異世界にあたし、推参!!
「――痛ッ!」
また腰を痛めてしまったんだが。異世界に飛ばすにしても、少しは丁重な運び方をしてほしいものだ。
「ここは……」
見慣れない裏通りだった。コンクリートの建物のはざまに落とされたせいか、昼間だというのに異様に薄暗い。
「……少なくとも、日本じゃないみたいね」
落ちた衝撃でずれた眼鏡を直しつつ、再びあたしはその場に立ちあがる。それにしても妙に肌寒い。主に下半身が。
「……めちゃくちゃスースーするんだけど」
元男だからスカートには慣れない……って――
「前世の記憶残ったまんまなんだけどあたし……」
…………。
「うっそぉ!? あたし今女だよね!?」
再確認――したいところだが、路地裏の奥が妙にうるさい。中には女の子の悲鳴っぽいのも聞こえるし。
「……とりあえず、いってみよう」
もしかしたら何かあるかもしれない。
◆ ◆ ◆
「はっ、はっ――」
暗い細道を、少女はひたすらに走る。
小川のようにサラサラとした長髪を揺らし、涼やかに澄み切った瞳の端には涙が溜まっている。口元は彼女の性格を表すかのように厳しく閉じられているが、どちらかというとこの状況に歯ぎしりしている様にも思える。
風光明媚という言葉が当てはまるくらいに素晴らしい容姿を持つ少女が、どうして裏路地を必死に走っているのか。
「待て! どこに行くつもりだ!」
「ちっ、加速の魔導方程式で足が速くなっているのか!」
答えは簡単。謎のスーツ姿の男によって追い回されているからだ。
少女が時々後ろを振り返って追っ手を確認する度に、そこにはスーツ姿の男三人がいる。
少女は更に加速して走り始めたところで、男の一人が謎の呪文を唱え始める。
「ならばこっちも――【風速】=【疾走】!!」
呪文を繋げる式でもって、男は倍以上の速度で少女の先回りを行う。
「くっ――」
「いい加減お戻りください。ルヴィお嬢様」
裏通りにて少女は見事に退路を断たれ、じわじわと追い詰められていく。
「今ならまだ母上のおしかりを受けるだけで済みます! 大人しく」
「嫌です! 私はあの忌々しき家には戻りたくありません!」
黒スーツの男からうやうやしくルヴィと呼ばれた少女は、はっきりとした拒否の意思を示している。
しかし少女の明確な拒絶を前にしても、男はなおそれで引き下がろうとせずに拳を構える。
「こうなったら仕方がな――」
「あー、これってきちゃマズい感じだった?」
飛んで火にいる夏の虫、火中の栗を拾いに行く。
そういった中、そんな感じであたしはたまたまその場に居合わせてしまっていた。
「……何だ貴様は」
「えーと……通りすがりの現役女子高生?」
「ふざけるな!!」
こちらを睨み殺さんという勢いで、黒スーツの男のうちの一人がこちらに向かって吠えてくる。
「貴様何故人通りの少ないわざわざ裏通りにいる!!」
「知らないわよ、あたしは勝手にここに飛ばされて来ただけだってのに」
そう言ってあたしは先ほどはたき忘れていたセーラー服をパタパタと叩いて、目の前で堂々とほこりを落とし始める。
「……お助け下さい!」
ルヴィと呼ばれる少女はそんなあたしの余裕のある姿を見て何を思ったのだろう。同じくらいの少女であるあたしを盾にするかのように、後ろに回り込んでしがみついてきた。
「助けてって言われても、武器とかなんかないの!?」
「武器ならこれしか――」
そう言って少女が渡してきたのは、《深層における魔導学》と書かれた難しそうな専門書だった。
「……なんじゃこりゃ」
分厚い本を前にして、あたしの感想はそれしか出てこない。
とりあえずあたしは前世から得意だった速読でパラパラと目を通してみるが、その間も相手は特に待ってくれるというわけでは無かった。
「馬鹿が! 今になって魔導方程式の参考書を読んで、どうにかなるとでも――」
「なるほど! よし分かった!」
あたしは少女に参考書を渡し返すと、さっき学んだばかりのことの実践学習に入る。
「この世界の人間には、《魔導器官》と呼ばれる特殊な内臓器官が備わっています。魔導器官というものは魔法を使える人間だけに備わっている特殊な内臓器官であり、大気中に漂うとされる魔法を唱える際に用いられる元素の様なもの――一般的には魔素と呼ばれるものを取り込んで溜め込む器官のことを指します。この魔素に対して魔導方程式を使うことで魔力として具象化、そして実際の魔法の発動へと変えていくのがこの世界における魔法発動までの一連の動作となります」
ここまでが復習。そして――
「ちなみに魔導方程式とは、【性質の度合い】=【具象化法】という形で、両辺をイコールで結ぶことにより魔法が発動する式となります。なるほどねぇ」
さて、例題を解いてみよう。
あたしは細い右腕を後ろに伸ばし、手のひらに力を込める。
「――【雷光】」
すると拳大の大きさの雷球がそこに発生、バチバチという音とともに電流を空気中に放出し始める。
そして――
「=【絶撃】!!」
右手を前に突き出すと同時に、空間に亀裂を入れるかのような稲妻が辺りを駆け巡った。
続いて轟音と共に、大電流が男達を襲う。
「ぐわぁああああああっ!?」
「ば、バカな!? あり得ん――」
一瞬の閃光が空間を支配した跡には、あたしと後ろの少女しかその場には立っていなかった。
「……案外簡単だね。えぇーと、今のが【雷光】=【絶撃】でいいのか」
あたしは今更ながら基本を覚えたような口調で、苦笑いしながら後ろを振り向いた。
しかし少女の反応は、あたしの想像していたものとは違っていた。
「……す、すごいですね……」
「そう? さっきの本、簡単に書かれていたから分かりやすかったけど? あれって基礎を固めるための専門書ってやつだよね?」
「ち、違いますけど……」
「へっ?」
あたしは間の抜けた声を返したが、少女はまるであたしを恐れるかのように真実を伝える。
「その、超応用の本です……しかも第八階層同士の呪文を繋げた時点で、普通の人間は魔素が空になるどころか、気を失って倒れるのですけど……」
「……マジで?」
あたしは素で驚くと共に、この世界における自分が貰った才能の恐ろしさを、肌で感じることとなった。




