「悪魔と人との」非日常
「とりあえず、そうだなぁ。レンのいた世界について教えて?」
「教える……は良いけど。俺、実はまだこの場所とかについてもよく知らないから、そこんとこ教えてくれると助かる」
教えるという約束をしていてあれだが、まずは色々と知っておかないとこっちとしてもどこをどう説明したものか判断に迷う。そもそも何も知らないニューゲーム的な状況で放り出されたんだ、行き当たりばったりで今までやって来れたのが不思議なくらいだ。こういうのは情報が無きゃまず詰みゲーなのがお約束。
そっか、とリアンは頷く。
「えと、どう説明すれば良いか。とりあえずここは……レンのいた世界じゃない」
「俺のいた世界じゃない?けど、建物とか場所とか、まるでそっくりだけど……」
「そう。『違うけど限りなく似た世界』。それが沢山存在するの、まるで世界を少しずつ違う場所から眺めるみたいにね」
違う場所から眺める。違う視点。見方を変える。
つまりこの世界は、「俺のいた世界」を「色々壊れてるという見方」で眺めてる世界、って事か……?平行世界みたいなもんだろうか。
「世界と世界はある程度影響を及ぼしあってる。だから、例えばこの場所を壊したら、レンの世界のこの場所も壊れる」
「何じゃそりゃ……」
いや、あんまり暴れなくて良かった。今までだって何だかんだ道路とかでぶちかましてきたが、下手したら俺の世界でも大惨事だった訳か。何それ怖い。
「世界には色々と差はあるけど、エネルギーが漂ってる。悪魔とかはそれを『魔力』って呼んでるけど」
「そりゃまた王道な」
え?と首を傾げるリアンに何でもない、と苦笑する。いかんいかん、ついゲームやってる学生として発言してしまった。あんな空想じゃなくてこっちは現実だ、真面目に聞かないと。
「あたしもレンも、そのエネルギーを使って能力を使ってる。能力は大体4種類に分けられるよ」
指を四本、ぴっと立てて俺に見せるリアン。
「赤、青、緑、黄。ちなみにあたしは青。そっちは……見たところ、緑だったね」
「あ、見るだけであっさりわかるのか」
「うん、解りやすい。あたしが悪魔だからってのもあるかもしれないけど」
成程。しかしまぁ、緑ねぇ。何か地味な印象あるぞその色……いやまぁ、そういう意味じゃ俺にぴったりなんだけど。言ってて虚しくなるなこれ。
「一応相性もあってね。赤は緑に強くて、緑は黄に強い。黄は青に強くて、青は赤に強いんだ」
「そんな法則まであんのか……凄いな」
「あたしはいつの間にか知ってたからそっちも知ってると思ってた。知らないんだね」
「まぁな。そもそもこういう力なんて俺の世界じゃ全然見つからない」
手を開いたり握ったりしながら話す。俺の世界が退屈に感じていたのは事実。だけどそういう「当たり前」はいつも失ってから解るんだってのを、改めて実感する。
力を手に入れた。けど非日常に足を踏み入れてしまった。
普通じゃない事を出来る様になった。けど俺の命も危なくなる時がいくらでもあった。
ゲームとか確かに憧れる。漫画の超能力、小説に出てくる様な人と人との交流の物語。そういうのは確かに欲しかった。
だけどよく考えれば単純な話だ。「物語」は自分に都合の良い様に進むものじゃない。色々な苦難を乗り越えて、だからこそ輝くものだ。傍から見ているからそれがあっさり感じられて、だから何も知らずに羨ましがっていたんじゃないか、って。そんな風に今なら思える。
「そういえば、今日は前とは違う姿なんだね」
「んー?あぁ、制服はダメになっちまったからな。替えはあるけどこれ以上無駄に出来ねぇから、汚さない様に着替えてきた」
「制服?」
かくん、と首を傾げるリアン。あぁ、ここじゃ学校もあの有様だし知らないのか。
「俺の学校へ行くときの服で……何といえばいいかな。仕事着っつぅか……あれだ、とにかく学校行くときは着なくちゃいけないんだよ」
「ふぅん……何だか大変だね」
「ま、確かに息苦しくは感じるかな。そっちは全然変わらねぇな……着替えとか無いの?」
「無い。そんなもの考えた事もないし」
おいおい、と心の中で呟く。女はそういうの結構気を使うべきなんじゃないか?いやまぁ、そもそも悪魔だからそういうのはやっぱりあまり無いものなのか。
それから色々な事を話した。
学校の事。話してる遊び仲間の事。節見沢市の事。
退屈だと思ってたからこそ、何かにのめり込む様にならなかったからこそ何だかんだで見えてた事もあるようで。意外と多くの事を語る事が出来た。話す度に、リアンは興味津々そうに聞き入り、たまに首を傾げて質問し、たまに青の瞳を見開いて輝かせる。
楽しい、と思った。何というか、知り合いと話すのより何より……何と言えば良いんだろう。不思議とほっとする、言葉に言い表せない感じの不思議な時間。
「母さんは優しいし、父さんも何だかんだで良い人でさ。母さんの料理は美味いんだよ、特にビーフシチューとか」
「びーふしちゅー?」
「あ、知らないか。えー、何というか。肉を他の野菜とかと一緒に煮込むんだ。柔らかくてトロトロな感じまで」
