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ユニークアクセスが700人を超えました。ペースも遅い中いつも拙作を読んでいただきありがとうございます!



 戦士達の宴の後、デニサの大鍋亭に戻ったディアスとセヴェリは昼過ぎまでの惰眠をむさぼった。行軍疲れの上に大酒を飲んで騒いだのだから当然と言えば当然であるが。


 ディアスが流石に重くなった額をさすりながら顔でも洗おうと重い腰を上げて部屋から出ようとすると、奇妙な光景にぶつかることになった。腕を腰にあていかにも二日酔いとばかりに顔色の悪いセヴェリと、仕立ての良い服を着た下男の二人組が扉の前で待っていたのだ。


「…何だ?おはよう、セヴェリ…と…」


「私めはラース様の使いにございます。明々後日の昼の鐘が鳴る時に、城に来るように。大刃ヒヒの剣刃はディアス様の望むように加工するようにと、城下一の鍛冶屋に申し付けております故、好きになさいますよう。この二点をラース様からお伝えする様に言われてまいりました」


 馬鹿丁寧な礼をするラースの使い。内心はいざ知らず、流石に獣人に対しても礼を失する様な真似はしないようだ。


「ああ、確かにお聞きしました。では明々後日に伺います。城下一の鍛冶屋とは何処のことでしょう?なにぶん不案内なもので」


「大通りを城に向かっていけば、身の丈ほどの槌が飾ってある店舗がございます。そこが、ボルクトで一番と名高い鍛冶屋でございます」


 明朗で卑屈ではないが丁寧な様子でそう答えられると、ディアスはほっとしたように微笑む。大刃ヒヒの一件以来、下に見られる事が減ったのは腕を犠牲にした価値はある。


「ありがとう。身づくろいをしたらうかがって見ます」


「では、私はこれで失礼致します」


 そうしてラースの遣いの青年が階段を下りて去っていくと、後にはごしごしと顔をこする巨漢だけが残った。


「…で、どうしたんだセヴェリ。一緒に鍛冶屋、行くか?」


「や、せっかくだからそれは行くけどよ。じゃなくて、昨日の事を聞きたくてな」


「昨日って何だ…?」


「部屋で話そう」


 そういって彼を部屋に押し込めるセヴェリ。扉を閉めるや内鍵をかけ、真剣な表情で切り出す。


「お前、昨日術を使ってたよな。瞬きする間に骨折していた腕が治っちまった。ありゃ一体どういうことだ?」


 彼の疑問も当然だ。獣人は術が使えず、それ故に社会の下層に追いやられているのだから。


「どういう事、と言われてもな。俺の居た場所では、特殊な方法で誰でも術を覚えることが出来たんだ。理論を説明することは俺には出来ないし、ここの獣人に同じことが出来るかも分からない…」


 スキルポイントの消費による技能の習得を説明しようもない。それを言えば、ディアス自体が架空の存在のはずだったのだ。


 セヴェリはごりごりと顎を掻きつつ、いまいち納得出来ていない表情でさらに問いかける。


「そいつは、俺にも試すことは出来るのか?」


 この質問は予測していたものとはいえ、ディアスは心底参ってしまう。嘘をつくことは心に焦燥感にも似たものを呼び起こすが、仕方が無い。いずれ話さねばならないだろうが、色々と準備が必要だ。


「試すことは出来ない。儀式…の様なものが必要で、俺達普通の者にそれは理解出来ないんだ。だから、呪言自体を教える事は出来ても、恐らく使える様にはならないだろう。…すまんな」


 そういうと、セヴェリは長い息をついてかぶりをふる。


「いや、お前が謝る事でもないだろ。もしかしたら、って思っちまっただけだ」


「…そうか」


「まぁ、いいさ。お前は術を使える希少な獣人で、その上至上の勇士ってわけだ。それで十分さ。さて、お前さんの新しいエモノを作りに行くとしようや」


ぱん、と肩を叩いて沈んだ空気を払拭するとセヴェリは歩き始める。複雑な面持ちでディアスは後を追った。




 メインストリートを城に向かうと、じきに巨大な鍛造用の槌が飾られた鍛冶屋が目に入った。何本もの煙突から煙を噴き、独特の匂いがただようそこはある種異様な空間だ。大通りに面したこの立地に出店を許されていることからも、評判は確かなことがうかがえる。


「ここの鍛冶師のじいさんは偏屈だが、作るものは一級だ。クレーモラ領でも並ぶものが無いとまで言われる名人だぜ。俺の斧の刃もじいさんの作だ」


 そういって案内するセヴェリに連れられ中に入ると、何人もの男達が炉に向かい槌を振るっている。恐らくはその名人の弟子達と見受けられる。真剣な表情で出来栄えを確かめる男達は、他所に出せば立派に一人前の鍛冶屋として通用するであろうことが容易に想像できた。


