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鍛冶師の仮面を被った魔王  作者: 苗村つめは
第一章
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9. ホームレッサー

お久しぶりです。投稿を休んだ分長くなったおります。具体的には、普段の三倍くらいです。

 更に、前提から言って、魔法の適性がある者は極少数で、100人に1人くらいの割合でしか存在していない。そのうち、『煌』『淵』『星』の三属性の適性者など、1億人に1人いるかいないかといったものだ。


 神界の人口は、ラグーンの記録にある限りだと約3兆の知的生命体がいるということなので、世界でもたった3万人しかいない計算になる。


 そして、その珍属性の『星』が付与された車輪と同様に、鳩車本体も魔道具になっている。本体は、ゲイポーの不快な(喘ぎ)声と、悶えて起こる振動を緩和する機能が付与されている。レインたちが特に文句も言わずに鳩車に乗っていられるのはその為だ。


 逆に、基本三属性の中でも火属性は、基本属性魔法使いを10人集めたら6人は堅い、メジャーな属性だ。冒険者の魔法使いは、殆どがこの属性の魔法を使用している。


「ーーそして、残念ながら俺は魔法の適性はゼロなんだ。親父は火属性適性者。聞いたところによると、母さんは何とびっくり。その1億人に1人……いや、マイナー属性は三つだから、単純計算で3億人に1人の煌属性適性者だったらしいが」


 異世界転生モノを大雑把に分類するとしたら、『チート無双』『異世界知識無双』『努力で成り上がり』『チートの無駄遣い』。大体この四つが挙げられるのではないだろうか。割と良さげな、多くの人が望む異世界ライフに違いない。少なくともレイン(と作者)はそうだ。


 しかし、現実はそう甘くない。夢の異世界に来たものの、レインの場合は『チートなし。知識無双できるほど知識がない。努力しなくても権力はある』といったところだろう。どこにも分類されてない。むしろ悪いとこ取りだし、特に最後のは、主人公にボコされる横暴な貴族の息子ポジのような気がしなくもない。つまり、小者悪役ポジ。最悪である。


(ま、まあ、ポジティブに考えれば良いんだよ。そうだな……『良い家系に生まれてスローライフ』というのは!)


 ……微妙だ。


「チクショウめ。どこの神様が(・・・・・・)俺を転生させたのか(・・・・・・・・・)は知らねえが(・・・・・・)、ちったぁ強い能力があっても良いだろうがよ」


 レインは、アンナには聞こえないように、口の中でまだ見ぬ神様とやら(・・・・・・・・・)に悪態をついた。レインとて男。チートで無双すればハーレムができるのはお約束だし、俺TUEEEEEだってしてみたい。例え無力でも頑張って、死なないように、幸せを掴めるように足掻く主人公だって構わない。


 レインは、異世界に転生したと分かったとき、数々の妄想に花を咲かせた。自分だって活躍して、強い敵をなぎ倒して……!と。前世の頃からそういった弊害は強くみられたレインだが、異世界に来て、一層そういった妄想でトリップしてしまうことが増えたのは間違いない。


 しかし、それも数年で冷めてしまった。


 剣もあり、魔法もあり、魔獣という凶悪なモンスターもいて、少数ながらも冒険者という異世界ならではの職業もあって、猫耳やうさ耳の獣人だっている(レインは会ったことがないが)。


 そしてアンナみたいに金髪やら赤髪やら、カラフルな髪色で、それが普通に地毛だという者が普通に街を歩いているような、『異世界といえば……』という話題の中では確実に挙げられるだろう世界。


 レイン自身は黒髪黒目の、なんら日本人と変わらない容姿をしているが、唯一の身内である親父は、緑色の髪だ。流石にヒゲは黒いが。今は亡き母親は、アンナのように輝くような金髪ではなかったが、くすんだ黄土色と呼べる色をしていたとレインは聞いている。


 前世だったら、まず日本人ではないだろうし、流石に緑色の髪が地毛の者などいないに違いない。


 それなのに、そんな異世界に転生してレインにできたのは、物語の主人公を映えさせる道具ーーすなわち、剣や鎧、盾などを作る鍛冶だけだったからだ。


 この世界における鍛冶は、槌で鋼を打つのではなく、魔力で熱した鉱石を押し潰したり引っ張ったりと、言ってみれば紛い物。いわば鍛冶もどきで、前世の本職の方をバカにしていると言えなくもないが、異世界でしかできない製法だったので、レインとしてはそれなりに楽しんではいるのだが、それでもやはり戦いの魅力には勝てない。


 試しに自分で作った剣を振り回してみたことはあるがいずれも足をサックリやったり、工房の壁にガリガリと傷を付けてしまったりと散々だった。以来、レインは刃が抜けないか、バランスは良いか等を確認する目的以外では剣を振らないようにしている。


「……異世界転生モノとは一体………うごご」

「……?マスター、どうかしたの?」

「え?あ、いや何でもない」


 理不尽な異世界転生に内心で文句を垂れていたら、いつの間にか口に出してしまっていたようだ。俯きながら顔をしかめて何事かブツブツと呟くレインを見たアンナは、訝しそうにレインのことを呼んだ。


 我に返って早口に誤魔化すレイン。思い返せばなかなかに危ない感じだった自覚はあるので、今の言い訳は流石に苦しい、とレインは冷や汗を流す。


 レインは、実は前世の記憶を持った転生者だということを親父にも告げていない。誰にも言わないようにしているのだ。


 理由は単純である。「俺、実は前世の記憶を持っていてーー」なんて吹聴して回れば、当然頭のおかしい子だと思われるだろう。いや、もっと悪いかもしれない。


 例えば、レインが本当に転生者であると分かったら、魔術研究者たちが死に物狂いでレインを捕らえに来るだろう。その後は、バラバラに解体されてせっかくの二度目の人生も終わりを迎えることになるに違いない。