「ふぅん。……レンは家族と一緒にいると、幸せなの?」
「……そう、だな。きっと幸せだよ。今までの俺にはそれが当たり前過ぎただけで」
結局は当たり前である事は幸せなんだろうと。代わり映えしないものだからこそ、それはまた良いものなのではないかと。そう、思う。まぁ、俺みたいな高校生が悟った様な事を言ったって何の意味も無いんだろうけど。
俺の言葉に、リアンは膝を抱えるようにして座り直した。
「そういや……リアンにはいないのか?両親」
「いない。気が付いたらあたしは一人だった」
「こんな場所で……危なくなかったのか、それ」
「平気だった、かな。力はあったし、他の悪魔も倒せたし」
「そうか……てか、悪魔って何食うの?やっぱ、人間、とか……?」
思わず聞いてしまう。何だかんだ約束は大した事無く済んだが、それでもまだ不安要素は残っているんだった。
「この世界はそもそも殆ど人間がいない。だからたまに人間が迷いこめば、悪魔はそれに群がる……人間は、手っ取り早い魔力の補充になるからね」
「じゃぁ……お前も、やっぱり?」
人間を喰うのか。その俺の質問に、しかし彼女は首を振った。
「食べた事、一回も無い。……怖いから」
「怖い……?」
「あたしは人間と一緒の姿をしてる。だから嫌だった。食べたくないって、思った。変だよね、悪魔なのに」
……初めて見た。こんなに寂しそうに笑う、顔を。
悪魔だ悪魔だ、とこっちは決めつけて警戒していたけど……実は俺は、凄い勘違いをしていたのかもしれない。そもそも、俺を喰うタイミングだなんていつだって会った筈なんだ。初めて出会ったあの時だってそうだ。俺に声なんかかけず、後ろからいきなり襲えば良い。けど、こいつはそうしなかった。
「じゃぁ、どうやって」
「簡単。『悪魔を』食べる。人間と違って効率はあまり良くなかったりするけど」
それは。それはつまり……「共食い」という事じゃないのか。こんな女の子が?そんなことをしなくちゃ生きていけないってのか?何だそりゃ?
「だから、さ。こうやってレンと話しするのがとっても楽しい。今までまともにここまで誰かと話した事、無かったから」
「……そっか」
あぁ、何となく分かった気がする。どっか似てる。似てるんだ、俺とリアンは。
いじめられてばっかで、人間不信になってた俺。
共食いしなきゃ生きていけなくて、まともに誰とも……同類の悪魔とも話せなかったリアン。
何も話せなくて、その世界での当たり前にうんざりしてて。ほんとは誰かと話したいのに、自分自身が何よりそれを邪魔しちゃってて。それが嫌で、認めたくなくて、余計に他人と距離を置く。
思わずため息を付きそうになってしまう。苦笑が口から漏れそうになる。当たり前だ、なんだこの偶然。運命だとかそういう大層なものじゃないかもしれないけどだからってこれは出来過ぎだろう……?
どうしたの、と首を傾げるリアンに何でもないと首を振り。ふと、手を差し出した。
「なぁ。折角だし、友達にでもなんねぇか。色々話もする、だなんて約束もしちまった訳だしさ」
「友達……?」
「そ、ダチ。色々と助けてもらったのもあるし。俺だってお前に恩返しもしたいしさ……もっとも、俺に出来る事なんて少ないんだけど」
差し出された俺の手を、じっとリアンは見つめる。手を向こうはまだ差し出さない。言葉も発しない。いきなりこんな事を言っている辺り俺も色々と馬鹿というか。後で悶絶するのは間違いないだろう。けど、じっと待つ。
「良い、の?あたし……悪魔、だよ?人間を食べる奴の仲間、なんだ」
「あぁ。けど俺を助けてくれたし。さっきも言ったけど、『約束』もしちまったんだからさ」
俺の言葉にぴくりとリアンは身体を振るわせ。恐る恐る、手が差し伸ばされた。
その手を握る。ひやりと冷たくて細い手。ほんとにこれが悪魔を殺してきた手なのか、と疑いたくなる。
「ま、なんだ。よろしくな」
「……うん。よろしく、レン」
まぁ、自分から何やってんだとは思う。ただでさえ俺は目覚めたばっかのただの人間に変わりは無くて。この世界じゃ下手をしたらすぐにまた殺されてしまいそうだってのに。しかも手を握っているのは悪魔ときた。
けど、こうやってダチが増えてそのダチが気持ち良く笑ってくれるんなら。それもまた、良いんじゃないかって。
そう、思うんだ。
あれ?これっていわれるフラグって奴なんじゃないの?
どうも、猫ツールです。
気が付いたら蓮とリアンが順調に仲良くなっていました。おかしい、確かにこの世界で生き延びていくには仲間は必要ですが、どうしてこうなったのか(ぇ
まぁそれはともかく、今回は非日常世界の説明となります。
中々難しいですね、やたらと頭をひねり、言う言葉を選ばせ、と難産でした。まだなんかはっきり説明出来て無さそうと感じるとまた不安になったりは致しますが……
さて、ここからいよいよこの物語も非日常へ深く突き進んでいきます。
良ければ、お付き合いくださいませ。
それでは