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第40話 おたぬき様の正体 その二

 センター試験までいよいよ十日を切った。

 慌てる者、開き直るもの、現実逃避する者さまざまだったが、そんなことはさておき、お狸部屋には今日も一同が集まっていた。


「センター試験など眼中にない。むしろ見えない」


 と静夜が口にすれば、こすずちゃんも激しく同意してくる。

 一方で真穂さんと志野ちゃんは、二人で雑誌を見つつ新しいバイトを物色していた。

 おたぬき様が湯飲みでお茶をすすりながら言葉を漏らす。


「……来年がある、か」


 おたぬき様は遠くを見つめている。

 と、コンコンコンとドアがノックされた。

 入り口近くに居た志野ちゃんがドアを開けると、見知らぬ十歳ほどの少女が中へ入ってきた。お団子頭の可愛らしい少女だった。

 少女は部屋に入るなり、礼儀正しくぺこりと頭を下げてくる。

「あら」

 その子を見ると、真穂さんがすっと移動して、その子をゆっくりと外へ連れ出す。ぱたんとドアが閉まる。


 静夜とこすずちゃんが顔を見合わせていると、おたぬき様が説明してくれた。


「さっきのは真穂の妹だ」

「へぇ。結構歳が離れてるんだな」

 ガチャとドアを開けて、真穂さんが戻ってくる。彼女はいつものように優しい笑みを浮かべながら事情を説明してくれた。

「あの子、センター試験直前なのにわたしが部屋で勉強していないから、心配で来てくれたみたい」

「それでわざわざ来てくれたのか。というか予備校にいるのに心配で見に来てくれたんだな」

「わたしのことはよく知ってる子だから」

 真穂さんがお狸部屋で何をしているかくらい、妹にはお見通しらしい。

 いつもより素早い動きで真穂さんが荷物をまとめていく。

「真穂、帰るのか?」

 おたぬき様が声をかけると、真穂さんは笑みを浮かべながら頷いた。

「はいー。あの子を送り届けてくるわ。それが終わったらすぐ戻るので」

「そうか、戻ってくるのか。ならついでに胃薬を買ってきてくれぬか。胃が痛い」

 おたぬき様が瞳を濁らせたまま笑みを浮かべる。

 真穂さんは了承すると、すぐに部屋から出て行った。


 彼女が去ったのを見届けてから、ぽつりとこすずちゃんが言葉を漏らす。

「いいですねぇ、妹。あたしも欲しかったです」

「俺は妹より合格手形が欲しい」

「あたしは妹の方が欲しいです!」

 おたぬき様がさらに胃を痛めたのか、力なくソファーに倒れ込む。

 慌てた志野ちゃんが、おろおろした様子で大きな白い布をおたぬき様の顔にかぶせる。それはこすずちゃん独特の寝方であり、おたぬき様には不向きだ。


 静夜はささやくようにこすずちゃんに伝える。


「これ以上はおたぬき様が息絶える。どこか喫茶店でも行くか」

「あ、ならちょっと勉強のことで聞きたいことがあるんですよ」

「正気か?」

「あたしだってたまには気の迷いで勉強したくなることもあります」

「よし、出るか」


 荷物のたくさん入った重い鞄を持ち上げる。珍しくぎっしり入っているのは参考書だ。元から喫茶店で勉強するためにいろいろ持ってきていた。


「志野ちーも来ますか?」

「あ、はい!」

「じゃあ三人で行きましょう。おたぬき様、もし息が続いていたらでいいので、真穂さんが帰ってきたらみんな喫茶店にいると伝えておいてください」

 おたぬき様が死にかけの魚のようにびくんと体を動かして頷く。倒れ込んだせいか、おたぬき様の頭上にあるたぬき耳がずれていた。カチューシャ部分が見えている。志野ちゃんが慌てて白い布をかけたのも、そのことを隠そうとしたのだろう。全然隠せていないが。


 静夜は何も言わずに、こすずちゃんたちと一緒に外へ出た。おたぬき様の正体がなんであれ、世話になったことに変わりはない。



 センター試験まであとわずか。

 勝負のときは、確実に迫っていた。

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