄金時代の中でも最も栄えた航海時代に生きた海の男いや、海の漢だったと言う。
最低でも三代前からカルラの家系は戦いに携わる者だったらしい。
「アンナだけじゃねえ。俺も、戦えるようになりたい。正直、デカブツーークイーンとは条件を最大限整えて、自分が有利になるように戦ったってのに、このザマだ。もし死んでたら、本当にアンナだってやられてたかもしれない。だから、だからーー守られるだけじゃなくて、俺も、誰かを守れるようになりたい」
後悔が、ある。
守ると、傷つけないと誓った少女に幾つもの怪我を負わせてしまったことだ。一つ一つは小さいけれど、その傷は治っても薄っすらと痕を残してしまうかもしれない。
レインはアンナの傷を見るたびに、酷い苦痛を感じた。それが、日本にいた頃の自分と同じように消えない傷になったら。それが、少女の心にも深い傷を負わせたら。そう考えると、レインは自分を許せなかった。
守ろうとした結果、小さな傷を負わせてしまったのは分かっている。
クイーンの咆哮を避けてそうなったのだから、仕方ない。あそこで他の選択肢は無かったのだから。そう、納得しようとした。
でも、できなかった。
自分が強ければ、もっと他に選択肢を増やすことができた。あそこで初めからアンナを守ったまま戦うという選択肢を作ることができた。
弱かったから、戦うことを咄嗟に選べなかったから、今も後悔は募る。
「なら、強くなればいい。俺が強くなって……守る」
ーーこの、小さな女の子を。アンナを。
そう、心の中でレインは呟いた。
「だから、頼むよ。親父……!」
「うん、お願いします」
二人は必死になって親父に教えを請う。それを一身に受けた親父は少し驚きながら、しかしそれを無下には扱わなかった。元々誠実な人柄だ。だから答えは分かりきっている。
「そんな必死になるなって。分かったよ。俺が戦い方を二人に教えればいいんだろ?」
「親父……」
「ただし、アンナの剣はお前が見繕ってやれ。最近家にこもってばかりで長いこと鍛冶工房にも入ってないだろう」
「ああ。分かった、ありがとう親父!」
「ありがとう、ございます」
二人は頭を深く下げ、感謝の言葉を告げた。親父は手をひらひらと振って「いいって、気にすんな」と少し照れくさそうにしながら、「まだ木を用意しなけりゃならんし、家ができるまで今の家を使え」と言い残して去っていった。
それを見届け、レインはしかし、と呟く。
「……俺の約束の量が尋常じゃないんだが…………」
アンナの服を作る約束に、家を造るーーは親父がやってくれるとのことでなくなったが、久しぶりの鍛冶もしなければならない。それに、親父が先ほど言っていたようにアンナを村中案内して回らなけらばならないのだ。
相変わらずの過密スケジュール。レインに落ち着いて寝られる日はしばらくは来なさそうだ。
◆◆◆◆◆
「帰ってきたーッ!!」
レインは扉をバタンと音を立てて開け、開口一番そんなことを叫んだ。
後に続くアンナも、「ただいま」と丁寧に言いながらもレインと同様に、帰ってきたという実感に目元を緩めている。
この家に入ることを「帰ってきた」と思える程には慣れたらしい。それが、この家という物に対する慣れなのか、レインと過ごす内に心が解されたのか。それがどちらであれ、良いことである。
「アンナ、先風呂入れ。俺はご飯の準備するから」
泥まみれになった上着と、二重に履いていた上のズボンと靴下を洗い場に放り込んだレインが手を洗いながら、同じく汚れてしまったアンナにそう提案する。
しかしアンナはレインと同じように服を洗い場に入れてレインの隣に並ぶと、首を振って答えた。
「お風呂はマスターが先に行って。ご飯は私が作るよ」
「……いや、アンナ。お前怪我しただろ?傷を洗わないと、菌が入って悪くなるぞ。だから先に入れって」
「それを言うなら、マスターの方がお風呂に行くべきなんじゃ……」
ぐうの音も出ないような正論。レインは声に詰まってしまうが、しかし諦めるわけにはいかない。
なぜなら、アンナに作らせた料理が人間の食べられる物だとは思えないからだ。
「むぅ、またマスター失礼なことを考えてる……。私、料理はできるんだよ?マスターに作った料理は犬の串焼きしかないんだから、わんもあちゃんす、あっても良いと思う」
「……確かにそうだな。じゃあ、頼むよ」
「ん、何にする?お肉なら確かあの大きな箱に入ってたよ」
「冷蔵庫な。……いや、もうしばらくは肉料理は食べたくないかな」
肉料理を食べたら、その食材になった哀れな獣の群れのボスが現れて復讐を!みたいな展開はもう懲り懲りだ。ないと分かっていても、想像だけで頰が引き攣る。
「分かった。じゃあ、え〜と、どれにしよう?」
うーん、と腕を組んで悩む。冷蔵庫には、ティリの肉(腸詰めなど)を除き、小根と人参、キャベツに玉ねぎと、ベジタリアンな品揃えだ。
「……折角で悪いけど、サラダでいいよ」
「え」
「いや、『え』って言われてもそれぐらいしかないし……」
「…………分かった」
どうやら、またもや料理の腕を振るえないのが気に入らないらしく、アンナはちっとも納得いかなさそうな様子で渋々頷いた。
◆◆◆◆◆
「むぅ……マスターは、ちょっと私のことを馬鹿にしすぎ」
アンナは、レインが風呂に入ったのを確認してから、小さな声で愚痴を言った。
「まだ見せれてないとは言え、私だって料理くらいできる、のに……」
皿洗いはなかなか上手にできないけれど、それでも実際アンナは料理が得意なのである。他に掃除だってできるし、洗濯だってできる。
森で作った、もとい焼いたワルフの串焼きは別だ。レインが知っているような異世界モノのお約束ーーどんなものでもいくらでも入るアイテムボックスでもない限り、あんな森の中で豪華な食事などできるわけがない。
他の転生者は基本的にバグっているのだ。レインが不公平に嘆く程度には。何が悲しくて保存が効く(もといパサパサしている)携帯食を食べなければならないのか。それこそ、美味しいスープとか飲みたいんだよッッ!!と。
そんな様子をアンナが想像していると、ふと、ピーン!ときた。
(……あ、そうだ。あれを作ろう)
ぽんっと手を叩いて、何処からか取り出したエプロンを身につけ、三角巾を頭に結ぶ。水色に白の水玉があしらわれた可愛いデザインだ。三角巾をつけると邪魔になってしまう髪は頭の高いところで一つにまとめてゴムで留めた。いわゆるポニーテールというやつである。
そして、アンナは腕まくりすると、風呂でのんびりしているであろうレインに宣戦布告する。
「絶対、驚かせてみせるんだから……!」
かくして、自称皿洗い以外の家事は完璧なアンナの逆襲が、今、始まったのだった。
すいません!本当にすいません!
しばらく書いていなかったもので何も浮かばず、結局長時間開けて投稿することになってしまいました。ごめんなさい。
全然投稿しねーな、読むのやめようかなと思われても仕方ないこの作品ですが、まだまだ続くのでどうぞこれからもよろしくお願いします。
恐らく、次回から字数が格段に減り、その分投稿ペースが上がる(と思う)ので!はい。
せめて、タイトル回収まではお付き合い下さい!!