第3話 受験生からの依頼その二 嫌いな教師が居る
「今週初めてとなる依頼だが」
おたぬき様が嬉しそうに声を張る。
今日の委員会には、静夜とこすずの二人が出席していた。真穂さんはバイトで欠席だ。彼女は週の半分以上をバイトに費やしている。浪人生を色々な意味で謳歌しているらしい。
「静夜、ちゃんと聞いてるか?」
「聞いてる、続けてくれ」
「うむ。今回の生徒からの依頼だが、なんでも嫌いな教師が居るそうだ」
「……で?」
「その教師は裏で悪逆非道の限りを尽くしているとのことだ。だから隠密に処理してくれ、というのが今回の依頼だな」
「俺たちは殺し屋か」
興味をなくした静夜は、読みかけだった小説を手に取り、再び目を通し出す。
一方こすずちゃんは依頼に関心があるようだった。
「あのおたぬき様、その嫌いな教師って誰のことか書かれてますか?」
「うむ。数学担当の、田中先生らしい」
「意外だな」
一応耳を傾けていた静夜が口を挟む。
田中先生は人畜無害教師の代表格とも言える先生で、好きだという話も聞かないが嫌いだという話も聞いた覚えはなかった。
「本当に田中先生なんですか?」
こすずが尋ねると、おたぬき様はもう一度依頼書に目を通してから、大きくうなずきを返してきた。
「ここにしっかりと書かれておる。ほれ、見てみろ」
「むー。ほんとですね」
「こすず、何かいいアイデアはないか?」
「毒物が手早いと思うんですが、でも今日は持ってきてないですよ」
「違う。穏便にこの件を済ませる方法について聞いておる」
おお、と静夜は内心で感心しておく。てっきり過激な手段を提案するのかと思いきや、意外に普通のことをおたぬき様が考えていた。そしてまさか、と気づく。
今日は真穂さんが居ない。
まさか彼女が居ないときは、事態は穏便な方向に向かうのではないだろうか。
そんなことを頭の片隅で考えていると、おたぬき様が愛用の扇子でつんつんと静夜をつついてきた。
「なんだ?」
「静夜は何か案はないか?」
「そうだなぁ。もし何か依頼主と田中先生の間でトラブルがあったんなら、それを突き止めて解決してやったらどうだ?」
「まじめか」
「悪いのかよ」
「個人的にはもっとこう、私の妖術をばんばん使って『さすがおたぬき様! あなただからこそ解決できた!』と褒め称えられるような展開に持って行きたいんだが」
「おまえの妖術なぁ……」
静夜は顔をしかめる。
確かにおたぬき様は妖術が使えるが、未熟なのか単に雑なのか、いつもとんちんかんな結果へと繋がっている覚えがある。
以前、『教室が寒いのでなんとかして』という依頼が来たときも、部屋を暖める妖術を使ったはずが、結果は校舎一面が火の海になり、生徒たちは協力して校舎から脱出をはかり、数々の感動的なドラマが生まれた。
と、こすずちゃんが「はいはい!」と力強く挙手をする。
「こすず、発言を許可する」
「つまり相対的に田中先生の価値を高めればいいんだと思います」
「ふむ。もう少し分かりやすく説明してくれんか?」
「ようするに田中先生よりもっと嫌いな人が身近に居れば、『田中先生はまだましだ』と感じて、好感度も上がると思うんですよ」
「ほう。ではそのもっと嫌いな人物はどうやって用意する?」
「静夜さんが適任だと思います」
突然矛先が自分に向いてきて、静夜は面食らいながらこすずちゃんに視線を注ぐ。彼女は真剣な顔つきをしていた。
「なんで悪役を俺に任せるんだ?」
「あたしたちの良心が痛みません」
「痛め」
「それに静夜さんはもっと嫌われるべきだと思います! この前も、女子にちやほらされちゃって」
こすずちゃんがすねたような表情になる。
思い当たることがなかった静夜は首をかしげるが、やがて一週間前の出来事を思い出した。
「ちやほやってあれか、落とし物を拾ったから、女子に届けたときのことか?」
「そうですよ」
「あれはちやほやって言わないだろ? ただ感謝されただけで」
「静夜さんは知らないでしょうけど、そのあと色々あったんですよ」
「色々って?」
「静夜さんの隠し撮り写真を売ってくれとその子に頼まれたり」
「まじか」
「高く売れました」
「俺の写真でよければ俺が自分で撮っていくらでも売りつけるが」
「その子、呪術が趣味らしくて、呪いのターゲットとして静夜さんに目を付けたらしくて」
静夜は涙をぬぐう。一瞬でもモテたと思った自分が悲しかった。
こすずちゃんがバンッと机を大きく叩いて立ち上がる。
「ともかくその子が静夜さんに悪さをしないためにも、もっと静夜さんの評判を下げて、関わり合いになりたくないと思えるほどのクズに仕立て上げるべきだと」
「俺の身を案じてくれてるんだろうが、俺の身を案じてない発言だな」
今まで黙って話を聞いていたおたぬき様がゆっくりと頷き、ばっと扇子を広げる。
「うむ、話は分かった。つまり静夜がいろいろな女子に手を出し、ちやほやされたがっているクズな男だということだな」
「おまえ全然聞いてなかっただろ」
「だがまあいい。今回の依頼は、私が妖術を使い、クラス担任や要職の人物にそれとなく電話で連絡を入れてみる。もし本当に裏で田中先生が悪さをしていたとしたら、その内にしっぽを出すだろう」
「まじめか」
おたぬき様が依頼書を解決済みのボックスにしまう。こすずちゃんも「一件落着ですね」と納得した様子で立ち上がると、冷蔵庫からデザートを取り出してくる。
俺は少しだけ迷ってから、おたぬき様に尋ねた。
「なあ、もし呪いを掛けられたら、どう対処したらいいんだ?」
その言葉に、おたぬき様はきょとんとした表情を浮かべる。
やっぱりこいつ、まったく話を聞いていなかったらしい。




