表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/31

003

一夜明けた翌朝。何かの獣が辺りをうろつく気配に数度目覚めたが、彼の腰ほどもある狼の様な獣はじっと目を合わせるとそそくさと闇の中へと消えていった。


 目が覚めて病院に逆戻りしていない事に安堵しつつ、ううん、と背伸びをして立ち上がり、燃え尽き消えかけた焚き火を辺りの乾燥した土で埋める。頑強な肉体は硬い地面で一日野宿した程度ではいかほども堪えず、体調は万全といっていい。


「車輪のわだちもいくらかは残っているし、人里は近いな。今日中につければいいけど」


 そうひとりごちて、体に巻きつけた幌布を少し引き裂き、腰周りに巻きつける。これで、即席の貫頭衣の出来損ない程度には身づくろいが出来た。肌触りの悪さはあるが、人の目を考えればこれは我慢すべきだろう。準備が出来ると、男は一路わだちを追って歩き始めた。


 昼を回るころ、いい加減に喉の乾きを覚え始めたあたりで、ついに目当てのものを見つけた。畑と、丘の向こうから上る幾筋かの薄い煙だ。だがそれと同時に、”ディアス”の鋭敏な五感は歓迎すべきではないものも捕らえていた。


「怒号・・・・・・と、武器の音か?悲鳴も聞こえるな・・・・・・タイミングが悪いのか、それとも良いのか」


剣呑な音色と共に、僅かな鉄さびた血の香りと炎の匂いも風に乗って漂ってくる。これが危機か、それとも好機かは分からないまま、陽介は煙のほうに走り始めた。




 ニカル村は、始まって以来幾度目かの危機に瀕していた。鎧イノシシと呼ばれる、外骨格をまとった六メルク(三m程度)はある巨大な猪の魔獣、それもつがいと思われる2体が村を襲ったのだ。村の住宅地は高台の上に作られ二重の木で作られた頑丈な柵で覆われているものの、門に対する幾度もの突進により、その守りもおぼつかなくなっていた。


「松明をもっと持って来い!油もあるだけだ、槍はとおらねぇぞ!!術がまだ使える奴を探して来い!」


 門の上にあるやぐらから屈強な壮年の男がそう怒鳴ると、幾人かの男たちがあわてて立ち去っていった。男たちの顔は一様におびえで引きつっている。


 何本もの粗末な木槍が投げつけられてはいるものの、体の前半分を骨で出来た鎧で覆っている鎧イノシシには空しく弾かれるばかりで、やぐらの上からの八メルクほどの長い槍によるけん制も余計に興奮させるばかりで有効ではない。


 火のついた松明を油と共に投げつけ何とか退けようとするも、それが致命傷にならない事を魔獣たちは知っているのか、おびえるそぶりも見せず鼻息荒く門への突進を再開する。


 腹に響く重い音と共に、やぐらが僅かにかしぐ。鎧イノシシは何でも食べる。穀物から、人間までをだ。門を突破されれば村は終わりである。


「ちくしょう!あといくらももたねえ!・・・・・・!?なんだ、あれは」


 壮年の男がせめて一太刀と長槍を大きく振り上げたところで、視界の隅、他村に続く畑ぎわの道に奇妙なものをみつけた。

 それは褐色の肌もあらわな襤褸布を纏った大男が、恐ろしい勢いで門の方へと疾駆してくる様であった。


「に、人間が走ってきやがる!おおーい、こっちに来るんじゃねぇ!死ぬぞ!」


 彼の必死の叫びに、大男はちらりとこちらを見ると、あろうことかさらにスピードを上げた。

 手に松明や槍を持ってやぐらに呆然と立ちすくむ男たち。褐色の大男は弾かれ、転がっていた木槍を足で蹴り上げるや空中で掴み取り、体をぐるりと回してそれを石弓の如き勢いで投擲した。狙いは、門を見据える鎧イノシシの尻だ。


「ギィィ!!」


 何度投げつけても刺さらなかった木槍が、骨鎧の無い臀部に深々と突き立つと、鎧イノシシのかたわれが悲鳴を上げる。脅威の登場に俊敏に向きを変え、2頭の鎧イノシシが大地を蹴って突進を開始する。


「死んじまうぞ!逃げろ!逃げろー!!」


 村人達の必死の忠告も聞かず、男はあたりに転がっていた別の木槍を俊敏に拾い上げると、ぴたりと構えをとって魔獣の突進を待ち受ける。あわや、無残な肉塊に変わると彼らは目を覆ったが。


「ジャッ!」


 半身を引き、弓を引くかのごとく一体目の突進を紙一重で避けた男は、続く二体目の頭部―その唯一の弱点である眼窩に向けて、木槍をえぐりこむように突き込んだ。血しぶきを上げながらやわらかな目を突き潰した木槍は、半ばで圧し折れながらも鎧イノシシの脳髄まで到達し、攪拌する。


「や、やりやがったぁ!」


 突進の勢いのまま地面をすべり、幾度か痙攣すると脳を潰された鎧イノシシはあっけなく絶命する。男は槍の残骸をほおり投げ、つがいを殺された事に気づき怒り狂う残りの鎧イノシシと相対する。もう武器は手近には転がっていないが、男は村人達の悲鳴のような歓声を背中に受けつつ泰然と構えて動かない。


「ギィィィィィ!!」


 一声あげ、鎧イノシシが突進する。両者が激突する刹那、男はひらりと宙返りをうった。憎き標的を見失い一瞬呆然とする魔獣の首の上にまるで騎乗するかのように褐色の影が乗ると、両足で首元を締め付け、手を槍の様に尖らせて両目に突き入れる。


「ギビィィィ!!」


 目を潰された鎧イノシシは全力で首を振り、のたうって引き剥がそうとするが、男が万力のようにしめつける両足と突き入れられた両手が離れることは無い。永遠にも等しい数秒の悶絶の後、眼窩の奥の重要な器官を破壊された魔獣はどうと倒れ、二度と動かなくなった。


「・・・・・・」


 村の男衆は唖然として声も出ない。当たり前と言えば当たり前だが、鎧イノシシは狩ろうとすれば戦士が何人死んでも不思議ではない。それを一人で二匹、しかも片方は素手で殺してしまったのだ。前代未聞などという言葉すら生ぬるい光景である。

 不思議な沈黙の中、褐色の男はずるりと両手を引き抜き、軽い足取りで門の前までやってくるや血まみれの手を上げ―誰も理解できない言葉で何事かを呼びかけた。


「XXXXXXXXX XXXXXX?(やあ、出来れば服を一式貸していただきたいんですが)」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