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009

 “槍と角笛”組合の建物を出た後、ディアスはふらふらと路地を歩いていた。日も落ちてきて辺りは闇が支配し始めている。入手できた数少ない情報によると、宿は三箇所あるらしい。一箇所はすでに追い出されてしまったため、残り二箇所のどちらかで宿泊できなければ、また野宿に逆戻りである。

 

「しまったな。組合の男に獣人が泊まれる宿を聞けばよかったか」


 そうぼやきながら石畳の町並みを歩いていくと、長柄の大斧を担いだディアスよりも体格のいい男がこちらに歩いてくる事に気づいた。鎖帷子を身に纏い長いマントを羽織っており、闇をも通す”炎の瞳”でそちらを伺うと、側頭部の獣の耳が見えた。獣人である。


「やあ。あんた、傭兵かい?」


 ディアスは思い切って、親しげに手を上げて話しかけてみた。このままさ迷っていても夜はくれるばかりであるし、町の人間に聞いたところで色よい返事は期待できない。それならばいっそ、この町に詳しそうな同族―と言えるかは分からないが―に聞いて見るのもひとつの手だ。


「・・・・・・なんだ、お前。見たこと無い種族だな。獣人か?」


 男は少し警戒した風に、距離を取ってディアスの顔を眺める。その視線は主に二本の後頭部に向かってのびる真紅の角に注がれている。言われてみれば、獣人達は皆哺乳類系のオプションがついた人類といった風情で、今のところそれ以外を見ていない。


「はるか遠くから・・・・・・だと思うんだが、事故で、ここらに来てしまって、差別に苦労してる。竜人のディアス・マキシマだ。まあトカゲの獣人、みたいなものさ」


 肩をすくめつつ務めてフランクに言って笑いかける。少し警戒を解いた大柄な男は、ごりごりと顎をさする。


「ほー。竜の獣人なぁ。この辺りじゃ見たことも聞いたこともねぇ。あー、お察しの通り俺は傭兵のセヴェリ・モルグレム(モルグの子セヴェリ)だ。これでもここらじゃ名が通ってるんだぜ」


名を素直に教えてくれたところからも、ディアスは直感的に悪い男では無いと見た。男臭いひげ面は一見威圧的な容貌に見えるが、その瞳は人好きのするものだ。


「じゃあ、俺にとっては、大先輩にあたるな。先ほど、傭兵組合に行って来た。セヴェリさんも、大刃ヒヒの仕事、出るのか?」

 

「さんなんてつけるな、気持ちわりぃ。セヴェリでいい。大刃ヒヒの仕事は俺も出ることになってるが、まさかその格好で来る気じゃねぇだろうな」


 確かにディアスの今の格好は、キルティングされたチュニックにズボン、皮と木の靴に短いマントと槍さえ持っていなければ一般人とさして変わらない。


「いや・・・・・・ホルムも、作ってもらえないほど、金は無い。鎧なんて、とてもじゃないが、買えないだろう」


「だろうな。帷子どころか皮鎧も持ってねぇからな。だが立ってるだけで分かる、腕は立つんだろう?」


 自分で名が通っていると言うだけあって、見る目もセヴェリにはあった。ディアスの立ち居振る舞いから尋常の戦士で無い事をすぐさま見抜いたのである。


「今のところ、戦果は、鎧イノシシ二匹、追いはぎ十人、だけだが、はは」


 そう謙遜してみせると、ひゅうと口笛を吹くセヴェリ。


「一人でか?そいつはすげぇ。鎧無しでやれるってことは、食らわない自信があるってことか。だが大刃ヒヒはやべぇぜ。一回仕事でやりあった事があるが、帷子無しじゃまともに近づけねぇぞ。他の傭兵共も、たいがいは弓を持っていくだろうよ」


暗に弓を用意するべきだと言っているが、ディアスに弓は使えない。その剛力で高威力の弓でも引けるだろうが、練習しなければまともに当てられないだろうし、そんな時間も無い。


「残念だが、俺は槍一筋で、弓は使えない。金も無いし。仕方が無いから、体一つで、挑んでみるさ。本番では、頼りにしてるよ」


 そう言って手を差し出すと、セヴェリもがっしりとその手をつかんだ。握手の文化はここでも変わらない。


「おうよ、任せな。生きて帰れば銀貨二十枚だ、死なんようにな。そういえばよ、お前さん飯は食ったか?よければ一杯、つきあわねぇか」


 肩身の狭い獣人同士、それも腕の立つ戦士同士ということもあってか、セヴェリはディアスをずいぶんと気に入ったようであった。ナーゼル地方の文化では、杯を交わし飯を共にすれば同胞として認め合うことになっている。


「いや、まだ宿も、見つけてなくてな。亜人は泊めれないって、断られてしまってさ」


「そいつはいけねぇ。この街じゃ獣人を入れてくれる宿は俺がねぐらにしてる『デニサの大鍋』だけだぜ。よし、俺についてきな」


 ばんと肩を叩き、にこやかに歩き出すセヴェリの背中に、頼りになる男と友人になれた幸運に感謝しつつ、ディアスは後を追った。

 



 結局デニサの大鍋亭は、門に程近い場所にあった。それほど上等とは言えない宿構えだが、気風の良さそうな四十がらみの女将が切盛りしており、セヴェリが声をかけて入っていくと女将も威勢よく対応してくれた。


「おうデニサ、戻ったぜ。俺とこいつに飯とコリンガを頼む。たっぷりな」


「おやセヴェリ!そっちはお仲間かい?泊まるなら銅貨で五枚、酒は杯で一枚だよ!いらっしゃい!」


 太っちょの女将は大声でそういうと、厨房に怒鳴るように注文をいれてくれる。


「やあ。俺はディアス。よろしく、頼みます」


 そう言って銅貨を番台の様な机の上におく。女将はじゃらりと銅貨をつかみ上げ、エプロンに入れるとにかっと笑って応じた。


「ここを見つけるのに苦労したって面だね、兄さん。獣人さんを他所は入れてくれないからね。長生きして末永く頼むよ!」


 歯切れがよすぎる物言いにディアスが苦笑していると、セヴェリが笑いながら肩を組んでくる。


「はっはっ、デニサはえらく元気なおばさんだろ?。俺も世話になってるんだ。さ、飯が来る。食おうぜ」


 食事はあいも変わらずのオートミール状のものだったが、数切れの肉が浮いているし、コリンガに藁屑が混ざっていることも無かった。それだけでディアスにとっては良い夕飯である。大きな木のジョッキを合わせると、二人揃って一気に飲み干した。


「ふーっ、うめぇな」


「ああ、美味い」


「いける口だな、ディアス!そう来なくちゃな」


 コリンガはエールの様なもので、それほど度数は高くない。加えて「ディアスの肉体はどうも酒に強いらしく、頬と胃が熱くなるものの悪酔いするようなことは無い。存分に酒を楽しむ事が出来るのは幸運だった。


 二人は夜が更けるまで、傭兵の仕事話やこの街に対する悪態に花を咲かせ、何杯も杯を重ねたのだった。

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