「失礼する。大刃ヒヒの刃を武器に仕立ててくれると聞いて来たのだが」


 手隙だったのか、工具の手入れをしていた男に声をかけると一瞬ディアスの角に目をやり、奥にひっこんでいく。いくばくもしない内に、しわだらけで腰が曲がってはいるもののかくしゃくとした老人が出てきてずいとディアスをねめつけた。


「…お前が、大刃ヒヒから剣刃をもぎ取ったっていう英傑様か。お上から話は聞いてる。…手を見せてみろ」


 老人の迫力に、肝の据わったディアスも気圧されて素直に手を差し出してしまった。老人は岩のようにごつごつした手でディアスの手首を掴むと、ぐいと目を寄せてあらためた。


「…分厚いな。これなら柄の太さは少し太くしておくぞ。お前に利き手は無いな。良し」


「…わかるんですか?」


「当たり前だ」


 当然のように読み取られた情報に驚いたディアスに対してぶっきらぼうな返事を返すと、職人は奥の扉に手招きする。


「こっちに剣刃が置いてある。おおよそ必要な柄の長さは予測できるが、決めるのはお前だ。材質も選べ」


 扉の奥には大きな炉と、それに付随する各種の工具などが散乱する部屋があった。恐らくここの主、老人の工房なのだろう。その中央に、刃渡り二メルクもある大刃ヒヒの剣刃が横たえてあった。


「…そうですね。刃が大きいので柄は少し短めに…このくらいで。装飾の類は一切不要です。材質は…全て鍛造の鉄で出来ますか?」


 そういうと、厳しい老人の表情が初めて変わった。


「お前、そんなものを振り回して本当に戦える気なのか」


 並みの人間の膂力では、刃も含めれば持ち上げるだけで精一杯となるだろう。だが、ディアスは竜人。セヴェリすら凌ぐ力を持ち、その上肉体を強化できるのだ。無茶では無い。


「出来ます。何人…というか、何を相手にしても戦い続けられる頑丈さが欲しいのです。俺に最も必要なものなので」


 後から思い返して見れば、この時すでにディアスはこの先何が起こるかを無意識に予測していたのかもしれない。


「何人でも・・・なぁ。面白い。金はお上からたんまりもらっとる、気にするな。丁度別の使い道で合う太さの鉄柱があるからな、そいつを使えば何日もかからん。二日もらうぞ、お望みどおりの物を作ってやる」


 面白そうに見守っていたセヴェリは、初めてこの老鍛冶師が笑みを浮かべる所を見て目を丸くした。




 その後老鍛冶屋にさっさと追い出されたため、二人は鎧を仕立てられる皮物屋に行くことにした。大刃ヒヒの背の厚い皮は十分に分け前をもらえたため、一度傭兵組合に寄ってそれを受け取る。


「あの偏屈爺さんが笑ってるところを見ることになるとはなあ。お前と居ると退屈しねぇぜ」


 そんなことを言いながら案内するセヴェリに付き従って街のはずれ、井戸に近い皮物屋を訪れて見る。この様な立地になっているのは、皮なめしがあまり気分の良い匂いを出さないからだそうだ。


 お邪魔します、と断って入っていくと、三十がらみの女性が出迎えてくれた。むっとする生皮の匂いに包まれてここまで来たせいか、特に悪臭は感じなかった。


「あぁ、ヒヒ殺しの英雄さんね。鎧も無しで渡り合ったんだって?命知らずだねぇ」


 はすっぱな雰囲気を漂わせる女性は、けらけらと笑いながらそんな事を言う。こんな所でも英雄扱いかと思うと、いささか面映い気持ちになるディアスである。


「いえ、必要だったもので。大刃ヒヒの皮を鎧に仕立ててもらいたいのですが…どれくらいかかるでしょうか?」


「ふぅん、ヒヒの皮は子供のものしか加工したこと無いけど…なめす事自体はそんなにかからないわ。一人でやるって訳でも無いしね。ヒヒの皮は煮固めたりしなくても頑丈だから、そのまま鎧に使うとして・・・ま、一週間って所かね。採寸させてもらうわよ~」


 そういって大胆に胴体に手を回してくる女主人。されるがままに人形の様に突っ立つディアス。何とも言えない気分のまま、しばし採寸されていると満足がいったのか女主人は笑顔で体を離す。


「いい体してるわねぇ。さて採寸は終わりよ。作るにあたって何かこだわりとかある?」


「動きやすさ…ですかね。俺は槍を使うのですが、速度と力で圧倒する戦い方です。すばやさを十分に発揮できれば、後は急所を護れれば良いといってもよいです」


「ふーん…。じゃあ、部位ごとに分けて作るわ。ちょっと着けるのに手間取るかもしれないけど、着け心地は保障するわよ」


「ありがとうございます」




 これで、いくらかは安心出来る装備を入手できるだろう。今後どの様な戦いに足を踏み込むか分からない以上、装備は整えておくに限る。

 宿に戻るとデニサおばさんの暖かい夕食が待っている。二人は満足げに大鍋亭に戻っていくのだった。

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