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緊急事態発生~!

 街へと歩きだせば、遠くでは賑わいの声が聞こえるが近くでは静まり返った空気しか流れていないという不思議な現象に出くわした。街の人々は細々と商いを行いつつ、軍の人に下手に目を付けられないことを気にかけているようだ。


「……よし、今のところは何もないな」

「なんで街の皆は黙りこくっているの?」

「ッ、少しは口を閉じて静かにしていろ!」


 ちぇー、守衛のおっちゃんに怒られた。

 それにしても本当に軍のトラックが来る前と後とで街の様子が百八十度違う訳なんだけど、気になるにゃー。

 ルヴィは言われた通りに辺りをきょろきょろと見まわしているが、表通りばかりを見回る守衛の人に対し、疑問を一つ投げかける。


「裏路地とかは見なくてもよろしかったのですか?」

「あー、いいんだよ別に。この街をわざわざ襲撃にかける輩なんざいないんだしよ」


 その割にはトラックが来る前にはいなかった軍の人達が、所々に配置されているのが気になるけどね。


「……むぅー」


 あたしはこっちに来てからの少ない知恵をフル回転させようとしたけど、その前の前提条件の不明な部分の多さに考えるのを一時中断することに。

 そしてその代わりに、この街で一回だけ商売を手伝ったことがあるフューリーにひそひそといくつか質問をしてみることにした。


「ねぇフューリー、前に一回だけここで商売したことあったんでしょ? その時に軍ってこんな感じだった?」

「え? いや、その時は別に……」

「その時の軍のお偉いさんを見たことはない? さっきのグラモリウスって人だった?」

「うーん……ちょっと待ってくれ」


 フューリーは何かを思い出そうと頭をひねり、自分の記憶をたどる。そしてしばらくすると思い出したのか、ハッとした表情であたしの方を見てこう言った。


「違う、今は確か三世だったが、俺が来たときは髭の生えた爺さんだった。確かその人もグラモリウスと名乗っていたから、多分今の所長の父親だったと思う」

「てことは、あの太った人になってからおかしくなったってことかにゃ?」

「多分な。どっちにしろ、軍は金喰い虫に違いはねぇだろ」

「……どんだけフューリーは軍に悪いイメージついちゃっているの」


 あたしはフューリーの異様な軍の嫌い方を不思議に思い、フューリーの住んでいた地域の軍の様子を聞いてみることにした。

 この時軽い気持ちで聞いたあたしだったけど、フューリーの口からはとんでもない言葉が連なって出てきた。


「あいつら、税金とか適当に言いやがって、毎月の俺達の食い分だった作物の半分を持っていきやがる。中にはもともとの収穫量が少ないからって八割とか九割、全部持っていかれる時もある。だから俺達は残った作物を分け合ったりして過ごしていた。そして肝心の野盗とかが来たときには一目散に軍の基地に引きこもりやがる。奴等はクズだ、銃を持っているから弱者の俺達を脅して、そして本当に強い奴からは逃げやがる……ここもあんまり変わらねぇかもな」

「け、結構大変だったんだね」

「大変で済む問題じゃねぇ。だからこそ俺は国家魔導師になって、俺の村から邪魔な軍を追い払うって決めてきたんだ」


 フューリーの言葉に込められた意志は、あたしみたいな外の人間には計り知れないほどに強かった。そして軍に対する悪態も、予想以上に深い因縁があったようだ。

 守衛のおっちゃんの耳にもフューリーの言葉は聞こえている筈だったけど、それに対して何も言わず、黙って見回りを続けているだけだった。

 ルヴィはあたしと同じで同情をするとともに、自分の置かれた身分と照らし合わせて思うところがあるみたいだった。


「……私は、そんな軍を少しでも正すためにこうして実地演習に赴いてきたんだ……」


 そして誰にも聞こえないように言ったつもりだったなんだろうけど、キリュウ先輩の呟きはあたしの耳に確かに届いていた。

 悔しさを交えた、悲痛の声が。

 表通りを歩きまわり、丁度駅周辺まで来たところで守衛のおっちゃんが後ろを振り向き、今日の見回りが終わったことを告げる。


「……よし、ここから先は別の部隊の見回り当番だ。一旦基地の門前にまで戻って、他の守衛と情報共有して今日は終わり――」

「じゃないんだなーこれが」


 声のする方を振り向いた瞬間、守衛のおっちゃんは力なくその場に倒れた。

 そして倒れた先には、一人の女性の姿があった。


「あらあら、振り向きざまに射撃してくると思って【鋼鉄アイアン】=【皮膚スキン】をかけておいたけど、無駄だったかしら?」

「だ、誰だ!?」


 キリュウ先輩が突然の襲撃者に対し迎撃の体制を瞬時に取る事で対応したが、相手の女の人はふふっと笑うだけで何の脅威にも感じていないようだ。


「あらあら、貴方は確か……確か最近《悪魔の右手デヴィルスアーム》の下っ端を片っ端から捕まえてまわる無粋な虫取り少女がいるって聞いていたけど、もしかしてそれかしら?」


 女の人の服装は軍服だった。そしてその左胸につけてあるシンボルは、黄金の右手に絡みつく蛇。


「一年生は下がっていろ! ここは私がくい止める!」

「泣かせてくれるじゃない? 後輩の為に命を張って散っていく先輩なんて、お姉さんそういうのに弱いのよ」

「黙れ、その身柄を拘束させてもらう! 【絹糸シルク】=【錬金マテリアライズ】=【ネット】!」


 キリュウ先輩は捕縛のための網を女の人の頭上に呼び出し、そのまま身柄を確保しようとしたが――


「フフ……【火炎バーニング】=【誘導ロード】」


 女性の指先によって炎は自在に操られ、絹糸の網は見事に焼きつくされてしまった。

 

「こんなオモチャみたいな魔導方程式で捕まっていたなんて、《悪魔の右手デヴィルスアーム》も随分と情けなくなってしまったわね」


 指先に点火された炎をフッと一息で吹き消し、《悪魔の右手デヴィルスアーム》の一員である女性は名乗りを挙げる。


「《悪魔の右手デヴィルスアーム》で一番の炎使いであるこのレール=ヴァリアスロードが、少しだけ遊んで・ア・ゲ・ル・♪」


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