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鍛冶師の仮面を被った魔王  作者: 苗村つめは
第一章
13/40

12. VS女王ぱーと2!

 ゲイポーの嘴に吊り下げられて横っ跳びに吹き飛ぶレインが最後に見たのは顎を荒れた地面に削られながら滑る哀れな女王(クイーン)であった。と言うことはなく、レインはちゃんと金髪オールバックのイケメン(ゲイ)に間一髪のところで命を救われていた。


 突然だが、男女の恋愛とは時に甘く、時に苦いものである。恋は、甘くて苦い。これが定説だが、そこには些かの誤解があることに気付いている者が一体何人いるだろうか。そう、甘さと苦さの比率の話である。


 恋愛に苦さが混じったその時、いつか確定的なそう遠くない未来に修羅場が訪れる。何故か?それは、恋愛とはドロドロの生存競争であり、その上に成り立った甘くて苦い恋愛は、甘さと苦さが1:9の比率なのである。


 その内1を拾い上げた幸運な者だけが生存競争で勝ち上がることができ、他は蹴り落とされる世界なのは何処でも一緒だ。


 しかし、とある組み合わせと極僅かな例外のみは、甘さ10の恋愛を謳歌することができるのだ。


 極僅かな例外ーーそれは、馬鹿ップルと呼ばれるリア充ども爆発しろーーのことを指す。では、とある組み合わせとは一体何か。


 それは、DOUSEIAISYA達である。彼等は少数の種族であるが故に、徹底的な純愛を築く。それは性別の壁をも凌駕し、時に種属の壁をも破壊して乗り越えてくるのだ。つまり、何が言いたかったかと言うと、レインがゲイポーに対してきゃっステキ……惚れちゃいそう……となってもおかしくはない。


「って、んな訳あるかい!」


 冗談だが。忘れがちだが、ゲイポーは臭い。スポーツ系男子のカッコいい滴る汗とかではなく、全身に吹き出す脂汗で臭い。あれだ。水も滴るいい男の反対語は脂汗をかく醜男ということである。


 レインが例えホモだったとしても、こいつはないだろう。いや、顔はイケメンなのだが、表情が!表情がいけない。嘴(人面なので歯だが)でレインを咥えて恍惚とした表情を浮かべている。考えても見て欲しい。見た目は美女だったとしても臭いがあれだったら嫌ではなかろうか。しかも男と来たら本当に救いようが無い。


「助けてくれてたのには礼を言うが、気持ち悪りぃからとっとと降ろせ!!」


 レインが吊り下げられたまま暴れてそう言うと、名残惜しそうに地面に足から降ろしてくれた。外れた右肩が痛いので、あまりよろしくないのだが無理やりはめることにした。


「っつ……痛ってえ…………おい、だからそんな捨てられる子犬(鳩)みたいな顔すんな。お前がそんな顔しても俺は喜ばねぇ。俺が喜ぶとしたらーー」


「マスター、大丈夫?」

「ーーこういう可愛い娘に対してに決まってんだろ」


 ゲイポーのほんっとうに名残惜しいッ!という表情を見て嫌そうな顔をするレインに声をかけたのは、アンナだ。鳩車の窓から身を乗り出して、パッパッと服に付いた土を払うレインの様子を見て大丈夫そうだと安堵の息を吐く。


 怪我をしていなくて良かったというのもあるだろうが、目覚めなくて良かった、という意味合いの方が強い気がするのは気のせいだろうか?


