「誰が為の」非日常
言われてみれば本当に、何で俺は新山を助けようとしてるんだろうか。改めて思うが、大した接点は無い。話す事だって少ない。友達でもない、ただのクラスメイトであり知り合いだ。なのに何故。
あぁ、ほんとは解ってる。俺は、「良い事」をしたいだけ。ただそれだけの為に自分が死にかねない事をしている。実に単純で馬鹿らしい理由、それだけの事。
走りながら俺の目の前の少女の背中を眺める。なんでリアンは俺に協力してくれてるんだろう。勿論ありがたいけど、俺はこの子の事を何も知らないんだ。こんな悪魔だらけの場所で一体なんでいるのか。こんな物寂しい所で一体何をする為にいるのか。解らない事だらけで不安になる。手伝ってくれる事に何か裏があるんじゃないか、だなんて思ってしまう。手伝ってくれるからには当然信頼が必要だし、それは礼儀だとも理論として解ってはいるのだが。それでもまず疑ってしまう辺り、相変わらず俺は人間が上手く「出来ていない」みたいだ。
「待って」
「っと、いたか!?」
いきなりリアンが止まるので、俺も靴でブレーキをかける様にしながら止まる。振り返った少女は指を唇に当てつつ、少し上を見上げる。
「近くにいる。悪魔は……三匹程。人間の気配もするよ、多分……誰だっけ」
「新山か!」
「そうそれ。ニーヤマだと思う。助けるのなら戦って『奪う』しかない」
戦う。ついさっき受けた傷は治った訳じゃなく、まだ痛い。あの噛みつかれた感覚は思い出すだけで身体が震えそうになる。この感覚ばかりは慣れそうにない。怖いし嫌だ。あんなのは嫌だ。喰われるなんて嫌だ。死ぬのは嫌だ。痛いのは嫌だ。
本当はさっさと逃げ帰りたい。自分の自己満足みたいな感情で死ぬなんてバカらしいにも程がある。走ってる途中だってこんな自問自答を何度繰り返した?「一度やると決めたら最後まで貫け」というのはよく言われてる話だ、情けない事この上ない。
良いか、新良無蓮。これが最後だ。いい加減腹をくくれ。
助けるのか。助けないのか。
大して話してもいない知り合い。救いに行くのか。知らない振りをするのか。
……。決まったな?もう変えないな?もう迷わないな?
俺は―――――
「解った。それじゃ、行くか……!」
助ける。新山に、ルービックキューブを渡さなきゃいけない……!
リアンが俺の言葉に頷き、走る。案内される様についていく。
「ぎゅふ。ぎゅふ!餌!餌!」
「食べよう!食べよう!」
「この声……!」
聞こえた。忘れるはずもない、耳障りで頭を痛くしそうなあの声は。
少女を追い越し、角を曲がる。
悪魔が飛んでいた。リアンが言う通り、三体。
そしてその向こうで。俺と同じ制服のでかい図体が腕を伸ばす様にして倒れていた。
「新山ぁ!」
走り寄る様にして叫ぶ。返事が無い。
俺の言葉に気が付いたらしい悪魔共が振り返り、笑う。
「餌!餌!増えたよ!増えたよ!」
「喰える!喰えるぞ!」
「やったぁ!やったぁ!」
うるさい。頭に響かせるんじゃない。お前等の声なんて聞きたくないんだよこっちは。
呼びかける。名前を。ルービックキューブの持ち主を。呼ぶ。走る。呼ぶ。
返事は無い。動かない。
もしかして。違うそんなはずはない。
何でそう言い切れる?ここは常識が通用する場所じゃないのは知ってるはずだ。
違う。まだだ。そんなはずが無い!