(冗談抜きでやりかねないからなあの研究者マッドサイエンティストども……)


 彼等魔術研究者は、魔法(・・)研究者とは違い、原初六神伝承冒頭の神界戦争ーー一般に“神話大戦”とされている、テルスニムル、リールヘブン、フテュルク、グリム、スーアム、フィリアの六人の原初神とその眷属の勇者、そして神に反逆した魔王によって行使された伝説上の魔法的別概念である“魔術”や、原初神の魔術属性とも言える“理”、魔王だけが持つ特殊な能力、アウェルミストの製法などなど、失われた過去の技術に手を掛けた者たちのことである。


 文面だけ見れば、「長ったらしくて小難しい」か、「立派だな」といった感想をこの世界の人々は抱く。しかし、彼等魔術研究者は少々頭のネジが緩んでいる者が多いことで有名である。それ故、レインは研究者と書いてマッドサイエンティストなどと呼称したのだ。


 レインは心の中でひとりごち苦笑しする。同時に、七年前、親父に王都[ラグーン]へ行ったときのことを思い出していた。



  ◆◆◆◆◆



 ーー七年前ーー


「で、できた……!」

「おお。見せてみろ」


 熱気のこもった石造りの建物ーーカルラの村の鍛冶工房で、当時はアンナよりも背が低かったレインは、冷やし終わった一振りの剣を、側に立つ親父に見せていた。


 親父から直接鍛冶を教わり始めてから約2年、その間にレインが製作したのは剣が殆どだが、それらは全て刃の付け根から歪んでいたり、冷却したときに砕けてしまったり。要は、ただの使い物にならないナマクラを量産したのである。


 特に、剣の赤熱した刃を冷やすとき、急激に温度を下げ過ぎて刃が砕けたり欠けたりするケースが非常に多かった。


 この世界の鉄鉱石は、熱にはそれなりに強いが冷気には弱い。にも関わらず、レインは年柄にもなく剣を作るということでテンションが上がってしまい、刃が冷えるのを何時間も待つことができなかった。


 逸る気持ちは手の動きに顕著に現れ、保温性が高く、ジワジワと冷却していくはずの魔導具の出力を最大にしてしまう。そのせいで剣が台無しになってしまうのだ。


 だが、それは何度も剣を作っていくうちに克服された。急がなくとも剣は冷える。そう思い直し、レインは冷却の魔導具に刃を入れた後は悠長に待つことを決意したからだ。


 とはいえ、そう上手くいくはずもない。


 確かに剣がボロボロになることはなくなった。なくなったのだが、それまでずっとまともな冷却を行なっていなかったレインにはどうにも時間配分の感覚が掴めなかった。そこで、取り敢えず一日ぐらい置いておこうという結論に達した。


 結果、今度は刃が冷え過ぎて一回り小さくなってしまって柄にしっかり嵌らなかったり、酷い時は形まで歪んだりというケースが多発したのである。


 しかし、今回はついに完璧。パーフェクト。崩れていないし歪んでもいない。初めてまともに形を保った剣ができたのだ。それ故に、レインの顔には柄にもなく、疲れを滲ませながらも隠し切れない笑みが浮かんでいた。


 嬉しそうなレインから剣を受け取った親父は、炉の火を反射して美しく輝く刃を目の前にかざして横に倒したり、ペンチで刃を引っ張ったり、しげしげと剣を眺めてから満足そうにうんとひとつうなずいて、先に作ってあった鞘に剣を入れる。


「これなら良いんじゃないか?傷もないし刃も抜けないし、何よりバランスが良い。素材が唯の鉄鉱石だから元々の耐久は大したことないが……」


 親父はそこで一旦言葉を切り、鞘に入ったままの剣を腰だめに構え、「ぜいッ!」という掛け声と共に剣を鞘から抜き放った。迸った銀閃はまだ鍛えられていない鉄塊の山に叩きつけられ、甲高い音を部屋中に響き渡らせる。


「おぉ、居合……!西洋の剣でやってるから違和感しかないが」

「なんだそりゃ?……それはともかく、これだけ強く叩きつけたってのに刃こぼれ一つしやがらねえとは……。こいつは、5等級やっても良いくらいの出来だぞ」


 5等級ーーそれは、誰もが憧れる誇り高き騎士の中でも最も位が高い“近衛騎士”に叙勲されたものが騎士団長から贈られる騎士剣の練度と同等。というより、5等級以上の剣は騎士団のオーダーで作られる。


 そして、その騎士剣を作ることができる程の腕を持つ鍛冶師は誰もが騎士団からオーダーが来るのを今か今かと待ち望み、騎士団お抱えの鍛冶師は、近衛騎士同様に、鍛冶に携わるもの全てから羨望の目を向けられる。


 つまり、騎士剣と同階級の剣を作れるということは鍛冶師の中では一種のステータスであり、レインもそれに憧れていた。


 しかしこの5等級の剣だが、まず持って唯の鉄鉱石で作られることはない。殆どがミスリルや、最高硬度鉱石のアストライトなどで作られるものだ。単純に、鉄などよりもミスリルやアストライトの方が圧倒的に耐久性があるという理由なのと、鉄鉱石だと刃の方が不可に耐え切れずに折れてしまうからなのだが……。


(恐ろしい奴だ。初めてできた剣だってのに……。妙に時間が掛かってやがると思ったら、この密度なら納得だ。とても7歳のガキとは思えねえ。国のお抱えの鍛冶師でも……いや、こんなの俺でも本気出さなけりゃぁ、できねえぞ?)