 何に目覚めるかって?DOUSEIAISYAのことに決まっている。


 アンナに(心の)安否を問われたレインが続けた言葉に「可愛いなんて……」と少し顔を赤らめてもじもじする小動物的仕草がなんとも……うん。いやー、和むわー。気持ち悪い奴に吊るされた後だと、ホント和むわー。と、レインがほんわかしていると、グアアアアア!!と「リア充爆発しろ」と言わんばかりの咆哮が轟いた。


 別にレインはリア充ではないが。流石にアンナを可愛いとは思っても11歳(見た目は8歳)に欲情する訳がない。ロリコンではないので。だからと言って今朝のように裸でアンナが出て来たら流石に恥ずかしいものがあるが。


「ーーやっべ、もう復活した……!おい、このクソド変態野郎、アンナを連れて作戦通り行け!」

「ポーーッ!」


 了解!とゲイポーは再び森の闇に消える。クイーンは立ち上がり後を追おうと走り出すが、


「おい、どこ向いてやがんだよぉ!!」

「ギャアアアッッ!?」


 背を向けた途端、レインが両手に握って振り下ろした斧がまともに尻に当たり、堪らず激痛に絶叫を上げて立ち止まった。


 対し、レインはというと目論み通りに行ったというのに、苛立たしげにバックステップしてクイーンから距離を取る。もともと、レインはここでクイーンが転んだ時点でそこに奇襲をかけて殺す、もしくは致命傷を与えるつもりだったのだ。


 クイーンは森の舗装されていない地を走る獣。故に、人間が過ごしやすいように舗装した場所では、少々勝手が違う。故に唯でさえ余裕がないクイーンが転ぶのは予想通りだったのである。しかし、レイン自身のドジによってその奇襲作戦は失敗。第二ウェーブに移ることになったのだ。


 第二ウェーブとは、レインが奇襲に失敗した場合の保険のことである。それは、ゲイポーがクイーンの目の前を走り抜け、気を引いて囮になるという作戦だ。こちらほとんど予定通りに行き、レインは確かにクイーンに強い一撃を与えることができた。


 しかし、レインは眉を寄せて舌打ちする。何故なら、


「まさか、斧が唯の打撃武器のなっているなんてな……」


 この斧は、今の使用までに九本の大木を叩き切ってきたのだ。その上、クイーンの顎を切り裂いた際に血がこびり付いている。その所為で斬れ味が鈍っていることは計算外だったのだ。


「まあでも、これで戦える条件は整った」


 肩やら腕やら、全身がズキズキ痛むがこれくらいは我慢できる、とレインは痛みを堪える。腰を落として斧を構え、思わぬ打撃に猛り怒るクイーンの隻眼を正面から睨み返した。見た所満身創痍で、人間のフィールドでは思ったように動けないことも、身を張って確認済み。それに、アテが外れたところで策はいくらでもある。


 それが、今のレインに幾分かの余裕を与えていた。


 それに、こういう切った張ったもそう嫌いではない。ここ最近の夢見の悪さで溜まりに溜まったフラストレーションをこの斬れ味の鈍い斧に乗せて叩きつけてやろう。


「掛かってこいやぁ、このデカブツが!!」

「グガァアアア!!」


 レインの叫びを言葉として捉え、理解した訳ではないだろう。しかし、クイーンは向けられた殺意を敏感に察知する。自らに歯向かう矮小な存在の雄叫びに呼応するが如く、美しい月光を浴びて夜の森に咆哮を轟かせた。



 ◆◆◆◆◆



「ーーらぁッ!」


 暴風のように斧を身体ごと回して二度横薙ぎの斧撃を繰り出す。一撃目は両脇をきつく締め、小さく振り回して牽制。続く二撃目は一撃目とは対照に出来る限り腕を伸ばして、少し後ろに下がって一撃目を回避したことによってできたクイーンの一瞬の硬直を狙って大きく斬りつける。


