007
ニカル村を出立したディアスは、一路東の街ボルクトに向かう旅路の空の下にいた。北側にまばらな林を眺めつつ、踏み固められた道を歩む。
徴兵吏と出会わぬよう神経を張りつつ一人急ぐ彼は、昼は林際のいつでも隠れられる場所を、夜は林の中で火も灯さずに寝ている。傭兵の証であるホルムを持たずに一人旅をしている獣人など、出会って調べられたら即座に徴用されることは明らかだからだ。
そうして二日目の太陽が水平線に隠れようとしている時、彼は自分の後を追うように移動する複数の気配に気がついた。ざわりと首筋を騒がせる敵意と、欲望にぎらついた視線をまるですぐそこに居るかの様に感じる。
「・・・・・・賊か?」
マティアスやターヴィから、山野には少なくない数の賊徒が出没することは聞いていた。兵役が終わった後に戻った村になじめなかったものや、戦場での略奪の味を覚えてしまったもの。税に耐え切れず村々から出奔したもの。そういった者達の中で魔獣がうろつく土地で何とか生きられる力を持っている者たちが追いはぎや山賊と言われる集団を形成しているのだ。
(槍の使い勝手も確かめるついでに、奴らの数を減らしておくか)
二日の距離にニカル村があるここで狙ってきたとあれば、近くに拠点があるのだろう。乗用に適した二足歩行の小型竜、巴竜に乗っている様子は無く強行軍で引き離すことは簡単だが、放置しておいてマティアス達に万が一のことがあっては悔やんでも悔やまれない。そう考えるとディアスはいかにも今日の野宿場所を探しているという風にぶらぶらと歩き始めた。
夜半。木の根元に腰をかけ、槍を抱くように顔を伏せているディアスに近づく影があった。その数は十人。
手に手に松明を持ち、斧や手槍を持ってじわじわと包囲しようとしている。
「こいつ、えらく歩くの早かったな。俺ぁ疲れちまったよ」
「だまれ、起きちまうだろうが。せっかく無防備に寝てるんだからよ」
そう小声で話しながら、木とディアスを半包囲する男達。
包み込む様に斧や槍が向けられると、頭目格と思われる体格のいい男が胴間声を発した。
「起きな、にいちゃん!命が惜しけ」
その瞬間、ディアスの姿が掻き消えた。少なくとも、賊達の視界からは消えたように見えた。
「・・・・・・え?」
ぽーんと、球状のものが宙を舞い、誰かの発した間の抜けた声だけが小さく響く。
凍った時間のなかで、どさりと何かが地面に落ちる。それは、泣き別れた頭目の頭部だ。口をあけたままの表情で転がったそれは、ひどく間抜けに見えた。
頭目の前に飛び出し瞬きの間に首を刎ねたディアスは槍を引き戻すと、殆ど血に濡れていない穂先を見ながら感嘆した様に口を開いた。
「さすが、いい仕事を、してる。マティアスと、ロッツさんには、感謝しないと、な」
その言葉に、ようやく男達は動き始めた。鮮血を噴きながらどさりと頭目の体が倒れこみ小便と血の匂いが立ち込める中、口々に怒号を発してディアスに飛び掛かる者。手の中に炎を生み出すと、ディアスに投げつける者。
「こ、この獣野郎がぁああ!!」
左右から同時に槍が突き出され、正面からは振り上げられた長柄斧と火炎弾が襲う。偶然か、予想外に錬度が高かったのか・・・・・・。
それは、永遠に分からないままだろう。
「ハッ」
苛烈な笑みを浮かべ、斜め前方の僅かな空間に体を投げ出すディアス。踊る様に上体を翻すや槍を一閃。薙ぎ払われた穂先は正確に右側の男の首筋を切り裂き、遠心力のままに旋回した槍は正面の火炎弾を撃墜する。そしてとんと地面に足先が触れるや、もはや誰も居ない場所に斧を振り切った男に跳躍する。
「ひっ」
居竦んだ男の眼窩に槍を貫き通す。それを瞬時に引き抜き、あわてて手元に槍を戻そうとしている左側の男の喉仏を石突で砕いた。ぐしゃりと肉がつぶれる感触が、ディアスの手に伝わる。
「こ・・・こいつ・・・やばいぞ」
槍を引き戻し、余裕の証かくるくると手元で回すディアスに、残った男達はようやく相手が獲物ではなく、獅子であったことに気づき―だが、時すでに遅かった。些細な数の有利など簡単に食い破るほどの獰猛な獣の尾を思い切り踏みつけた彼らに待っているのは、死のみである。
「来い。相手を、してやる」
「ず、ずらかれ!!」
ぴたりと構えを取ったディアスに背を向けて一目散に来た方角に逃げる男達。だが獰猛な笑みすら浮かべたディアスは、それに倍する速度で地面を蹴り上げた。
この後は、ただの虐殺であった。逃げる男達の急所を的確に切り裂き、貫く。ほんの百メルクも行かない内に、残った六人の追いはぎ達は惨殺された。
ディアスにとって、自分や自分の近しい所にあるものに危害を加える、その可能性のあるものなど、たとえ人命だとしても塵ほどの価値すら無い。蚊を叩き潰す程度の感傷しか生まない―歪で強固な精神を持っているのだ。
それを強固と呼んでよいのであれば、だが。
最後の一人の心臓からずるりと槍を引き抜くとその腰にくくり付けられていた皮袋を奪い取り、彼は月光の下を満足げに立ち去っていった。