 親父は、5等級のお墨付きを貰った唯の鉄剣を眺めてニマニマしているレインを見ながら難しい顔をして唸る。しかし、


「ふふん。5等級……、5等級かぁ……」


(まぁ、いいか)


 見た目通りに喜びを露わにする息子の微笑ましい様子を見て、親父は疑念を振り払い、髭に覆われた顔を綻ばせた。


「じゃあさ、親父、これを王都の品評会の応募に出しに行くのか?」

「ああ。そうなるな」


 品評会ーーそれは、鍛冶師が腕によりを掛けて作った武器ーー剣、槍、戦斧から、盾や鎧などの防具まで、魔道具以外の装備を展示し、評価を得るというものだ。年に一度開催されるのだが、まず品評会に出せるのは100展までで、実力の低い鍛冶師は品評会に展示することさえ許されない。


 しかし、もしここで高評価を得られれば、名声とともに確実な安定した生活を送ることを約束されると言っても過言では無い。何故なら、先ほど挙げた騎士団直属の鍛冶師として働くことを王より直々に許可され、更に品評会に出した剣は、相場以上の高値で買い取られるからだ。


 今回レインが展示して貰えるかどうかふるいにかける剣はただの鉄剣。しかし、ミスリルで作られた魔鉄剣にも匹敵する圧倒的な強度は、ただそれだけでも魅力的なので、親父は品評会で展示してもらうことはできるだろうと考えていた。


 それに、言い方は悪いが親父のコネ(・・)というものもある。世界最高の鍛冶師である親父が連れて来たというだけでもとてつもないことなのに、ましてやその血を引く少年。事実、レインの鍛冶の腕はそれなりに……それ、なりに………まあ、今回の鉄剣の製作まで一度も剣をまともに作れたことなどないが、今回の経験を活かして失敗を減らしてくれれば中々の腕前と言えなくもないのだ。


 これは後日談となるのだが、レインはこの剣の後に作った武器は全て高い評価を受けている。アンナ曰くホームレスと同義の冒険者の中でも最上位の者が大枚叩いて手に入れようとする装備として、実用性重視にも関わらず洗練された美しさがある業物の数々が武器店に並ぶことになった。


「王都の品評会に俺も付いて行って良い?」


 レインは生まれてこのかたカルラの村を出たことが無い。親父は知らない話だが、前世でも家から一歩も出たことがなかったレインは、一度くらい長旅をしてみたかったのである。


 そうとも知らず、親父は息子が王都の煌びやかさ等を想像しているのだと思い込んでか、少し興奮しているレインを見て苦笑する。


「当たり前だ。お前の用事で行くのに、お前を置いて行ってどうするんだ」

「よしっ!」

「そんなに王都に行きたいのか」


 苦笑する親父を見てバツが悪くなったレインは、明後日の方を向いて早口に誤魔化した。


「いや、別に王都に行きたいとかじゃなくて品評会に興味があるのであり俺としては別にどうでもいいというかなんというかって、ニヤニヤするなヒゲ親父!」

「おい、父親に向かってヒゲ親父はないんじゃないか」

「知らんわ」

「生意気な……。まあいい。明日には出かけるぞ。準備をしておけ」

「へいへい」


 レインは素直に親父の言うことに従い、家に戻って準備を終えるとなかなか寝付けない夜を過ごした。



 ーー翌日ーー


「えー、貴方方は客人として迎えられる訳ですが、相手は一国の王。最大限の礼節をお忘れなきよう」

「分かってる」

「おいダメ親父、分かってねぇだろ。えーと、はい。御忠告心より感謝致します」


 豪奢な両開きの扉の前で、門番はレインと親父に忠告を投げかける。何処か気怠げなのは、王に謁見する者全員にこの言葉をかけているからだろうか。内心「お疲れ様です」とレインは労うが門番の彼に聞こえるはずもなく、その上親父は偉そうな態度で彼に応対した。


 せめてもの敬意をと、レインは玉座の間に入る前から最大限の礼節を彼に捧げる。


「ええ、そのように。では此方へどうぞ」


 ーーギィイイイと重々しい音を立てて開いた扉の先には赤い絨毯が敷かれており、その両脇には扉側からフルフェイスの甲冑を着込み、騎士剣を腰に下げた近衛兵。その奥には国の重鎮と思わしき初老の男から其れこそ白い髭を伸ばした老人まで過剰修飾が施された高価そうな服を着込んで立っている。


 そして足元の赤い絨毯の正面、一段高くなった玉座に腰かけた男こそが国王なのだろう。隣に立つのは宰相だったり大臣だったりと呼ばれている権力者だろうか。


 玉座の間に通されたレインと付き添いの親父は、赤い絨毯を踏みしめて一直線に歩を進める。


 先程から「高価そうな」以外の感想が出てこないレインだが、やはりこの絨毯もお高いのだろう。今更だが「土足で上がって良かったのだろうか」とレインは不安になるが、それを表情に出すことはしない。


 ーー招かれたのは此方だ。堂々と上がり込んでやろうではないか。


 元々此方の世界の人間でもない。常識の差異があるのは当然だし、例え前世の記憶を持たずして此方の世界に生まれたとしても、七歳の童子相手に対した礼儀など求めてはいまい。


 現に親父が上から目線で接した門番の彼だって、レインのそれなりに丁寧な対応には少しばかり驚いていたのだから。


 そんなことを考えている内に、赤い絨毯の端から五本目の黒い編み込みの前で、先導していた門番が立ち止まる。思わずレインは彼の背中にぶつかりそうになるが、慌てて踏み止まった。


 それに気づいた様な素振りは見せず、彼はその場でバッと片膝立ちで跪くと、頭を垂れて背後に目を向け、「取り敢えず真似しろ」と目線で訴える。


 彼の目線の意味を察したレインと親父は、門番の彼の真似をして跪いた。それを確認した彼は、言い付けられた任務の達成を先程までの気怠げな態度からは想像出来ないほど、はっきりと報告する。