 こちらは当たる距離だったのか、クイーンは前脚を高く振り上げ、ギラリと鈍く輝く爪を勢いよく振り下ろした。


 ーーギィイイイン!と耳障りな音が鼓膜を叩き、レインとクイーンは双方同時に顔を顰める。


 方や、足りない頭を回転させて思いつく限りの斧撃を、恵まれた体格に任せて繰り出しているのになかなか攻撃が通らないもどかしさに。


 方や、傷を負っているとは言え、魔法で身体強化しているにも関わらず、小さなヒトすら満足に仕留められない屈辱に。


 どちらも持てる技は出し切っているが故に、結局のところ強引な力任せの戦いになってしまうのだ。しかし、そうなれば所詮ヒトであるレインが、種族的な体格差で圧倒的に劣っている為、レインの勝ち目は薄いと言える。


 しかし、クイーンは実のところ酷い重傷で、今は単純な筋力では通常のワルフにも僅かに劣る。戦闘経験がないレインがクイーンとなんとかやり合えるのはその為だった。


「あぁあああッツ!!」


 レインはギリギリと火花を散らす斧を横に振り抜き、クイーンの爪を弾き飛ばす。身体が持っていかれそうになるが、堪えて大上段から斧撃を振り下ろした。一瞬仰け反ったクイーンの胸を狙った一撃は、クイーンがかろうじて後ろに跳んで避けたことでドガッと鈍い音を立てて大地に深く突き立ってしまった。


 なんとか引き抜こうとするが、斧はビクともしない。それでもと足を踏ん張って身体ごと後ろに倒すと、焦りもあってかレインの手は汗ですっぽ抜ける。レインは勢い余って尻餅をつき、それを勝機と見たクイーンは涎が縁取る口の端を歪めて一気に踏み込んだ。


「グァアアア!」

「っ!」


 繰り出された爪撃は、過たず隙を見せたレインの身体を引き裂かんと迫る。咄嗟に革の鞘から鉈を引き抜き、胸の前に立てる。瞬間、金属と金属がぶつかり合う音と共に衝撃が走り、レインは吹き飛ばされた。


「ぐっ、あ!?」


 二転三転と地面を転がり、うつ伏せになったレインが顔を上げると、更に追撃に出たクイーンが双眸に映る。


「っつ!」


 空気を裂いて振り降ろされた爪を横転して回避。再び爪がレインに襲い掛かるが、こちらは前転してクイーンの足元に飛び込むことでなんとか避け切った。


「おらぁッ!!」


 直ぐ近くにある死の恐怖に縮み上がりそうになる心を狂気的な殺意で押し殺し、雄叫びをあげて立ち上がりざまに握ったまま離さなかった鉈を振り上げた。鉈はズドッとクイーンの腹に叩き込まれ、岩のように硬い肌を喰い穿つ。


「ガアアアア!?」


 肉片と血飛沫を撒き散らしてクイーンはかつてない激痛に絶叫する。その真下にいたレインも噴き出す血を頭から浴びて、黒髪はどす黒い赤に塗り潰された。異臭が鼻をつき、レインは顔を顰めてクイーンの下から這い出した。直ぐに立ち上がって振り向くと、クイーンは隻眼に今までに見ぬ色を宿してレインを凝視していた。


「お前、もしかして怯えてやがんのか……?」


 クイーンはレインの言葉を肯定するように身を震わせ、明らかに警戒した様子でヒトの身であるレインから離れようと後ずさった。


 実のところ、クイーンはレインを舐めてかかっていたのだ。幾ら自分の配下であるワルフを無惨に殺したからといって、所詮人間。自分の敵ではない、と。しかし、復讐心のままに逃げ回るレインを追い掛け、やっと追い付いたと思えばこのざまだ。


 配下のワルフだけでなく、自らも浴びる程の血を流し、今ここで堪え切れない感情にに身を震わせている。


 そう。力量では劣るはずの矮小な存在であるレインに恐怖を抱いたのだ。


「は、ははっ、なんだそりゃ。お前みたいな化け物が?たかが人間の、たかが俺ごときに怯えるって?ハッ、笑えるなぁ!」


 レインは目を見開いてガクガクと脚を震わせるクイーンを見て、同じようにその身をを震わせた。嗤いに。圧倒的強者が物理的にも、精神的にも、社会的にも弱者である自分に在ろう事か怯えているのだ。強者をねじ伏せるなんとも言えない快感を抑えきれず、レインは三日月のように口を歪め、あの時の、あの頃の、『内村ヒナタ』だったときの狂気を、双眸に宿らせる。


