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012

 戦士団のサウルとも話せる仲になった夜もふけ、あくる日の行軍中。ディアスは思い立って歩みを速め、戦士達を追い抜くと奴隷の軍団と並んで歩いてみた。その様子や錬度の程を知りたかったし、何よりこのナーゼルにおいては同族である。死地に赴くにしろ、彼らを気にかけたかったのだ。


 大半の者達はうつむきぎみにとぼとぼと歩いている。これから待ち受ける運命を思えば、それも仕方がないことであろう。だが幾人かは昂然と顔を上げ、力強く足を進めている。そのまなざしは間違いなく戦いに挑む戦士のそれだ。


 その男達の中に、ディアスは一人気になる者を見つけた。自然と視線は吸い寄せられ、目が離せなくなったといってもよい。


 それは、珍しい女戦士の奴隷であった。薄汚れていてもその透き通るような肌は異彩を放っており、しっかりと洗われていなくとも亜麻色の髪はつややかだ。そしてなによりも、その幼さを残しつつも大人の色香を漂わせるかんばせには、決然とした強い戦意が宿っている。人型だがとがっている耳からすると、一般的な獣人ではないようだがその佇まいは堕ちた戦乙女とでも言えばよかろうか。綺羅星の様に輝き正面を睨む黄金の瞳からは死に対する恐怖など微塵も伺えない。


 このような場所に居るにはあまりにも不似合いなその少女をじっと見つめるディアス。その感情がどうであるかは傍目には察せない。だが彼は、長い間その娘を見つめていた。セヴェリが横に居れば、笑って一目惚れかと茶化したことだけは間違いないであろう。




 三日目。ワジの発破を受け足早に進軍する戦士達の前に、唐突にそれは現れた。上半身の多くを曲刀の如き刃でよろい、下腕から生えた人の身ほどもある大棘で地面をえぐりながら林の中から唐突に一行の前に立ちはだかった。全身は剛毛で覆われ、僅かに毛の無い顔面には凶相が浮かんでいる。


「出たぞぉ!!弓構えぇ!!」


 十メルクの巨体を林の中に巧みに隠していた大刃ヒヒは、跳ねるように軍団の前に姿を現すと、轟々と吼え猛り上体をそらす。百人近い大軍を前にしても怖気づくばかりか、血に飢えて酷く興奮した様子だ。


「奴隷共!槍で足止めしろ!!」


 メルクラースは竜車から出てこないばかりか後方に下がり、やせぎすの副官が巴竜の上から号令を飛ばす。命令を受けた奴隷達は互いに庇い合う様に密集し、長槍を各々振りかざしてヒヒをけん制し始めた。近づけば付きたてる腹づもりだろうが、恐らくその槍は通らないだろう。


「戦士達、つがえぇ!撃て!」


 後方に構えた戦士や傭兵達もあわてて弓を引き絞り、ひょうひょうと毒壷に鏃をひたした矢を放ち始める。戦士団前衛の大半は火炎弾や氷柱を大刃ヒヒの上半身に集中砲火する。


「グラァァアアアア!」


 だが大半は逆向く様に生えた大刃にあたり、無意味に散っていく。運よく届いた矢や術も、剛毛に浅く突き立つのみで逆に魔獣の怒りを増長させるにすぎなかった。


 唐突に、吼えた大刃ヒヒが動く。巨体が数メルクを消し飛ばすかのようにすばやく跳躍すると、最前衛の奴隷達に突きかかったのだ。両手を力任せに振り払い、槍ごと構えた奴隷達を吹き飛ばす。腕から幾本も生えた刃は、奴隷戦士達をずたずたに引き裂いた。


「ぎぁっ」


「ひぎゃ」


 前面に展開していた数人が、いや数人の残骸が宙に舞う。腕が、足が、内臓が空にぶちまけられてぼたぼたと奴隷達の上に撒き散らかされる。それは彼らの士気を地に落として余りある。大刃ヒヒがさらに奴隷達を…ひいては女戦士の少女を引き裂こうとした刹那。


「くそが!」


 振り下ろされた拳が横からの刺突でそれ、地面に激突する。禍々しい曲刃の茂みは空を切った。ディアスだ。


「お前達、下がれ!命令なんざ聞くな!!」


 魔獣の出現を直前まで感知できなかった忸怩たる思いを槍に乗せて強引に振り払いながら、ディアスは叫ぶ。ここであの少女とその仲間を殺させたくは無い。そう思っていたというのに、すでに五人は肉片になって死んでしまった。気持ちが緩んでいたのか、単に敵の隠遁術が優れていたのか、それは分からない。だが、噛み砕かんばかりに歯を食いしばり、全力で彼は槍を振るった。


「ゴォア!」


「っらああああ!」


 振り下ろした拳が逸らされたことに怒ったのか、鉄槌のごとき追撃が今度はディアスひとりに放たれる。それを掬い上げる様に、刃の生えていない手首を狙って打ち払う。


 村の人々の想いが託された穂先は、無常にも刺さりすらしなかった。剛毛に逸らされた穂先は、ずるりと宙に抜ける。柄と両手で、大刃ヒヒの拳をなんとか止めたのは僥倖であったとしか言えない。ディアスの怪力をもってしても、さすがに十メルクの怪物に及ぶわけもない。ぎりぎりと押し込まれ、今にも均衡が破れそうになったその時。


「ディアアアアアス!!」


 セヴェリの声と共に、ひょうと矢が放たれた。それは惜しくも逸れたものの、大刃ヒヒの裂けた眦のすぐ脇に突き立った。魔獣はそれに驚いたのか腕の力が抜け、その間にディアスはするりと腕の下から抜け出す。


「助かる!」


 一声吼えると、ディアスは潰された奴隷の無残な死体から、長槍を拾い上げた。両の手に槍を構え翼のごとく開いた体制を取り、巨大な敵手と真っ向から向かい合うと、魔獣を睨み付けたまま辺りがびりびりと震える程の大音声を放った。


「メルクラァァァス!!ここは俺が一騎打ちで殺す!獣人達を下げろ!!」

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