011
翌日には仕事だというのにずいぶんな稽古試合をした翌朝。朝の鐘が鳴る前に起き出した二人は準備を整え水袋に麦酒を詰め込むと、意気揚々と”槍と角笛”の組合に向かった。
二人の名誉のために付け加えるならば、水では無く麦酒をつめたのは長期行軍になると水は悪くなってしまうからだ。長旅の折には水代わりに酒を持ち込むのは夏場なら特におかしなことではない。
傭兵組合の建物に着くと、三々五々にいかめしい男達が集まってきていた。以前立ち寄った際に喧嘩を吹っかけてきた剣を下げた男が露骨な敵意を見せていたものの、ディアスの横にセヴェリが並び立っているのを見るやふいと目を逸らしてしまった。セヴェリの偉名はかなりのものの様だ。
「・・・やはり、弓持ちが多いな」
「だな。傭兵だからといって・・・いや、傭兵だからこそ命知らずはいねぇ。獣人の奴隷を盾に、好き放題撃ちまくるつもりなのさ」
不機嫌そうに言うセヴェリだが、彼も一張の弓は持参している。死んだらそれで終わりだ。
しばし雑談に興じていると朝の鐘が鳴り響き、元締め―あの時カウンターにいたしぶい面の男だ―が出てくるや大音声を張り上げた。
「おうし、お前ら。頭数は揃ってやがるな?街門の外にラース様の戦士団が出てきた頃合だ。俺達も行くぞ!」
その言葉にぞろぞろと動き出す男達。傭兵達の大半は緊張した様子も無い。少なくとも肝は据わっているようだ。
朝の仕事に家から出てきた者達から道を譲られつつ、傭兵の一団は街門を通り抜ける。
そこには、百人近い男達の群れが整然と並んで待機していた。輜重を積んだ竜車も一軍の後ろに集結しつつある。
最初こそ一塊に見えた群集は、近づけば大きく二つに分かれていることが確認できた。皮鎧や鎖帷子をまとい、短槍と弓で武装を統一したラースの戦士長、メルクラースの指揮する戦士団。そしてもう一群は、粗末なチュニックとマント、長槍のみを持たされた、ほぼすべてが獣人で構成された奴隷の部隊だ。
「彼らは・・・あんな装備で戦うのか。俺が言えた義理じゃないが・・・」
ディアスは絶句した。いかに獣人の肉体が頑強とはいえ、鎧も盾も無しで、持っている武器からして恐らくは密集隊形で運用される。それでは仮にいっぱしの戦士であっても、その能力など発揮できるはずもない。
戦士長メルクラースは、はなから奴隷達を人間として扱っていない。動き、敵の攻撃を阻害する肉の盾だ。気づけば、指が食い込むほどに拳を握りしめていた。
「旗印はワジ家のもんだ。おまえさんは知らないだろうが、あそこのメルクラースは奴隷の扱いが特に酷い糞野郎だ。五回生き残れば解放してやると嘯いてるが、ほとんどの奴隷はそれまでに死んじまうそうだぜ」
同胞を無下にあつかう相手に、セヴェリも怒り心頭と言った様子だ。人間の傭兵達は頓着していないが、数人居る他の獣人傭兵も、憤懣やるかたないといった雰囲気である。
「虫唾が走るな」
「ああ」
そうは言っても、何が出来るわけでもない。やれる事といったら、出来るだけ早く大刃ヒヒを倒すことで彼らの被害を食い止めることくらいだろう。
奴隷達はこれからどういう運命にさらされるかは分かっているのだろう、消沈した様子で見るに耐えない。そんな奴隷達を睥睨するように、旗印を備えた三騎の巴竜がぐるりと回りこんでやってくる。きらびやかな宝飾品を外套から下げた装いからは、高い地位にあることが察せられる。彼らは傭兵と戦士団の前までやってくると、傲慢な表情で全体を睥睨した。
「わしはクレーモラ様のメルクラースが一人、ワジ家のロジーロだ。今回のお役目は大刃ヒヒめがこの街に向かってきおるのを征伐することだ。戦士達の他にも傭兵の猛者たちが参加してくれる。この勝利をラース様に捧げようではないか!」
奴隷達には存在すらふれず、そういう男は四十がらみの肥え太った小男だ。とても戦いが出来るようには見えない。ディアスからすればそんな男が戦士達を統括する将軍とも言えるメルクラースの地位に居ることは甚だ疑問である。
「あんな男がメルクラースを務められるのか?」
「別に腕前でその地位にあるわけじゃねぇって事だな」
小声で話し合う二人を他所に、男は自分の演説に満足したのか副官と見える男に指揮を任せると、悠々と自身のために用意したと思われる竜車に乗り込む。見た目とは裏腹に仕事は出来るのかとも思ったがその可能性も無さそうだ。