「無様だなぁ、魔獣様よぉ!!俺くらい爪の先に引っ掛けるだけで殺せるだろうに!ただちょっとした怪我(・・・・・・・・)を負わせられただけでそんなにビビるか!」


 勿論、ちょっとした怪我とはクイーンの暴力的なサイズから見た怪我の大きさを基準にしたレインの偏見であり、実際のところ割と重傷だ。全身から火を噴くような熱い痛みが走り、気を抜けば今にも意識を持って行かれそうである。


 しかし、それはレインも同じこと。幾ら目の前の黒い巨獣が自分に怯えていたとしても、それに高揚感を抱いているとしても、既にレインにこの魔獣を討ち取る術はない。


「ーーだから、俺は人様の力に頼ることにしよう」


 レインが一つ、懐から拳大の丸い何かを取り出した。それは、黒い体毛に全身を覆われた小さな毛玉。よく見れば、小さな鳥であることが伺える。どうやら眠っているようだ。


「‘‘夜泣ノ鳥,,。これでも、お前と同じ魔獣だぜ?」


 逃げ回る中、途中で見つけて捕まえてきた夜泣ノ鳥の身体を鉈の先で突いて起こす。


 この夜泣ノ鳥は、二つの習性がある。一つは、見た目の印象に反して昼行性の魔獣であること。身体が異常な程に冷たく、日光の熱を黒い体毛によって吸収することで体温を保っているのだ。夜は当然体温が下がり、行動するには少々ーーというか、大分無理がある。


 そして、もう一つは、



「キィイイイイイアアアアアアア!!!!!!!!!」


「ッツ!?」

「グアァ!?」


 突如響き渡る絶叫。産毛の間を縫うように駆け上がる怖気がレインの顔を顰めさせた。クイーンも同様に、レインが何をするかと警戒する中響き渡った異音に悲鳴をあげる。黒板に爪を立てて引っ掻いたときよりもなお悪い、中々体験し難い不快音だ。それが迸ったのはレインの手の中、漆黒の毛玉の小さな嘴からである。


「っぐ……知識として知ってたが、ここまでとは……予想外だ………まあ、好都合ではあるが」


 夜泣ノ鳥の二つ目の習性。それは、活動に無理がある夜の安眠を邪魔されたとき、その要因に眠りを妨げられた八つ当たりでもするかの如く、凶悪な金切り声を上げるというもの。レインは夜泣ノ鳥の固有魔法でもあるこの絶叫を利用して作戦を進めることにしたのだが、少々良い方にも悪い方にも、この魔獣は期待を裏切ってくれた。


 クイーンに限らず魔獣は身体能力が優れている。それは耳も同様で、割と近い距離で夜泣ノ鳥の絶叫に鼓膜を叩かれたクイーンは、レインに感じた恐怖とはまた違う不快感に身を竦ませている。戦闘中に隙を作るというのは、それがどんなに小さなものでも死に直結する愚挙に他ならない。


 つまり、それをレインに見せたということは、レインにとっては勝利にも直結することだ。


 しかし、レインの狙いはそこにはない。


「だって、もうこの鉈もボロボロで撲殺もできないしな……」


 レインは自嘲げに笑い、鉈を投げ捨てた。クイーンよりも復活は早かったが、これでもう無手のレインに勝ち目はない。



 普通ならば。



 耳にキーンと音が残っているが、どうやら敵に攻撃の意思がないのを気配で察したクイーンは、その場で身をたわめる。この小さな敵に良いようにされてからずっと温存していた、最後の身体強化魔法。あの、爆発的な突進の暴威が、クイーンの巨躯に圧縮されーー


