「友達と走る」非日常
見上げれば相変わらずの黄昏。俺のいた世界では相変わらず雨が降っていたが、こっちはそんな事知った事じゃないとばかりにカラッと晴れている。「そういう世界」なのだ、と納得するしかないんだが。
そんな空の下、俺はふらふらと道路を歩いていた。ちょっと前ならぼろぼろの光景にいちいち何かしら感じたりびびったりしていたのだろうが、ある程度状況を把握した今ならどうって事はない。ていうか正直、それどころじゃない。
「リアンの悪魔狩りへの協力」
俺が提案した自分にとても不釣り合いなそれは最初こそリアンに不安そうな顔をさせてしまったが、それでもその場の勢いで頼んでみたら許可を出してくれた。
やる事は至って単純。俺が囮になって悪魔を呼び寄せ、そこをリアンと共に倒す。リアン一人でやるより効率は良いし、二人に増えた事で事故る確率も減る。減る……んだが、俺が最初は一人で粘って、悪魔にリアンを気付かれない必要があるから結構俺が危ないっちゃ危ない。
一応力はある。悪魔とも何度か戦い済みで経験が無い訳じゃない。けど、やっぱりどこか早速後悔している自分がいるのがまた何というか。いつだってそう簡単に割り切れてはくれないらしい。
「ぎゅはははははは!」
「ご飯!ご飯!人間だぁ!人間だっ!」
「げっ」
煮え切らない俺をまるで急かすかの様なタイミングでそれはやってきた。人の姿をしてる様で、その実顔がボロボロで血塗れで目がぎょろっと見開いてて頭が直角に曲がっていて。背中にはカラスみたいな翼が生えていて。間違いなく悪魔だ。今まで何度か見てきたはずの、倒したはずのその姿にも未だ慣れる事は出来なくて。まぁ我ながら相変わらず慣れていないのだと思うとまぁ相変わらずダメダメというか。いやまぁどっちにしろそんな事を考えている状況じゃないんだが。
とりあえずまずは逃げる。俺が何も出来ないただの人間だと思わせると同時に、リアンに気付かれない様に出来るだけ俺に注意を引き付けないといけない。
「待てぇ!待てっ!」
「逃げるな!逃げるなっ!」
「そう言われて逃げない奴がいるかっ!?」
思わず悪魔共の発言に反応してしまう。いかん、それだけでも結構呼吸が厳しくなるのに何をやってるんだ俺。
目の前の交差点を右に。少し走って止まれの道路標識、それを掴んで軸に方向転換してまた右に。壊れた家を横目に、ただ走る。
「危ねっ!?」
道路の上に転がる石ころを踏ん付け、転びそうになるのを何とか耐える。あぁもう、今走ってる所は特に凸凹だらけのヒビだらけの邪魔だらけでやりにくい!
喉がカラカラになって沁みる様に焼けつく様な痛みが出始める。太腿が引き攣る様に痛くなり始め、足が重くなる。あぁ、足の裏まで痛くなり始めやがった。
ほんと、何でこうなったんだろうな。一体何があったら、こうなるんだろう。今まで大した事はしてないはずなのに。ただだらだらと周りに流されるような感じで生きていただけのはずなのに。
そんな事をまた考えている。何度目だ。いやもういっそ、開き直って何回でも考えてやろうか?確かな答えなんて、全然見つかる気がしないけど。
「っ、行き止まり!」
記憶が正しければここから更に先にT字路があったはずなのだが、目の前は見事に瓦礫の山で塞がれている。それも細かい物なら何とか登れそうなのだが、目の前にある塊がやたらでかいものでそれを無理だと教えてくれている。いや、登れたとしても途中で飛んでる奴等に捕まってゲームオーバーか。
何という詰みゲー。けどリセットシステムなんてありゃしない。何て理不尽。
振り返れば俺目掛けて一目散に飛んでくる悪魔共。そこはもうちょっとジリジリ追いつめるようにして悪役っぽく振る舞って欲し……いや、やっぱ良い。それもそれでリアルだと色々と精神的に来るものがありそうだ。
……あぁやばい、更に悪魔増えた。これは不味い。悪魔複数とただの人間一人とかどうしろと。やべぇわ、終わったかこれ。
「ぎゃあああああ!?」
「いてぇ!いでぇ!?」
もっとも。
終わるのはお前等翼の生えてる悪魔の方だが。
俺のすぐそばに降り立つ人影。青のパーカー、赤のスカート。
顔はわずかに黒髪が除く程度、フードで隠れて見えないが……もう見知った姿だ。
「……大丈夫、レン?」
「あー、何とか。間に合ってくれて何よりだ」
リアン。
悪魔。
けれど俺の味方で。「友達」だ。
ならそれで十分!