「御客人を連れて参りました!」

「御苦労。退がれ」

「はッ!」


 彼は、唯でさえ低くしていた頭をより一層深々と下げ、スッと流れる様な動作で立ち上がると、近衛兵と壁の間にいる一団の端に直立不動も体制で整列した。それを横目に、王は膝をついて頭を垂れる少年ーーレインに目を向ける。


「ふむ、この少年が……」

「はッ!レイン=カルラ殿に在らせられます」

「成る程……レイン殿、顔を上げると良い」

「はッ!ーーって、違〜う!!」


 どうしてこうなった、とレインは王の御前にも関わらず、奇声を上げて頭を抱える。奇異の視線と呆れの視線を向けられながらもレインは膝をついたまま上体をピーンして「ゔぁあああ」と地の底から響くような雄叫びを玉座の間に響かせた。


「何で、何で引きこもりの俺が、こんなところにぃ……」

「何でと言われても……そなたが品評会で最年少にして最高位を取ったからではないか」

「いや、そうなんだけど!そうなんですけどね!?だからって、ヒューマンアレルギー持ち特にウーマンはNOな俺はそんな理由なんて理解していても納得はしねえですぜ王様!」

「ちょっと何言ってるかわからないし、落ち着いてくれないか……?」


 レインの悲痛な慟哭に、王という立場でありながら律儀に返答してくるのが健気で憐れみを誘う。優しいのか天然なのかどちらでも構わないが、ヒューマンアレルギーという、人が多い場所に行くと発作を起こし精神に異常を来す重病を患うレインにしてみれば、何がどうあれ、四桁に届き得る人数を収容するこの玉座の間は、生き地獄も良いところだった。


 ーー冗談はともかく。


 レインが今ここに居るのは、ラグーン王が言った通り、レインが品評会に持ち込んだ鉄剣は、品評会前の審査では採点基準の低さから(素材、見栄え、武器としての機能)だいぶ渋られたのだが、レインの師が高名な鍛冶師の親父だと解ると直ぐに品評会に出されることが決定したのだ。結果、レインの技術力と機能を優先した造り、素材からは考えられない超強度を高く評価され、更に親父の後ろ盾もあってレインは何と最高得点を記録することになったのだ。


「そして、興味を持った王様に呼び出されて今に至る……と」


 喚き立てたことを詫び、レインは跪いたままラグーン王の有難いお言葉を頂戴している中、小さく口に出して現在の自分の状況を再確認する。


「何か言ったか?」

「いえ、何でも。……え〜、ところで王様、此の度はお招き頂き誠に有難く存じます。が、何故私のような一鍛冶師に興味をお持ちになられたので?用が無いのであればさっさと返して頂けますと嬉しいのですが?」


 文法ぐちゃぐちゃの酷い敬語のような何かでレインはラグーン王の興味の理由を聞く。レインとしては実際この場から逃げたしたい気持ちだ。前世の17年間伊達に一生引きこもりなどやっていない。人間免疫などなきに等しいし、言った通り、頭のおかしい狂人(ははおや)のこともあって女性は特に駄目で、今でこそ親父や他の親しい隣人とは仲が良いが、女性で付き合いがあるのはメイソン(アンナに服を貸してくれたおばちゃん)のみである。


 そんなレインからして見れば此処は魔境か地獄かそんな所だ。千にも及ぶ人間の視線を集め、その頂点であるラグーン王と対面など最悪も良いところだ。


 考えても見て欲しい。


 もし今自分の周りに黒い台所のGが千匹いたら。もし今自分の周りに赤点のテストの答案が千枚あったら。……いや、どれだけテストを溜め込んだらそうなるんだという話だが、レインにとっては人、特に見知らぬ人が千近くいるというのはそういうことなのである。



 とは言え、そんな事情など周囲の人間には預かり知らぬこと。王の横に控える宰相は、レインがラグーン王に無礼な口を聞いているだけにしか見えないらしい。事実レインはこの人外魔境ならぬ人間魔境に呼び出された意趣返しのつもりでワザと軽薄な態度をとっているのだが。


「貴様何のつもりだ!王の御前だぞ!無礼も大概にしておけ!」


 だから当然こうなる。


(これぞテンプレートなり。意趣返しのつもりが大事になりそうだ)


 冷めた目を絨毯の両側に向けると、槍を構えて走ってくるのが見える。玉座側に立っていた貴族は侮蔑の目を向け、踏ん反り返ってぐちぐちと小声で何か言っているようだ。大方陰口だろうとレインは再度王に視線を向け、


「おい、何をするつもりだ。無礼な口を利くなと言われただろう(小声)」


 途中で髭面が小声で話しかけてきてビクッと仰け反った。


「親父、勝手に呼んどいて彼奴ら俺を捉える気だぜ(小声)」

「当たり前だ。何も言われん内からあんなふざけたことを言ってりゃそうもなるわ(小声)」


 そうだったろうか?とレインは黙考する。此処にきてからの記憶を片っ端から探りーー


「あれ?何で俺あんな口利いたんだっけ?」


 特に理由が思い付かなかったらしい。どうにも人に会うと皮肉を言いたくなるな、とレインは苦笑する。


「何を笑っている!」


 やっとでレインの元まで来た兵士にレインは取り押さえられ、手首に冷たい金属の輪っかーー手錠を嵌められた。今時見ぬ傍若無人っぷりだ。一度の無礼くらいは警告でもして見逃してくれれば良いのに、どうして異世界の王の側近だったりというのはこうも短気で考え無しなのだろうか。


