「穏やかな」非日常
それからの日常は……奇妙な事に、充実していた。いや、日常と非日常を行ったり来たりな状況で日常が充実してるというのも何だか不思議な話ではあるんだけど。それでもそれを楽しいと思えてるんだから、間違い無く充実してるんだろう、きっと。
学校に行き、授業を受けて。帰り際に周りに誰かいないかと確認してからマンホールに足を突っ込んで。「裏世界」(とりあえずそう呼ぶ事にした)に入って学校の体育館倉庫に向かい、そこでリアンと落ち合って色々話して。それから帰り、家で宿題とかも最低限何とかこなし、家族と一緒に飯を食べて、それから風呂とかに入って寝る。
非日常に触れて日常の大切さに気付いたのもあるが、その非日常が改めて日常を楽しくしてくれるだなんて皮肉な話だと思う。いや、逆に非日常っていうものを見つけたからそれを楽しみに日常を過ごせているんだろうか。……解らない。
まぁとりあえずは今は楽しいんだからそこんとこを考えたって仕方ない。そんな精神でこうやって日々過ごしている訳だが。
「あー……蒸し暑い……」
「すっかり梅雨だからなー」
傘を差しながらぼやく様にして歩く通学路。雨だと極端に動きが縛られてる様で何とも嫌な気分になる。ただでさえ暑くなり始めて嫌だってのに、湿度も高い、傘で片手が塞がる、と嫌なコンボ。憂鬱にもなるってものだ。
しかも傘を差しているとやはり道が狭い。今だって俺と明弘が並んで歩道を歩いているだけで傘同士がぶつかり合って面倒な事この上ない。傘がぶつかれば当然その衝撃で傘の表面から落ちずに溜まっている雨粒も飛び散る訳で。それが折角傘でガードしている肩とか袖とか、鞄の部分を濡らしてしまう。本当に良い事なんかありゃしない。
「そういや最近蓮って、授業とか寝てないな。どした、急に。さてはここ連日の雨はお前のせいか」
「言いたい放題かおい。たまにやる気だしたらそれとか拗ねますよ?」
「いや、そもそもお前いっつも『明日っから本気出す』とか言うタイプじゃん?そんでやらないとこまでテンプレの」
「まぁ……ほら。何て言うか。俺にしても珍しいとは思うけど……ちょっとはやろうかなって思ったんだよ」
本当の事は勿論言えない。ただ、非日常に関って少しだけ前向きになったと言うべきだろうか。今まで一歩引いたように、他人事であるかの様に見ていた前から、少しだけ自分も関ってみようかと思っただけの話。それだけの事なのだ。
「おぉう、すっかりあの無気力で有名な蓮がやる気になって……!お兄さんは嬉しいぞ」
「誰がお兄さんだ、同い年のクラスメイトだろうがお前」
「うわー、そこはあえて兄さんとか言うとこだろお前……あ、やっぱ良い。お前に言われるの想像したら何か寒気が」
「そうかいそうかい、『明弘兄さん』」
「うわぁ似合わねぇ……!」
こんな馬鹿な話をしながらも、今日も通学路を歩いていく。今日も日常が、始まる。
++++++++
「いらっしゃい」
「おう、元気?」
今日も今日とて、俺は「裏世界」に入ってリアンと会っていた。まぁ、今日は少しいつもと違うんだけど。
「?あれ、何持ってるの?良い匂いだけど」
「うわ、流石気付くの速いな」
右手に下げていた袋に興味津々なリアンに苦笑しつつ、地べたに腰を下ろして。良い匂いとやらの正体である袋を開く。
中身はファストフード定番中の定番。そう、ハンバーガーとフライドポテトである。
俺のいる世界についてリアンはいつも興味深そうに聞くから、試しに買って持ってきた訳だ。この世界じゃ当然店とかも無いんだろうし。ただ……口に合うかどうかが問題だが。リアンは悪魔で、俺みたいな人間と喰うものが全然違う。そんな彼女が、こんなジャンクフードを気に入るかどうか。
「俺の世界の食い物持ってきたんだ、口に合えば良いんだけど」
「わー……」
とりあえずは試してみなけりゃ解らない、て事で持ってきた。今日は一日中雨が降っているから苦労した……濡らさない様に気を付けなきゃいけないし、かといって鞄に無造作に突っ込めない。ビニールの袋に突っ込んでもらって口をきっちり縛って閉め、何とか中身を濡らさないままで持って来る事に成功。裏世界にさえ来ればこっちのものだ、何故かここはいつも雨が降らない。悪魔だらけの世界だから水も必要無いんだろうか……俺が知ってる常識とやらが通用しないから考えるだけ無駄なんだろうけど。
固く縛り過ぎた口を何とかこじ開け、中身を取り出す。ぉ、案外冷めてない、良い感じだ。
「……あったかい」
「そういうもんだからな、冷めない内にどうぞ」
両手で包むように、渡したハンバーガーを受け取るリアン。俯きがちな顔はフードに隠れて見えにくいが、その口元は少し綻んだ様に見えた。
そのまま、その口は開いて―――待て、待て待て待て!
