第2話 こっくりさん
おたぬき様。
彼女は見た目はほかの女子生徒たちとそう変わりはない。
違う点と言えば、着ている服が着物である点と、頭にたぬきの耳が生えている点、あとは妖術らしきものが使えたりするなど、ささいな箇所しか違いはない。と本人は思っているらしい。
そんなおたぬき様は最近、こっくりさんにはまっていた。
「若い女の子らしいだろ!」
と本人は胸を張っていたが、静夜は曖昧な笑みだけを返しておく。確かに彼女の見た目は若い女の子だったが、その言動がげふんげふん。
そして今日も、お狸部屋に委員会のメンバーが集まると、こっくりさんをやろうとおたぬき様が誘ってきた。
「よし、やるぞ!」
「プライドはないのか?」
静夜が尋ねると、おたぬき様はきょとんとした表情になる。
「何の話だ?」
「こっくりさんって、きつねの霊の力を借りたもんだろ? たぬきとして、そんなものに頼っていいのか?」
「ふふふ、違うな、静夜」
おたぬき様が不敵な笑みを浮かべる。
「何が違うんだ?」
「私はきつねに頼っているわけではない。もてあそんでいるのだ! きつねたちは私の手のひらの上で踊らされている! なんと愉快な!」
「ちなみにだが、たぬきうどんと、きつねうどんならどっちが好きだ?」
「きつねが美味しい。たぬきは不味い」
「よく分かった」
深く気にしたら負けだと察し、静夜は席に座る。その向かい側に真穂さんがすっと腰を下ろす。いつも彼女はこっくりさんに付き合っていた。
「こすずもしないか!」
おたぬき様が笑顔で誘いを掛けるが、こすずちゃんはほうきがけの手を動かしたまま首を横に振る。
「掃除したいので、お断りします。あとそういう非科学的なものは嫌いだって何度も言ってるじゃないですか」
「ぶーぶー」
おたぬき様が不満の声を出すが、こすずちゃんは涼しい顔をしてほうきがけを続ける。おたぬき様を前にして非科学的などと言い出すのもどうなんだろうかと静夜は思ったが、口には出さないでおく。
おたぬき様がごそごそと隅に置いてあるおもちゃ箱の中を漁り出す。
さっそくこっくりさんを始めるのかと思いきや、ふとおたぬき様が小首をかしげた。
「入れておいた十円玉が見当たらないんだが」
「あ、それならー」
真穂さんはごそごそと足元を漁ると、笑顔で机の上に小さなチョコを置いた。十円チョコだ。
「真穂、私が探しているのは十円玉だ。チョコじゃない」
「化けたのよー」
「……ひょっとして私の用意していた十円玉で、チョコを買ったのか?」
「こっくりさんは、十円玉よりチョコでした方が効果が高いの」
「そ、そうなのか! それは知らなかった、感謝するぞ真穂!」
「いえいえー」
「と、こっくりさん用の紙もないんだが。誰か知らないか?」
「知ってるわよー」
また真穂さんが下の方で何かごそごそと漁ると、やがてテーブルクロスを取り出した。敷いていく。白を基調としながら、花の模様が描かれたきれいなものだった。
「真穂、私が探しているのは」
「この方が効果が高いのよ」
「ほう! 興味深い」
「あとは――」
真穂さんが机の上にクッキーとスナック菓子を並べていく。新作の菓子も並べられ、興味深そうにおたぬき様が視線を注ぐ。
掃除をしていたこすずちゃんが手を止め、部屋の角にある冷蔵庫から四人分の缶ジュースを取り出し、机の上に並べてくれた。
ほうきを横に置き、こすずちゃんが静夜の隣に座ってくる。
小首をかしげるおたぬき様に、真穂さんが説明を始める。
「テーブルクロスを敷いて、お菓子をたくさん並べるっていうこっくりさんの方法もあるのよ」
「そんな方法もあるのか! だがどうやってそれで占うのだ?」
「お菓子を食べて、美味しかったら、明日も幸せだという占い結果が出るわ」
「なるほど! じゃあさっそく食べるぞ!」
おたぬき様が新作のお菓子に手を伸ばし、袋を開けてむしゃむしゃと食べ始める。その姿を真穂さんはにこにこ眺めていた。
静夜は少し迷ってから、真穂さんに尋ねた。
「もしかして真穂さん、こっくりさん、嫌いだったか?」
「いえ、ただ」
「ただ?」
「これ以上きつねさんを呼び出しちゃうと、呪いでこすずちゃんが死んじゃうところだったからー」
隣でジュースを飲んでいたこすずちゃんが噴き出した。静夜は彼女の背中をさすってあげる。そんな光景を見て、真穂さんはくすくすと笑った。
「冗談よ。もう悪いきつねさんは、わたしが祓ったから」
「……それも冗談、だよな?」
静夜が尋ねると、真穂さんはただにこにこと笑みを浮かべるだけだった。