表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/31

008

 道のりの半ばほどで追いはぎ達を殺戮した後、健脚なディアスは四日と言われた道のりを三日で踏破して”ラース”クレーモラの治める城市ボルクトの郊外にたどり着いた。徐々に辺りの草原が整備された畑と放牧地に変わり、長い毛をはやした毛竜と呼ばれる六メルク程度の四足歩行の竜とそれを誘導する牧童の姿がちらほらと見える。ボルクトに続く道でも農民や太い二本の足で軽快に歩く巴竜に竜車を引かせた商人達とすれ違うことも増えてきた。


 なだらかな丘を二つ越えると、ついにボルクトが見えた。高い石造りの城壁にかこまれ、何度か増築したのか全体的にみるといびつな台形をなしている。ここに来てディアスは、初めて大きな町をみて感嘆した。


「へぇ・・・・・・すごいもんだ。大した建築じゃないか」


 ここの文明は彼の居た地球と比べれば遅れこそしているものの、そこを侮っては痛い目を見るだろう。そう自戒しつつ、竜車の脇をすり抜け門をくぐる。肉厚の門はあまり歓迎されているとは思えないが、内部に住む者たちにとっては安心を生むことは想像できる。だが門を抜けた辺りで、彼にかけられる声があった。


「おい、そこの亜人。見ない顔だが主はだれだ?」


 若い門衛は傲慢な表情でそういうと刺又状の槍の穂先をちらつかせ、うすくせせら笑う。この時点でディアスの好感度は氷点下だ。彼は無表情に答え一歩進む。


「俺の主は、俺だ。傭兵に、なるために来た。問題が、あるか?」


 巨体でずいと詰め寄ると、気圧された様子で舌打ちする門衛。まずありえない事だが、この距離では術より槍の方が疾い。


「ちっ・・・町の中で問題を起こすなよ。てめぇら亜人はおとなしくしてろ」


 そう言い捨てると門衛はそそくさと奥に引っ込んでしまった。


「・・・・・・本当に町では獣人っていうだけで扱いが悪いな。この調子じゃ先が思いやられる」


 憮然とした表情のまま、ディアスは町の中に突き進む。ともかくも傭兵組合の建物を見つけなければ、話が始まらない。石造りの建物が立ち並ぶ、強いて言うならばヨーロッパの大昔の都市を思わせる町並みを楽しむこともなく、彼は雑踏の中に消えていった。




 昼過ぎにはボルクトに入ったというのに、傭兵組合の建物を見つけたころには日が沈みかけていた。とにもかくにも、町民の対応が悪かった。声をかけただけで追い払われるなど当然の事で、途中で見つけた宿では亜人は泊められないと追い出された。そこかしこで鉄の首輪や足輪をつけられた獣人の奴隷が使われている事もあって、ディアスは逆上寸前の状態で―ありていに言えば”キレかけ”でなんとか傭兵組合にたどり着いた。


「はぁ・・・・・・入る前から、気が滅入る。今度は、どんな扱いを、うけるんだ?」


 一際分厚そうな四角い石組みの建物、その角笛と槍が組み合わさった紋章が掲げられた頑丈そうな扉のしたで、ひとつため息を吐いてぼやくとそっと扉を開ける。


「失礼する。傭兵になるために、来たのだが」


 そう言いながら中の様子をあらためると、そこは古い食堂の様なつくりである。そこかしこに体格の良い男達が腰掛け、木のジョッキで麦酒コリンガをあおっている。奥に目をやるとカウンター状になっており、強面の男がそこに座っていた。そうして、その二十を超える目がいっせいに彼を不躾に眺めた。

 好奇、侮蔑、興味、そして畏怖。その多様な、殆どは歓迎出来ない視線の中をずかずかと歩き、カウンターに向かい、強面の男に話しかける。


「ここで、傭兵になれると聞いた。どうすればなれる?」


 そういうと、男はしかめ面にふさわしいバリトンでぼそりといった。


「奴隷逃れにしては使えそうな面構えだな。何もする必要は無いぞ。名前を聞いて、金をもらって、ホルムを作ってやる。それだけだ。クレーモラ銀貨八枚だ」


 銀貨八枚は、家族で二ヶ月は暮らせる額だ。報酬兼餞別として三枚をニカル村の長老から受け取っており、一枚と銅貨少しを追いはぎから頂戴してはいたが、とうてい足りない。


「金が足りない、場合は、どこかで、稼いで来いということか?」


 そういうと後ろから、冷やかすような笑いが飛ぶ。務めて無視を決め込み、男と対面していると、しぶしぶ口をひらいた。


「まぁそうだが・・・・・・見習いとして仕事をやってもらうことも出来るぜ。今、ラース様から大口の仕事が入っていてな。てめぇが自信があるってんなら、参加させてやる。どうだ?」


