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第37話 受験生からの依頼その十九 頭が真っ白になる

「安心しろ、おぬしらの頭は最初から真っ白だ」


 おたぬき様が開口一番そんなことを言ってのけてから、今回の議題を発表する。

「今回は『試験で問題が分からないと、とたんに頭が真っ白になる。どうにかしたい』というものだ。おぬしら、何かよい案はないものか?」


 その問いかけに、珍しく志野ちゃんがトップバッターで手を挙げた。


「あの、わたし、すごくわかります」

「志野も真っ白になりやすいのか?」

「はい、よく階段で転ぶことがあって、頭をぶつけていつも真っ白になって」

「病院へ行け」

「で、でも試験中もよくパニックになって真っ白になっちゃうんですよっ」

「ふむ。確かに志野は学力的には申し分ないからのう。あとはメンタル面か」

 そう言いながらおたぬき様が手帳に何かをメモしていく。あとでクラス担任に相談にでも行くつもりなんだろうか。


 マスクをしたこすずちゃんが咳き込みながら手を挙げる。


「あたしに妙案があります」

「それよりこすず、おぬしこそ病院へ行け。まだ風邪が治っておらんのか」

 彼女の風邪はもう一週間近く続いている。咳も治るどころか悪化しているように思えた。

 だがこすずちゃんは強気に言い返す。

「この程度、たいしたことはありませんよ。ただ、もしあたしが不合格になった場合は、この風邪のせいです」

「ま、まさかおぬし、受験までその風邪をキープするつもりか……!」

 おたぬき様が驚愕すると、こすずちゃんは不敵な笑みを浮かべた。

 呆れた様子でおたぬき様はおもちゃ箱を漁ると、中からハリセンを取り出す。こすずちゃんは席を立って隅へ逃げた。

「まあ、その調子なら風邪もすぐ治るだろう。話を戻して真穂、議題について何かあるか?」

 真穂さんが頷きながら言葉を返す。

「困ったときは、魔法の呪文を唱えましょう」

「というと?」

「『来年があるわ』」

 おたぬき様は遠慮なくハリセンで静夜を叩いた。

「して静夜、おぬしは何かないか?」

「ようは緊張しないようにすればいいんだろ? なら俺のおすすめは、試験が始まったらすぐ問題を解くんじゃなくて、しばらく周りを見渡してみることだな。あまりきょろきょろしすぎるとカンニングを疑われるから、ほどほどにしつつだが」

「ほう。そうするとどうなる?」

「周りが必死になっているのを冷静に眺めていると、だんだんと『ああ、自分は何をしているんだろう。早く帰りたい』と妙に落ち着くことができる」

「それを実践する価値はあるのか?」

「俺はそれで浪人できた」


 ハリセンを持ったままおたぬき様が悩ましげに腕を組む。


「うーむ、五人も集まっておるのにろくな意見が出てこない。なぜだ」

「俺たちをもっとみくびろ。期待にはいつだって失望で応えてみせる。というか、まだおたぬき様の意見が出てないが」

「私か? そうだのう。……豆腐か」

 その言葉に一同は小首をかしげる。

 真穂さんがみんな代表して尋ねた。

「どういう意味かしら?」

「そのままの意味だ。頭が真っ白になったと思うからパニックになる。よって今は頭が真っ白なのではなく、頭一杯に豆腐のことを考えていると思うようにする。そうすれば少しは落ち着きを取り戻せるかもしれん。保証はしない」

 言っている本人も自信がないのか、声が尻すぼみになっていく。だがその案を聞き、こすずちゃんが興味を持った。

「効果があるかどうかはさておき、面白そうですね。志野ちー、今度の模試で試してみませんか?」

「え、えっと……わかった、試してみる」

 というわけで依頼への回答は、試したあとに回すことになった。



 その後日。

 予備校で行われた模試で、静夜は志野ちゃんと同じ部屋になった。

 一教科目の試験が始まる。

 志野ちゃんの結果がどうなるかを心配しつつ、静夜は周りを見渡してから問題を解き始める。


 問題を解き始めてから十分後。

 静寂が包む試験部屋の中で、不意に誰かのお腹が鳴った。志野ちゃんの方からだ。

 まさかと思ってちらりとそちらを見ると、志野ちゃんが顔を真っ赤にして顔をうつむかせていた。どうやら豆腐により持たされるものは、リラックスではなく空腹だったらしい。


 その後、志野ちゃんの強い要望により、この豆腐作戦は闇に葬られることになった。

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