 七歳の子供、しかも客人であるレインにまともな礼儀など期待してもいないだろうというレインの憶測は外れ、超展開ーー牢屋に取り敢えずブチ込まれることになった。



「ーーってちょっと待て!」


 レインの二度目の叫びも虚しく。親父も「またやりやがった」と言わんばかりに、兵士を止めてくれることもなく。



 ーー牢屋ーー


「超展開も良い所だ。まさか、ちょっと皮肉っただけでこれとは……。もっとこう……さ?『ふはははは、子供のくせして良い度胸だ!』的な展開まであってこそのテンプレートだろうに。テンプレが何だ畜生め、テンプラ(・・・・)の素晴らしさをちったぁ見習え」


 光が殆ど差さず、薄暗い地下牢の檻の中で訳の分からない妄言を吐いている小さな影があった。


 勿論レインである。


 レインは不敬罪で牢屋に連れて来られ、先程看守に檻の中に入れられたばかりなのだが、早くもこの辛気臭い空間に嫌気が刺していた。何故なら、


「おい何だ爺さん。いくら俺がナイスガイだからってそんなにジロジロ見るのはマナー違反だぜ?」


 白衣を着込み、禿頭で長い髭を持つ老人が、強い光を放つ落ち窪んだ目をレインにずっと向けているのが気になって仕方がないのだ。


 如何にも研究者っぽい格好をしているこの老人だが、「ヤバそうな」という枕詞が必須になる。彼の瞳が放つ光はレインの軽薄な態度の裏にある不快感を見透かすかのようにギラリと妖しく輝き、その視線から逃れるようにレインは身じろぎするがいかんせんそう上手くはいかない。


 実は現在レインは牢の格子にもたれるような体制になっているのだが、これには訳がある。この牢は床以外全て鉄格子になっており、囚人は全員腕を上げさせられ、格子に手錠で括り付けられるのだ。そして、レインはこの白衣の老人と向かい合わせになっているので、彼の視線から逃れることは不可能なのである。


 牢は狭く、便所の個室二つ分くらいと言えば大体解るだろうか。そんな空間に閉じ込められて妖しげな老人と二人きりなど、さっきの方が絶対にマシだ。


「ーーって声を大にして堂々と言えないんだから、俺のヒューマンアレルギーも極まってんな……」


 レインは向かいの老人と会話するのを諦め、がっくりと項垂れて自嘲する。まさか、人間らしからぬ異彩を放つ老人なら特に問題は無いということに。「何とも惨めなもんだ」とレインがぶつぶつ言っていると、甲高く、聞き難く、それでいてかつて聞いたことがあるような奇声が目の前正面、白衣の老人の乾いた唇から迸った。


「ああぁアアアぁァアアアッ!!」

「ーーッ!?」


 何とも既視感有り余る不愉快な雄叫び。そう、レインの前世の実の母が、幼い我が子に手掛けようとした際に発せられたものと全く同じものだったのだ。思わず顔をしかめて二の腕を両の耳に押し当ててしまうのも無理はない。


 そんなレインの姿など気にも止めず、白衣の老人(狂人)は喚き続ける。


(畜舎が。この気持ちの悪い喚き声を聞くだけでこのクソジジイを殺してやりたくなる……!)


 白衣の老人の金切声は耳を塞いでも突き抜けるようにレインの鼓膜を叩き、その刺激を受けたレインの脳は深く、心の奥にあった嫌な記憶をいくつも呼び起こしてきた。


『ママがボクの首を絞めている』


『怖い』


『目を真っ赤にしたママが唾を飛ばして叫んでいる』



「ーー黙れ」



『ボクは苦しい』


『爪が喉に刺さって痛い』


「黙れ」


『「早く、早く、早く早く早く早く早く早く早く早くはやくはやくハヤクコロサナキャアァアアアッ⁉︎」』



「ーーッ!黙れ、クソがぁあああアアアッ!!」


 ピタリと、静寂が空間を支配した。荒い息を吐きながらレインは怒り、殺意、侮蔑、その他負の感情をたっぷり宿した澱んだ瞳を老人に向ける。老人は上を向いて、顎が外れるのではないかというぐらいに口を開いたままの状態ーー叫んでいた時と同じ状態のまま声だけを止めていた。


「ハァ、ハァ、ハッ……あ…………悪い」


 レインはドクッドクッと音を立てる鼓動を抑えるように数度深呼吸し、未だ狂気が感じられる体制で固まっている老人に一言、感情の籠らない声で詫びを入れた。


 その後二人ともパタリと音を立てずにしばらく時を過ごし、レインは一晩明けた後にこの牢を連れ出された。


 再び玉座の間に招き入れられたレインは、短気な判断に関し謝罪され、あの牢にいた白衣の老人が所属する組織‘‘魔術研究会,,という狂気の組織についての注意と、レインの不躾な態度を改めるようにと警告され、その場を去ることになった。


 どうやらあの老人は魔術研究に人体の使用許可を求めて却下され、それでも魔術研究を諦めず、民間の少女の四肢を削ぎ落とし、皮を剥いで内臓を抉りーーと、スプラッタな光景を披露したことで罪に問われ、あの牢獄に入れられたらしい。


 何はともあれ、レインはこの時再びあの沸々と煮えるような復讐心に火を付けられ、狂った母親に復讐しなかったことを悔やむことになった。



  ◆◆◆◆◆



「ーースタ……マ……ター」

「んあぁ?」

「マスター、起きて」


 アンナに揺さぶられてレインは意識を戻す。昔のことを思い出しているうちにぼーっとしてしまっていたらしい。


「おはようございます」

「……?おはよう?」

「マスター、ずっと寝てたの。だから、おはようございます」

「あ、ああ。おはよう」


 訂正。どうやら、昔のことを思い出しているうちに寝てしまっていたらしい。どうにも、考え事をしていると寝てしまう癖があるなとレインは苦笑し、アンナに挨拶を返した。


(しかし、おはようって時間か……?)


