「退屈な」日常
世界は残酷だ。
そんな事を考えた日はいつだったか。
もしかしたらつい最近だったかもしれないし、案外昔の事だったかもしれない。
最近だとしても俺は二十歳にもなっていない、ただの大人になれていない子供。ただの高校生にしか過ぎないのだ。
大人の世界は知らない。まだ先の事だ、あまり知りたくもない。しかしそれでも、遠慮なしに耳に情報は飛び込んでくる。
不況、就職活動の難しさ、あちこちで増える犯罪……。
高校生の俺が知らなくて良さそうな情報は、次々とテレビ、スマホ、様々なモノから目に、耳に、飛び込んでくる。
それが嫌だった。自分じゃ変えられない現実とやらが、容赦なく自分を脅かすように迫っているような、そんなどうしようもない感覚がたまらなく嫌だった。
働かなくても食っていける、だなんて考えは甘えだ、というのは分かる。自分の好きな事を仕事にしようと思えばまだやる気も出るのだろうが、好きなゲームでさえ、作る側に回ればプログラムや構成やシステム等々、それ相応の苦労が必要になる。
ゲームを楽しむ事は即ち、「俺がゲームで遊ばされている」に過ぎないのだから。多くの人を魅了するゲームを作る人は、「ただのゲーム好き」なだけではいけないのである。
小説も漫画も……絵本だって同様だ。人を引き込む為には、やはりそれぞれの作品に何かしらの形で「命」を吹き込まなくてはいけない。そういう「魅力」あるからこそ、人は楽しめる、そう思うのだ。だからこそ「創り出す」仕事というのは難しいと思う。
あぁいや、そういう事が言いたいんじゃなく。つまりどういう事かっていうと、だ。結局。退屈なんだ。自分にまだそんな才能もあると思えなくて。かといって、こうやって学校に行って授業で学んで、そして放課後には友達と遊び、もしくはすぐさま帰って宿題を適当に済ませてゲームやパソコンに向かう。こんな代わり映えのない生活にも少し物足りなさを感じて。今までとは違う事に挑戦しようと思っても、自分に上手くいくのだろうかだとか、そもそもこんな時期からやって大丈夫なのだろうかだとか、どうでも良い事を考えているうちにそんな事で悩むのが面倒になって、そのまま結局諦めてしまう。
そんな日常を過ごしていた。
通学路を歩いている内に前に現れる、見慣れた交差点。目の前で変わる赤信号で足を止める。渡ってすぐ右にあるコンビニ、そこでおにぎりとスポーツドリンクを買うのが日課だ。帰宅部で体育の授業も程々に参加している身でありながらも、弁当だけじゃ足りないくらい腹は容赦なく減ってくれるらしい。いやそれとも、授業中に何だかんだ頭は動かせてるという事だろうか。どうかそうであってほしい、無駄なエネルギー消費だなんてまたどっかで聞いたような話になりそうじゃないか。
あぁ、止めよう。こうやって止まるからぼんやりとこんな事を考えてしまう。赤信号を恨もう、というか何であんな色なのだろう。警告にはぴったりだろうが、それでも「止まれ」と言われたらこっちは素直に止まる。いちいち見せつけてくるあの赤がムカつくのだ。そうだ、あの赤が悪い。
そんなこんなで信号の色が変わった。馬鹿な事を考えていると時間がたつのは早いんだろうか。そんな事を考えながら信号を渡り、先ほどの予定通りコンビニへ入る。
もうすぐ春という時期も終わる事が影響してか、もうクーラーが効き始めている。涼しさにほっとしながら、店員さんの挨拶を背に鮭入りおにぎりとスポーツドリンクを引っ掴み、そしてレジへ持っていく。
コンビニを出れば、蒸し暑くなり始めたであろう外気に晒される。丁度雲の合間から除く太陽に顔をしかめながら先ほどの交差点を折れ曲がろうとした、その時。
「よっ!相変わらず辛気臭い顔してんなぁお前」
右肩にガッと掴み掛る様にして横から現れた男子生徒。神田明弘。俺のクラスメートであり、学校でよく話す奴の一人だ。特にゲームとかもやっており、携帯ゲームを持ち寄って通信プレイも良くしたりする仲だったりする。
