きゃは、あたしって天才!!
「――よっとぉ!」
「凄いです! 無事間に合い……」
「どうしたのルヴィ? 急に黙りこくって――」
――なんか大広間に出たのはいいけど、お偉いさんの目の前に出ちゃったみたい。
玉座っぽい所に座っている偉そうな女性に、歴戦の戦士を思わせるような筋骨隆々の壮年の男が一人。そしてその周りにはあたし達が突如現れた事により警戒を強める白のコートの護衛が何人も取り囲みにかかっている。
「……君は、入学志望者かね?」
重々しい雰囲気を纏わせながら、髭を生やした壮年男性が、これまた重圧のかかった声をこちらに向けてくる。
「それとも何かね? たまたま視察に来ていた魔導軍最高指揮官であるこの私、アレクサンドロ=ドゥルガーの首を狙いにでも来たのかね?」
あ、やっばい。これ選択肢ミスったら死ぬやつだわ。
「……に、入学希望で、おねしゃす」
あたしは静かに、声を震わせながらそう言った。ルヴィも私に続くように、身体を震わせ何度も何度も頷いている。
「……そうかね! ならば歓迎しよう! 今の【光速】だけでも見る限り、諸君等二人の実力は十二分、合格はほぼ確定だろうがな!」
組み込んだのは【光速】だけじゃないんだけどねー。
そんなあたしの考えなど分かるはずもなく、男はただ急に笑顔になってあたし達二人の入学テストを快く受け入れてくれた。
「改めて、私が今回の入学試験官であり特別顧問のアレクサンドロ=ドゥルガーだ。気軽にアレク先生とでも呼んでくれ」
もはや半分入学が確定しているような様子で、アレクサンドロはそう答える。
「あたし、東条薫といいます」
「ほう! トウジョー! ジパングの国から来たのかね?」
「えー、あー、まあ……」
知らねぇよそんな国。
「そしてそこの君は?」
「……私は、ルヴィ=ロッドと言います」
ルヴィの名字を聞くなり、アレクサンドロは眉をしかめる。
「……なるほど、七曜の魔法家か……しかし何故だ。それならばわざわざこんなことをせずに、直接一族の者が――」
「そこは、ワケありでーす☆」
「…………」
……あれ? 重い空気を解消しようと思って行ったんだけど、マズかった?
「……すいません今のは忘れて――」
「ワケありなら仕方がない」
「ですよねー」
ほんとに良いのか魔導軍最高司令官。
「……ご配慮いただき、ありがとうございます」
「いいんだ。それがここの校風――であっていますな学長殿?」
「うむ。魔導方程式を解く才がある者ならば、誰でも入学を許可する。それが七曜魔導学院創立以来受け継がれてきた意思だ」
なんだ、オバサンのくせに良いこと言うじゃん。
学長らしき人物の許可も得たところで、アレクからあたし達に対して試験内容が言い渡される。
「試験方法はいたって簡単。我々を納得させられる魔導方程式をこの場で組み立てて発表して貰えばいい。後は我々が合否を判断する」
「確かにシンプルだわ」
あたしは先ほど見た魔導書の呪文の中でどれにしようかと迷いながら、ルヴィの方を向く。
「……うーん」
ルヴィは口元に手を添えてよーく考えているけど、先にやっていいのかこれ?
「……じゃあ、あたしが先に――」
「待って。貴方の後だと私が合格できる可能性が明らかに下がるから」
「どうして?」
あたしはきょとんとしてしてルヴィを見つめ返すと、ルヴィはあたしを引っ張ってひそひそと話を始める。
「……貴方もしかして【雷光】=【絶撃】とか繰り出そうとしているのではないのでしょうね?」
「えっ、違うよ? 【幾何光景】――」
「それはもっとダメよ!」
あの参考書の隅にあったコラム欄に書かれている呪文のことを話した途端、ルヴィは真っ青になってあたしの意見を否定し始める。
「そんな誰も解いた事のない呪文を組み込むなんて、どうなるか――」
「なんで? そんなに凄いんだったらあの人達納得させられるんじゃないの?」
「第十三階層――最深層の呪文なんて使ったらこんなところにいられないわ! あの魔導軍の方達にどんな目のつけられ方をするか……」
ルヴィの震え様からして、相当ヤバいようだ。
「そうなの? じゃあもうちょっと控えめにして……第七階層ならセーフ?」
「……ギリギリ、ね」
ルヴィはあたしを説得し終えると、先に魔導方程式の発表にかかる。
「では私から行きます」
「うむ。楽しみだな」
ルヴィは精神を統一させ、空間を涼やかな空気へと変えていく。
「――【深霧】=【発散】」
「……ふむ、これは随分と」
「深い霧を発生しましたな」
ルヴィの周囲を起点として、どんどん霧が深くなっていく――
「……いかがでしょう? ここを起点にして更なる魔導方程式を――」
「いいや、十分だ。第五階層二つの組み合わせができている時点で、十分ここに通う資格がある」
霧の向こうから拍手が聞こえると、ルヴィは静かに方程式を解除した。
「ルヴィ=ロッド。君の入学を認めよう」
「っ、ありがとうございます!」
アレクの言葉にルヴィは深々と頭を下げ、そして入学できることの喜びを、涙を流してかみしめている。
「良かったー……薫さん! 私家に帰らなくて済みます!」
「良かったじゃん! じゃああたしもー」
あたしは堂々と広間の中心に立ち、そして高らかに右手を上に掲げる。
「……ん? 何をする気かね?」
「いやいやー、これ人に向けると危ないかなーと思って」
あたしはケラケラと笑いながらも、手のひらをひたすらに天に掲げ続ける。
「じゃあ行きますよー。――【電磁】」
魔導方程式において最初に決まるのは、性質。
あたしが呪文を唱えると同時にドンと地響きが起こり、手のひらがバチバチと帯電し始める。
辺りの空気が渦巻き始めると、あたしは恥ずかしながらに空いている左手でひらひらと舞うスカートを抑え始める。
この時点で目の前の試験官の驚く顔が見えるが、まだまだこれから。
三つ編みが強風になびく中、ある程度の電力を右手に感じたところであたしは具象の連結を行う。
「=【直行】!!」
瞬間――天へと上るかのように、光の柱が上へと立ち上る。
それは天井をやすやすと突き破り、そして外に見えるうっすらとした膜をも突き抜けて行く――
「――はい、終わりー」
右手を握ると同時に、天へと昇る光の柱は閉じられた。
「んんっ!? きみ、それは第七階層の――」
「そうですよー」
「しかも連結先が第五階層……これは……」
今まで仏頂面だった学長の表情が、明らかに変わっている。
「おおー、素晴らしい。ぜひとも軍に欲しい逸材だ」
「あたし戦いは嫌かなー」
「はっはっは! それだけの才能があるのにか!」
アレクは笑いながら学長の方を向き、そしてあたしへの合否判定を伝える。
「東条薫! 文句なしの入学だ!」
「やたっ!」
喜びのあまり、あたしはルヴィの元へ駆け寄って抱きつく。
「やったよルヴィ!」
「薫さん、おめでとう!」
あたしは喜びのあまりルヴィの身体を抱きしめていたが――いやいや待て待て!
あたし男だよね!?
「あっ――」
「? どうかされました?」
……改めて自分の両手を見るが、細くて色白の手だ。少なくとも男っぽいごつごつとした手では無い。
「……ならセーフ!」
「な、何がセーフなのですか?」
「ううん、なーんにも」
そもそも立つアレもないんだから、気づかれないっか!
「……自分で思って虚しさを感じてきた」