「お前!お前……!」
「『ニンゲン』を!『ニンゲン』を独り占……っ!?」
俺の右側が気温の低下を感じ取った、次の瞬間。ギャアギャアと喚く悪魔の片割れに青の光が走ったかと思うと、その顔面が凍り付いた。
凄まじいスピードでリアンが走り抜け、悪魔の顔面を掴んで力を使ったのだ。悶絶しているであろう悪魔に間髪入れず回し蹴りを喰らわせ、吹っ飛ばす。……悪魔ってすげぇな。
……っとと、こっちも働くか。
【コマンド? こうげき ぼうぎょ にげる】
「お前はこっちだ、っと!」
「っぎゅあ!」
スマホを取出し、緑のアプリを起動。すぐさまコマンドを開き、「こうげき」を片方の悪魔に狙うが……ダメか、躱される。
「『ニンゲン』……!『ニンゲン』の癖に……!」
「散々追い回してくれたなこの野郎……」
今だってまだ足が引き攣って震えてる感がする……遠距離攻撃が出来て良かったと心から思う。
とはいえ、実は意外とピンチだった。一度コマンドを入力したらしばらくの間準備期間に入る仕様で、連続攻撃が出来ないのは変わっていない。さっきまで走りっぱなしでまともに回避出来ない俺は、相手の反撃であっさりやられかねない。
散々餌だと思ってた奴に思わぬ事をされたからか、相手が警戒してくれたのが幸いした。今のうちにとりあえずリアンの近くへ移動しておけば、やりやすくなるだろう。
「ぎゅぁぁぁ!」
「っと!」
何とかギリギリでゲージが溜まったのを確認、「ぼうぎょ」を選択。緑色の障壁を展開して相手の突進を防ぐ。何度見ても半透明の壁越しに押し付けられた悪魔の顔は色々と不気味で、キモい。
すぐ後ろではリアンが悪魔をまた凍らせた上で、それを思いっきりぶん殴っていた。……ほんと強いよなぁ。こっちは能力の初心者で、向こうは悪魔だって差がやっぱり大きいんだろう。
さて、ゲージが再び溜まった。再びコマンドを選べば、「ぼうぎょ」の効果が切れて目の前のこれは俺に真っ直ぐ飛んでくるだろう。
……それで良い。俺の「ぼうぎょ」を破ったと勘違いして悪魔が一気に突っ込んでくる。そしてそれと同時に選んだ「こうげき」が発動し……カウンター気味に直撃。
「ぎゅあああああああ!?」
身体のど真ん中、綺麗に斬撃のエフェクトが入った。黒い靄を撒き散らし、頭に響く絶叫と共にゴロゴロと地面を転がりまわる悪魔。ついさっきまで俺を食おうとしてた奴がこんな風になってるのを見ると、何とも滑稽だ。こっちに攻撃してくれないのは非常にありがたいけど。
もうだいぶダメージも与えただろう、次の一撃で終わりに出来るはずだ。
……ゲージが溜まる時間がもどかしい。今だってだいぶダメージを与えたはずの悪魔がまた動こうとしている。嫌な声を出して、黒い靄を漏らして、這いずり回っている。さっさと一思いに終わらせたい。
【コマンド? こうげき ひっさつ ぼうぎょ にげる】
「終わりだ」
【ひっさつ】
増えたコマンドに指を滑らせた。
空間が歪んだかの様に見えた次の瞬間、相手の身体が真っ二つにぶった切れた。遅れて吹き付けてくる突風に思わず顔を腕で隠すようにして様子を窺う。
……動かない。黒の靄を出しながら、まるで燃え尽きるかの様に俺を押そうとした悪魔の姿は消えていく。倒したみたいだ。
さて向こうは、と振り返る。加勢にでも行こうかと思ったが、それはすぐに必要無いと理解した。
さよなら、と響く凛とした声。続いて、甲高い音が響き渡ったかと思うと、リアンに首を掴まれていた悪魔は回し蹴りと共に文字通り粉々になった。
終わった。
思わず座り込む俺に、「お疲れ様」とかかる声。それに応えるかのように手を上げて、そこでふと何かが視界に入った。
緑の光。
少し前……あぁ、あの時。リアンが悪魔だって解った時だ、インパクトが強かったから覚えてる。あの時に見て以来だったか。
光は二つ、それは悪魔の身体があった場所……もう黒い靄しか見えないが。そこからふわふわと空中を漂い、やがてリアンの掌に収まった。
「……それは?」
「魔力。悪魔はこれが無いと生きていけない」
そう呟きながらも、掌を俺に見せる。そこには緑に鈍く光るカード。……あれ、どっかで見た事あるような。トランプっぽい印象を受ける。
そしてそれを、リアンは躊躇なく口に放り込んだ。
「ちょ、食べて良いのかそれ」
「……ん、魔力の塊だから、こうやるのが手っ取り早い」
ごくん、と飲み込みながら変わらない表情のまま淡々と呟く悪魔少女。道理でハンバーガーの包み紙ごと食おうとする訳だ……いや、なんというか。これを納得して良いんだろうか。カードを口に入れてもぐもぐする少女。本当にシュールだ。いやまぁ、こっちではこれが当たり前なんだろうけど。
「……レンも食べる?」
「遠慮します」
そんな光景を眺めていたら一枚差し出された。が、謹んで辞退する。魔力なんて俺が食べてどうなるか解ったもんじゃないし。
とまぁ、こうして。
俺の初めての魔物狩りは無事に成功し、終わりを迎えたのだった。
だいぶ期間が空いてしまった事をお詫びいたします。
体調を崩し、少し精神的にも厳しい状態が続いておりました……(苦笑
それでも何とか復帰する事も出来、不安定ではありますが頑張っていきたい所存です。
さて今回、悪魔の友達、リアンとの共闘による場面だった訳ですが……次回よりいよいよ、事態がより非日常へと傾き始めます。
良ければお付き合いくださいませ。
それでは