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010

「朝・・・か。昨日はずいぶんと飲んだな。セヴェリは大丈夫かな?」


 デニサの大鍋亭に泊まった翌朝。質素だが寝心地の良い藁と毛布のベッドでディアスは目覚めた。二階の隅、セヴェリの隣室に割り当てられた彼は二人でしこたま酒盃を上げた後、久しぶりの人並みの寝床で眠りについたのだった。

 鎧戸の様な窓を押し上げると、涼やかな風と共に朝の鐘の音が入りこんでくる。肌に感じる気温から春先頃かと思っていたがどうやら高緯度―緯度という概念がここに適用されるかはともかく―にある地方らしく、今は夏場だと聞いた。この調子で行くと冬場は大変だなと考えつつ、体を解すと一階に下りてゆく。


 宿の裏手、井戸のある広場に向かうと、すでにセヴェリは起きてきていた。水をくみ上げて豪快に顔を洗っている。この男、仕草が一々男臭く、ディアスはそこも気に入っていた。直裁な人間が好きなのだ。


「やあ、セヴェリ、おはよう」


 声をかけると、振り返ってにかっと笑う。荒い布でごしごしと顔をぬぐうと、空の木桶をずいと差し出すセヴェリ。


「おう、ディアス。二日酔いになったりしてねぇか?」


「もちろん、大丈夫だ。朝飯が待ち遠しいよ。明日の、大刃ヒヒ狩に、何か備えることはあるかい」


 口を開きつつ木桶を井戸に放り込み、ぐいと縄を引くと、程なく水の入った木桶があがってくる。


「普通なら武器や鎧の手入れをするところだが、お前さんは先立つものが無いからな。俺も帷子を新調しちまって、貸せるほど持ち合わせが無い・・・となると、こいつくらいかな」


 そういうとセヴェリは、二本の身の丈程の木の棒を差し出し、凄みのある笑みを浮かべた。


「練習試合か、いいな」


「そういうことだ。お互い寸止めをしくじるほどの坊やでもあるめぇ。疲れを残さん程度にやろうや」


 どうやらセヴェリはディアスの腕を買っているゆえに、それを試して見たいようだ。ディアスとしても、巨漢の獣人をここナーゼルに来て以来の使い手だと認識している。この地の武芸者がどれほどのものか、試すことに否やはない。


「場所はここでいいのか?」


「ああ。よく素振りや新人を鍛えるのに使ってるからな。デニサおばさんも承知の上だ」


「じゃあ、やるか」


 気楽にそういうと二人はすいと井戸から離れ、裏庭の中央に進み出た。




 実際の所。ディアスは少々天狗になっていたと言ってもいい。最高に鍛え上げられた竜人ディアスの肉体にLegendsで三強とまで言われた己の技。ここに来てから苦戦すらしたことが無かった。言ってしまえば、この世界自体を舐めていた。


 長柄の斧に見立てた棒をセヴェリが八双に構え凄烈な笑みを浮かべた瞬間、ディアスの背筋を電撃のごとく悪寒が駆け抜ける。


「おおお!!」


 気合一閃、セヴェリの肉体がぶれるや、砲弾がごとく突進する。地面を陥没させんとばかりに踏み込むと、風を巻き込んで振り下ろした。


「!!」


 もとより受け止められる様な威力ではないことを本能的に悟ったディアスは、間一髪で跳ぶように退きその一撃を避ける。額のすぐ近くを剛風が過ぎていく感触があった。


「・・・おいおい。当たったら、木の棒でも、死ぬんじゃないか?」


「避けられると思ったからやってんだよ、はは。続けて行くぜ!」


そう言って即座に繰り出された二撃目からは、まるで小型の竜巻のごとく荒れ狂う連撃だ。初撃ほど力は込められていないもののその分予備動作を減らす事に成功してるそれらは、全て急所を狙うべく振り抜かれる必殺の一撃。それらをなんとかいなし、回避するが気づけばディアスは裏庭の端に追い詰められていた。背後を気にした瞬間、足を踏み代えそこない、気づけば。喉元に棒の先端が突きつけられていた。


