第6話 かわいくない
いつもは元気いっぱい明るいこすずちゃんが、珍しくふてくされた表情をしていた。普段は寝癖だらけの彼女のサイドテールが、いつにも増して乱れている。
何かあったのかと尋ねると、こすずちゃんはきゃろきょろをあたりを見回す。おたぬき様と真穂さんは依頼者発掘のため校舎内を巡回していて不在だった。
こすずちゃんは静夜の目を見ながら口を開く。
「かわいくない、って言われたんですよ。隣の席の女子に」
「そいつは無事で済んだのか?」
「どういう意味ですか?」
「他意はない」
「もちろん下剤を飲ませて苦しませましたけど、それでも『かわいくない』って言われたことが結構ショックで」
「ふむ」
静夜はこすずちゃんにじっと視線を注ぐ。
正直に言えば、彼女の見た目は抜群にかわいらしい。この予備校に通う生徒の中でもおそらくトップクラスだろう。
だが一方で、評判はあまりよろしくない。何種類もの薬を持ち歩いているというだけで、周囲から避けられている節がある。
「どうすれば、かわいく思われるんでしょうか?」
こすずちゃんが静夜の顔を覗き込んでくる。彼女のサイドテールがふわりと揺れた。
なんと答えるかしばらく考えてから、静夜は無難な答えを返しておく。
「こすずちゃんは今でも十分かわいいと思うが」
「そう見えるのは静夜さんの目が腐ってるからだと思います」
「自虐なのか罵倒なのかどっちだ」
「でも、かわいいって言ってもらえると、うれしいですね」
こすずちゃんが小動物のような愛くるしい笑みを浮かべる。何か照れくさくなり、静夜は本で自分の顔を隠す。
するとこすずちゃんが本をノックしてきた。
「なんだ?」
「静夜さんって、二年目の浪人生なんですよね?」
「それがどうかしたか?」
「浪人生として過ごす何かコツみたいなのってありますか?」
静夜はすぐに答えを返す。
「ギャンブルに手を出さない」
パチンコやパチスロにはまり、そのまま帰ってこなかった浪人生たちを静夜は何人も知っている。
こすずちゃんが小首をかしげる。
「でも浪人自体がギャンブルじゃないんですか?」
「そういうことはみんなに言うなよ。胃を痛める」
「じゃあ積極的に言っていきたいと思います!」
ちらりと覗くと、こすずちゃんは目を輝かせていた。そういうドエスの部分がかわいいという評判から遠のく原因じゃないんだろうかと感じたが、静夜は口には出さないでおく。
と、こすずちゃんがごそごそとカバンを漁り、一冊の参考書を取り出した。
「あの静夜さん、ちょっといいですか? 質問したいことがあって」
「無理だな。ルール違反だ」
「え、質問さえ駄目なんですか?」
「ああ」
「分かりました、次から気をつけますね」
こすずちゃんが素直に参考書を鞄にしまう。
このお狸部屋ではいくつかルールが定められている。その中でももっとも重要なものが、『この部屋では決して勉強をしない』というものだ。
予備校という施設に反するようなルールだったが、おたぬき様はかたくなにそのルールを守ろうとしていた。
「じゃあ代わりに、別のことを質問させてください」
「なんだ?」
「静夜さん、最近体の調子はどうですか?」
「なんだ急に?」
「いえ、以前お話しした呪いが趣味の子が、静夜さんへの呪いを成功したと喜んでいたので」
「……それ、本当なのか?」
静夜の額から冷や汗が流れる。
こすずちゃんは今日見せた中で一番のかわいらしい笑顔になって答えた。
「もちろん、冗談ですよ」
本当に、かわいらしい笑みだった。