「ストップ!ちょ、何してやがりますかお前は!」
「え?冷めない内に食べろって言ったの、レンじゃん」
「ちげぇ、いや冷めない内ってのは良いけどそこじゃなくて!包み紙位外せ、そんなん食べちゃいけません!」
「あ、これは食べないんだ?そうなんだ」
あぁうん、まぁ俺の世界の常識が通用しないとは解ってたんだけどさ。こりゃあ……前途多難、かも。
目の前で俺もハンバーガーを取出し、外して見せる。一応ここまでしなくても解る筈だが、念入りにしとかなきゃいけない気がする。何となく。
俺のを見ながらリアンは包み紙を外す。そして、二人揃って同時にハンバーガーにパクついた。柔らかいパンに、ハンバーグの肉の味。キャベツのシャキシャキした感触。トマトの甘酸っぱさが口の中に広がる。何だかんだ俺がよく行く店のハンバーガーは美味い。そこまで味もこってりしてる訳でもないし。
「……!ーっ!」
「……んぐ。飲み込んでから話せよ。どした?」
思いっきり噛り付いたリアンが一時停止したかと思うと、噛り付いたままで急に声を出し始めた。当然口が塞がっており、まともに聞き取れるはずはないのだが。いつも最初は小さい口で食べる俺はいち早く飲み込み終えて質問する。
「ん、ぐっ。美味しい!美味しいよこれ!初めて食べた!」
「そりゃ、初めてだろうな……」
興奮してるのか、若干身体を前に乗り出す様にして俺を見つめてくる。目がキラキラしてるし顔もまるで輝いているかの様だ。こういうとこは、まるで人間と変わらないんだな……。
「んぐ、むぐ。むぐむぐ……んー、んーんー!」
「落ち着きなさい、ったく」
夢中になったかの様に噛り付き、噛んで飲み込んでを中々のスピードで繰り返す事3回。喉元あたりをばんばん叩き始めた。苦笑しつつも開けてないミネラルウォーターのペットボトルを取出し、蓋を開けて渡してやる。たまたま買っといてほんと良かった。
「……ぷはぁっ!美味しかったー……もう無くなっちゃった」
「がつがつ食い過ぎなんだよ」
苦笑しながらもこちらも口に放り込み、ハンバーガーを食べ終わる。次にフライドポテトも取り出し、ケースは食べない様に伝えておいてから中身を摘まむ様にして口へ放り込む。
「んー!これも美味しい!」
「また喉に詰まらせんなよー?」
……何だろう、この状況は。俺は悪魔がうようよしているこんな異世界でよりによって悪魔と一緒にジャンクフードなんて食べている。目の前のリアクションがあまりにも明るいというか、新鮮だからつい忘れそうになってしまう。「女子と一緒に食べ物を買い食いとかそれなんてデート?」だなんて言われそうなこの場面。もっとも、そんな美味しいものではないのだけれど。
「ほんっと美味そうに食べるね、君は。今までのはそんなに美味しくなかったのか?」
言ってから、しまった、と思った。彼女が悪魔を「共食い」する事で生きてきていると、ほんの数日前に聞いたばかりだっていうのに。好きでやってる訳じゃないだろう、それなのに態々味なんか聞いてしまうなんて。
「……味なんか、解らない。悪魔を食べても、感じるのは身体に魔力が入り込んでくる感覚だけの、ただの魔力補充行為。『本当に食べる』って、こんなに楽しい事だったんだね」
……笑いながら、リアンはそう言った。笑っていても口元は引きつった様で。それはどう見ても心の奥底からじゃなくて。寂しそうで。無理に笑っているだけで。
何が「悪魔」だ。「人間」とどこが違うっていうんだ……こんな表情見せられて、素直に「化け物」だなんてあっさり割り切れる訳無いだろ……。
「……なぁ、リアン」
だから、自然と口を開いていた。
今から自分がいう事は正直おかしいと思う、けどどうしても放っておけなかった。そんな表情をさせてしまった罪滅ぼし、とでも言うべき感情があった。だから、止められなかった。
「良かったら……手伝わせてくれないか。悪魔狩りを」
猫ツールです。
(悪魔の)少女に餌付けしている男子高校生の図。
……うわぁ、中々に酷いかもしれない。
さておき、リアンとの食事ほのぼの(?)風景でした。
詳しくはまた後ほど解りますが、悪魔の共食いは味を感じません。
例えるなら……無味無臭の水を飲んでるかのような感覚に近いかもしれません。
そして自分から、悪魔狩りへと協力を申し出る蓮。本人は知ってか知らずか、確実に非日常の奥へと突き進んでいきます。
今も色々と試行錯誤の段階ですが、よろしければお付き合いくださいませ。
それでは