 はて、と首を傾げて、どれくらい来たのだろうと、レインは身を捻って窓の外を眺めやる。既に空は赤く染まり、日没まであと僅かといったところか。目の前に見える森も、斜陽に照らされ、幻想的な風景を描き出している。


「ーーって、目的地ここじゃねえか!」


 レインはすぐさま立ち上がり、ゲイポーに止まるよう合図する。それを聞き入れたゲイポーは森の端まで引いて行って足を止め、魔導具の車輪は重さを感じさせずにピタリと停止した。


「ーー完全に止まるまで、座ったままでお待ち下さーい」

「……?」


 レインがジェットコースター停止の合図の真似をしてそう言うと、アンナに怪訝そうな顔をされる。魔導具の性能は良好で、急ブレーキのような反動も全くなく、慣性の法則を完全に無視した停止を行なった為、『完全に止まるまで』と言われても、「何言ってんだこいつ」となるのも仕方あるまい。


 日本のネタが通用しない異世界に嘆きつつ、「なんでもない」と手をひらひらさせながら、レインは布で包んだ斧を両手で持ち上げる。


「……ぐ………さ、流石に重い……」


 例の“拳王”の強化魔法が使えれば良いなぁと思う今日この頃。チート能力など未だ発現せず、精々幼少から鍛冶を教わってきたお陰で手先が器用なことだけが取り柄のレインの両手に、質量にして約30キログラム、大体、アンナ一人分位の重量が掛かる。


 レインは14歳にしては大柄だが、刃物を振り回すのを諦めて久しい。握力はそれなりにあるが、腕力は平均かそれ以下。もし親父と腕相撲でもしたら、レインの腕はあらぬ方向を向くことになる。


 足を踏ん張って、呻きながらなんとか斧を肩に担ぎ上げ、タオルや、休憩の時にでもと思って持ってきた菓子と水、応急手当てのキット等が入ったリュックを手に掴む。腰のベルトには、一応鉈を下げ、申し訳程度にナイフを数本同じ所に差し込む。


「マスター、何か持った方が良い?」


 レインと同じく鉈とナイフを腰に差し、リュックを背負ったアンナが、更に切った木材運搬用の一輪車やらノコギリやら色々と運び出そうとしているレインを見て心配そうに声をかける。リュックとナイフ、鉈以外は取り敢えず一輪車にぶち込んだが、それを降ろすこともできない。


「ああ、悪いな。持つものは特にないけど、そこの板を出入り口に掛けてくれると助かる」

「わかった」


 作業の手を止めずにレインが足元に寝かせて置いてあった鉄板を指差すと、アンナは素直に頷いて引きずり、戸を開けて外に出る。この鉄板は、タラップのような役割を果たすものなので、アンナは一旦車内に置き去りにした板を自分の足下まで引っ張って降ろした。


「センキュ」


 アンナが板を掛け終わったのを見てレインが一輪車を押し、即席のタラップを降りる。汗をタオルで拭いながら礼を言うと、アンナは疑問顔で首を傾げた。


「せんきゅって何?」

「あー、とある国の、ありがとうって意味の言葉だよ」

「そうなの?」


 どうやら、日本人が日常会話でも使用する馴染みの深い単語も、異世界では通用しないらしい。


 実は、特に描写は無いのだが、この世界は、レインが元いた世界のどの国の言葉も使用されていない。生まれた当初、レインは言葉が全く分からず、日本語で親父に「メシよこせ」と訴えようとしたこともあった。声帯が発達していないので無理だったが。


 しっかり発音できたとしても、この世界では例に漏れず日本語では会話が成り立たない。仕方なく、レインは一から言語を覚え直すことにしたのだ。


 とは言え、異世界モノの定番のように、まだ幼いからと言って物覚えが良いと言うことは全くなく、「私の名前はレインです」という文章を読み上げるとしても、レインにとっては「うー、あー」という訳のわからない音の羅列でしかなかった。


 簡単に言うと、早口にドイツ語やらフランス語やらでまくし立てられたのと同じような気分になる。物覚えが良いどころか、むしろ前世の記憶がある分、幼い脳に知識を溜め込む空きはほぼなかったらしい。


 異世界行った他の人々は凄いものだ。大概レインと同じく元ニートだというのに、何をどうしたらそんなに努力する気になれるのだろうか。


 それはともかく、レインは3歳になっても「ぱーぱ」位しか言えなかった。


 それを思えば、今はなんと素晴らしきかな。饒舌に毒も吐けるし、次長老として集会でもペラペラと高速で舌が回り、前世よりも喋るのが得意になった気がする。レインは無性に自分を褒めたくなった。


「マスターって意外と物知りなの?」

「物知り、ねぇ。なんで?」

「いろんな言葉知ってるし、魔法とかにも詳しいし」


 いろんな言葉を知っているのは、ただ異世界の言葉を適当に喋れるからだ。「はい」と「イエス」と「ウィ」と「ヤー」くらいは言える。全部肯定を表す言葉だ。


 魔法について詳しいのは、お年頃だからだろう。魔法を使うことはできないが、使いたいなぁという欲求の表れである。


 生きている年月は前世も合わせて31年だが、17歳で異世界に転生し、そのまま全く知らない文化で育っている為、精神年齢肉体年齢共に14歳で間違いは無いだろう。


 言いたいのは、あれだ。レイン君は厨二がちょっと入っていた時期があったのだ。実際に魔法がある世界なので、心の奥から精神を蝕んでくる黒歴史とならなかったのがせめてもの救いかもしれない。


