第30話 運動
ある日の夕方ごろ。
お狸部屋で静夜とこすずちゃんが二人で日程の調整をしていると、おたぬき様が話に加わってきた。
「私も混ぜろ!」
「おたぬき様も来るか? ボルダリングをする予定なんだが」
「ぼるだりんぐ?」
こすずちゃんがボルダリングジムのパンフレットをおたぬき様に差し出す。
「ここです。最近、近くにできたらしくて」
「何をする所なんだ?」
「ボルダリング――まあ要するに、壁登りですね」
「で? 登ってどうするんだ?」
「いえ、登るだけですよ」
おたぬき様がけげんそうな顔つきになる。
「それの何が楽しいんだ?」
「運動にいいんですよ。それに結構楽しいと話に聞いたので」
「おぬしらは受験という名の絶壁を登るだけではまだ物足りんのか?」
「勉強ばかりで体がなまってるから、たまには動かそうとしてるだけですよ」
「勉強ばかり……?」
おたぬき様が視線を注ぐと、こすずちゃんはすぐさま目をそらした。
静夜は指でパンフレットを弾く。
「なんにしろ行ってみるつもりなんだが、おたぬき様も来るか?」
「むろんパス。私は登るよりも寝転がっていたい」
ソファーにおたぬき様がダイブして、ごろごろし出す。
すると話を聞いてた真穂さんが、パンと手を叩いた。
「運動会をしましょうー」
おたぬき様が耳をふさいで何も聞いてないアピールをする。こすずちゃんも携帯をいじりだして返事をしそうにないので、静夜が口を開く。
「真穂さん、何か言ったか?」
「はいー、みんなで運動会をしましょう。予備校で運動会をしても、別にいいと思うのよー」
「体を動かすだけなら、個人でできると思うんだが」
「でも運動会をしたら、いい歳した女性のブルマ姿を見られるわよー?」
「最近はジャージが主流だろ」
「わたしの高校はブルマだったわよ?」
「……真穂さんのブルマ姿か」
静夜が想像しようとすると、不埒な気配を察したこすずちゃんに頭をはたかれた。
気を取り直して、真穂さんの提案をなかったことにするため、それとなく話をそらしてみる。
「運動したいなら、真穂さんもボルダリングに来るか?」
「わたし、そこのジムなら行ったことあるわよー」
「お、そうなのか? どうだった?」
真穂さんがにっこりと笑みを浮かべる。
「とってもスリリングだったわー」
「そんなに高難易度だったのか?」
「設備がぼろぼろで、登ってる途中ですぐ壊れたの」
静夜はジムのパンフレットをびりびりと細かくちぎっていく。ゴミ箱をこすずちゃんが持ってきてくれた。
パンフレットを捨てていると、耳をふさいだままおたぬき様が口を開いた。
「私は恥ずかしいからブルマなど絶対はかないぞ」
「おまえばっちり聞いてるじゃねえか」
「そもそも受験生に運動など必要なのか?」
「いや、そりゃ必要だろ?」
「運動好きな者が体を動かすのは良いと思うが、運動嫌いな者が『受験勉強では運動も大切』と人から聞いた話を鵜呑みにし、嫌々運動するのは逆効果な気もするが。運動している暇があるなら息抜きにゲームでもしていろと言いたい」
「間違ってるのか正しいのかよくわからない正論だな」
「ためになったと思ったら、もう少し私をあがめてくれていいんだぞ?」
おたぬき様がそう言って不敵な笑みを浮かべるので、静夜はそんな彼女の頭を荒くなでておく。おたぬき様からうなり声が上がる。
こすずちゃんはおたぬき様の言ったことに感銘を受けたのか、言われたとおりに、さっそくカバンから携帯ゲーム機を取り出し、胸を張ってゲームを始めた。