「どうした?本気でこいよ?」


「・・・強すぎてびっくりした。今度は、こっちから行くぞ!!」


「応よ!」


 ぱん、と自分の頬を張るディアス。彼とて歴戦の戦士。気合で呑まれていては勝てる戦いも勝てないことを良く知っている。相手を同等かそれ以上と認めた上で、なお勝機を掴むために全力を尽くす。それが出来なければ数百万人の頂点に立つことなど不可能だ。


 風を巻いて木槍を矢継ぎ早に繰り出す。喉、みぞおち、心臓や肝臓などの急所や間接を狙う必殺の突きの連打から、一転して四肢を断つ薙ぎ払いを織り交ぜて攻め立てて行く。セヴェリも甘い狙いを見極めては弾き、反撃を繰り出すものの、的確に絡みつく様に槍を這わせ打ち上げ、払ってゆく。槍と長柄斧の違いこそあれど、先ほどの逆回しのごとく裏庭の端に追い詰めてゆくディアス。足を使って左右に逃げようとするセヴェリの退路を断つ様にけん制すると、乾坤一擲を狙ったか、セヴェリは大きく構えて拝み打ちに打ち下ろして来た。


「とった!」


 この局面はディアスの十八番だ。すべる様に棒を握る手を持ち替え、斜めに受けるやくるりとまわして絡め取り、打ちおろしの勢いを斜め後ろに逃がす。手品の様にセヴェリの手から抜けとんだ木斧は、明後日の方向に飛んでいった。


「・・・今のは、すげぇな。なんで俺の手からすっぽ抜けちまったんだ?」


「ふふ、相手の力を利用したり、力の向きを変えてやって、武器を飛ばしたり、圧し折ったりする、技術さ」


「ほーう・・・。お前の地元は進んでるんだな。まあ、これで一対一だ。次だ!」


「よし、勝負!」


 三ラウンド目は、二人の攻撃が真っ向からぶつかり合う壮絶なものとなった。致死の半円が二つ、立ち位置を変えながら接触し続ける。打ち払い、受け止め、隙をつく。その戦いは徐々にディアスに有利となっていく。膂力と敏捷性でまさる上に、斧というものは切断しか出来ないがディアスの本来の装備は斧槍・・・いわゆるハルバード状のものだ。刺突・斬撃・鉤による拘引など、修練が必要なかわりに多様な戦術がその長所であり、そこを押し付けることによって変幻自在の攻撃に次第にセヴェリは対処できなくなっていく。

 ディアスに利き腕というものは存在しない。なめらかに体勢を入れ替え、対処しづらい上下や左右からの連撃に、ついにセヴェリの手元から木棒が弾き飛ばされた。乾いた音とともに地面に転がる。


「っかあー・・・速い、重い、技が多い!おまえはすごい奴だな」


「いや・・・ここまで張り合える相手が居ることが、驚きだよ。一瞬でも失敗していれば、負けるのは俺だった」


「ぐぬ・・・なんどか惜しい所はあったんだがな。足さばきに翻弄されてとりに行けなかった。こりゃ教えを乞うべきだな。だめとはいわねぇよな?」


「ああ。もちろん」


 そういってしばし感想戦に興が乗ったところで、宿の裏口からぱんぱんと手を叩く音が聞こえてきた。二人が振り返ると、そこにはデニサが布巾で手を拭いながら笑顔で立っている。


「あんたたち、ほんとにすごい戦士なんだねぇ。打ち合いの音がこっちまで聞こえてきたよ。さ、汗を流してきな!朝飯が待ってるよ!」


 二人は顔を見合わせると、笑いあいながら井戸へと歩いていく。


 結局食事のあとも、日が傾くまで二人はお互いに教えあいながら、修練にはげんだのであった。

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