 ドッ!と地を踏みしめる音がした。


 それがクイーンの耳に届いたときには、既に臨界点。張り詰めた糸に鋏を入れたが如く、クイーンは豪脚を蹴り出さんとする瞬間だった。一瞬の硬直がクイーンにもう一度大きな隙を作る。動きが止まったクイーンの殺意に濡れる瞳に、灼熱が走った。


「グガァアアアアアアアアアアッツ!!!!???」


 かつてない絶叫。夜泣ノ鳥にも匹敵する悲鳴が夜の森を震わせた。


 一体何が、とクイーンは周囲を探ろうとするが、両の目は漆黒に塗り潰された光景しか映さない。クイーンは視界を、二度も同じ手で潰されたのだ。


 そう、ワルフの串焼きの為に用意された細い木の串だ。これが投擲され、クイーンの瞳に刺さっている。しかし、これは一体どこから飛んできたのか。正面のレインは文字通り無手であり、攻撃手段は持っていない。クイーンの気配を察知する敏感な第六感からしても、レインが動いていないのは分かっている。


 見えない攻撃にクイーンは優れた耳を立たせて辺りの様子を把握しようとし、その正体は、獲物に、怨敵によって知らされた。


「アンナ、よくやった!」

「うん!」


 レインの声にアンナは鳩者の中から、ダーツを投擲した様な体制のままもう片方の手でサムズアップして返す。そう、このアンナこそがクイーンの目を潰した串を投げた張本人だった。


「それより、あの嫌な音ってなに?すごい大きい音でビックリしたよ!?」

「あ?………あ〜、あれは……合図だ。言っただろ?合図したら来いって」

「いや、それは分かってるけど、あんな合図だなんて聞いてない……」


 どうにもアンナがいると緊張感が失せるな……とレインは苦笑い。その最中にもアンナは小さい身体で夜泣ノ鳥の金切り声に対する不満を露わにしている。


「悪かったって。謝るから落ち着け」

「……むぅ」


 レインはアンナを適当にあしらうと、クイーンの激しい身悶えに巻き込まれない様に距離を取る。今は優位に立っていても、警戒を怠って良いことはない。


「これで終われば、苦労はしなかったんだがな………」


 アンナをゲイポーに乗せて森の奥に遠ざけたのにはいくつか狙いがある。一つは、アンナをできるだけ危険から遠ざけること。既にアンナは無理に無理を重ねて気を失っている。これ以上の負担はかけたくないが、流石に魔獣相手にそうも言っていられないので『できる限り』を目指すことにした。


 二つ目は、まさに今だ。クイーンの注意はレインに向いている。裏を返せば、レイン以外に注意が向いていない。この状況で奇襲をかければ、クイーンに手痛いダメージを与えられるのだ。結果はこの通り成功。


 クイーンは視界を失い、激痛を堪えて血と泥に汚れた鼻面にシワを寄せている。


「まだ決定打にはならないか……」

「グアァ……!」


 ついにクイーンは聴覚を完全に取り戻したらしく、目を瞑ったままレインに凶悪な顔を向ける。恐らく、極限状態にある今のクイーンの情報把握量は、両目が開いていた時よりも多い。鋭敏な感覚にレインを過たず捉え、一歩一歩地面を踏みしめて近づいてくるのが良い証拠だ。


「ま、予想通りだけどなぁ?」


 そんな状況だというのにレインはニタァと厭らしく笑みを浮かべる。その言葉を理解したわけではないだろうが、レインの余裕を感じ取り、クイーンは一気に距離を詰めようとする。


 その瞬間、レインはスゥと大きく息を吸い込むと、クイーンの背後に回り込むように駆け出した。目指すのは、というよりレインが追いかけるのは(・・・・・・・)いつの間にか駆け出していたゲイポーの尻だ。