今日も相変わらず眼鏡がきらりと輝くイケメンである。成績もそこそこ優秀で、部活でも中々の活躍。何よりクールそうな面に似合わず結構積極的なこいつは、俺みたいなのクラスで空気になりやすい奴と他の連中を橋渡しする様な奴で。おかげで俺はクラスの中で完全なまでに孤立する事無く、最低限の会話等は成立している。頼んでいない事だが、その点については感謝するべきだとは思う。
「そっちが相変わらず爽やか過ぎんだよイケメン眼鏡。こっちはそんな上手くやれねぇの」
「すっかりローテンションだな、蓮」
それに、俺の名前……新良無蓮、という名前を聞いても「面白い名前じゃん」だなんて言ってくれた奴でもあった。俺の苗字は正直良い思い出が無い……イジメも経験した事もある俺に、そんな事を言ってくれた奴なのだ。良く解らないまま、いつの間にかよく話す奴となっていた。
「そういえば今日の宿題やった?ほら、数学」
「あれか、適当にしかやってねぇ」
「お前それやりすぎると先生にまた目を付けられるぞ?」
「だいじょぶだいじょぶ、まだ高二は始まったばっかだ」
そんな事を話しながら、通学路を進む。
今日も今日とて、時間は過ぎていく。どんな風に考えようが動こうが、お構いなしに。
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学校は終わる頃には、日が傾き始める。もっとも、確か夏至も近いこの時期だ、未だだいぶ明るい空が見える。眩しいからさっさと沈んでくれても良いのだが、愚痴ってもしょうがない。
校門を背伸びしつつ出る。周りには自分と同じく帰宅部か、それか用事の無いであろう生徒の姿がちらほら見える。
今日は一人だ、明弘は部活だし、それ以外の心当たりのある奴らもそれぞれ用があるのか、早々とクラスから出て行った。まぁ一人で帰った方が気楽でもあるし良いのだが。話題がないまま二人以上で歩いているだけというのは中々に辛い。
空を見上げながらぶらぶらと歩く。帰ったらどうしようか。まず宿題……はすぐには気が乗らないな。風呂に入ってからにしよう。それまではゲームを。とりあえず聞いた限り明弘が結構進めてたな、追いつかなくては……。
そんな事を考えていたせいだろう。足首の当たりに何かが引っかかったように鈍い衝撃を感じたかと思うと、俺の身体はつんのめるように地面へ衝突した。
咄嗟に腕を付くようにしたのはいいが、それでも腹や地面を支える様にした腕、手が痛む。地面にキスしないで済んだのが幸いだろうか……いや、そうでなくともこの状況は十分恥ずかしいのだが。何で何も無い様な場所で考え事をしてたにしろ躓いてんだ俺は。
起き上がろうと、身体を起こそうと……。
「……あ、れ?」
出来なかった。どれだけ力を込めても、身体が地面から離れない。
まるで地面に、引っ付いているみたいに。
咄嗟に振り向けば、「それ」は見えた。
俺が引っかかったと感じた右足首に、黒い何かが。マンホールの蓋の隙間から漏れ出すかのように出てきたそれが、足へ絡みついていた。
何だこれは。どうやって足に絡んだんだ。何で身体が動かないんだ。
力を込めてもびくともしない。足首も絡められている。何だこの状況。
怖いと思った。訳の分からない今がやたら怖かった。力を入れても、全然意味がない。
呼吸が一気に荒くなる。汗が噴き出す。心臓の音がかなりうるさく感じる。
次の瞬間。
顔面が地面に引き寄せられるかのようになったかと思うと、俺の目の前は真っ暗になった。
初めまして、猫ツールと申します。
この度、オリジナル小説を書き始めることと相成りました。
不慣れな点もあると思いますが、良ければ意見や感想をいただけると幸いです。
よろしくお願いいたします