第42話 祈願
いよいよ明日、静夜が一番に希望する大学の試験を迎える。
静夜は、おたぬき様お手製のお守りをもらうため、お狸部屋を訪れた。
「おぬしが一番最後だ」
おたぬき様がそう言って、大きめのお守りを渡してくる。お守りには彼女の達筆な字で『合格祈願』と力強く書かれている。
「ありがとな」
「おぬしにはもう渡したと思っておったが」
「去年作ったのなら貰ってる。けど今年のは今年ので、御利益がありそうだからな」
静夜が笑むと、おたぬき様も小さく笑う。
お狸部屋には、静夜とおたぬき様以外は誰も居ない。二人きりになるのは久しぶりのように思えた。
「何か遊んでいくか?」
ごそごそとおたぬき様はおもちゃ箱を漁り出すが、静夜は首を横に振った。
「いや、帰って勉強してくる」
「そうか。それは残念だ」
そう言いながらも、おたぬき様は柔らかい笑みを浮かべていた。
静夜は鞄の中から細長い箱を取り出し、おたぬき様へ差し出す。彼女は小首をかしげた。
「なんだ、これは?」
「ただの扇子だ。世話になった礼だ、受け取ってくれ」
おたぬき様が失笑する。
「たわけ、そういうのはすべてが片付いてから渡すものだろうに。それに私は何もしていない。ただこの部屋を提供しただけだ」
「いらないなら持って帰るぞ」
「待て待て待て」
慌てておたぬき様が扇子を受け取る。
すぐに彼女は箱を開けようとしたが、その手がふと止まる。彼女は箱を机の上にそっと置いた。
「開けないのか?」
「みなの試験結果が出るまで、楽しみは取っておくことにする」
「なら痛まないよう冷蔵庫に入れておいてくれ」
「静夜よ」
「なんだ?」
おたぬき様がじっと瞳を見つめてくる。
静夜もそらさずに、まっすぐに見つめ返す。
「おぬしにとって、この一年はどうだった? 辛かったか?」
「いや……わりと楽しかったなんて答えたら、怒られるか」
おたぬき様は言葉を返す代わりに、すっと人差し指で静夜の胸を指差してくる。
静夜が黙ったままでいると、彼女はそっと口を開いた。
「ありのままの自分を受け入れよ。自分を馬鹿だと思うのなら、馬鹿な自分を愛せ。偽る必要はない。馬鹿だと胸を張って進んでいけ。それは何も悪いことではない」
「明日試験のやつに、バカバカ言わないでくれ」
静夜が苦笑すると、おたぬき様はにかっと笑った。
「冷蔵庫にプリンが入っておる。持って帰るがいい」
「お、ありがとな」
冷蔵庫に歩み寄り、中からプリンを取り出す。高そうな瓶に入ったプリンだ。
「消費期限もまだ八日しか過ぎておらん、安心してよいぞ」
プリンを投げ捨てるモーションに入る。だがゴミ箱が見当たらない。
「ゴミ箱はどこいった?」
「あまり縁起のいいものではないからな。今だけ撤去しておる」
そう言いつつ彼女の視線は泳ぎまくっていた。どうやらプリンを捨てられないよう事前に工夫したようだ。
プリンに視線を落とすと、記されている消費期限は明日だった。
静夜が判断に困っていると、おたぬき様が笑いながら声をかけてくる。
「さっき真穂が買ってきてくれたものだ。安心しろ」
「真穂さん、来てたんだな」
「いまだに毎日のように来ておるぞ。ほんと、毎日、来る」
おたぬき様が胃を痛そうにしている。扇子よりも胃薬を贈るべきだったか。
「ずいぶん真穂さんは余裕があるんだな」
「まあ、あやつはあやつなりに色々考えておるのだろう。おぬしは自分の心配だけしておれ」
「そうだな。帰るか」
外に出ようとして、ふと振り返る。おたぬき様はホワイトボードに大きな文字で『合格祈願』と書き出した。
そんな彼女にしばらく視線を注いでから、静夜は静かにお狸部屋をあとにした。




