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005

 陽介―いや、ディアスと呼ぶべきだろう―が鎧イノシシ騒動の後、ニカル村の人々に迎え入れられて早くも半月が過ぎたある日。


 彼は村長の家に逗留しつつ、その長男であり次期村長でもあるマティアスと、村の男衆のまとめ役であり騒動の時にディアスと念話を通じた男ターヴィに言葉や風習を教わり、次々と会得していた。


「この靴は、俺の、大きい、足、にも、なんとか、履ける」


 家の外、ベンチに座りながらディアスがそうたどたどしく話すと、マティアスは目を丸くして微笑んだ。


「すごいな、ディアスさん。少しぎこちないけど、ほとんどちゃんと話せている。故郷じゃ十年以上勉学していたっ

ていうし、そのおかげなのかな」

 

 そう褒められると、ディアスは頭を掻きつつ苦笑して答えた。


「そんなことは、ない。ここの、言葉は、すごく、分かりやすい」


 実際のところ、彼は勉強もそこそこ出来はしたものの”ディアス”の肉体の性能という理由がある。戦士であるディアスの知性はそれほどのものでもなかったが、地球での彼より遥かに物事の飲み込みが早かった。その能力でもって、僅か十五日程でなんとか意思の疎通が図れる程度には会話出来るようになっていた。曲線を組み合わせたアルファベットの様な文字と作文はいまだ習得中だが、そう遠からずうまくこなせるようになるだろう。


「じゃあおさらい。ここのラースは何という方で、私たちが税を納めている方のお名前は?」


「この地の、ラースは、クレーモラ。直接の、支配者は、ラント」


 ラースとは、『土豪の長』や『土地の支配者』を意味する言葉だ。おおむね、ひとつないし数個の街とそれに属する村々を支配する者がラースと呼ばれる。教わったところによると、まだ王という概念が生まれるほどこのナーゼルという土地は文明が発達していない。その前段階といったところだ。幾人ものラースがそれぞれが支配する地域を奪い合い、ある時は連合しある時は争う。そういった群雄割拠の時代である。


「正解ですね。でも、役人や父の前では様を付けないと睨まれますよ」


 苦笑しながらもうなづくマティアスに、顔だけは神妙に首肯するディアス。彼には会った事も利害関係にも無い人物を敬うという発想はあまり無いのだ。


「ディアスさーん!それにマティアスさん!お昼の時間ですよ!」


 そういったやり取りを行っていると、村の広間に通じる道からひとりの少女が元気よく走ってくる。簡素なチュニックとロングスカートを纏ったその娘の側頭部からは獣の耳が、腰元からは膝ほどまである尻尾が揺れていた。


「おや、今日もエルシがやってきましたよ?僕はついでみたいですけど」


 ディアスをみやるとそう意味ありげに目配せするマティアス。だが当の本人の顔は昼食に期待するそれだ。

 少女エルシの様に獣の特徴を有するものたちは獣人と呼ばれる。村落部でこそ、力が強く頑丈なため純人と対等に扱われるものの、都市部では亜人と呼ばれ厳然たる差別があり、奴隷の様に―あるいは奴隷そのものとして―扱われることが普通である。その最大の理由は、術が一切扱えないという点だろう。少し肉体面で優れている程度では埋めがたい差がそこにはあるのだ。


 ちなみにディアス自身も、異郷の獣人と思われている。


「こんにちは、エルシ。今日は、干し肉、入っているかい?」


 手を上げて挨拶するや昼食の具材を話題に出すディアスに、エルシは微塵も残念がることなくぱたぱたと尻尾を振ると笑顔で答える。

「はい!今日は半セクタ(約二百g)のお肉を入れました!早く来ないと、麦と豆だけになっちゃいますよ!」


 午後からは、農作業の無い村の男衆と子供たちに槍の扱いをディアスが教える事が習慣になっており、その前に皆で村の集会場にて食事を取ることが通例になってきている。ディアスのような膂力が無くとも上手く長槍を使えば弱い魔獣程度は追い払えるのではないかという期待で、村人からの人気は天井しらずである。


 ちなみにナーゼル地方の主食は、ライ麦に似た穀物とおおぶりな豆を煮た、オートミール状のものだ。キプという唐辛子のような辛味のある香草とわずかな塩で味付けされており、少し贅沢をすると毛竜という家畜の干し肉が入る。最初こそ流動食の様な食感に戸惑ったものの、元々病院の食事のみを食べていたディアスにとってはさしたるハードルではなかった。体格に見合った量が食べれているとはいいがたいことだけが難点ではあるが。


 少し遠慮がちにチュニックの袖を引くエルシに連れられ、やれやれと肩をすくめるマティアスと共にディアスは集会場へと歩いていった。



 子供たちと皆でわいわいと食事を終え、ターヴィ達男衆が合流すると、集会場の前の石壇広間で槍の稽古が始まる。


「もう少し、右の腰を、引いて、左肩の、横を、相手に、向けるんだ」


 最初こそターヴィやマティアスを通訳としていたものの、いまや何とか直接指導ができるようになったことで飛躍的に効率が上がった。ディアスの技量は中世の軍事や武芸を研究して培われた確かなものであり、特に飲み込みのいい子供たちは純人獣人の区別無く、どんどん上達していく。


「そうだ。右手を、脇を締めたまま、突き出す。左手は、狙いを定めるために、力を、調節する」


「やーっ!」


年嵩の少年が槍に見立てた棒を突き出すと、標的として用意された木の十字架に命中し、なかなかに良い音が響いた。


「いいぞ。当たる、瞬間に、しっかり、右手を、握りこめ!」


「次俺!俺のも見て!」


 かわるがわるディアスに見てもらう少年たちの顔は輝いている。ディアスが望んでいることとは大きく隔たりがあるものの、ラースの戦士として武勲を挙げれば立身出世もありうるという事も少年たちの熱意に一役買っている事を彼は知らなかった。


 ディアス自身にはさしたる野望も欲望も無い。 このままこの村で、役に立ちながら麦作りや毛竜飼いとして暮らすのも悪くない、そう思い始めていた。


 だが、この平穏はそう長くは続かなかった。あくる日、不吉な知らせが竜皮紙の形で届けられた。


「徴兵吏が・・・・・・近く、ここに来るそうです」


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