第7話 受験生からの依頼その四 出席チェックが面倒
その日の依頼は、珍しく具体的なものだった。
『毎朝の出席チェックが面倒なので、何かいい案はないか』というものだ。
おたぬき様が小首をかしげる。
「面倒も何も、ただピピッとするだけだろうに? 何が面倒なのだ?」
「それが面倒なんだよ」
静夜がそう言うと、隣でこすずちゃんもうんうんと頷いていた。
確かにおたぬき様の言うとおり、出席確認は電子カードを機械にピピッとかざすだけで一瞬で終わる。
だが毎朝その作業をするとなると、どうにも面倒に感じてしまうのだ。
しかも忘れてしまった日はそれだけで欠席扱いとなってしまう。高校のときのように、担任が面倒をみてくれる、なんてことはない。欠席が続けば親へ連絡がいってしまう。
おたぬき様がばさばさと扇子で扇ぎながら口を開く。
「そもそもだが、私は出席確認など不要だと思うが。浪人までして親の金で予備校に来ていて、授業をさぼる生徒などおるのか?」
その言葉に、静夜とこすずちゃんは全力で目をそらす。できる限り力一杯そらせる。
真穂さんがにこにこしたまま答えた。
「たまには、息抜きしたいことが誰にだってあると思うわー」
「ふむ。そういうものなのか」
「わたしはだから、自分でアルバイトしてお金を貯めて、自分のお金で授業料を払って、自分の意思で授業をサボるようにしてるわ」
「さすが貫禄の三浪」
おたぬき様が呆れたような表情になる。
目を精一杯そらしながら、こすずちゃんが口を開いた。
「でも、どうしても馬が合わない先生っているじゃないですか。そういう先生の授業を受けるくらいなら、サボって自習してた方がいいと思うんですよ」
「ほう。ではこすずよ、あえて問おう。おぬし、サボったときはちゃんと自習しておるのか?」
こすずちゃんが胸を張って強い口調で言い返す。
「するわけないじゃないですか!」
すっと静夜はこすずちゃんに手を差し伸ばす。こすずちゃんは力強く静夜の手を握ってくる。二人の友情が深まった。
パンパンと真穂さんが手を叩いた。
「議題を戻しましょうー。確かに出席チェックは面倒だけど、昔に比べて便利になったわー。わたしがここに初めて来たときは、まだ一々出席カードに書いて提出してたのよ」
「けどそれなら、カードの余分を事前にちょろまかしておけば、友だちに提出してもらって出席を簡単に偽れそうだな」
「毎日カードの色が違うの」
「あー、なるほど」
「だから全種類のカードをそろえておくと、サボるときに楽になるのよ。コンプリート特典かしら」
真穂さんがいい笑みを浮かべる。サボリに関しては彼女の方が何枚も上手そうだった。
ぽんとおたぬき様が扇子で自分の肩を軽く叩く。
「ふむ。つまり結論としては、『昔に比べればましだから面倒だとかほざくなこのカスが』という感じでよいか」
「もっとオブラートに包め」
「ふむ。では、『今も大変かとは思うが、昔に比べれば手間も減り、かなり楽になったので、これからも毎日勉学に励むように。このカスが』でいいか」
「異議ありません」
こすずちゃんが満足そうに同意する。真穂さんもうんうんと頷いている。
この時点で多数決の結果はすでに出ているため、静夜はもう何も言わないでおく。また依頼者が減りそうだとは感じつつ。