第26話 志野ちゃん
「え、えっと、一浪中の志野と言います。よろしくお願いします」
ぺこりと志野ちゃんが頭を下げると、パチパチと周囲から拍手が起こる。
歓迎会の翌日。気が向いたときにだけ来ればいいと言っておいた志野ちゃんが、さっそくやってきてくれた。
こすずちゃんが「はいはい!」と手を挙げ、質問を投げかける。
「志野ちーって、どのあたりに住んでるんですか?」
「志野ちー……?」
「あなたのあだ名ですよ。嫌ですか?」
「ちょ、ちょっと恥ずかしいです」
「じゃあ是が非でもこのままでいきますね。それでどこに住んでるです?」
「わ、わたしの住所を聞き出して、ば、爆弾でも送りつけるつもりですか……!」
志野ちゃんがぴょんと真穂さんの後ろに隠れる。
呆れた表情になりつつこすずちゃんが反論を返す。
「どこの世界にいきなり爆弾を送りつける人が居るんですか。私なら得体の知れない薬品を送りつけますよ」
「はぅ……」
おびえた様子で志野ちゃんがぶるぶると震えている。こすずちゃんが「がおー!」と言うと、志野ちゃんはぴょんと飛び跳ねてかわいらしい悲鳴を上げた。
その光景をおたぬき様は扇子で自分をあおぎながら、満足そうに眺めていた。
そんな彼女に静夜は小声で尋ねる。
「俺たちが事前に希望していたタイプとだいぶ違うようなんだが」
「うむ、その件なんだが。私も精一杯考慮しようと努力したんだが、それよりもこの子を見たときにびびっと来てしまってな」
「実は何か選考の基準とかあるのか?」
その言葉におたぬき様は不敵な笑みを浮かべるだけで、特に何か返事をしてくれることはなかった。
真穂さんが慰めるようによしよしと志野ちゃんの頭をなでる。
「ごめんなさいね。こすずちゃん、同い年の子が来てくれて、ちょっとテンションが上がっちゃってるのよー」
「ち、違います!」
図星だったのかこすずちゃんが露骨に狼狽する。
と、おそるおそるといった感じで真穂さんの後ろから出てきた志野ちゃんが、こすずちゃんに尋ねた。
「あ、あの」
「なんですか?」
「え、えっと。こすずさんって、第三高校でしたよね?」
「そうですけど? よく知ってますね」
「わ、わたしも同じ学校だったので」
「え、そうなんですか? だったら早く言ってくださいよ」
「その、いろいろと、危ないウサワを聞いてたので……」
志野ちゃんの声がしぼんでいく。
それを聞いてこすずちゃんはぱっと目を輝かせた。
「危ないって、絶世の美女がいるとか! 世界から狙われるほどの天才の秀才がいるとか! そんなウワサでしたか!」
志野ちゃんはごまかすように引きつった笑みを浮かべ、静かにこすずちゃんから目をそらした。
代わりにおたぬき様が言い返す。
「こすずよ、もしおぬしが本当に天才の秀才なら、浪人はしていないと思うが」
「冷静に指摘しないでください。傷つきます」
「それに絶世の美女と言うほど、おぬしはスタイルが」
こすずちゃんがおたぬき様にドロップキックを食らわせる。おたぬき様はきれいに吹っ飛んでソファーに着地した。
一方で真穂さんは、さっきからずっと笑顔で志野ちゃんの頭をなでていた。彼女の髪がくちゃくちゃになってきている。
静夜は一人だけイスに腰掛けながら、本を片手に志野ちゃんに言葉をかける。
「まあ騒がしい所だが、また息抜きによかったらきてくれ。普段は受験生の悩みを解決ししようとしている。しようとだけしている」
その言葉に志野ちゃんが食いついてくる。
「そ、それなんですけど、すごいですよね……! 自分たちも受験で忙しいはずなのに、みんなのために活動してるなんて、感動です! さぞ何人もの受験生を救ってきたんですよね……!」
はははと軽い笑みを返しつつ、静夜は気まずさからそっぽを向いた。
志野ちゃんが深々と頭を下げてくる。
「わ、わたしなんかでよかったらぜひ協力させてください! 清水の舞台から飛び立つ覚悟で力を尽くします……!」
「飛び立ったかー」
静夜が窓から外に視線を向けると、空では大きな鳥が飛び回っていた。