 愛らしい美少女に羨望の視線を向けられるのは悪い気はしないが、思い返せば少々恥ずかしくはある。


 現役厨二の皆さん。近い未来、必ずや心に深い傷を負うでしょう……それを回避するには、今のうちに厨二魂を迸らせるのを抑える、もしくは、レインのように異世界に来れることを祈るのです。さすればあなたの未来は安泰でしょう……。


 ーーそれはともかく。


「おいコラ、意外ってどういうことだ!」


 アンナは、あ、と口元を両手で抑えてしまったという表情をするが、今更だった。



 ◆◆◆◆◆



 ドゴッという鈍い音と共に、森に鬱蒼と茂る木のうちの一本の根元に、巨大な斧が叩きつけられる。大地に張り巡らされた根は、衝撃で抉れ、木の幹は、斧に一撃されたところから8~9割は割られており、恐らくあと一、二撃されれば、長い年月をかけて成長した上部諸共大地に落ちて来ることになるだろう。


 そんな木に斧を振り下ろす少年ーーレインは、木を切り落とす寸前で一度手を止めた。理由は単純。そのままこの木が倒れれば、反対側にいるアンナに被害が及ぶ可能性があるからだ。注意すれば良いのだが、これで十本目になる木を切り落とし、疲労困憊のレインはその気力も無い。


 木に立て掛けたリュックの中に入れた水筒を口元まで持ってきて傾けるが、既に一滴も水が入っていないらしく、渇いた唇には金属の冷たい感触が広がるだけだった。


 レインは仕方なく斧を地面に突き立て額の汗を袖の端で拭うと、一番近くにあった切り株(レインの斧撃によって出来たもの)に腰掛け、細めの木に鉈を振り下ろすアンナを見やる。何やら小さなパーツを作っており、それを組み立てているようだ。


「それ、なんだ?」

「えっと、そろそろご飯の時間かなって思ったの。今作ってるのは、ちょうりだい?っていうものなの」

「ちょうりだい……?ああ、調理台ね。って、え?アンナ、お前調理台作ってるのか?」

「うん。料理はマスターがやってるのを見て覚えたから、そのときに調理台も見てたの」

「へ、へ〜」


 アンナの手元にあるのは、確かにレインの家にあった調理台と酷使しているものだ。一回り小さい気もするが、見ただけで作れる代物では無いはずである。とは言え、左右対象では無いし、表面もボコボコしていて、挙句ささくれ立っている。木の節の向きも統一性がなく、直ぐに壊れてしまうだろう。


 その旨を指摘すると、アンナは「?」と首を傾げる。なんでボコボコしてたらいけなくて、ささくれ立っていてもダメで、木の節目にも気を配らなければいけないかが分からないのだろう。


「簡単な話、こんなにボコボコしてたら上手く材料を切れないし、ささくれが手に刺さったら痛いだろう?それを無くすには鑢で削るのが良いんだが……まあ、そんなの持って来てないしなぁ」

「じゃあ、木の節目は?」

「それは、耐久性の問題だ。長方形の長い辺に垂直に節があると、中心に圧力がかかると折れやすいんだ」

「ふぅん」

「本当に分かってんのか……?」


 気の無い返事をするアンナにジト目を向けるが、真正面から受け止められてなんとなくレインは気まずくなった。


「ま、まあ取り敢えず、ちょっとそれ貸してみろ。パーツをはめただけなら……」

「?何するの?」


 アンナがレインに作りかけの調理台を差し出しながら尋ねると、レインは鋸やナイフを取り上げながら、何処か楽しそうに答えた。


「聞いて驚け。なんと、世界最高の鍛冶師であるアルフレッド(親父)の息子にして最弱年で王都の品評会で功績を認められたこの俺がッ!この調理台を仕上げてくれよう……」


 テンション上がって厨二入ってますがご了承あれ。世界最高の鍛冶師の息子にして最弱年で王都の品評会で功績を認められたレイン君はお年頃なのです。鋸なんか振り上げちゃってテンションAGEAGEですが、何らおかしいことはありません。


 例えデフォルトが無表情のアンナが「へ、へ〜」と微妙な返事をしながらドン引きしていたとしても。


「HAHAHA!」とレインの高笑いが虚しく森に響いていたとしても!


「……すいませんでした」

「……うん……」


 今更自分のテンションが高いことに気付いたレインが謝罪の言葉を口にしたにも関わらず、微妙な空気が流れていたとしても!!


 それは何らおかしいことはありません。ありませんと言ったらありません。


「ごほんッ。えー、とにかく、私ことレインがこの調理台を改良させて頂きます宜しくお願い致します優しい目で見守って頂けると幸いです」

「ま、マスター落ち着いてなの。大丈夫。大丈夫ですよ〜」


 レインが落ち込みアンナが慰めるという珍しい光景がとある未開の森で構成されるが、熱き魂を迸らせてしまったことにシュンとしながらもレインの手は常に動き続けている。


 自他共に鍛冶師として実力があると認められているレインだが、どうやらそれは全くの真実どころか、噂以上のものの様だ。鑢は無くとも前程からレインは鑢をかける必要性を残さない。アンナの作ったでこぼこの調理台の表面を薄くナイフで削っただけで、その表面を撫でればツルツルした感触が返ってくる。木の節目はパーツの向きを変えただけだが、それも全て売り物の様に綺麗に整えられている。


 とてもナイフ一本でできるものではない。


 レイン自身本職は鍛冶師で、金属や鉱石を相手にする仕事なのだが、元々の手先の器用さと精密な鍛冶で培われた経験によって、ちょっとした木工くらいはできた。ちょっとしたと言って良いのか自信はないが。