 ディアスは参加すること自体は即座に決めていた。どうせ獣人が稼げる他の仕事など、無いかあってもろくな事が無いからだ。だが聞くべきことは聞かなければならない。


「内容は?それも聞かずに、戦場に、出るのも、阿呆のすることだろう」


 そういうと男は初めて表情を変えた。


「ほう。馬鹿じゃねぇってことだな、いいぞ。北の村がひとつ、大刃ヒヒに潰されちまったらしくてな。南下してくるとあっちゃラース様も放っては置けねぇ。そいつを狩る為に戦士団を出すらしいんだが、そこに加われって仕事だ。

どうだ、腰が引けたか?」


「まず、大刃ヒヒが、どんなやつか、知らない。ビビりようが、ないな」


 また背後から、嘲笑が聞こえた。だがここに来て一月も経っていないのだ。どうしようもない。


「大刃ヒヒもしらねぇのか?今まで何処で暮らしてたんだよ・・・・・・まあいい、奴は十メルク(五m)を超える馬鹿でかいサルのような魔獣だ。全身からでけぇ剣みたいな棘が生えてて、その体で暴れまわるんだ。性格も凶暴で怒らせると手がつけられん」


「弱点は?」


「そんなもんがあったら苦労しねぇさ。火に弱いって話もあるが、実際の所毒矢で弱らせてフクロにするしか手がねぇ。奴隷共があわれだな」


 そういうと男はちらりとディアスの表情を伺ったが、そこには何の変化も無かった。


「そうか。ありがとう。参加させてもらう」


 今度は口笛と、馬鹿笑いが聞こえる。


「ほう。肝が据わってやがる。じゃあ名前だけ聞いておこうか。ホルムはお前が死んで帰ってこなかったら無駄になるから、まだ作らせんぞ」


「ディアスだ」


「ディアスね。名前負けしない男だってことを祈るぜ。じゃあ明後日の朝の鐘の時間に、ここに来てくれや」


「わかった。感謝する」


 そう言って話し終わると、くるりと戸口と男達の方に向き直るディアス。男達の反応は3種類だ。先ほどからの挑発行為にたいする彼の殺気に気づき、緊張しているもの。大刃ヒヒの情報を聞いて即決したことに、好奇の視線を向けるもの。そして、態度の大きい獣人に対して憎憎しげにしているものだ。


 すべてを無視し、ディアスは戸口に向かう。するとその目の前に、どっかと足が突き出される。


「おい、獣野郎。金も満足に稼げないくせに態度だけはでけぇじゃねぇか、あぁ?大人しく尻尾巻いて帰って、主人でも探してろや」


 声の主は、集団の中心の一人と思われる痩せぎすの男だ。一般人が見れば道を譲りそうな凶相に、珍しい事に剣を下げている。剣は槍や斧と比べて使われる金属の量が多いため、この辺りでは貴重品に属する。それを持っていることからも、それなりに腕が立つのだろう。だが。


 風を切る鈍い音がしたと思った瞬間、男の顎下には手品の様にぴたりと槍がすえられていた。男の手は剣に延びていたが道半ばでとまっている。


「新人らしく、大人しく・・・・・・俺ができるように、協力頼むよ、セ・ン・パ・イ」


「くっ・・・・・・か・・・・・・」


 ほんの少し槍の柄を押し出せば、辺りは血の海になるだろう。それが分かっているのだろう、男も流石に動けない。

誰もが緊張して見守る中、ディアスは槍を翻すと――何事も無かったかの様に組合の建物を出て行った。


「おい、獣野郎ってのは俺達に対する侮辱だぜ?喧嘩売ってんのか、あ?」

 まさに熊と見まがわんばかりの大柄な獣人がそう凄むと、恥を掻かされた直後の凶相の男はいきりたつ。

「獣は獣だろうがよぉ!てめぇもデカイだけの獣だ!人間様に歯向かおうってのか」


後にした建物内で”槍と角笛”組合内では近年稀に見る大喧嘩が勃発しようとしていたが、それはディアスのあずかり知る所では無かった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