表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
89/116

10 七日目。秋田・青森(13)

 部屋は、無事、和室を二部屋確保です。

 もう時間も遅く、食事は途中で購入したお弁当で済ませています。ですので浴衣に着替えるやいなや、温泉に直行です。ゆっくりと湯(含塩化物鉄泉。“赤湯”)に浸かり、筋肉をほぐしたのでした。

 部屋に戻り、布団に腰を下ろしたところで、蘭がやって来ます。なんなのか、と思ったら、手にコップ二つ、それによく冷えた小瓶が一つ、あったのでした。なんの“小瓶”かは、まあ、詮索は野暮というものです。

「最終夜、のつもりだから……」

 おざなりな釈明です。なんだか積極的な今夜の蘭なのでした。こういうときは、女の子の方が、思い切りがよいのかもしれません。

 で、勿論まったく問題はなく、

「はい、了解です」頷く真面目ボーイの興味津々たる行くんの顔だったのでした。

 乾杯し、興味深そうに、少しずつ喉を湿らします。そして肴は――

「作戦会議しましょう」

「はい」

 と、やはりそうなるのでありました。


「昼間、ぼくたちは、文太郎さんは一度ゾーンアウトし、そこから現世に生還されたのだと、仮説を立てました。

 されば、一番の関心事は、どうやってゾーンインされたのか。そのテクニックでありましょう」

「はい」

「ですが、その前に、やっておかなきゃならないことがあります」

「さて?」

「本当に、文太郎さんは、ゾーンアウトしたのか。この確認です」

「なるほどね。その前提があやふやだったら、議論は砂上の楼閣ってヤツになっちゃうものね」

(しか)り」――“小瓶”の雰囲気に逆に呑まれたか、口調が変です。

「聞いてばっかで心苦しいけど、では、どうやって証明しよう?」

「ええと、間違ってるかもしれないけど、笑わないでくださいね」

「そんなことするわけないじゃん。アイデアがあるのね?」

「背理法を使ってみようかと……?」

「はいりほう……」

 さすがに、自分でグエる分別は持ち合わせる蘭なのでした。

「ある“主張”があって、その“主張を否定”して話を進めると辻褄(つじつま)が合わなくなる。

 辻褄が合わないということは、主張を“否定”したことが“間違っていた”ということ。

 よって主張は“否定できない”。すなわち、主張は“正しい”と結論する――

 このように、否定すれば矛盾が生じることを示すことによって、主張は正しいと判断する方法を、背理法と言う……」

「はい。今回に当てはめると――

 文太郎さんは“ゾーンアウトしなかった”、とするのです。

 でも、そうするとおかしな点が色々出てくる。矛盾する。

 だから、ゾーンアウトしなかった、としたのが“間違い”で、すなわち、ゾーンアウト“した”、ということになるのです」

「オーケー、やってみましょう」

「推理の手がかりとして、何点か事実を挙げます。

 だいたい昼に挙げたことと一緒ですが、思い出したこともあるので合わせて列挙します。

(1)文太郎さんは、故郷・浜坂町をスタート地点とした。

(2)ゴール地点を富士山山頂としていた。

(3)その間を、文字通りの意味で、“一直線”に歩いた。

(4)最終ゴール地点は茅ヶ崎海岸であった。

(5)文太郎さん自身は、大磯町だと思っていた。

(6)文太郎さんにとって、死出の旅だった。

(7)文太郎さんは、旅の間、『一度も日常に戻ることなし』と発言しています。

 ――以上、かな」

「最後7項が、新しい情報ね。それ正確にそう発言したの?」

「そうですが?」

「念のため確認しますが、『日常』という言葉と、『現世』と言う言葉は、同じものと捉えて宜しいのですね?」

 行はほほ笑みます。

「のって来ましたね。

 前後の文脈から、答は、はい(YES)、で間違いないでしょう。

 文太郎さんの『一度も日常に戻ることなし』発言は、『現世にワープアウトしていない』、という意味でいいと思います。言葉は難しいですね」

「ならば、簡単です」

 蘭が口火を切ったのでした。


挿絵(By みてみん)


「元日に兵庫県日本海、浜坂町をスタートし、まっすぐ富士山山頂を目指した。そのまままっすぐ進行を続け、7月20日に茅ヶ崎の浜にゴールした。

 地図に表すとこの通り、浜坂、富士山、茅ヶ崎と、宣言どおり一本の直線になります。厳密には等角と大圏のズレがあるのですが、説明には支障はないので、この図で話を進めます。

 では、よく見て下さい。

 すぐに気づくことがありますよね? そう、出発してすぐの、京都府・福井県沖の、若狭湾をどうしたのか、という点です。

 さて。

 フラットランドの旅人が、“ゾーンアウトしない”、ということは――

 ここ“若狭湾を回避しなかった”、ということです。

 回避したら、距離的にゾーンアウト確実ですから。OK?

 旅人は――この場合文太郎さんは、“まっすぐ若狭湾に行き当たるしかなかった”、ということです。

 ところで。

 フラットランドを旅する人にとって、“海判定”は絶対的ルールです。若狭湾に至った時点で強制ワープアウト。現世に戻されてしまうのです。

 ところが。

 文太郎さんは、『日常(=現世)に戻ってない』と言ってるのですから、矛盾します。

 よって、“ゾーンアウトしていない”、としたことが間違いであるということ。

 結論として、文太郎さんは、若狭湾に至る前に、ゾーンアウトしてしまっていたのです。

 蛇足ですが――

 一度ゾーンアウトしてしまったら、もう(現世に)戻れません。ということは、ゾーン消滅とともに海判定も(おそらく)無くなるということで、そうなれば異世界にて、実際に若狭湾の海上を横切ることが可能になる、ということです」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