「ほい、できたぞ」

「おー、マスターすごいの」


 ものの数分で出来上がった調理台をアンナの前に置いてやると、感嘆の声をもらす。


「じゃあ、これを使って今日のばんごはんを作るの」

「……は?」


 ーーその後に続く言葉はレインの想像の範囲外だったが。


「いや、待て待て。お前料理なんかできないだろ」


 疑問形でないのは、それは確信であったからだ。アンナは20分もかけて洗った食器に、まだ汚れをべっとりと残したままで任務完了と言わんばかりに清々しい顔をしていた実績がある。それに、


「マスターがやってるのを見て覚えた」


 先程もそう言っていたが、レインがアンナの前で作って見せたのは目玉焼きである。確かにアンナの学習能力は目を見張るものがあるが、だからと言って卵もない、フライパンもないこの状況で一体どうやって目玉焼きを作ろうというのか。


 そう聞いてみると、目玉焼きを作るわけではない、と首を振って答えた。


「お昼の串焼き……みたいなもの」

「ああ、なるほど」


 アンナは、レインが目玉焼きを焼いているのを見て、火で食べ物を焼いて食べるということを学んだと言っているようだ。そして、その調理法でできるのは、先ほど食べた串焼きということらしい。


 心なしドヤ顔のアンナの返答にレインは納得がいったと深く頷いた。何故アンナがナイフで木を細く削っているのかずっと不思議に思っていたのだ。


「ーーしかし、暗くなったな……。今から帰ると徹夜で鳩車を走らせることになるし、今夜は野宿だな」

「………え」


 ふと空を見上げたレインの瞳には、薄ぼんやりと青白く光る満月と、それに掛かる雲が映っていた。大樹の葉の陰から見上げる光景は中々幻想的で、心に迫るものがある。


 レインが染み染みと空を見上げて感じ入っていると、しゃがみ込んで串に突き刺した肉を焚き火かざして炙っていたアンナもレインの視線を追うように上を見上げ……レインが発した言葉にビクッと反応した。


「イマ、ノジュクトイイマシタカ?」

「何だ急に変な口調になって……ああそうだよ。寒いけど仕方ない。焚き火を消さなければどうにかなるとは思うが」

「うそ……まさか、ホームレッサーになる日がこうも早く来るなんて……」


 ーーホームレッサー。それは、アンナが披露した謎の造語である(『6. 家事と鍛冶』参照)。ニュアンスとホームレッサーの原型であるホームレスから何と無く意味が分かる気がするが、深く考えてみると全くもって意味が分からない単語だ。


 ホームレスは、ホームレス。「家を失う」に「者」が付いたからといって、それがホームレッサーになる訳ではない筈だ(もしかしたら、本当にホームレッサーと言うのかもしれません。御了承ください)。ホームレスで「家を失った人」のことを表すのだから。


 レインは、はぁ、と深く溜息を吐いて、愕然としているアンナの額をコツンと軽く小突く。


「あぅ!?」

「阿保なこと言ってないで、早く飯食え。飯食い終わったらテント建てるんだから」


 可愛らしく悲鳴を上げて両手で頭を押さえるアンナにグッと来つつも、素気無い言葉を返して薪に刺さっていた串焼きを一本掴み、アンナの隣にどっかりと胡座をかく。


「……そういや、これ何の肉なんだ?」


 おばさんから頂いた風呂敷には肉など入っていなかった筈。にも関わらず、今レインは上手に焼けた串焼きを手にして座っている。ものは試しと、レインは一口串焼きを頬張るが……


「!?何だこれ!筋張ってて噛みきれないし、変な味がするぞ」


 ゲテモノも良いところだった。


 本当に、一体何の肉なのだろう。少なくとも、鶏肉ではない。


「その辺に倒れてた黒い犬みたいなやつ」

「え!?そんなもん食ってんの、俺!?」


 アンナが指差したのは、レインが三本目に切り倒した切り株の影の辺り。そこには、ベットリと血が溢れている。恐らく、アンナが言っている「犬みたいなやつ」は、そこで血まみれになって倒れていたのだろう。


 それには「うわ〜、すっげえ血塗れ」くらいしか感慨を覚えなかったが、レインはこの肉の不味さに納得した。


 肉食獣の肉は筋張っていて不味いというのが定説だ。オーバーだが、靴底のゴムのような味がすると言う者もいるほど酷い。匂いも、「臭い」と訂正したくなるくらいには臭く、とても食用には向かないらしい。


 話は逸れるが、一体誰が靴底のゴムなど食べたのだろうか。「匂いで何と無く」と言う者がいるが、だとしても一体誰が靴底のゴムの匂いなど嗅ごうとしたのだろうか。


 思えばフグだったりキノコだったり、あれらの料理が食べられるようになるまで一体何人の犠牲を払っているのだろうか。何故そこまでして食べようとした、とレインは心底思う。フグ刺しは美味しいのでレインとしては感謝しかないのだが。


「というか、黒いーー犬、だと?」

「うん。大きくて、目がすっごい紅くて、あとは……犬っぽくない鳴き声なの」

「ーーシャアアアアッ!」

「そうそう、こんな感じ……ってーー」

「犬っぽいのか犬っぽくないのかはっきりしろ……ってーー」


「「ーーえ!?」」


 威嚇する蛇のような奇声が聞こえて来て、レインとアンナは同時にバッとその声が聞こえて来た方を振り向く。そこには、


「シャアアアアァァアッツ!」


 ーーギンッと紅い目を爛々と輝かせ、牙を剥いて涎を垂らし、木の陰からレインたちを睨みつけている黒い犬っぽいのか犬っぽくないのかはっきりしないやつーーもとい黒い狼の姿があった。







遅れたにも関わらず、読んでいただきありがとうございます。お久しぶりです。

次回はもっと早く投稿できるよう心掛けますのでどうぞよろしくお願いします。

次回皆様にお会いできると嬉しいです。


ーー評価、感想等下さると作者が非常に喜びます。


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