ロジーロとは対照的にやせぎすの副官が旗印をかかげて号令をかける。力なく歩む奴隷達を追い立てるようにワジの戦士団が続き、それと併走するように傭兵の一団が歩き始めた。最後に大刃ヒヒが確認されたのは北に三日の道沿いという話で、その付近まで見つからなければ隊を分けて捜索する。少なくともその作戦自体に問題はないだろうと、ディアスは戦いに向けて静かに闘志を燃やしていた。
一日目の行軍は魔獣と遭遇することも無くつつがなく終わった。奴隷達を周囲に配置した円陣を組んで、各々天幕や毛布を展開している。万が一夜行性の魔獣が近づいた時のための警戒要員だ。
配給のまずい干し肉とオートミール―キプルベクと呼ばれるらしい―を食べ、武器を念のため磨いていると、一人の戦士が中央の天幕の方からやってきた。松明の明かりに照らされるその男は、二十台ほどとみえる中々精悍な面立ちだった。
「やあ、セヴェリの旦那!あなたと一緒とは今回も生きて帰れそうだ!」
どうやら男は行軍中にセヴェリの姿を見つけて、わざわざやってきたらしい。見ると手に水袋と焼いた干し肉の入った小皿を持っている。
「よう、サウルじゃねぇか。今回は俺より強いやつも居るし、地竜に乗った気持ちで戦えるぜ」
そうセヴェリが陽気に返すと、サウルと呼ばれた青年はいぶかしげな表情でディアスの方をうかがう。
「旦那より強い戦士?・・・って彼がですか?」
「おうとも。何度も模擬戦をやったが結局手も足も出なかったぜ。ディアスっていうんだ、よろしくしてやってくれ。こいつはサウルと言ってな、竜喰い蜘蛛の討伐で助けて以来、俺に良くしてくれるやつだ。ワジの戦士団の中でも腕の立つ男だし、何より獣人を嫌ってねぇ」
そう持ち上げられるとディアスとしても面映い。頭をがりがりと掻いて、神妙な面持ちでディアスをみつめる青年に挨拶する。
「セヴェリはこういってるが、何本も取られてる。竜人のディアスという。よろしく。獣人嫌いじゃないなら、友人になれるだろう」
言って手を差し出すと、ためらわずサウルは握手を交わす。セヴェリの言うとおり、獣人に悪感情は無いようだ。
「旦那に助けられておいて、獣人が嫌いなんて言えっこないですよ。団の連中にはおかしなやつだと言われますが・・・。サウルです。旦那のご友人なら頼もしいです」
素直そうな笑顔でそういうサウルに、セヴェリがにやりと笑って肩をたたき、車座に座らせる。そこからは小さな宴会だ。サウルが助けられた時のことや、竜喰い蜘蛛のこと、ワジの戦士団の雰囲気について。話題は尽きない。
しかし、話題が今回の戦いのことに移ると、三人の気分は一気に低調になった。
「・・・そうか、やはりワジの野郎は獣人連中を盾に使う気か」
「ええ。やじりに塗るための毒が配られましたよ。術と毒矢で奴隷達ごと討つ勢いでやれと言われました・・・」
「お前さんにどうこう出来る問題じゃねぇさ。気に病むなよ」
もちろん、サウルが団の中で腕が立ち立場もあるからと言って、メルクラースの命令に異を唱えられるはずもない。戦士達にはそのような発言権など無いのだ。
「・・・はい。俺に出来ることは、出来る限り早く大刃ヒヒを止めて、死ぬ奴隷を減らすだけです」
「俺は弓なんか持ってないから、奴隷達と一緒に前に出るさ。ヒヒがどんな強さかは知らないが、俺が抑えられるなら奴隷も死なずに済むんだが」
そういうディアスにセヴェリはかぶりをふる。
「いくらお前でもタイマンじゃつらいだろうよ。無茶して死んでもそりゃあ意味がねぇ」
「武器がな・・・世話になった人たちが作ってくれたんだが、俺にはこれは脆弱過ぎる。少なくとももう少し重量があって耐久性があれば、大物ともやりあえるんだが・・・」
「本気で言ってるのかよ?地元ではそんなものを使ってたのか。お前ってもしかしてやんごとなき方だったりするのか?」
ちゃかす様に言うセヴェリだが、目は真剣だ。こと戦いの話には誠実な男である。
「いや、そういうわけでは無いが・・・一応、名が通ってはいた。向こうでの万全の装備なら、どんな魔獣も切り伏せられる自信があるさ」
「はっはっ!お前が言うと本当にしか聞こえねぇから恐ろしいぜ。ま、これくらい言える男だから、サウルもどんと構えてな。案外、手柄を総捕りされるかもしれんぞ」
こうして、戦いを前に男達の夜はふけていった。巨大な魔獣との戦いは目前に迫っていた。
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