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001

 高い針葉樹の森に、ひとりの男の姿を取って異変が起こっていた。

 紅い蓬髪にあめ色の肌、一糸まとわぬ彫像のごとき均整の取れた肉体。極めつけに額から二本、真紅の角が生えたその男は、半ば土に埋もれるように倒れ伏している。わずかに胸元が上下していること以上に、みずみずしさのあるその肉体そのものが生きていることを主張しているようだ。


 ぎょう、と奇妙な声で何かが鳴く声が聞こえ、男は身じろぎした後、緩慢にその身を起こした。


「・・・・・・寝落ちでもしたかな・・・・・・?」


 そういって青年は寝ぼけたように体に触れ―


「なんだ、これは!?」


 驚愕した。男は、知っている者からすれば、牧島陽介が操る”Legendsのディアス”そのものだった。だが、ここには・・・・・・ゲームの中ではありえない、土の匂いがあった。ダイブ・ゲーム特有の、1枚の布を間に挟んだ様な曖昧な体の感覚は、一切無かった。すべてが、リアルだった―リアルに過ぎた。


「この体は・・・まさか本物?本物のディアスなのか?」


 ぺたぺたと全身をまさぐる。夢の中ですら再現されなかった、十年間忘れていたリアルな触覚が全身を伝わっていくのを感じた陽介―あるいはディアス―はがばりと立ち上がり、哄笑した。


「あっはははははは!!はははははっはっはははははは!!すごい、すごいぞ!動く!!」


 産声の如く辺りに響き渡るその盛大な笑い声は、いくらかの間絶えることなく続いた。




 ひとしきり飛んで跳ねてと動き回り、思い通りに動く肉体に感動を覚えた後、陽介はふと冷静になった。

 辺りは樫のような知らない木が高く並んでおり、春先ほどの風が緩やかに体を撫でて行く。少し地面が傾いていることから、どこかの山中のように思えたが、もちろん見知らぬ土地だ。


「・・・・・・これは夢なのか?それとも現実なのか?何でディアスの体になっているんだ」


 今まで実際の肉体と確信できる夢など見なかった。夢の中ですら、彼の体は自由にはならなかったのだ。土の匂いなど、それこそ記憶の彼方に消え去っている。それを感じ取れる”ここ”は、果たして現実なのだろうか?それとも類稀な夢の世界なのか。そしてもし現実ならば、何故動かない陽介の肉体ではなく、ディアスの肉体なのか・・・。


 陽介には、何一つ確信が持てなかった。


「・・・・・・現実だと思って、行動しよう。・・・・・・人が居てくれればいいけども」


 仮に、仮に現実の世界だとして、もし誰も居ない世界なら、遠からず彼はおかしくなってしまうだろう。ここを現実の世界だと考え、他の誰か、出来れば人類と出会う必要があると彼は考えた。それも、誰かが居ればだが。


「壮大な夢ってオチだったら、がっかりしすぎてもう生きていけないな」


 そう肩をすくめ呟くと、一糸まとわぬまま、彼は森を低い方向に向かって歩き始めた。




 どうやら彼が目覚めたのは朝方だったようだ。日が高くなり、涼しい風の中にぬくもりが混じり始めるころには、いくつかの事に気づくことが出来ていた。


 まず、Legendsの中で出来ていた動きは、おおむね出来るということだ。”ディアス”の種族は竜人、ドラゴニュートであり、近接戦闘に高い適正を持っている反面、魔法が苦手という種族だ。その特性を生かし、ゲームでは槍を使う戦士をプレイしていた。そのときに覚えたものは一通り使いこなせそうだとすぐに分かった。朽ちていた枝を槍に見立てて振ってみればいつものとおりかそれ以上に動けるし、ソロでの行動用に取得していた回復や自己強化も問題なく作用した。警戒系の受動スキルは、肌に感じるざわめきとして作動しているようで、何匹かの小動物―いずれも見たことも無い外見だ―を事前に察知することが出来た。いくつか試せていないものもあるが、それは追々でいいと考えている。


 これは非常に重要なことで、敵対的な何者かが居た場合、彼の強靭無比な肉体と積み上げた修練は間違いなく効果を発揮することだろう。起動型スキルの類は、肉体が記憶しているとでもいうのか、自然と使うことが出来た。この世界の肉食生物がどの程度の強さを持つのかは今は分からないが、”ディアス”とそのプレイヤーたる陽介ならば、そうそう後れは取らないだろう。


 しかし、良くない情報も分かった。

 現実である以上当然と言えば当然だが、ステータス画面やそれに類するユーザーインターフェイスのたぐいは一切見ることも出来なかった。よって彼は正真正銘裸一貫、何一つ無い状態で移動し続けないといけないということだ。


「この体のおかげか、裸足でもなんともないけどなぁ・・・・・・さすがに下着すら穿いてないのはまずいだろ。でっかい葉っぱでもあれば助かるんだけど」


 あらわな下半身を一瞥すると誰も居ないとは分かっていても、少々うつむき気味になりながらまだ見ぬ人里を探して歩いていく青年であった。

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