「ガ!?」


 一触即発と思いきや、突然自分に背を向けて走り出し、あろうことか逃げる味方を追いかけ始めたレインに困惑し、思わず立ち止まってしまう。首だけレインに向けると、丁度その時アンナを乗せたゲイポーが森の木々の間に消えるところだった。


 背中に背負う鳩車にいる少女が何かを引っ張っているように感じるがが、関係ない。恐らく、今まで常に想像の裏をかいてきたあの男のことだ。あの小さな少女よりも危険である、と我に帰ったクイーンは判断し、追いかけようと身体をそちらに向ける。


 すると、必死に走っていたレインが急に全身を投げ出すように跳躍した。走る勢いに任せて跳んだレインだが、腹を下に向ける形で地面と水平になったというところで急に身体が、何かに引っ張られたように横に振られーー


 クイーンは理解した。振り子の要領で、ロープが引っかかったボロボロの斧にしがみついて跳んでくるレインを見て、ああ、自分はここで、配下のワルフと同じように死ぬのだと。


「これで、終わりだぁあああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」


 雄叫びとともに振り下ろされた、鈍器と化した斧は満身創痍のクイーンの頭蓋を砕きーー遂に、戦いは、終わった。



  ◆◆◆◆◆



 危なかった……とレインは血に塗れたまま、額の汗を拭う。あの時、アンナが咄嗟に斧をロープに引っ掛けてゲイポーに引き抜かせていなかったら、恐らくレインは死んでいた。作戦通りに行けば勝てた相手かもしれない。しかし、作戦通りには行かなかった。


 それでも勝てたのだ。アンナには感謝の念しかない。


「マスター、だ、大丈夫!?酷い怪我……ど、どうしよう……」


 仰向けになって大の字に倒れるレインに駆け寄り、レインの傷跡の多さに焦るアンナ。血生臭いだろうに、ハンカチサイズに畳んだ風呂敷で血を拭ってくれる心優しい少女に、レインは微笑みかける。


「いや、大丈夫だ。それより、ありがとうな。アンナがいなかったら本当に死んでたと思う」

「う、うん……。でも、マスターが頑張ってくれたお陰だよ?ずっと一人であの大きい犬と戦ってたんだから」

「犬……あれは狼と言うのだと思うが………」


 互いの活躍を讃えてレインとアンナが話していると、ゲイポーが後ろから器用に羽で突いてきた。そんな悠長なことをしている余裕はないと言っているのだろう。


「ああ、分かってる。……アンナ、直ぐにここから出て、村に戻るぞ」

「え?で、でも、木は?せっかく時間をかけてマスターが切ったのに………」


 アンナの言い分は最もだ。大木を9本も切り倒すのは容易ではなかったし、刃物を扱うレインとしても、この作業のために犠牲になった斧を無駄にするようなことはしたくない。しかし、そうも言っていられないのだ。クイーンの習性を考えるに、その配下のワルフも同じく仲間意識が高いと考えるべきだ。


「急げ!早くしないと直ぐにワルフが来るぞ!」

「でも……」

「でも、も何もねぇ!命を賭けてまで手に入れなきゃいけない訳じゃないんだ!!」


 そこまで言ってようやくアンナは渋々といった様子で納得し、鳩車の簡易タラップに足をかけた。レインも直ぐあとに続き、既にボロボロの斧と鉈は一応車内に積み込んだ。この戦いで、命を散らしたこのふた振りの刃物を無駄にするつもりはない。せめて鋳潰して材料にでもするつもりだ。


 そんなことを考えながらレインはタラップを引き上げ、声を上げる。


「よし、出せ!」


 ゲイポーは軽快に走り出し、村へと歩を進める。


 レインは自分自身に油断してはいけない、と言い聞かせて何とか意識を保とうとするが、次第に疲れに後押しされるようにまどろみ、僅かな抵抗の後、レインもアンナも二人同時に眠りに落ちた。




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