「てめぇら――――――」
【コマンド? たたかう まほう ぼうぎょ にげる】
「そいつに、何しやがったぁぁぁぁぁぁ!!」
訳が解らなくなる。
身体の中で、表現しきれないほどの感情が沸騰したかの様な感覚。心臓が、脳が、眼が、腕が、脚が、腹が。熱くてたまらない。行き場を失くしたかの様に身体の中で暴れまわって、苦しさに喉が焼けるかの様な錯覚。
【レンはまほうをとなえた】
スマホに表示されたコマンドに指を滑らせ、入力する。風が巻き起こり、まるで俺の感情の捌け口になるかの様に凄まじい勢いで吹き荒れ、悪魔へ殺到していく。
切り裂く。黒いもやを生み出しながらも風は収まらず、更に傷を増やしていく。
「いでぇ!いでぇ!」
「畜生!畜生!ニンゲンの癖に!ニンゲンの癖に!」
新山にも当たってしまうんじゃないかと一瞬焦ったが、そこは杞憂だったらしい。目立つ切り傷が無い。ほっとする俺の耳にまた耳障りな声が届く。
あぁ、ぎゃぁぎゃぁうるさい。止めてくれよ、図体は子供だなんてとても呼べそうにない位の奴が地べたに這いつくばりながらそれでもなお喚くだなんてみっともないし聞きたくもない。俺が聞きたいのは新山の声だ。お前等悪魔のじゃない。
「ぎゅあぁぁぁぁ!」
っと、まだ翼が無事な奴が一体いた様だ。地べたから一気に飛び、俺めがけて飛んでくる。スマホ画面、ゲージは……MAX。
【ぼうぎょ】
持っている鞄を前に突き出すようにすれば。緑に輝きを放つ六角形が現れ、敵と衝突する。本当に近くで見れば不気味な顔だ。ぶつかってもなおご丁寧に直角に曲がったままの頭。瞳からはダラダラと血を流しっぱなし。それでも壁をぶち破ろうとしているのか、翼を動かして顔を押し付けたままだ。そんなに顔アピールしたいのかお前は。どうだって良いよお前の顔なんざ。
「……やるね。前より力、強くなってるんじゃない」
俺の背中にかかる声。少し横へ顔を逸らして横目で見れば、まぁ予想通りリアンだった。彼女は俺の戦いを見ていたらしい……まぁ俺が勢いで突っ込んでしまったのもあるし、それに戦闘まで手伝えだなんて言える立場でも無いのもあるが。
「ぎゅ!ぎゅ!?お前!お前……!?」
俺の「ぼうぎょ」を突破するのを諦めたのか、顔を壁から離した悪魔が俺の隣まで歩いてきたリアンを見て声を上げる。
「え、何?知り合い?」
「違う」
あっさり答える少女。フードで顔を隠した彼女に、悪魔が飛びかかる。
「危ない」と、口から言葉が出かかった頃にはすでに悪魔の顔はリアンにだいぶ近づいていて。
次の瞬間、リアンの手が悪魔の顔面を掴んだ。掴んだ手の周りを青い光が一瞬鈍く光ったかと思うと、ピシ、パキ、とひびが入るかの様な音と共に、悪魔の顔が白くなっていく。俺の時と同じだ……あれは、氷か。
「……『青のリバース』。私の能力は氷……固めて。冷たくして。止める」
そう呟くリアンの表情は、フードに隠れたままで解らない。けど、顔面を凍らせて声にならない悪魔の呻き声を聞いて、くす、と笑った気がした。
彼女は手を離す。悪魔はパニックになったかのように慌て、顔を手で覆う様にして喚き続ける。そんな様子に「うるさい」とだけ、彼女は小さくため息を吐き。身体を捻り、その顔面に回し蹴りを叩き込んだ。風を切る音が響き、それをまともに受けた悪魔が吹っ飛び、立ち上がろうとしていた二体の悪魔に激突した。
……強い。俺はマジで素人だ。使える力とやらを使ってるだけだし、まだこういう戦いのいろはも解ってはいないだろう。けど解る。リアンは間違いなく、強い。
【コマンド? たたかう ひっさつ ぼうぎょ にげる】
ゲージがMAXになり、コマンド入力が可能になった。……よくよく考えたらこのスマホの力もまだロクに解っちゃいなかったな。コマンドが増えたり最初は無かったり、それに今も「まほう」のコマンドが「ひっさつ」に変わっている。何かしら条件でも決まっているのだろうか……知る事が出来るなら知っておきたいものだ。
まぁそんなのは後で良い……今する事は何だ。
【ひっさつ】
「ぶっ潰れろぉぉぉぉ!」
目の前の悪魔を、さっさと倒す!
