第4話 委員会の過去
受講している授業がすべて終わり、静夜はいつも通りおたぬき部屋に来ていた。今日は珍しく真穂さんと二人きりになった。
おたぬき様とこすずちゃんは二人して近所のコンビニへお菓子を買いに行き、静夜たちは留守番をしている。
静夜が窓際のイスに腰掛けながら小説を読んでいると、紅茶を飲んでいた真穂さんが声をかけてきた。
「静かね、今日は」
「やかましいのが居ないからな」
「なんだか昔の委員会を思い出すわー」
「昔って?」
「静夜くんとこすずちゃんがここへ来る前、わたしとおたぬき様の二人だけだったときのころ」
静夜は読んでいた哲学書を閉じ、真穂さんに視線を向ける。彼女は腰まで伸びた長い黒髪をそっとなでていた。
「おたぬき様は一人でやかましかっただろ」
「いいえー。とても静かだったわよ。それこそたぬきうどんに入っているたぬきみたいに」
「……想像できないな」
静夜の中で、おたぬき様はいつでも何かと理由を付けて騒いでいるようなイメージだった。
真穂さんが間を置いてから口を開く。
「静夜くんとこすずちゃんがこの委員に選ばれて、ここへやってくるようになって。それからよ、おたぬき様が明るく元気に騒ぐようになったのは」
「選ばれた、か」
静夜はそのときのことを思い出し、失笑する。
おたぬき救済委員会は誰でも入れる委員会ではない。校舎内で神の遣いとされる子だぬきを目撃したものだけが入ることができる。
静夜もそうだったが、たいてい子だぬきが見つかるのはトイレの個室だというから、なんと神々しいことか。
このお狸部屋に入ることができる者は限られている。子だぬきを目撃しなかった者が入ろうとしても、鍵がかかっており入れない。
その話を聞いたことがあった静夜は、ものは試しにと開かずの間だった部屋のドアを開けてみた。それがこの部屋へ通うようになったきっかけだった。
「静夜くんは、おたぬき様のことをどう思ってるのかしら?」
「どうっていうと?」
「心配なのよ。実は静夜くんが、彼女のことを疎んじているんじゃないかって」
静夜はどう答えようか一瞬迷ったが、正直に答えておくことにする。
「嫌っちゃいない。もし嫌いだったら、ここに来てないだろ」
真穂さんがにっこりと笑みを浮かべる。
「それはよかったわ。もしかして静夜くんが生粋のどエムで、嫌なのに快感を味わうためにここへ通っているのかと心配してたのよ」
「全力で否定させてもらおう」
「じゃあ生粋のどエスなのね。なるほど」
真穂さんがうんうんと頷いている。静夜は否定しようとしたが、何を言っても通用しないような気がして反論はしないでおく。
と、不意に外が騒がしくなる。
開け放たれた窓から外を見ると、どうやらおたぬき様とこすずちゃんが騒ぎながら戻ってきたようだ。手にはぱんぱんにふくれあがった袋を持っている。
「あいつら、どれだけ買ってきたんだか」
「きっと静夜くんを餌付けするつもりなのよー」
「俺をお菓子で釣れるだなんて、甘い考えだな」
「なおここに、静夜くんが以前から食べたがっていた季節限定のチョコレートがあります」
真穂さんが笑顔でそのチョコレートを机の上にことんと置いた。
静夜は「ありがとうございます」と頭を下げながら、ありがたくいただくことにする。
やかましい二人にあとで横取りされるのを覚悟の上で、静夜はチョコレートをゆっくりと味わって食べることにする。にこにこ笑みながらじっと見つめてくる真穂さんに、照れくささを感じながら。