コマンドが入力される。目の前の空間が歪む。揺らぎ、震え。そして、上から包丁を振り下ろされたかのように、悪魔達は綺麗にぶった切られた。
「新山!」
泥の様に崩れ、消えていく悪魔達の残骸。その横を走り過ぎ、倒れている同じ制服の男子を呼ぶ。特に目立った怪我をしているようには見えない。それでも返事は無くて、肩をゆする。顔を上に向かせる。
「おい、大丈夫か。おい!おい!?」
倒れてる隣に膝をつく様にして。右手にルービックキューブを握らせながら声をかける。ここまで来たんだ。それなのに、間に合わなかったなんて、そんなのは。あんまり、過ぎるだろ。
「そんなに喚かなくても。意識を失ってるだけ、少ししたら目覚める」
「……!そ、そうか」
良かった。間に合った。
俺が。こんな何の取り柄も無いであろう俺が、「助ける」事が出来たんだ。
それだけで、ほっとして力が抜ける。膝だけでも辛くて、壊れていない塀に背中を預ける様にして息を吐く。
「ありがと……本当に、助かった」
俺の言葉にリアンは頷く。助けてもらえて本当に助かった。が……何でもするって言っちゃったのは若干後悔しそうになっている。何をすれば良いのか。悪魔なんているような場所だ、する事も物騒だと考えるのが妥当だ。そう思うと気が滅入る。
「ぎゅああぁぁぁ!」
「っ!?」
気が緩んでいた。空から、まるで落ちて来るかの様に悪魔が俺の方目掛けて突進してきていた。
頼みの綱のスマホは、ズボンのポケットに突っ込んでいる。取り出そうとするも、力の抜けた手はスマホが引っかかるポケットに苦戦して余計な時間を食ってしまう。
間に合わ――――
「ぎゃ、ぁあ、ああ……!」
リアンの右腕が伸びていた。俺に顔から突っ込もうとしていた悪魔の胴体を無造作に掴む。掴まれた悪魔は勢いが止まり、苦しそうに声を出すだけ。
掴んでいる張本人の肩から腕にかけて、青い光が包み込んでいる様に見えた、次の瞬間。悪魔の身体を氷が包み込んだ。キィィィン、と甲高く、しかしどこか気持ち良い感じの音が辺りへ響き渡る。
そして、ぐしゃり。彼女が手を離し、悪魔を掴んだその手をぐっと握りしめるだけで、氷は悪魔ごと砕け散った。黒いもやが一気に放出される。それと同時に緑の光が飛び出し、それは空中をふよふよと漂ったと思うとそのまま少女の左手に収まった。
「?何だ、それ―――!?」
光の行く末を目で追いながら口を開いた俺は、しかし途中で言葉を出せなくなった。
目で追った先。少女のパーカーに隠れていた顔を見上げる様な形。
その状況だと、良く見えた。
「フードの下で爛々と光る『金色』の目」が。
やがてその瞳は色褪せ、戻っていく。
暗くてもなお輝く金から、サファイアの様だと感じた青に。
「……お前、一体何なんだ?」
いつか感じた感覚を思い出す。得体の知れない何かに、恐怖を感じたのは昨日だった。その理由。それを尋ねようとするも上手い言葉が出ず、単純かつ直球な言葉が口を出た。
リアンは、答えた。
「『悪魔』」
猫ツールです。
初めての二人(?)の戦闘、ですがほぼ順々に戦っていくような描写となってしまいました、次からはおそらく二人同時に戦えるようになる……はずです。
そしてとうとうリアンの正体も明らかになりました。
とはいえ、結構予想出来ていたのではないでしょうか。それを思わせる描写は結構していたと思いますし、何よりやはり場所が場所ですから。
主人公の運命はこれにてより非日常へと転がっていきます。
人間である彼が、悪魔がはびこるあの世界をどう動き回るのか。
よろしければ、お付き合いくださいませ。
それでは